異世界で記憶喪失になったら溺愛された

嘉野六鴉

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66.魔導の頂点

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 あぁ、そっか。そういうことか。気づいてしまえば、あっけない程に簡単なことだった。

 発動寸前の魔法陣ごと穿った、丸みを帯びて山のように盛り上がっていたタコ型の胴体。その中央部分が、スポンジケーキを潰したようにぐっちゃりと崩れた様を見下ろしながら、いまだ俺に纏わりつく黒い靄のような何かを意識する。
 これが多分俺の魔力、というやつだ。不思議なことに、この黒を目にした瞬間手を取るように出したり引っ込めたりできるようになった。
 そして、赤く世界が染まって見えるコレが、やはり自然魔力というものなのだろう。おそらく、魔法陣が生まれる直前に波紋のように見える赤い光は、干渉された自然魔力の動きだ。

 その波紋の色がほぼ全て赤だった理由も、目の前の化物が教えてくれた。


『グうゥオヲヲォ!!?よくもッよクもぉおぉおお!!!!』


 魔法の発動を邪魔されたばかりか、大きく体を損なった怒りをだみ声でがなり立てながら、無数の黒く長い触腕が痛みに耐えかねるように力任せに振り回される。
だがそれは闇雲に瓦礫の上を薙ぎ払うばかりで、宙に浮かんでいる俺へ気づいてもいないのか、一本も届きはしない。
 硬質そうな黒ずんだ体に、色の違う気味の悪い目玉を幾つも持ったそれは、俺の目にはまるで炎を全身に纏っているように見えた。
 どこまでも赤く、紅く、周囲の赤く染まった大気を吸い込みながらも、自身も同じその赤を吐き出しているかのように。

 負化魔力が凝り固まった、魔物の頂点である存在が纏う、その色。

 だからきっとこの赤が、自然魔力が変質したという負化魔力で間違いないはずだ。まだ真昼だというのに、見渡す限りの世界が夕焼けのように赤を主としたグラデーションで包まれているのは、この世界になお膨大な負化魔力が満ちているからか。

 けれど、その中に意識すればわかるモノが混じっている。あの黒く輝く、粒子だ。

 宙に佇む俺のすぐ近くにも、遠く離れた足元の大地の上にも、そこに広がる瓦礫の中にも、ノルンの首根っこを左手で引っ掴んだまま呆然とこちらを見上げているロイの傍にも。

(あぁそうか、これは……俺か――……)

 世界に漂う黒い砂粒は、俺の魔力の欠片なんだ。そう漠然と理解した。その後は、もう簡単だった。
自転車の乗り方って、一度覚えたら早々忘れないだろ?それと同じことだったんだ。

『そこカァあぁア!!!クロぉヲォぉッ!!!』

「っ!ふ、ふははははは!!!そうよこの私こそが!黒の名を継ぐに相応しき!!《魔導の頂点レグ・レガリア》の一番弟子よッ!!?」

「……っ調子に乗って相手をするなアジノス!魔力切れ寸前なのを忘れたか!?」

 黒い外套を纏った小柄なノルンを視界に捉えたデレスが、再びそう咆哮を上げながら数多もの触手を振り下ろす。一緒にいるロイごと、叩き潰そうとするように嫌な風切り音を辺りにまき散らしながら。
 けれど、その風の音を最後まで聞き遂げる前に、俺は二人の傍に在る粒子の一つを意識する。
そこへ繋がれ、と。
 思考と現象のタイムラグはない。デレスの腕が何もない空間を薙ぎ払い、勢いに任せて大地を深く抉り取った頃には、ロイとノルンの二人は俺の隣に浮かんでいた。
ちなみにロイの輪郭を浮かび上がらせている光はその瞳と同じ紫色で、ノルンは金色だった。

「っ……カナタ……」

「え、これってお師様の転移魔術じゃ……え?!お師様、魔術がっ?!」

 よく見ればノルンもツインテールの片方が解け、その美少女然とした顔は額から流れ出た血で赤く色づいている。五体だけは満足のようだが。
 そしてそんな彼女を掴み上げたままのロイは、隠しきれない困惑を顔に浮かべながらも、さりげなく右半身を後ろに引いて俺の視線からその腕を隠していた。

「ロイ、怪我は――……」

大丈夫なのか、と言葉を続けるのがとても難しかった。冴え冴えと冷えていく頭と、腹の底から湧き上がる苛立ち、そんな両極端のちぐはぐな状態でまともに口を開けなかったのだ。

 ついでに、あの耳障りな咆哮も邪魔をしてくれたから。


『逃ガさンぞクロォオォオオオ!!!』


 潰れかけていたデレスの巨体は損傷した箇所が内側から赤く輝き、ボコボコと肉が盛り上がるように再生し始めていた。さすが化物、と内心で賛辞を送りながら、触手をばたつかせて不格好な、されど意外に機敏な動きで方向転換をするソレを見下して言った。

「あぁ、俺もお前に用がある。」

 俺のロイに怪我をさせておいて、腕を一本奪っておいて、ただで済むわけがないだろうが。

 でもまずは、ロイとノルンを置いてきたルーファウスの場所へ送り届けておくか。
そう考えて、どこかに黒い粒子……うん、黒砂だ、黒砂ないかな~とちょっと集中すれば次々に見つかって、そこに意識が繋がっていく感じがする。
で、その黒砂を多分光よりも早く辿り目的の場所、今ならルーファウスだけど、眼鏡のオッサンが難しい顔をして俺が浮かぶ方向を睨みながら集中している姿を確認する。多分、監視魔術で周囲を確認しつつ、いつこっちへ移動しようかタイミングを計っているのだろう。
下手に飛んで来たら、俺が巻き込みそうだし。

 まぁ位置が確認できればいいので、ルーファウスのすぐ近くに漂っている黒砂目掛けて二人をぽいっと移動させた。
なんということでしょう!これって超便利っ!!

 一瞬で居場所がまた変わったロイとノルンが目を瞬き、急に自分の真横に現れた二人に驚いて飛び上がるルーファウスを見届けた後、ようやくタコの触手が俺に向かってくる。


『キサマッ……キザマダぁあアぁ!!クロッ!!見つケタぞクロぉ――!!』

「っるさいな……人を、犬猫みたいに、呼ぶなっての!!」


 触手に纏わりつく炎のような赤を一閃するように、俺から流れ出した黒の魔力が薙ぎ払う。途端、ガラスを釘でひっかいたような音が轟音となって赤い世界を揺らす。

(へぇー……俺が魔力を使うと、赤が蒼に変わるのか。)

 デレスの触手が氷が砕け散るように粉々になり、黒い表皮の下にあった血よりもなお赤く輝く鉱石のような肉の部分が露わになると同時に、周囲に流れる赤い大気が鮮やかな蒼色に染まる。
そして、怒り狂った悲鳴が上がるのに合わせ、赤と蒼は交じり合い綺麗な紫色へと変化していった。


『あ゛ァ゛ぁア゛――――!!!何故ダ!?何故貴様はァ!!?タダの性奴ノ分際デぇえェエ!!!』


 おっと、そう言えばちらりとロイが言っていたか。エリューティアとかいう女神様と融合したこいつは、俺が滅ぼしたナントカ帝国の生き残り云々って。
 昔のことだから、俺が存在だったってことも、知ってる奴だったんだな。……………じゃあ、いいかな?ロイの分と合わせて、八つ当たりしても。

 さっきから俺から溢れるこの黒の魔力を使う度に、世界に漂う黒砂を意識する度に、頭の中に流れ込んでくるこのどす黒く濁った呪いのような、紛れもない憎悪を、吐き出しても。
というか俺、ロイが怪我してるの見た時から冷静じゃないし。頭だけは冷えてるからなんとかなってるけど、感情的にはもう後は野となれ山となれーっ!ってなってるんだよ。

 だからだろうか、勝手にまた口が開いていく。


「何故?本気でまだそう言っているのか?哀れだな、まだ視えないのか。
 赤と黒で勝負するなら、どちらの色が勝つと思う?」


 喪った大部分の触手の代わりに、無事だったデレスの触手がまた俺へと急速に迫ってくる。今度は左右から挟み撃ちにするように弧を描いて。そして、大気を揺らす波紋もまた、目の前の化物から生まれていた。


『死ねェエェエ!!死んデ………今、今コソ神位ヲ我ニ明け渡セ人間ガァアアァア!!!』


 なんか聞き慣れない単語をほざいたな、と頭の片隅で考えながらも作業のように淡々と、赤を纏った触手を黒い鋏でチョッキン、空に浮かび上がった魔法陣は、その内に存在する黒砂を全てドッカンと爆発、おまけにタコの胴体へ再び影の剣をプレゼント。

 再び周囲が広範囲に蒼く染まる中、芸のない耳障りな咆哮が不愉快で仕方ない。それでも、眉を顰めながら頭の片隅で思考は回る。
 無意識に口にしたけど、そういうことだ。この世界の魔力というものは、色分けされているんだ。
 負化魔力は赤、純粋な自然魔力はきっと蒼、そしてそれが混ざり合った世界のあるべき色は、紫色。


 でもどの色にも、黒は染められない。
『俺』を、染めることは出来ない。


だから、《魔導の頂点レグ・レガリア》なのだ。



「死ね死ねうるさいんだよこのタコが!!お前こそロイに、俺のロイを片腕にしてッッ!!ふっざけんなこのクソタコが―――ッ!!!」


 鼓膜を痛めそうな咆哮に負けじと言い返しながら、ごっそりと自分の中の魔力を溢れ出させる。でも頭の一部分が常に冷静、とか嫌だな。つい自分でツッコんだじゃないか。


「お前が嫌いなんだよ憎いんだよ殺したいんだよだから滅べ!!!俺の世界に居座るなッ!!!二度と顔を見せるなこのドクサレエセ女神のタ――――――――コッ!!!!」


なんだこの小学生レベルの罵り合いは、って。
 ただ、俺の黒の魔力によって引き起こされた現象は、そんな可愛いものじゃなかったけど。

 俺の体から溢れ出した魔力は、俺の望むがままデレスの巨体を包み込んで尚、まだその色を深めていく。そして化物から漏れだす赤の光すら完全に塞ぎこむ、ドーム状の黒い魔力の繭が瞬き一つで出来上がった刹那。


「これでやっと、殺せる」


 酷く嬉しそうにそう告げた声が、自分であって自分じゃない気がしたのは、なぜだろう。
そんな疑問を置き去りに、繭の中から膨大な白い光が迸り――………

(あ、ヤバいこれ。しくじった…………)

自分の攻撃魔術の余波で、間抜けにも自分が吹き飛ばされるという結果を体で理解しながら、ぐるんぐるんと有り得ない程に錐もみしながらどこかへ飛んでいくのを、ただ目を閉じて耐える羽目になっていた。

(これ上に弾き飛ばされてるならまだしも、地上に向かってぶっ飛んでたらヤバいなー。自動防御魔術セルフガード信じてる、頼むぞ。………って何を言ってるんだ俺は、こんな時こそあの超便利な黒砂ちゃんの出番だろ!どっか適当な黒砂の位置に転移すればいいだけじゃん!よし、では早速、どーこだー黒砂ちゃ、ん?………んん!!??な、なっ……ない!?あれ!?どこ行った!?俺の魔力の欠片ちゃん!?なんでどこにも感じられないんだ?!し、仕方ないこうなったらまた魔力を出して直接何か魔術で……………って痛ぁあぁあああぁぁ!!?)

 吹き飛びながらも魔力をもう一度出そうとした瞬間、体中に走った鈍いような鋭い痛みは、酷く覚えがあるものだった。
嘘だろ、また魔力回路の損傷かよ。もう治ったと信じていたのにっ!なんて思いながら、いよいよ自動防御魔術セルフガードに全てを託すしかないと覚悟を決めた時だ。

 ふわり、と暖かな温もりに柔らかく包まれた。あぁ、もう目を開けなくても気配でわかる。


「カナタ!!」


 ほら、いつだって俺を助けてくれるのは、俺の一番好きな人なんだから。



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