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7話 悪役令嬢は主人公と友達になる

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 空気が重い。
 あの後ラグナが秒でメイを捕まえて、4人で話す場所としてカフェに入ることになったのだが……メイは萎縮して汗をダラダラ流しているし、メイの説明をしていなかったからエドも何が起こったかわからず少々困惑しているようだ。ラグナもどこか不機嫌そうである。
 ちなみにライラは荷物を持って先に帰ってしまった。せっかくのお出かけだったので少し惜しい。

「……で、結局誰なんだそいつは」

 ラグナはエドにたずねていたが、いい加減誤魔化すことも出来ないと見えて、私は観念した。

「ええと……もういいか。マーテラ国第二王女、シアン・ミラ・マーテラです」

 ラグナも流石に驚いた様子で目を見開いた。
 ラグナが横目でメイを見たようで、メイはビクッと肩を跳ね上げる。
 額をおさえ、はぁ、とため息をついて。ラグナが口を開く。

「まず、数々の非礼失礼しました。ですが身分に相応しい装いをされないというのもいかがなものかと」
「身分に相応しい扱いを受けたいわけじゃないのだからそれは良いのです。それに、ラグナ様の言動を非礼とも思いませんでした。あの場で私を王女と思う人はいないでしょうから、この場はなにもなかったと収めませんか?」
「勿論、王女様がよろしければ」
「それと、今は私にそうかしこまらなくて大丈夫ですよ」
「……では、お言葉に甘えまして」

 ラグナのかしこまった態度にぎこちなさが見えた。得意ではないのだろう。
 私が許すと、ラグナは眉間に寄せた皺をいくらかやわらげたようだった。

「いや、すまなかった。見たところシアンは相当に腕が立つようだし、そこまで地位の高い人間だとは思わなかったというのが正直なところだ。かなり鍛えているだろ?」

 フランクに話しかけてくるラグナ。
 私としても親しみやすくてとても助かる。
 ……何か、エドがとてもラグナを見ている気がするが気のせいだろうか?

「ええ。一時期自分を高めるのが……趣味? みたいな時があってね。今はそうでもないんだけど、弱くならない程度に鍛錬はつんでるから」
「へぇー、じゃあ今は何のために?」
「痩せるのにいいから」

 プッ、とラグナが吹き出す。
 笑ってくれるが、痩せないとコルセットで縛り付けるしかウェストを保持する方法がないから死活問題なのだ。
 お腹が痛いのは勘弁被る。それに、食べ物があまり食べられなくなるし。

「まぁ、いつか手合わせ願いたいな。100回やったら2、3は足を掬われそうだ」
「……そういうの、本当だとしてもあんまり言わない方がいいと思うけど?」

 思わずムッとして噛み付くが、ラグナは余裕綽綽ににやける。

「悪いな、正直なんでね」

 く、悔しい!
 でも正直、ラグナ相手に勝ち目があるだけ私はかなりすごいのだ……と、自分を慰める。
 ラグナはゲームのイベントではマーテラの騎士を200人斬りしてるからね……

「ああ、そうそう。コレ・・、知り合いか?」

 親指でメイを指す。
 その時、口調はあくまで同じ調子だが場の空気感がどこか重くなったのを感じた。
 ラグナが、幼馴染が何かされたのではと脅しをかけてきているのだ。この過保護め。
 かといって、なんと説明しようか……喋ってて、自己紹介したら逃げられたなんて流石にうさんくさすぎるし……
 でもほかに言い繕いようも無かったので、私はありのまま説明することにした。どうにでもなれ。

「メイさんとは昨日初めて会いまして」
「あぁ」
「談笑して、お名前を交換した時にどこかへ走りさってしまいまして……」
「……あぁ?」

 メイはもう、まな板の上の魚のように大人しくなって俯いていた。
 しかし、彼女がそう勇気のある方ではないと薄々わかっていて名前を伝えた私も悪いといえば悪いしなぁ。
 と思っていたら、ラグナがメイの顎を強引につまんで顔を上げさせた。

 あ、あ、あ、
 顎クイだー!!!

 少女漫画脳で私が興奮していると、ラグナはそのままメイにデコピンをかました。

「いたぁ!?」
「反省しろバカ」
「いや、だって、王女様だよ! 私そんな高貴な人と喋るとか無理……!!」
「そうか。俺はそんな高貴な人をほっぽって逃げ出す方が余程無理だよ」
「う」
「たいした度胸だな?」
「うぅ……」

 鮮やかに論破され、メイは言葉を失った。
 流石に可哀想だったので、私は助け舟を出すつもりで口を挟む。

「私もすぐに名乗れなかったなど悪い部分もありましたし、今日もそうですがあまり着飾っていなかったので焦ってしまう気持ちもわかります」

 ラグナが難しい顔をする。
 だが、こういう言い方をすれば同じ勘違いをしたラグナはメイに強く言いにくい筈だ。

「それに、メイさんは私が息を切らせていたので、体調が悪いのかと気遣って声をかけてくれたんです。あまり厳しく言ってあげないでください」

 ラグナとメイの関係は幼馴染だが、実際の関係性はどちらかと言えば兄妹に近いものがある。
 肝心なところでメイに甘いので、こういう言い方をすれば解決すると思ったのだが……

「……お前、自分から声をかけておいて逃げ出したのか……?」

 私は自分の失言を悟る。
 今回ばかりはラグナも呆れ果てたようだった。

 その後、メイがラグナに「同じ学校に高貴な人がいらっしゃるのはわかっているんだから逃げるくらいならもっとしっかり責任を持て」とか「1回ならまだしも2回はないだろむしろ開口一番謝罪の言葉で然るべきだろうが」とか、他の話題に脱線しながらも色々とみっちりと怒られているのを、紅茶を飲みながら待つことになった。








「大変申し訳ありませんでした……」
「いえ、そもそも怒ってはいないので……」

 私は苦笑する。
 流石に目の前にあれだけ怒られていて、許さないなんて言える人はいないだろう。
 ラグナがそこまで考えて説教を始めたかはわからないが、ラグナも頭の回転は早い方だし考えていて不自然はない。
 ラグナに小さく会釈をするが、ラグナはかぶりを振った。
 謙虚なんだか遠慮がないんだか……

「さて、改めて。私はシアン。シアン・ミラ・マーテラです。同じ学校に行くのだし、シアンでいいわ」
「いえ、私はラグナみたいな度胸はないので……メイ・レスカンディです。シアン様、よければ仲良くしてください!」

 ばっと勢いよく出された手に握手で応じる。
 私は表情には出さないものの、ホッと胸を撫で下ろしていた。

 よ、良かった……このまま主人公と仲良く出来なかったらゲームのどんなルートを辿っても無惨な破滅が待っているところだ。
 破滅するにしても、誰しもに惜しまれながら死にたいという私の目的が頓挫してしまう。

 それにしても、シアンがメイとこんなにあっさり仲良くなれてしまうだなんて感慨深い。
 本当ならさまざまな苦難の末にようやくお互いを認め合える間柄だったのに。
 すこし何かが違うだけで、歩み寄っていくだけでこうして友達になれるだなんてやっぱり人間って難しい。
 でもだから魅力的だったのだろうな、と思う。

 ──こうして何もかも上手くいった先に、私の望むものはあるのだろうか?

「あの、そちらの方はもしかして……?」

 声をかけられて、ハッと我にかえる。
 考えては……いけないことを、考えた気がする。
 エドが心配そうに見てくるがなんでもないと小さく手を振って返す。

「ええ。昨日話していたエドアルド」
「どんな話をしたんですか……? 僕はエドアルドです。エドと呼んでください。よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします、エドさん! 頭が良いって聞いてますので、頼りにさせていただきたいです!」
「ええ、勿論。お力になれるかはわかりませんが、微力を尽くします」

 二人が握手する。
 多分平民なのに敬称をつけられていることに対してだろうか、エドがどこか微妙な顔をしているが。

「で、俺がラグナだ。ラグナ・ディスティンクス。なんか紹介も今更だけどな、よろしく頼む。学校ではタメだし、シアンが相手でも普通の時はかしこまらないつもりだ。エドも普通に話してくれると助かる」
「ええ。私もラグナって呼ぶわ。よろしくね」
「じゃあ僕も。これからよろしく、ラグナ」
「本当にラグナって怖いものがないよね」
「お前ほどじゃない」
「むぅ~!!!」

 そんな感じで。
 私達はなんとか入学前に……友達になれた。
 明後日には入学式。
 そこからメイを中心にした学園生活が始まっていく。
 今のところ私はきっと上手くやれている。
 この調子で友達を増やし、惜しまれながら生き絶えるのだ!

 その時、私は入学式に起こるあるイベントのことなど、すっかり頭から抜けてしまっていた。
 それがある波乱をもたらすとも知らずに──。
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