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58.仕込み

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 カロディール王国滞在、四日目。

 昨日は丸一日、ロイに言われた通り部屋で安静にカモノハシ系ドラゴンと戯れていたので、俺の体調はもうすっかり元通りになった。だが、今度はロイに急用が入ってしまったため、今日も派手に出歩くような観光はお預けとなってしまったのだ。
 残念だけど、もしかしたらそうなるんじゃないかとは思っていたから、俺としてはあまりショックは受けていない。というのも、俺がごく短時間だが気を失った時に部屋に戻ってきてくれたロイが、それ以降ばたばた忙しそうにしていたからだ。
その上、傍目からもわかるほどに、その、ちょっと苛ついていた。

 多分俺のせいで間が悪い時に、大事な会議の途中で席を立たせてしまったんだろう。
 気絶する直前の事を俺が全然覚えていないのも、きっと心配をかけている。絵本を読んでいたところまでは、はっきり覚えてるんだけどなぁ。内容も全部覚えているのに、その後にファイと何か話してた辺りから記憶がすっぽ抜けてるんだ。
 ドラゴンことカモン、と俺だけの呼び名をつけてしまった生き物を構い倒しつつも、一応は思い出そうとはしてみたんだ。でもダメだった。
ロイにも心当たりがあるかどうか尋ねてみたんだが、余計難しい顔をして「推測の段階ゆえ、口にしたくない」と言って眉間の皺が一本増えただけ。
 そして今朝、急用が入ったと告げられた時には、それが更にもう二、三本追加されていた。

「すまぬ、カナタ。明日までには全て整える……いや、終わらせるゆえ……」

「気にしないでいいって。俺はロイの仕事にくっついて来てるわけだし、最初に十分過ぎるほど一緒に遊ばせてもらったし。もし残りの日程全部が留守番になっても、文句なんてないよ。」

 だから俺は、朝食を終えた席で物凄く残念そうに改めて告げるロイに、笑って首を振った。
 そして、昨日一日の仕込みの成果を披露するのは、今この時しかないと思ったのだ。

 テーブルの上、邪魔にならない隅で丸まっている白銀の柔らかそうな猫サイズのソレに、ちらりと視線を向ける。
すると奴も俺の視線に気づいたのか、長い首をゆっくりと上げそのつぶらな瞳で俺を見据えた。うん、やる気はあるようだ。これなら………

「というわけで!お仕事頑張ってのエールの代わりに、ちょっとした出し物やりまーす!」

「カナタ?」

 手を挙げて突然立ち上がった俺をきょとんと見つめる様すら、一枚の麗しい絵画になって絶賛されてもおかしくないロイ。
その向こうでは、いつものように壁際に控えている兎耳爺様侍従が、好々爺然とした笑みを湛えて親指を立てていた。こら、まだグッジョブするな、成功してない。

 ロイにはそのまま座っているようお願いして、いそいそとテーブルから数歩離れて、俺は急遽結成したコンビの名を呼んだ。

「おいで、カモン!」

カモン、Come onかもん!とかもホントは言いたかったんだけど、流石にこのダジャレは異世界じゃ通じにくそうだからやめておいた。

「きゅぴっ!」

 俺の声に機敏に応えた大型猫サイズのドラゴンが、テーブルの上で数歩助走をつけ、翼を広げて差し出した腕へとすぐさま飛んでくる。
気分は鷹匠かな。勿論やったことなんてないし、実際に見たことすらないけど。

 そしてロイの前で披露するのは、昨日一日かけてこっそり仕込ん……親交を深めた結果、こいつに覚えさせた芸だ。まぁ、つまるところ、犬扱いしてみたらマジで魂が犬だったんだわ、こいつ。

「お手!おかわり!尾っぽ!」

「きゅ、きゅ、きゅーぅ!」

 俺が差し出した手に、意外に太くしっかりとした柔らかな前足をリズミカルに交互に乗せた後、長く滑らかな尾の先がタシッと音を立てる。その尾を軽く掴みながら、カモンの目を見て言う言葉は

「死んだふり!」

「きゅーん………」

 ガクッと脱力したドラゴンが、尻尾を掴まれたまま逆さ吊りでゆーらゆーらと揺れた。
これ、見た目は尻尾に負担がかかっているように思えるが、実はこいつ、この状態でも自分の羽根で軽く浮いているという芸達者なのだ。

…………………ぽかーんとしたままのロイの反応が怖くてそろそろヤバいが、ここまで来たら最後までやり切らねば!!

「はい、復活レイズデット!!」

「きゅぴぴぴッ!!」

 ゲームみたいにそれっぽい単語を唱えれば、シャキーンと音がしそうなほどに力強く翼を広げたカモンが再び宙に浮き上がる。と同時に尻尾を放してやれば、練習通り空中でホバリングのように静止する。

それに向かって、指鉄砲を作り

「最後だ!ばーんっ!!」

「きゅーきゅーきゅーきゅ~~~~~~!!!」

 俺の合図とともに、多分ドラゴン語で「やーらーれーた~~!」と叫ぶカモンが、自ら勢いをつけてロイの胸元へと突っ込む。――――わりと、すごい速さで。
 あれ?こいつ練習中にこんなスピード出してたっけ?もっとゆっくり飛んで行かなかったか?え、まさか空気読んでこれが本番だからって気合入りまくってる?!
 ヒュンッと不穏な風切り音に少しだけびっくりしたものの、飛んで行ったドラゴン弾丸は見事ロイに片手でキャッチされた。


 そして流れる沈黙。


 ややあってパチパチパチ!!!!とファイが盛大に拍手をしてくれる音が上がるが、ロイはカモンの首根っこを掴み上げたまま、未だ微動だにしない。
…………………ヤバイ、スベッタ。

 ロイのいない間にカモンが意外と調子よく芸を覚えてくれたから、どこかで披露したいとは昨日の夜からずっと思ってたんだ。で、ちょーっとストレスフルなロイの気分転換も兼ねて、今がその時、のはずだったんだけどなぁ~……。

「………えと、お粗末様……でした………」

 渾身のネタがスベッタ芸人さんの気分を味わいつつ、乾いた笑みで俺がどうにかそうしめたところで、ロイがようやくカモンをテーブルの上にぎこちなく戻しながら、もう片方の手でその顔を覆った。

あぁぁぁこれは絶対過去最高に呆れてるわ!ひとが忙しい時に何やっちゃってんのコイツ、とか思ってるパターンだって!!
なんて冷や汗だらだらで固まっていると、

「ふ――くくっ……」

 一瞬聞き間違いかとも思ったが、それは確かにロイが漏らした笑い声で、しかも次第に大きくなっていくではないか。

「は、はははっ!カナタっ……!くくっ……皇竜に、皇国の守護竜とも謡われるドラゴンの中のドラゴンにっ………ふははっ!よもや、このような芸を仕込むとは………ッッ!!」

 わーお。声を上げて笑うロイとか、レア中のレアじゃん。肩めっちゃプルプルしてるし、顔は絶対に見せようとしてくれないけど、かなり大ウケしたのは間違いない。
 良かった良かった、と胸をなでおろしつつ、俺も席に戻った。それと同時に、ファイがそっとロイの前に水が入ったと思われるグラスを置く。

 その後ひとしきり笑い終えたロイがそれを飲み干しながら、愉し気に教えてくれたのだが、カモンことカモノハシドラゴンって絶滅危惧種なだけじゃなく、神聖視もされているらしい。特に皇国を中心とした地域では。
多分、地球でいうところの宗教上の神聖な生き物に対するのと同じか、もっと強く敬われている感じだろうか。
だからこそ、ドラゴンの保護も昔から取り組んでいるし、移動に使っていいのも皇帝だけなのだとか。

 そんな存在に勢いで犬並の芸を仕込んだの誰だよ。うん、ごめん。
でもな、カモンだって結構乗り気だったぞ?流石に省いたけど、へそ天とかちんち〇とかもほぼ一発でマスターしたからな、こいつ。

「ふっ……くく……。しかし、良いものを見せてもらった。私もカナタの為に、負けずと仕込むとしよう。」

 まだ時折喉元で笑いながらそう呟くロイの瞳は、殊更愉し気に眇められる。何のことを言っているのか見当もつかないが、どうやらロイの気分転換にはなったらしい。
 一仕事終えて間違いなくドヤ顔で見上げてくるカモンの頭を撫でながら、俺も機嫌よく頷いた。

「仕事の話はわかんないけど、無理しない程度に頑張ってな、ロイ。」

「ああ感謝するぞ、カナタ。」

 そこで、そろそろお時間です、と告げるファイに促されてロイは腰を上げた。
 予定ではカロディールへの滞在は十日間だから、旅行期間もまだまだある。ロイにはああ言ったけど、もう二、三度くらいは少しだけでもまた一緒にこの国を楽しめたらいいな。

 こっそりそう思いながら、部屋から出ていくロイに小さく手を振って見送った。
…………………なんかマジで今の俺、新妻みたいじゃないか?

 はたと気づいた事実に赤面して、寝台に一人ダイブして悶絶したのはこの直後だった。


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