上 下
54 / 89

53.街>>イマココ(海)>>目的地

しおりを挟む


~~ イルレンキ大陸カロディール王国。

 二十年程前に起きたクーデター未遂事件により一時大きく国力を落としたものの、その肥沃な大地と良質な魔石の産出地であることを活かし、国土面積としては小国とみなされるにもかかわらず、今では大国に引けを取らない小さな巨人と呼ばれる国である。
 王国民は鳥系の獣人が多くを占め、なかでも最も大きな翼を持つ冠大鷲の一族が建国以来、王家として国を治めている。
 気候は温暖湿潤であり、季節によって暑さ寒さが様変わりするため多様な食文化と空調魔法技術に秀でている。
 その他特記事項としては、政変勃発時に介入し民衆への被害を抑えたばかりか、ユーレンシア大陸一の強国であるヴェルメリア皇国との橋渡しを担った《魔導の頂点レグ・レガリア》の恩寵により、今日こんにちのカロディール王国があるといえる。 ~~


「………何度読んでも、お、おぅって感想しかないんだよなぁ……」

 仄かに感じる潮風の香りにも慣れ切ってしばらく、カモノハシ的なドラゴンの背に揺られる中、俺は白く大きな座椅子に寝転びながら読み返していた本を、パタリと閉じた。

 昨日泊まったユーレンシア大陸の海沿いの街、フレイリール連邦の『カリアン』というらしい港町を予定通り早朝に出発した俺たち、超団体さん一行は只今順調に海の上を飛行中だ。

 港町ではほんと寝るために泊まります、って感じだったから観光なんて出来なかったのがちょっと残念だったけど。
と言っても、どう見てもロイヤルな感じの領主様っぽい人が出迎えてくれた街の館で、ロイと二人で夕食を食べた直後に、おやすみ三秒の勢いで俺が寝落ちしたせいだが。

「食事の後に少しだけ街を見て回るか?」と聞いてくれたロイに、「うん、い……出かけたい!港町って賑やかなんだろうな」と新たな屋台にも巡り合えるだろうと期待をしていたんだが、腹いっぱいになってちょっと休憩、とソファーに寝転んだのがアウトだったんだ。
 翌朝、目が覚めたらカリアンの城壁の外でロイにお姫様抱っこされてたとか、もうツッコミしかない。なんで俺起きないの?なんで抱き上げられてても平気で爆睡できるわけ?
そうこうしている合間にも、防衛上の観点で街の外でそのまま野営していた団体の皆さんはてきぱきと出立の用意を整え、大欠伸をしている例のカモノハシに俺たちも乗り込めば、いざ空の旅再び、だった。

 俺だけ街のベッドで寝ちゃってごめん、と同じ団体の人たちに少々申し訳なく思ったが、そりゃ街があるのに皇帝陛下に野営させるのも無理か、と自分を納得させたけど。…………次があるなら、もしできるなら、少人数旅行希望したいな。無理か、無理だな。


 そうして本日はいよいよ目的地のカロディール王国に到着する、ということで暇つぶしを兼ねて持って来ていた本、『ウルスタリア全国版』という世界地図に各国紹介が簡単に載っている物を読み返していたところだ。
 ちなみにロイは隣の天幕で何やら仕事中なので、俺はお留守番。一緒に行っても良かったのだが、流石にここのところロイにべったりくっつきすぎなのは自覚があるからな。
カロディールに着いたら、ロイの大事な仕事もあるだろうし、流石にひっついてばかりはいられないだろうから、今からちょっと慣らしておくか、と独りで俺とロイ用の天幕に残っているわけだ。

(あー……でもヤバイ、マズい。まだ一時間も経ってないだろうに、落ち着かなくなってきた。)

 寝転がったまま組んだ足を片方ぷらぷらさせながら、他にいい時間つぶしはないかと考える。こんな時、監視魔術とやらがしっかり自分のモノに出来ていたら、こっそりロイの様子を眺めて和めるのに。
だが残念ながら、それっぽいことが出来たのは俺が寝ぼけていた時か、前後不覚にブチ切れたあの時くらいだ。

 試さないから一応コツだけでも、と以前ロイに教えてもらったことはあるのだが、やけに渋い顔をした皇帝陛下が一言「見るのではない、感じるのだ」と呟いただけだった。……………その鉄板ネタ知ってんの?とツッコミかけたが、そう言えばこの人、元の世界での俺の知識持ってるんだったーと思い直してとりあえず黙ったまま頷いて、その話は終わってしまったな。

 きっとその時は俺の怪我の治り具合を気にしてくれたんだろうけど、実はこの三日ほど痛みらしい痛みがないのだ。これはもしや、完治したのでは?俺!
うん、きっとそうだ。そうに違いない。ということは、少しだけなら魔力的なモノをあーだこーだしてみても良さそうだ、うん。
 では早速、目を閉じて意識を集中して、声に魔力を乗せるあの感じで体の中の何かをぶつけるんじゃなくて、どうにか動かし―――

「何をしている?カナタ」

「うぎゃ!?」

 突然名前を呼ばれた直後、ガシッ、と頭を片手でむんずと掴まれた。しかも割と強く。
思わず情けない声を上げながら見開いた視界の先にいたのは、にっこり笑顔の、でも目は全く笑っていない皇帝陛下様々でした。

「カナタ?」

「や、ちょっと寝ようかなーって…………」

ぐぐぐ、と頭に籠る力がだんだん強くなってるのは、俺の気のせいだよな?

「ほう?では魔力の揺らぎのようなものを感じたのは、私の気のせいか。」

「だと、思いますよー……?それより、あの、仕事は?」

 もしかして、さっきのは上手くできかけてたのかもしれない。なんて思考は絶対悟られるわけにはいかないので、笑って誤魔化しながらそう小首を傾げてみた。
 座椅子の横に片膝をついて俺を覗き込んでいたロイは、しばらく無言でその紫色の瞳を眇めた後、やがて小さなため息をひとつ零してから、俺の隣にその身を横たえた。

「え?ロイ?」

 その胸に抱き込まれて、いつもの体勢に自然と落ち着いてしまいながらも、間近にある綺麗な顔を見上げると

「眠るのだろう?午睡には丁度良い。起きる頃にはティータイムか、カロディールが間近であろう。」

そう言って、俺の額に小さな口づけが一つ。
 そりゃ朝が早かったぶん、普段の昼食の時間よりも早めに食事を済ませたから、昼寝にはいい時間なんだろうけど。いいのかな?カロディールでなんか大切な仕事があるんだよな、こいつ。

 なんて考えていると、ロイの指先が虚空をスッとなぞるとそこに、青い魔法陣が浮かび上がる。

(ん?あれ??――――色が、違う??)

 魔法陣が浮かび上がる直前、さざ波のような波紋が宙に見えることが最近は多かったのだが、その色が今は違う。いつもは確か――………

「ファイ、しばらく休む故、後はいつも通りに。――どうした、カナタ。」

「………ん、なんでもない。ロイがあったかいから、眠くなってきた………」

 そう言って目を閉じて、その胸に顔をこすりつけるようにして埋めれば、すぐに背に回された腕に優しく包まれた。

 世界で一番心地良い空間で、本気で睡魔が忍び寄ってくるのを自覚しながら胸に一つ、メモを書き添える。多分見つけたんだ、自然魔力ってもののヒントを。

(だからってどうもこうも出来ないから、何も変わらないんだけどな。まぁなんかの切欠にはなるだろ……………多分。)

 これだけでも、旅行する甲斐があったかもしれない。あ、勿論、当然、ロイと一緒に観光するのが主目的だからな!


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

神様の手違いで死んだ俺、チート能力を授かり異世界転生してスローライフを送りたかったのに想像の斜め上をいく展開になりました。

篠崎笙
BL
保育園の調理師だった凛太郎は、ある日事故死する。しかしそれは神界のアクシデントだった。神様がお詫びに好きな加護を与えた上で異世界に転生させてくれるというので、定年後にやってみたいと憧れていたスローライフを送ることを願ったが……。 

異世界で王子様な先輩に溺愛されちゃってます

野良猫のらん
BL
手違いで異世界に召喚されてしまったマコトは、元の世界に戻ることもできず異世界で就職した。 得た職は冒険者ギルドの職員だった。 金髪翠眼でチャラい先輩フェリックスに苦手意識を抱くが、元の世界でマコトを散々に扱ったブラック企業の上司とは違い、彼は優しく接してくれた。 マコトはフェリックスを先輩と呼び慕うようになり、お昼を食べるにも何をするにも一緒に行動するようになった。 夜はオススメの飲食店を紹介してもらって一緒に食べにいき、お祭りにも一緒にいき、秋になったらハイキングを……ってあれ、これデートじゃない!? しかもしかも先輩は、実は王子様で……。 以前投稿した『冒険者ギルドで働いてたら親切な先輩に恋しちゃいました』の長編バージョンです。

異世界転移したら何故か獣化してたし、俺を拾った貴族はめちゃくちゃ犬好きだった

綾里 ハスミ
BL
高校生の室谷 光彰(むろやみつあき)は、登校中に異世界転移されてしまった。転移した先で何故か光彰は獣化していた。化物扱いされ、死にかけていたところを貴族の男に拾われる。しかし、その男は重度の犬好きだった。(貴族×獣化主人公)モフモフ要素多め。 ☆……エッチ警報。背後注意。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします。……やっぱり狙われちゃう感じ?

み馬
BL
※ 完結しました。お読みくださった方々、誠にありがとうございました! 志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、とある加護を受けた8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、下ネタあり。出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます

ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜 名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。 愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に… 「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」 美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。 🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶 応援していただいたみなさまのおかげです。 本当にありがとうございました!

推し様の幼少期が天使過ぎて、意地悪な義兄をやらずに可愛がってたら…彼に愛されました。

櫻坂 真紀
BL
死んでしまった俺は、大好きなBLゲームの悪役令息に転生を果たした。 でもこのキャラ、大好きな推し様を虐め、嫌われる意地悪な義兄じゃ……!? そして俺の前に現れた、幼少期の推し様。 その子が余りに可愛くて、天使過ぎて……俺、とても意地悪なんか出来ない! なので、全力で可愛がる事にします! すると、推し様……弟も、俺を大好きになってくれて──? 【全28話で完結しました。R18のお話には※が付けてあります。】

最強S級冒険者が俺にだけ過保護すぎる!

天宮叶
BL
前世の世界で亡くなった主人公は、突然知らない世界で知らない人物、クリスの身体へと転生してしまう。クリスが眠っていた屋敷の主であるダリウスに、思い切って事情を説明した主人公。しかし事情を聞いたダリウスは突然「結婚しようか」と主人公に求婚してくる。 なんとかその求婚を断り、ダリウスと共に屋敷の外へと出た主人公は、自分が転生した世界が魔法やモンスターの存在するファンタジー世界だと気がつき冒険者を目指すことにするが____ 過保護すぎる大型犬系最強S級冒険者攻めに振り回されていると思いきや、自由奔放で強気な性格を発揮して無自覚に振り回し返す元気な受けのドタバタオメガバースラブコメディの予定 要所要所シリアスが入ります。

処理中です...