売却魔導士のセカンドライフ

嘉野六鴉

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50.魔王ライフ 後編

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 五百年――もうそんなに、時が流れていたなんて。
 ベルちゃんに言われるまで、全然気が付かなかったなぁ。

 一年に一度、ペンギンさんたちが大きなケーキを用意してくれる日があって、そこで初めて、自分の誕生日が今年も来たことを知る。
 それ以外には特に、日付を意識して過ごすことなんて、僕にはなかったから。

 今にして思えば、誕生日に独りだったくらいで「死にたい」と嘆いたことなんて、自分でも笑ってしまいそうだ。
 でもあの頃のことを、こうして穏やかな気持ちで思い返せるのは、魔王のおかげだよね。
 あの人が僕に、望みのままに生きることを、教えてくれたから。

「ふ、ふふっ……そっか、もう五百年なんだ。ふふふ……一番に聞いてもらうのは、どの話がいいかなぁ」

 改めて脳裏に浮かんだ、鮮やかな記憶。
 その大切な日々に思いを馳せれば、勝手に零れてくる笑みを止めることもなく、僕は描き上げた魔法陣の紙束をお気に入りの鞄に仕舞い込んだ。

『……お前はそう言って、今もまだ笑えるのだな……』

 宙に浮いたままとぐろを巻くように体勢を整えたベルちゃんは、相変わらず人を上から見下ろすのが好きなようで。
 今の僕には少しだけ小さな物書き机から立ち上がり、それでもやや見上げなければいけない位置にある黒龍の頭へ、視線を向けた。

「別におかしくないと思うよ?時が経てば経つほど、僕の望みに近づくわけだから。……でも、本当にこれ……大丈夫なんだよね?」

 そう自信満々に答えつつも、どうしても払拭しきれない懸念の原因――即ち、自分の顔をぺたりと両手で触りながら、部屋の隅に置かれた姿見に映る人間をつい凝視してしまった。

 黒龍の後ろ姿の横に佇む、人影。
 それはもう、子供に見える程の小柄な人間ではなかったから。

「さすがに、このまま年を取っちゃうと……まずいよ?」

 全身を映す鏡の前に歩み寄り、眉根の寄った自分の顔を見つめたまま、次から次へと思いついたことを問いかけていく。

「だいたいさ、僕のことを『不滅に近い』と評したのはベルちゃんでしょ?なのにこの変化はどういうこと?本当の本当に放置してても平気?僕はそろそろアンチエイジング生活とか、若返り魔法の開発に着手すべきなんじゃないの?」

『それについては問題ない……はずだ、と何度も答えたであろう』

「はずだ、なんて確定情報じゃないところが不安要素なんだってば」

 むむむ、と更にしかめっ面になった自分の顔を間近で観察しながら、長くなった髪を適当に左肩の前で一つに結う。
 勿論、使う髪紐は綺麗な瑠璃色をした、それなりに高価な物だ。
 これも宝物庫から借りている物の一つだけれど、いつどのタイミングで僕の想い人と再会するか、わからないからね。
 身だしなみには油断せず、ある程度は気を遣っていたいもの。

「……ふふ……この色、魔王はわかってくれるかなぁ」

 僕の暗い色をした赤い髪には、光に煌めく青い髪紐がとてもよく映える。
 それに気をよくした鏡の中の僕は、不満顔から一転、力の抜けた笑みを浮かべてみせていた。

 この笑顔も、魔王が知っている僕とは違うものになってしまったけれど、変わらず『愛い』と持て囃してくれれば……いやいや、でもあの男……ちょっとロリコン、違う、ショタコン疑惑があったんだよね。

「……ベルちゃん、やっぱり若返り魔法教えて?」

『もはや、お前にあれこれ口出しするのは無駄なようだな』

 黒龍へ真剣なお願いをした僕に返ってきたのは、深いため息交じりのそんな言葉。
 でもそれは、僕が望む返答ではない。
 来るべく魔王との再会に向けて、できることには全て挑戦しておかなければいけないのに。

「御託はいいから、さっさとショタ化する魔法か、そのコツを教えてってば。まさかベルちゃんともあろう龍が知らないなんて、言わないよね?魔王と同じくらい、凄い存在なんだものね?」

『少しでよい、遠慮と自制という言葉を思い出せ。まったく……私も焼きが回ったものだ。これのどこに、我が最愛の過去を見たというのか……ちっ』

 そう苛立たし気に舌打ちまで零されては、僕も口をつぐんで引き下がるしかないではないか。
 もう仕方ないなぁ……また今度、この龍がご機嫌な時にでも再チャレンジするしかない。その為には、ベルちゃんご自慢の伴侶とやらの話にも、耳を傾けざるを得ないだろうか。

 とりあえず今は、食事に付き合ってもらおう。
 でも、そんな僕の脳内予定にはお構いなしに、突然ベルちゃんはクルクルと渦を巻くように宙で踊り出す。
 かと思えば、鋭い牙が並んだワニに似たその顎を、パカッと大きく開いた。

 次の瞬間、龍の口からポンッと飛び出してきたのは、薄い光の膜に包まれた細い漆黒のブレスレットで――。

「何かな、これ?」

 僕の胸の前で浮かぶそれは、見るからに『普通』の装飾品ではない。
 きっと『唯一無二』をコレクションするのが大好きな存在なら、間違いなく自分の宝物庫に、それも陳列棚に飾るほど気に入る一品になるだろう。
 闇に星を散りばめたような、黒の中で仄かに輝く無数の煌めきは、思わず魅入ってしまいそうになるほど美しいもの。
 そのうえ、あまりできのいい魔導士ではない僕ですら感じ取れるほどの、強い――いや、正直に言えば、怖気づきたいほどの強力すぎる魔力を帯びている気が……。

 しかし、突然こんな物を吐き出したベルちゃんの次の言葉に、久しぶりに僕の思考は止まった。

『受け取れ。婚礼の――今となっては、前祝いだ』

「……え?」

 緩く紫色の瞳を細めて僕を見つめる龍は、淡々とその祝いの品についての説明を続ける。

 これは紛失防止魔法、および使用者限定魔法までついた、転移魔法発動用魔道具なのだそうだ。
 僕の記憶に在る場所か、視界に映る範囲内であれば、どこへでも自由に転移できるという。
 ただし、一日二百回までという制限があるから気をつけろ、と。

「――二百回って、それ無制限に近いよね?」

 反射的にそんな指摘を口にしてしまったけれど、なぜかベルちゃんはそれを鼻で嗤った。

『移動手段としてのみ用いるのであれば、事足りよう。ただし、私の最愛のように戦闘に絡めることを考慮するならば、些か注意が必要な制限だ。何せ私の伴侶は――』

「っありがとうベルちゃん!ありがたく頂くよ!僕さ、転移魔法だけはどうしても無理だったから、本当に助かっちゃうな!でも……どうして、今なの?」

 油断大敵。ベルちゃんの伴侶自慢突入だけは、是が非でも避けなければいけない。
 僕の楽しい魔王ライフの為にはね!!

 だから黒龍の言葉を遮るついでに、その真意を興味本位で問うた。
 なぜ今この時に、わざわざ『婚礼祝い』を渡してきたのだろう、と。

 すると、しばし口を閉じたベルちゃんは、やけに静かな光をその双眸に宿した後、異質な声音でゆっくりと語ってくれた。
 まるで、独白のように。

『状況の過酷さは違えど、私の最愛もかつて、元は只人の身でありながらも、お前と同じような選択をした。そして永き時を越えたものの、その想いが報われることはなかった』

 思わず、息を呑む。

『私が生まれる以前に起きたその事実は、決して変えられぬとはいえ、私は……残酷な時から、私の最愛を守ることができなかった』

 窓から差し込む陽光に煌めく、黒龍の体。
 それは小さく身じろぎすると、その頭をもたげた。
 視線の先に映るのは、窓の向こうの青い空――その更に、彼方かなただろうか。

『私はそれが今でもまだ、歯噛みするほどに口惜しい。たとえ我が伴侶自身が、気にするなと笑ってくれようともな。故に、この異界の地にて偶然知己を得たお前が、同じ道を辿ることは、不愉快で仕方なかった』

 だからこの龍は、何度も僕へ干渉しようとしたのか。

『この私の前で、永き時に独り挑むなど――捨て置けるはずがない』

 合成音声に似た、無機質な声音。
 でも、そこに宿った鮮烈な感情がありありと見て取れるのは、それほどまでにこの龍が、その『最愛』を想っているからだろう。

 ただ……この龍が今現在、想い人と長期間離れ離れになっているのであれば、僕ももう少しくらいは、つられて感傷的な気分に浸れたかもしれない。

 だけど僕、知ってるんだよね。

 ベルちゃんの意識は、この造り物である龍の体で活動している時だけ、こちらの世界に在る。
 その根本の意識と本当の体――いわば本体とやらは、こことは違う彼自身の世界にいる。
 そこで今も、ご自慢の最愛の伴侶さんとやらとラブラブ生活を送っているのだ、と。

 こっちは聞いてもいないのに、自分から教えてくれたからね、この龍!!
 僕がいわば遠距離恋愛中だっていうのにさー!だからベルちゃんの伴侶自慢は絶対回避事項なんだよね!んもぉっ……羨ましい!!

(あぁ~~もぉおぉ……!僕をダシにここで惚気ないでよって、言ってもいいかな!?そもそも、ベルちゃん……それ、物凄く自分勝手だよ。いや、勿論僕としては結果的に大助かりなんだけどさ、それでも、自分の奥さんと僕を勝手に重ねられてもさぁ……)

 もうこの龍、さっさと宝物庫に戻って、意識も奥さんの所へ帰ってろ!と内心苛つきながら、黄昏たそがれているベルちゃんへ「それじゃあまた今度別れの言葉」を切り出すタイミングを計る。
 このお祝いの品は既に、ありがたくささっと左の手首に付けさせてもらったから、本当にもう用はないし。

 だというのに、フッとなぜか虚空を見つめて笑ったベルちゃんは、まだ語り足りないようで……。

『……そう思っていたのだが。どうやらお前は、私の最愛などよりも余程図太く、したたかで、逞しいらしい』

「それ褒めてないよね?」

『この五百年、それなりに楽しくやってこれたほど、あの魔王に相応しき不遜なお前ならば、その目覚めまでも辿りつけよう』

「お墨付きは嬉しいけど、絶対褒めてないよね?」

『そう判じたが故に、かつて我が朋より所望されし「極上の異界の品」を今、その伴侶へ奉じたまで――……待て貴様、もっと丁重に押し戴いてから身に付けぬか。我が最愛が手ずから創り出した、至高の一品なのだが?』

 もう帰れ、この惚気龍ノロケ野郎
 再びこちらへ視線を戻したベルちゃんからの指摘に、にっこり笑顔の僕が解き放ってしまった本心によって、黒龍の矜持をかけた舌戦が開幕したのは、この直後のことだった。


 そんな久しぶりの時間を過ごした後、僕は一人で神樹の下を訪れていた。
 晴れた空には雲が出始め、その色も明るい蒼から黄金と朱色のマーブル模様へと変わっている。

「ふわぁ……これ、本当に転移魔法が使えるんだ。凄いなぁ……」

 左手を顔の前に掲げ、手首で揺れる細身の黒いブレスレットを改めて観察する。
 僕は今まで、主に使い魔を改良することで身の回りの環境やら、戦争に向けての準備を整えてきたけれど、どうしても転移魔法系だけは習得できなかった。

 だから移動手段として最も速いのは、鳥型の使い魔による音速飛行くらいなもので……それは滅多に使いたくないから、普段は狼型使い魔を足にしているけれど。

 でも、この魔道具があれば、今よりももっとやれる事が増えそうだ。
 こうして試しに使ってみれば、魔王城から神樹の下まで、文字通り一瞬で辿りつけてしまったし。
 
「いっそ……世界征服とか、しちゃう?」

 掲げた手の向こうに聳えるのは、真っ白な神樹。
 その葉一つも風にそよぐことのない、無機質な石像だ。

 あの日から何一つ変わることのないそれに向けて、冗談九割、本気一割で、そんなことを僕は呟いていた。

 神樹を囲う広大な野原は、今はもう見事なまでに青と白の可憐な花々で埋め尽くされ、風が吹き抜けていく度にそれが波のように揺れる。
 その中でちらほら動く影は、僕の大好きなシュレーズを造る作業担当であるペンギンさんたち。

 今年のできはどうかな、と楽しみにしながら、いつもと変わらないその光景を眺めているうちに、今度はふと思い出し笑いが込み上げてきた。
 それは、今日の黒龍の去り際のこと。

『餞別のついでに教えてやろう。私はかつて、お前に告げたな。お前も私と同じ、奴の単なるお気に入りの収蔵品コレクション、その一つに過ぎぬと』

 何だかんだ言いながらも、僕の昼食に付き合ってくれた後、宝物庫へと戻ろうとしたベルちゃんはそう言って、
 
『だが、魔王の感情が魔族にすら伝播するほど、特別に『何か』を愛でたのは、私が知る限りお前が初めてだ』

 柔らかく微笑んでいたように、僕には思えた。

「ふ、ふふっ……ベルちゃんたら、もっと早く教えてくれてもいいのに……もぅ……ふふっ」

 夕日に照らされてもなお、白く白く輝く穢れなき大きな存在は、まさしくあの人そのものだ。
 今後はどうであれ、少なくとも過去においては、僕はその『特別』であったのだと明かされて、嬉しくないはずがない。

 そんな今日が――五百年過ごして辿り着いたこの時が、折り返しなのか、それともまだまだスタート地点なのか、僕にはわからない。
 だけど、

「早く戻って来てね、魔王。でないと――話したいことばかりが増え過ぎて、聞くのが大変になるよ?僕がする話なんだもの……全部残らず、聞いてくれるよね?」

 まだ、笑いながらこんなことを口にできる。
 だから僕は、まだ大丈夫。

 まだまだ僕は、僕の望みのためだけに戦っていける。

 自分へそう暗示のように、言い聞かせた。


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