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22.お宝発見?
しおりを挟む「それでは第一次、宝物庫探索部隊をここに結成す。皆、心して我がユーリオの――」
「異議あり!そこは今だけでも『我らのユーリオたん』とすべきだぞ魔王……様!」
「いいこと言うじゃねーか、さすが将軍」
「おれらのユーリオたんのために~、見た目も品質も最上級のピッタリ装備を探索してやるぜ!!」
おーっ!と野太い声を上げる十名程の屈強な集団。
それを一段高くなった場所から睥睨する男のよく通る低い声音が、博物館を彷彿とさせる巨大な空間に響き渡った。
「仕方あるまい、貴様らの士気に係わるというのであれば大目に見よう。今、この時に限り『我らのユーリオたん』のために!死力を尽くすがよい!!」
うぉおぉーーッ!!!と更に地鳴りのような鬨の声を上げる魔族たちを相手に、僕はいつも通り無表情のまま成り行きを見守るしかなかった。
魔法特訓という名の恐ろしい修行を始める前に、せめてまともに魔法を使えるよう僕の装備を整えてくれると魔王が確約してくれたのが、今朝のこと。
それからあれよあれよという間に、この宝物庫へと案内された。
転移魔法を使うことなく移動中に行き会った魔族たちを適当に引き連れながら、魔王に手を引かれて連れてこられたその部屋は城の中心部、その地下にある。
宝物庫の入口から部屋の奥までは、はっきりとは見通せないほど広い。
だがシンプルな直方体の空間は魔法の明かりによって真昼のように明るく、その光の下に浮かび上がる宝物たちは、もう圧巻の一言だ。
むしろ、凄すぎてよくわからないと言った方が正しいかもしれない。
見上げるほどに高い天井ぴったりまで四方の壁面を埋め尽くす棚には、所狭しと様々な何か――僕にとってはただとてつもなく高価で珍しそうな物――で溢れかえっている。
床には透明なガラスケースのような物で覆われた陳列棚が、巨大な石像やオブジェの間を縫うように整然と並ぶ。
にもかかわらず、その間の黒い通路を侵食するように、金貨や宝飾品が無造作に転がっているのだ。それは光り輝く金銀財宝の絨毯に、所々黒い虫食い穴が開いている感じに近い。
ただし床まで飾り立てるそのどれもが、こんな雑然とした扱いを受けていいような物とは到底思えないのだけれど。
(もしこの城から出て行く時は、ここに落ちてる物の一つか二つだけでも退職金代わりに貰えないかな……)
煌びやかに輝く宝物たちのせいもあって、眩い室内を薄目で見つめながら方々へ散っていく魔王の配下たちを見送りつつ、そんなことを考えていると、
「あ奴らが使命を果たすまで、ユーリオには面白い物を見せてやろう」
僕の隣、宝物庫の入口付近に同じく佇んでいた魔王が、大仰な言葉と共にそう愉しげに笑いかけてきた。
『面白い物』と聞かされて、風光明媚な植物系魔物の一斉産卵シーンが即座に頭を過った僕は、できるだけ間を置かずに首を横に振った。
「皆が手伝ってくれているのに、僕だけ遊ぶのは申し訳ないから僕も探索部隊に加わ――」
「女王様ー!!こんなことは危のーございますぅー!このウーギやその他にお任せあれぇー!!」
なぜか高い位置から響いてきた賑やかな声を訝しみながら視線を戻せば、宝物庫の壁の棚を八本足で器用に張り付きながら俊敏に移動する魔族の姿を見つけてしまった。
確かに……ロッククライミングしながら自分の使えそうな魔力媒体を探す、というのは僕には難しいかもしれない。
でも、平面に置かれた陳列棚を覗くくらいなら僕でもできるし、そもそも床に転がっている物の中にこそ丁度いい何かがあるのではな――。
「おーい見ろよ、これ。この像が持ってる剣を引っこ抜いて潰して、ユーリオたん用に加工すりゃあ最高じゃねぇか?」
「おぉ、いいこと言うな。どれ、ちょっくら調べてみるか……フンッ!」
そんな会話が聞こえてきたと思った直後、翼の生えた馬に跨り高らかに剣を掲げていた騎士の金ピカ像、それも台座付きで高さだけでも五mはありそうな立派な芸術品が、ゆっくりと傾いていき……やがて、ズドーン!と派手な音を立てた。
そうしてどこかから、大量のコインで雪崩を起こしたような音が幾つか続けざまに上がる。
「のっ!?ぎゃぁぁあ!!」
「バカヤロー!!こっちが埋もれるだろうがぁあ!!?」
「ふむ……あれもなかなか面白き遊びではありそうだな。ユーリオの望みとあらば、あちらに参戦するか」
先程よりも素早く反応した僕が、自分の前言を撤回したのは言うまでもない。
誰だって命の危険が少ない方を選ぶに決まっているもの。
足元が危ないから、という理由で魔王におんぶされて宝物庫の中を奥へ奥へと進んでいく。
奔放に流れる長い銀髪を自分の体で下敷きにしないよう気を遣いながら、広い背から伝わってくる温もりを感じていると、なんだか胸がソワソワする。
それは、この人にくっついていることで得られる安堵感を自覚しているからだ。
もうベッドの中だけでなく、ただこうして傍にいるだけでこんな気持ちになってしまうなんて。
(……やっぱり魔王は『魔王』だよね。親の愛情に飢え、他人との親交にも消極的だった人間に対して、臆面もなく圧倒的な好意を与え続けるのだから。そんなの……好きになるしかないじゃないか)
探索部隊の一員たちが上げる賑やかな声を遠くに聞きながら、今この瞬間においては、世界の誰よりも僕のことを大切にしてくれている……はず、の男の肩口へそっと顔を埋めた。
強引で俺様で、いつだって説明不足の魔王だけれど、それを補ってなお余りあるほど僕を見てくれている。
「ん?どうしたユーリオ。午睡にはまだ早いが、飽いたか?だがもう到着したぞ」
ほら、今だってこんな僕の些細な仕草にも声をかけてくれるのだから。
でも、耳に馴染んだ低音の美声がそう奏でるだけで、胸の内が小さく喜びに弾んでいることは悟られたくなくて、僕はいつも以上に表情筋に力を入れて顔を上げた。
すると、景色が、変わっていた。
「……どうして周りが真っ暗で、目の前に置物があるのかな」
「うむ、余だけが立ち入れるように封を施しているからだな。今後は其方でも自由に出入りできるようにしておいたから、好きな時に遊びに来てやってもよいぞ?」
そうまたわけのわからないことを告げる魔王の背から降ろされ、改めて見まわした周囲は闇に塗り固められている。
あれだけ光り輝いてた財宝の山も見当たらず、ひっきりなしに響いていた魔族たちの声も聞こえない、静寂に支配された空間は床だけが白い円形となっていた。
そしてその中央には、前世知識が即答する架空の生き物が置物となって、鎮座しているのだ。
蛇のような鱗に覆われた細長い体躯に、爬虫類じみた四本脚。
長く伸びた鼻先とそこから微かに覗く牙はワニと似通っているが、顔の周りと背筋に沿って生えたタテガミ、頭部に頂く枝分かれした立派な双角は、この世界であろうとも『龍』と呼ぶべき存在だろうか。
今にも動き出しそうなほど精巧な技で形作られたそれは黒一色の姿で、床から伸びる白い止まり木のようなオブジェに身を絡めるようなポーズをとっているが、大きさはそこまで巨大ではなく全長でも二m程度のようだ。
まだ幼い頃、屋敷にあった魔獣の本にはドラゴンの挿絵もあったが『龍』はいなかった気がする。と、記憶を辿りながらも、僕はなかなかそれから目を離せずにいた。
理由はわからないが、とにかく美しく思えて、その置物に近づく魔王の白い背とそこに揺れる銀髪をただ見つめていると、
「さっさと起きぬか」
そんな一言と共に、流れるように上がった魔王の右手が、彼よりも少しだけ高い位置にある竜の頭を――盛大に、叩いた。
もうそれだけで、僕には嫌な予感しかない。
だというのに、バッチ―ン!という音が響いて数秒後、静かに氷が砕けていくような音色と共にゆっくりと黒い龍の体が動き出すではないか。
思わず色々と叫びながら後ずさる僕が、朗らかに笑う魔王の腕の中に捕獲されたあたりで、止まり木からズルリと白い床へ降り立った黒龍と視線が絡む。
漆黒の生き物の中で唯一つ黒ではないその双眸は、深いような淡いような不思議な紫色をしていた。
『――ラグナレノスか、久しいな。ようやく決着をつける気になったのか?』
薄く開いた顎から紡がれる声は、まるでボイスチェンジャーを通したような酷く歪なものだったが、それは確かにそう言った。
決して巨躯ではない存在だというのに、つい先日遭遇した獣などとは全く比較にならないほどの凄まじい威圧感が押し寄せてくるようで、僕はろくに口もきけぬまま魔王の服をグイグイ引っ張って主張を試みる。
早く!ここから!逃げたいな!?と。
しかし、なだめる様に僕の頭をポンポンと片手で撫でながら、狙いを定めるように体勢を低くする黒龍を前に、彼はこう言ったのだ。
「ユーリオ、紹介しておこう。我が友で蒐集品の『ベルちゃん』だ。ベルちゃんよ、余の伴侶たるユーリオたんに刮目せよ!どうだこの愛いが極まった愛いらしさは!!」
「…………ベル、ちゃん……?」
『……この地では、そう名乗っている。ふむ、私の力試しの相手ではなかったか』
高らかに笑う魔王と、深いため息を零しながら再び止まり木を登っていく黒龍。
彼らが古い古い知り合いで、いわば『親友』という間柄であることを教えられたのは、その後すぐのことだった。
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