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45.計画倒れ
しおりを挟む陽の光を集めて、糸にしたような長い金の髪。
深く淡く輝く、どんな宝石よりも美しい紫水晶の瞳。
紡がれる玲瓏な声音は、どんな雑踏の中でも絶対に聞き分けられる。
それは唯一人の、大切な人。
ずっとずっと、傍にいて欲しかった。ずっとずっと傍に、いたかった。なのに、消えた。俺だけ遺して、一人で消えた。俺の前から、いなくなった。
俺の、全てだったのに――……………
「カナタ?すまぬ、一言告げてから行動するべきであった。
体は辛くないか?」
しがみついた温もりが生み出す、声音。俺の名を呼ぶ、その、音に、ようやく息ができた気がした。
(あ、れ……?俺、さっき何を考えてた………?)
自分が何をしているのか、よくわからない。ただ、直前まで体を突き動かすように腹の内でとぐろを巻いて、今にも溢れ出しそうになっていた感情が、急速に凪いでいくのだけはわかった。
そう、体の内側を焦がし続けるような、強烈な憎悪は。
それなのに、どこか自分というものがちぐはぐだ。ロイを見つけて、抱き着いて、抱きしめられて、もう安心したはずなのに、勝手に涙が溢れ続ける。
心配しているロイに、もう大丈夫だからと笑って言いたいのに、顔が動かない。頭はすっきりしているはずなのに、どこか現実感がない。まるで、夢の中のように。
あぁ、そうか。ロイとデートしたいって思って、その夢でも見ている途中なのか。だからだろうか、口が勝手に今までの出来事を整理するように呟いていく。
「ロイと、デートしてて……いなくなって、おいかけた。」
「ああ、そうだ。ここへは転移魔術で来たのか?またそんな無茶を?」
すぐにまた息がしにくく感じるのは、泣いているせいだろう。夢の中でもロイにひっついて泣いているとか、もうどれだけ重症なんだよ、俺。
頭の片隅でツッコむ自分をよそに、口は淡々と、でも勝手に喋っている。
「それするとロイがおこる、ってファイが。だからバカよんで、おくらせた。でもそしたら、ロイがなんかムカツクのと、はなしてたから……とりあえず、けった。」
「そ、そうか……」
ん……?なんかこの夢の流れ、よくわからないんだけど。ロイもなんとなく若干引いてるし?
まぁいっか。俺は夢の中でもロイとひっついていられて満足満足。とか思って、ロイが俺の背中をあやすようにトントンしてくれるのを心地良く受け入れていたら、耳障りな声が聞こえてきた。
ガラガラッと映画やアニメみたいに瓦礫を押しのけるような音と共に、甲高い、女の声音が。
「くっふ、ふふふっ……!この容赦ない狙い……容易く防御魔術を貫通する蹴りっ!でもモーションがある分、愛を感じますっ……!!ちゃんと私に身を守る機会を与えて下さるんですからっ……!
お久しぶりでございますわっ!!お師様!!」
すん、と小さく鼻を啜って一応涙も手で拭ってから少しだけロイの肩から頭を起こし、声の方向を見てみた。と、そこにはボロボロになった黒いローブの下に、フリルたっぷりのこれまた黒いミニスカドレスっぽい服を着た、所謂ゴスロリ少女が顔や髪を埃だらけにして、仁王立ちしていた。それも、人を食ったような満面な笑みで。
…………………何、こいつ。
「知らない」
「ッッ!!!?……え、そんな、でも……今の蹴り………お師様以外ありえないじゃないですかッ!!!」
「カナタ、もう戻ろう。用は済んだゆえ。」
「ロー君!!済んでないからね!?これじゃ私の計画がッ!!」
俺の言葉にショックを受けたのも一瞬、すぐさまロイよりも赤味の強い紫色の瞳を吊り上げ、ほつれた白金の長い髪を手櫛で整えながら声を張り上げた少女。
その言葉に、ロイに抱き着くまでの流れを細かく思い出す。そういえばこの子、やけに悪役ムーブしてたけど、この夢の中の話での敵役か?
「ロイ、待って。お前の計画、ってなに?」
今度はドレスの裾を手で払っている少女、よく見ればこれまたかなりの美少女に、ロイに抱き上げられたまま尋ねる。が、その言葉を言い切る前に、おもむろに伸ばした手で床の上に幾つも連なっている魔法陣の一つを、握りつぶしておく。
バリンッ、と響いた乾いた音に、ふてぶてしく顔を歪めていたその少女の表情が一気に、青ざめた。
「ひぃい!?お、お師様なにをっ!!!?」
「簡潔に答えろ。お前は誰で、何が目的でこんな事をした?」
「カナタ、後で私が説明―――」
「ロイは黙ってろ」
おっと苛ついていたせいか、ロイにも少々きつくあたってしまった。ダメだな、夢の中。まだ上手く感情が調節出来ない感じだ。
まぁそんな俺の思考は置いといて、あわあわ口を閉じたり開いたりしている少女に集中する。てか、遅いな。さっさと口を割れよ。
夢の中のストーリーって割と気になるんだよ、俺は。どうせなら最後までスッキリさせたいんだよ。
さっきこの子はこの部屋が大事、みたいな話をロイとしてなかったか?転移の準備を待っている間、イライラしながら視てたから間違いじゃないはずなんだけどな。
だから、苛立ちのまま続けてもう三つほど、床の魔法陣をなぞるように宙へと指を滑らせた。いいよな、夢の中って大抵思うが儘だから。
バリバリバリィッン!と連なって響く破壊音が、ちょっと心地良い。
でもそう思ったのは俺だけだったようで、
「ぃいぃぃいやあぁぁあぁぁああッ!!!?はなっ話しますッ全部話しますからぁあぁッ!!お師様許してっ……許してくださいぃぃいぃ!!!!」
「初手が脅迫、次手が脅迫……二手のみで円滑に要求を通す……なるほど、格が違うか……」
すぐ傍でぼそぼそ何か聞こえるなか、半狂乱で泣き叫ぶ少女が転がるようにロイの足元まで駆け寄ってきて、見るも鮮やかに三つ指をついて正座した。
間近で見たその顔は額と頬に盛大な赤い擦り傷をつくり、もう既に涙と鼻水でぐちょぐちょになっている。なんか、敵ながら哀れだわ。……………あれ?悪役………だよな?
「簡潔に、申し上げます!私はノルネオネ・アジノス!お師様の弟子で、魔術師で、ロー君にとっては姉弟子にあたります!!
お師様が未だ記憶喪失だと伺ったので!『ロー君にちょっかいかけて、お師様を刺激したら元に戻るかも!?てへっw』と短絡的に考えましたッ!!」
「―――アジノス……」
「計画としましては!お師様が私の一族郎党をぶっコロ、こほんっ!粛正して下さったのを実は恨みに思っておりましたという設定で!ロー君にちょっとばかしここらで大人しくしてもらっている間に、お師様を華麗に煽りに行く予定でした!
ついでに初めてお師様を手玉に取れる、絶好の機会を楽しむ予定ッ!!!」
ロイの唸るような、でも呆れたような声音を気にすることなく、ノルネオネと名乗った魔術師は必死な形相で更に言い募る。俺、簡潔にって言ったんだけど。
「そもそも私とロー君は協定を結んでおりまして!ロー君とお師様が結ばれた暁には!私が小姑としてお師様とロー君の間を更に燃え上がらせるという―――」
「アジノス、八歳の幼子に無理矢理承諾させた話題を出すな、恥を知れ、恥を。」
「お師様が全部話せっておっしゃったでしょ!?全部、詳らかに!喋りますともッ!!!
お師様、いいですか!それと言いますともこの私、アジノスが推すお師様のお相手は!一目見た時からロー君だったのです!!孤高の《魔導の頂点》へ想いを寄せる、才気あふれるショタッ!!!尊いとお思いになりませんか!!!?例えこんな可愛げなく成長してしまおうとも!その過程があってこその今だからこそ!なお尊いと――――!!!」
バリンッ!
「ぎゃ――――――――!!!?なんで!?お師様なんで魔法陣壊すんですぅう!!?コレ復旧したの一昨日っ………!!」
「うざい、うるさい、長い。」
あまりにも予想とは斜め上の話に、頭のどこかが思考放棄しかけている。だが、自動会話でも習得したらしい俺の口は、そう淡々と主張してくれる。………これ、ちゃんと夢だよな?むしろ、夢であって欲しいんだけど。なんかもしかして……これ、現実………。
脳内で俺が白目をむいている間に、さっきまでの不遜な態度が嘘のように、滂沱の涙を零しながらもノルネオネははっきり答えた。
「お師様とロー君のラブラブっぷりが目の前で見たかったんですッ!!!演出したかったんですッ!!!」
………。
………………ダメだ、コレ。
数人しかいない魔術師の一人、しかもロイの姉弟子がコレってどうよ。性格に難ありまくりの上に、計画倒れもいいとこじゃないか?俺でも流石にこんな即刻とん挫するような計画は立てたことないぞ、多分。世界、大丈夫か?
なんか、力抜けてきた。
未だぺらぺら喋り続けている彼女の言葉の端を拾うと、結局ロイを浚って俺が焦っている所へ華麗に、かつ思わせぶりに登場し、軽い障害となって「恋人に会いたくば私を倒していきなさい!」的な事がやりたかったと………?
「その悪い癖を改めろと何度も忠告しただろうが、アジノス。
私かカナタ、どちらかが本気で貴様を屠ろうとするとは考えなかったのか。死ぬぞ。」
深い深ーいロイのため息と、いつもよりワントーン低い声音にもめげず、髪を振り乱した美少女は声高に叫ぶ。うるさいって言ってるんだけどな。
「お師様の御名を口にできる栄誉を賜ったロー君にはわかんないわよッ!私はね!お師様の幸せの為なら女優にだってなれるのよ―――――ッ!!!!!」
バリリリリリィンッ!!!
再び上がった絹を裂くような悲鳴は聞かなかったことにして、俺は至近距離にあるロイの瞳を見つめながら念のため、尋ねておいた。
「魔術師って、こんなのばっか?」
苦虫を噛み潰したような顔、という手本の如くに盛大に顔を顰めたロイは一言、コレと一緒にするな、と呟くだけだったけど。
「もう気は済んだであろう?戻るぞ、カナタ。」
「え!?嘘でしょ!?この状態放置でロー君帰っちゃうの!?手伝って、復旧手伝ってよ!!?」
「自業自得だ、アジノス。邪魔立てすれば完膚なきまでに吹き飛ばす故、覚悟するがいい。」
その言葉と共に、俺を抱き上げたままのロイの周囲にあの金色の、大きな魔法陣が浮かび上がってくる。
「いーやー!!!!私ももっと今のお師様ともお話したいのにぃ―――ッ!!!!
ほんとなら今頃『ロー君の行方について知りたい?ならお話ししましょう?《魔導の頂点》』とか言って不安げなお師様を堪能しつつ悪女を演じてるはずだったのにぃ―――!!」
駄々をこねる子供のように、だがそれでも正座したまま両腕を振り回す残念美少女魔術師に、俺はかろうじて声だけはかけた。俺の計画の為に。
「演出とか一切なしで、普通に会いに来るんなら、来てもいいよ。」
途端、きらりんっ☆と輝いた赤紫の瞳を最後に、金の光が俺の視界に灼けついた。
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