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54.被害者一名
しおりを挟む誰だよ、早めに昼ご飯したから昼寝には丁度いいよな、とかいって、最上級抱き枕の誘惑に抗えなかったヤツは。
そう、俺だよ!!
「……………なんで?なんで寝て起きたらちゃんとしたベッドにいて、なんでロイじゃなくて、よりにもよってカモノハシに添い寝されてるわけ?」
「きゅぴんっ」
ぐっすり眠った心地良さを覚えながら、横になったまま隣にあるはずの温もりを寝ぼけながらも確かめようとした結果、現実にうちのめされた俺の口からは、そう淡々と思考が漏れていた。
しかもそんな俺を見上げ、可愛らしく小首をくるりと傾げ、上目遣いで柔らかな鳴き声を上げるのはあのドラゴンと呼称される、カモノハシ型生物。
―――の、超小型バージョンだった。
先端が丸みを帯びた細長く平べったい黒の嘴と、そのつぶらな黒い瞳以外は全て白銀の体毛に覆われた、翼の生えた姿。それはどこからどう見ても、つい今しがたまでその背に俺たちを乗せて空を舞った生き物に違いない。
違いない、のだが、今のこいつのサイズはちょっと大きめの猫くらいしかない。そんな謎生物が、なぜか俺と一緒のベッドで、しかも同じシーツまで被ってスピスピ寝ていたのだ。
……………やけにロイの鼻息がするな、と寝覚めに思ったら犯人お前かよ。
その上、身を起こした俺が胡坐をかいたまま呆然としているのをいいことに、そいつは欠伸をしながら俺の足の間にいそいそとやって来るとくるりと体を丸め、その長い尻尾を枕のように顎下に置き、背の小さな蝙蝠翼を一度震わせて畳むと、再びスピスピと鼻息を立て始めたのだ。
まるで二度寝すると言わんばかりに。
「そうか、ドラゴンはペット枠か……………」
ひとしきり足の間に落ち着いた生き物へのツッコミを終えると、寝起きの頭もようやく回り始めるというもので。
丁度そのタイミングを見計らっていたかのように、ベッドを覆っていた御簾のような暖簾が一部、シャラリと音を立てながら静かに巻き上がっていく。と、同時に聞き慣れた柔和な声音が響く。
「シン様、お目覚めでございますか。」
いつ見ても皺ひとつなくピシッと整った執事服を着こなす爺様兎の侍従が、いつもと変わらぬ好々爺然とした笑みを浮かべながら、俺が尋ねるよりも先に色々と説明をしてくれた。
はい、いつも通りに寝過ごした俺。寝てるうちにカロディール入りしてました。…………旅行の醍醐味は!?新しい土地に!しかも空路でやって来て!到着の第一歩の感動をロイと分かち合ったりしたかったのに!?
ロイもせっかくなんだし、起こしてくれてもなぁ………いや、ロイのことだ。きっと昨夜、港町で夜の散策が出来なかったから、今日はそんなことにならないよう、しっかり俺に睡眠をとらせてくれたに違いない。なんたって目的地に到着した初日なんだし。
胸元までボタンが開いた紺地のシャツに、下は下着という昼寝モードから一転、ファイに着せ替えてもらい皇宮をうろついているよりは多少おしゃれ度のアップした姿になった俺。
どこが、と言われれば藍色ジャケットの腰や胸元にチャラチャラ細かい宝石が連なったチェーンがついていたり、ズボンがまさかの白だったり、横髪がキラキラヘアピンで留められていたり。
自分のセンスだったら絶対着る勇気ないよな、という格好なんだがおそらくロイのコーディネートだろうし、ファイも若干テンション高めに用意してくれたものだから、きっと変じゃない……はずだ。
「いよっし………じゃあ俺はちょっと街でも覗いて来ようかな。ロイがいないってことは、仕事だろ?」
そんな自分の姿を姿見で軽く確認した後、異国情緒溢れる室内を見回しながらファイに確認してみた。ちなみにあのなんちゃってドラゴンは、全力スルーした。スピスピ言いながらまだベッドで爆睡してるし。
(この部屋……御簾っぽいのとか、ベッドも寝台っていうのか?そんな感じだし、なんだっけ……平安時代の寝殿造りみたいな内装っていうのか??流石に床は絨毯っぽいし、靴で歩いてるけど――)
あの扉は引き戸だし材質だと障子っぽいよなぁ、と和の雰囲気が溢れ出る部屋に不思議な感覚になっていると、その白く長い耳を、なぜかへにょりと萎れさせた爺様がっ!
「シン様のお望みとあらば、否やはございません。ございませんが――もう少々、陛下をお待ち頂いてもよろしゅうございますか?
このまま街へお連れする態勢も整えてはございますが、シン様のおられぬこの部屋へ戻られた時の陛下のお嘆きが、ありありと目に浮かび………」
「あ、はい!了解です!大人しく待ってます!」
ここで頷かなかったらきっとまた遺書を認める時間を、とか言い出しかねない。
お年寄りには優しく、もあるけれど普段ファイには身の回りのことで特にお世話になってるしな。できる限り迷惑はかけたくないのだ。
だが、そうなるとこの空いた時間に視線はどうしてもベッドの上の生き物に戻ってしまうわけで。
「……………あのさ、なるべくなら触れずにいたかったんだけどさ……アレって……やっぱり、アレなわけ?」
「はて?……そういえば陛下ではなく、シン様の下に残っていたのですな。これは重畳、ドラゴンにも懐かれるとは。ふぉふぉ。」
そう満足気に笑った爺様曰く、詳しい説明は陛下が愉しみにとっておられますので、とのことだ。
どんだけ俺の反応愉しみにしてるんだよ、ロイは……。あ、でももう小さくなれるっていうのは解ったからな。そこがきっと一番の驚き所だろ?
そんなどうでもよさそうなことを真剣に考えながら、ラタンチェアのように座面と背もたれが植物らしき物で編み込まれた椅子に座り、ファイが用意してくれたお茶を頂いていると――
スパーン!と漫画のように障子戸が、突然勢いよく開いた。
「っ……起きてしまったか、カナタ……」
露骨に残念そうな顔すんなよ、オイ。と普段なら言えただろう。
だがな、自分で扉を開けたまま仁王立ちしているロイの姿は、今まで俺が見たことのない程にキラキラした、ザ・皇帝陛下だった。
いや、皇帝っていうよりどこの神様?って聞いた方が正しい気がする。
白地に金で彩りされたローブ?法衣?とにかくそんな感じの服は俺以上に宝石やら刺繍やらで飾られ、その上に羽織った深紅のマントもただの糸じゃないだろってくらい、光の当たり方で色味が変わって綺麗だし、何より大抵は下ろされたり肩口や首元で括られてるだけの、あの長い金の髪がセネルさんみたいに頭の上でお団子になっててしかも一部三つ編みだったり簪っぽいのも数本シャラシャラ長い飾りを揺らして刺さって――――。
「あー……これ、次元が違うってやつだ。もはやカッコイイとか女っぽいとかじゃないわ。後光が差してる。ありがたやーありがたやー」
眼福も極まると手を合わせずにはいられない、そんなことを初めて実感しながら神々しいロイを拝んでいると、室内に視線を走らせた当の本人は、これまた残念そうにベッドの上の生き物に視線を留める。
「ち…………やはり、儀礼上の会談などすっ飛ばしてカナタの傍にいるべきであったな。」
「いや、いくら表向きとはいえ、それをされては何のために我が国を訪ったか意味がなかろう。ヴェルメリア帝よ。」
忌々し気に小さく呟くロイの後に、ため息交じりに告げられたその声音は、なんとなく聞き覚えがある気がした。このどこか無理に言い回しを頑張ってます、という気配がなくもない若い張りのある男の声は。
「そうそう、ペネリュート王だ。お久しぶり。」
ひょい、とロイの後ろから現れた爽やかな男前の顔と、その特徴的な黄味の強い茶色の羽根をした頭にそう手を振って声をかけると、なぜか一瞬でその姿が消えた。
はい?と俺が目を瞬くことしばし、ロイが呆れたように後方を一瞥した後、長いマントやローブの裾を上手く翻しながら室内へと歩を進める。と、床に膝をついて見たままorz体勢になっている男前が、その背の大きな黒翼をわっさわっさと羽搏かせている姿をようやく確認できた。
「……………なんだ?どしたの?具合悪くなった?」
「慣れぬ者には破壊力が強すぎたのであろう。
それより皇竜はどうであった?驚いたか?それにその装いも格別だな。ファイ、当然まだ誰にも見せておらぬな?街へ向かう支度を整えよ。晩餐会までにまだ時間は十分あろう。カナタ、起きてから何か食べたか?まだなら今のうちに少しだけ、何か腹に入れておくといい。昼食が早かった上にティータイムは寝過ごしていたからな。」
矢継ぎ早に質問と指示を飛ばすロイに、俺は頷くか首を横に振るだけで精一杯だったが、ファイはてきぱきとロイの衣装を脱がせたり髪を解いたりしながら受け答えしている。
って、ペネリュート王がいるんだけどいいのか。放置なのか。
「ちょぉ待って下さいって!明日からもたっぷり時間はとってあるッスから、《魔導の頂点》交えて少しは話を詰めさせて欲しいッス!」
なぜか口元、いや鼻か?を抑え、これまたなぜか素の口調になって立ち上がったペネリュート王。
よく見れば、こちらも以前一度だけ会った時とは全く違う、きらきらした豪華版のオレンジスーツに白マント姿だ。並んで立つ相手がロイでなければ、まぁかっこいいんじゃないの?と思えるくらい様になっている。……馬子にも衣裳の俺が言える立場じゃないがな!
まぁそんなことは置いといて、ファイのいれてくれた美味しいお茶、今回はフルーティな紅茶みたいなそれを口元に運びながら、俺は彼の言葉の意味を尋ねた。
「話って、俺なんかに詰めるような話があるのか?俺のことは、いてもいないものって感じでいいよ?ロイが忙しい時は部屋で一人ゴロゴロしててもいいし………」
早着替えを終えたロイが俺の隣の椅子に座り、解き放たれて幾分か乱れた長い髪をその後ろに立ったファイが慣れた手つきで丁寧に、だが素早く整える。そんな中、俺たちを見下ろす空色の瞳が数度瞬いた後、ひたとロイへと向けられると――
「え?だってコレって極秘の新婚旅行っスよね?」
お茶ふいた。
ごめんよ、俺の正面にいた鳥頭さん。
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