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53.街>>イマココ(海)>>目的地
しおりを挟む~~ イルレンキ大陸カロディール王国。
二十年程前に起きたクーデター未遂事件により一時大きく国力を落としたものの、その肥沃な大地と良質な魔石の産出地であることを活かし、国土面積としては小国とみなされるにもかかわらず、今では大国に引けを取らない小さな巨人と呼ばれる国である。
王国民は鳥系の獣人が多くを占め、なかでも最も大きな翼を持つ冠大鷲の一族が建国以来、王家として国を治めている。
気候は温暖湿潤であり、季節によって暑さ寒さが様変わりするため多様な食文化と空調魔法技術に秀でている。
その他特記事項としては、政変勃発時に介入し民衆への被害を抑えたばかりか、ユーレンシア大陸一の強国であるヴェルメリア皇国との橋渡しを担った《魔導の頂点》の恩寵により、今日のカロディール王国があるといえる。 ~~
「………何度読んでも、お、おぅって感想しかないんだよなぁ……」
仄かに感じる潮風の香りにも慣れ切ってしばらく、カモノハシ的なドラゴンの背に揺られる中、俺は白く大きな座椅子に寝転びながら読み返していた本を、パタリと閉じた。
昨日泊まったユーレンシア大陸の海沿いの街、フレイリール連邦の『カリアン』というらしい港町を予定通り早朝に出発した俺たち、超団体さん一行は只今順調に海の上を飛行中だ。
港町ではほんと寝るために泊まります、って感じだったから観光なんて出来なかったのがちょっと残念だったけど。
と言っても、どう見てもロイヤルな感じの領主様っぽい人が出迎えてくれた街の館で、ロイと二人で夕食を食べた直後に、おやすみ三秒の勢いで俺が寝落ちしたせいだが。
「食事の後に少しだけ街を見て回るか?」と聞いてくれたロイに、「うん、い……出かけたい!港町って賑やかなんだろうな」と新たな屋台にも巡り合えるだろうと期待をしていたんだが、腹いっぱいになってちょっと休憩、とソファーに寝転んだのがアウトだったんだ。
翌朝、目が覚めたらカリアンの城壁の外でロイにお姫様抱っこされてたとか、もうツッコミしかない。なんで俺起きないの?なんで抱き上げられてても平気で爆睡できるわけ?
そうこうしている合間にも、防衛上の観点で街の外でそのまま野営していた団体の皆さんはてきぱきと出立の用意を整え、大欠伸をしている例のカモノハシに俺たちも乗り込めば、いざ空の旅再び、だった。
俺だけ街のベッドで寝ちゃってごめん、と同じ団体の人たちに少々申し訳なく思ったが、そりゃ街があるのに皇帝陛下に野営させるのも無理か、と自分を納得させたけど。…………次があるなら、もしできるなら、少人数旅行希望したいな。無理か、無理だな。
そうして本日はいよいよ目的地のカロディール王国に到着する、ということで暇つぶしを兼ねて持って来ていた本、『ウルスタリア全国版』という世界地図に各国紹介が簡単に載っている物を読み返していたところだ。
ちなみにロイは隣の天幕で何やら仕事中なので、俺はお留守番。一緒に行っても良かったのだが、流石にここのところロイにべったりくっつきすぎなのは自覚があるからな。
カロディールに着いたら、ロイの大事な仕事もあるだろうし、流石にひっついてばかりはいられないだろうから、今からちょっと慣らしておくか、と独りで俺とロイ用の天幕に残っているわけだ。
(あー……でもヤバイ、マズい。まだ一時間も経ってないだろうに、落ち着かなくなってきた。)
寝転がったまま組んだ足を片方ぷらぷらさせながら、他にいい時間つぶしはないかと考える。こんな時、監視魔術とやらがしっかり自分のモノに出来ていたら、こっそりロイの様子を眺めて和めるのに。
だが残念ながら、それっぽいことが出来たのは俺が寝ぼけていた時か、前後不覚にブチ切れたあの時くらいだ。
試さないから一応コツだけでも、と以前ロイに教えてもらったことはあるのだが、やけに渋い顔をした皇帝陛下が一言「見るのではない、感じるのだ」と呟いただけだった。……………その鉄板ネタ知ってんの?とツッコミかけたが、そう言えばこの人、元の世界での俺の知識持ってるんだったーと思い直してとりあえず黙ったまま頷いて、その話は終わってしまったな。
きっとその時は俺の怪我の治り具合を気にしてくれたんだろうけど、実はこの三日ほど痛みらしい痛みがないのだ。これはもしや、完治したのでは?俺!
うん、きっとそうだ。そうに違いない。ということは、少しだけなら魔力的なモノをあーだこーだしてみても良さそうだ、うん。
では早速、目を閉じて意識を集中して、声に魔力を乗せるあの感じで体の中の何かをぶつけるんじゃなくて、どうにか動かし―――
「何をしている?カナタ」
「うぎゃ!?」
突然名前を呼ばれた直後、ガシッ、と頭を片手でむんずと掴まれた。しかも割と強く。
思わず情けない声を上げながら見開いた視界の先にいたのは、にっこり笑顔の、でも目は全く笑っていない皇帝陛下様々でした。
「カナタ?」
「や、ちょっと寝ようかなーって…………」
ぐぐぐ、と頭に籠る力がだんだん強くなってるのは、俺の気のせいだよな?
「ほう?では魔力の揺らぎのようなものを感じたのは、私の気のせいか。」
「だと、思いますよー……?それより、あの、仕事は?」
もしかして、さっきのは上手くできかけてたのかもしれない。なんて思考は絶対悟られるわけにはいかないので、笑って誤魔化しながらそう小首を傾げてみた。
座椅子の横に片膝をついて俺を覗き込んでいたロイは、しばらく無言でその紫色の瞳を眇めた後、やがて小さなため息をひとつ零してから、俺の隣にその身を横たえた。
「え?ロイ?」
その胸に抱き込まれて、いつもの体勢に自然と落ち着いてしまいながらも、間近にある綺麗な顔を見上げると
「眠るのだろう?午睡には丁度良い。起きる頃にはティータイムか、カロディールが間近であろう。」
そう言って、俺の額に小さな口づけが一つ。
そりゃ朝が早かったぶん、普段の昼食の時間よりも早めに食事を済ませたから、昼寝にはいい時間なんだろうけど。いいのかな?カロディールでなんか大切な仕事があるんだよな、こいつ。
なんて考えていると、ロイの指先が虚空をスッとなぞるとそこに、青い魔法陣が浮かび上がる。
(ん?あれ??――――色が、違う??)
魔法陣が浮かび上がる直前、さざ波のような波紋が宙に見えることが最近は多かったのだが、その色が今は違う。いつもは確か――………
「ファイ、しばらく休む故、後はいつも通りに。――どうした、カナタ。」
「………ん、なんでもない。ロイがあったかいから、眠くなってきた………」
そう言って目を閉じて、その胸に顔をこすりつけるようにして埋めれば、すぐに背に回された腕に優しく包まれた。
世界で一番心地良い空間で、本気で睡魔が忍び寄ってくるのを自覚しながら胸に一つ、メモを書き添える。多分見つけたんだ、自然魔力ってもののヒントを。
(だからってどうもこうも出来ないから、何も変わらないんだけどな。まぁなんかの切欠にはなるだろ……………多分。)
これだけでも、旅行する甲斐があったかもしれない。あ、勿論、当然、ロイと一緒に観光するのが主目的だからな!
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