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56.■■ 夜に請う 前編 ■■
しおりを挟むただ退屈で、無為な時間を過ごすだけの旅路という名の移動時間が、かくも幸福に満ちていたことが未だかつてあっただろうか。面倒なだけの他国滞在を、ここまで心の底から愉しめたことがあっただろうか。
答えは藍色をした薄手の夜着を纏って寝台に転がる、最愛の笑みが全てだろう。
「は~~~楽しかったな、ロイ。皇国とは全然街並みも違うし、ご飯もまた違った美味しさがあるし、お風呂はまさかの檜風呂だし。」
疲れた~、と言いながらも楽し気に語るカナタの声音は途切れることなく、彼が初めて訪れた異国の印象を紡ぐ。それにしばし耳を愉しませてもらいながらも、私は僅かばかり思索に耽る。
アジノスとの遭遇以降、カナタの性格や態度には明確な変化が現れるようになった。簡潔に言えば、《魔導の頂点》としてのカナタが、時折表に出てくる。
そしてその変化に一番戸惑っていたのは、他ならぬカナタ自身であった。
何気ない会話の中で突如零れた冷めた一言の後に、どうしようなんか勝手に口が動く、と眉根を下げていたり、兄姉弟子の愚かな蛮行に対して無言のまま足蹴にした直後に、はたと思い出したように顔を強張らせることもあった。
その後決まって、ちらりと私の顔色を伺うのだ。
僅かに揺れる黒曜の瞳が、『嫌われるかな?嫌われたかな?』と不安を雄弁に語る度に、私は繰り返し同じ言葉を贈った。
どのようなカナタでも愛しいと想う。故にその意のままに振舞えばよい、と。
事実、《魔導の頂点》の姿が垣間見えることは、今の私にとっては懐かしくもあり、この存在が失われなかったことへの明確な証左でもあり、例え一片であろうともそれに対して負の感情が生まれることはあり得ぬ。
そんな私の繰り言に、ようやくカナタが安堵の表情を浮かべてくれた時には、胸をなでおろしたものだ。
ただ、それでも《魔導の頂点》としての一切を忘れたカナタにとって、その片鱗が知らず自分を覆う事への違和感は強いのだろう。
以前よりも、僅かに影を纏う表情が増えた。
ならば元凶となった存在を、アジノスとルーファウスを遠ざけようかとも考えたが、それはカナタ自身が望まなかった。私以外の魔術師との交流の中で、『自然魔力を視る』ヒントを模索しているようだ。
残念ながら、受け継いだ《魔導の頂点》の記憶の中でさえ、私では其れを視る事は出来なかったのだ。
何の手助けも出来ぬ口惜しさを久方ぶりに覚えながら、カナタが根を詰め過ぎぬよう皇都の散策を増やしてはみたものの、やはり同じ城下を何度うろついても十分な気分転換にはならぬ。
故に、この外遊は正解であった。
多少強引に予定をねじ込みはしたものの、こんな時の為の友好国であろう。この短期間で、見事に私とカナタの受け入れ態勢を整えたあの若造も成長したものだ。
記憶を喪って以降、初めて見たドラゴンやその背に乗っての空の旅、異国の物珍しさ。その新鮮な刺激に以前と同じように屈託なく笑うカナタを眺めながら、自然と自分の口元が緩むのを自覚した時だ。
「あとペネリュート王って独身だったんだな。王様っていうから、てっきりハーレムでもあるのかと思ってたし。もしかして独身だから新婚旅行なんて勘違いしたのか?……って新婚、旅行?じゃ、この部屋ってもしかし……て―――……あ…………」
広い寝台の上で、柔らかな枕の一つを抱き込みながらゴロゴロと気持ちよさそうに転がったり、背伸びをしながら話し続けていたカナタの動きが、止まった。
湯上りでほんのり色づいた血色の良い顔、そこに僅かだが赤味が強くなったのを見るまでもなく、何を想像したのかは手に取るようにわかる。
むしろ、ようやく気づいてくれたか。
寝台から少しばかり離れたソファーで嗜んでいた寝酒のグラスを、これでやっとテーブルに置くことが出来そうだ。
「そうだな。形式上、初夜のために用意してくれた部屋であろうな。」
「ぶっふぉぁあ!!??」
カナタの世界にも同じように新婚旅行なる行事がある事は、知識として識っている。
それを踏まえて、わざとペネリュート王が誤解するように仕向けたと教えるつもりはないが、せっかくのカナタとの旅なのだから、多少は私も羽目を外してもよかろう。
予想通り直接的な言葉に相変わらず顔を赤くして、あわあわと狼狽える姿に愛おしさが募る。このような姿を見せてくれる日が来るなど、どうしても夢のような奇跡にしか思えぬのだから。
「や、あの……でもこ、ここ壁薄そうだし……はっ!あれ、あいつがいるじゃん!カモノハシっ」
「皇竜ならば先ほどファイに預けた。腹を出して寝ていたままだったぞ?」
「は!?え?!いつの間にっ?!って……ちょ、ちょっ……え、あ…う……」
カナタが身を起こした寝台に乗り上げ、今更ながら後ずさろうとする細い体を再びシーツへと沈めた。
もう数えきれぬほどに睦み合っているというのに、こうして恥じらうカナタに余計に熱を煽られるのだと白状したならば、積極的なカナタを見れるであろうか?
いや、閨事についてはやはり細心の注意を払う必要がある。
喪われた時の向こうに沈んだ記憶を、決して呼び覚ますことがないように。
そう自戒を込めながら、言葉ほどに抵抗のない、むしろ迎えるように顎を上げてくれたカナタへ触れる程度の口付けを贈る。数夜ぶりではあるが、いつも通りの、睦み合いの始まりのように。
「ん……な、なぁ、灯り……もちょっと、落とそう?」
いつもと同じその懇願にも頷き、簡易魔法で室内の灯りの明度を一斉に下げれば、ようやく肩の力を抜いたカナタから先ほど贈ったのと同じような口付けを返された。
そうして、手に馴染んだ細身の肢体を今宵もゆっくりと暴いていく。
夜着をはだけさせ、薄く色づいた肌の上で小さく存在を主張する胸の先端を一つは指先で摘み、残りは舌先で転がし緩く歯を立てる。それだけで、鼻から抜けるような甘い吐息を零したカナタが、慌てて自分の手でその口を塞ぐ。
集中して視ればカナタであれば簡単に、この寝台だけでなく部屋自体にも施されている防音魔法の結界がわかりそうなものだが。幸い、異国の地にはしゃいでいたカナタはそれにまだ気づいていないらしい。
ならば、いつもとは違うこの趣向を愉しむべきであろう。
「っぁ…んっ……、え?ロイ?―――なに、企んでんの?」
ふむ、思わず顔に出ていたか。
至近距離で訝し気に眉根を寄せたカナタに、なんでもないと応えて愛撫を再開した。
そうして、テラスに差し込む双子月の淡い光が影を変える頃には、薄暗い室内で淫靡な水音と共に最愛の小さな啼き声が奏でられていた。
「はっ……ぁ!あっ…んぅうっ!……ろ、いっ…も、それっ!やめっ……ひぁっ!?っんん!」
積み重ねられた枕に背を預け、背面座位の体勢でカナタの項に軽く歯を立てながら、掴んだ腰をゆっくりと揺する。
一糸纏わぬ姿で大きく足を開かされ、自重すら思うままにならぬカナタが胎内の最も弱い部分を気まぐれに刺激され、思わず声を上げた後にまたその手を口元に運ぶ。
密着した薄い背中越しに、早鐘のように鳴る心音すら愛おしく感じながら、熱い胎内に包まれる心地良さと締め付けの強さに、私も少しだけ息をついた。そのついでに、背後から形の良い赤く染まった耳元に唇を寄せて囁く。
「カナタ、今宵はいつもよりナカが熱いぞ?」
「ひ、あッ!?」
耳朶を食み、片手を細い腰からカナタの中心へと指を絡ませれば、途端に腕の中の躰が跳ねる。
声を抑えようとして、それでもどうしても漏れてしまう嬌声に、いつもよりカナタの羞恥が強いのだろう。そしてその分、快楽に従順な躰は素直に悦んでいたようだ。
熱く濡れそぼった花芯の先端を指先で強めに抑えながら、再び扇情的な肢体を揺すればついに甘やかな啼き声が隠されることなく、響き渡った。
「ふ、ぁっあっ――――!!もっ…らめッらって!これぇ気持ちいぃッ!!あっ!ぁあッ!!やっあぁッ!!」
互いの躰が繋がる場所から、ぐちゅぐちゅと粘着質な音が響くなか、蕩けた顔をしているであろうカナタを十分に眺められない事に僅かばかり口惜しくなるが、今はカナタも限界であろう。
最愛の扇情的な様子を愛でるのはこの後にするとして、まずは一度互いの熱を解き放つとしよう。
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