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39.世界の仕組み
しおりを挟むこの世界は、詰んでいる。
ウルスタリアというこの異世界は、自然魔力に満ち、またそこに生きる生物のほとんどが体内魔力を有する、いわば魔力という要素に密接に関係して成り立っている。
なかでも人間は、体内魔力を自然魔力に魔法陣で干渉させ行使する技術、『魔法』という力を武器に生き抜き、文明を発展させてきた。
だから、人間の生活と魔法は切っても切り離せないものであり、生きるために魔法は必ず使われていく。
ただし、その『魔法』によって干渉された自然魔力が変質することを知っている者は、極僅かしかいない。
それが《魔導の頂点》を筆頭とする魔術師たちであり、彼らからその事実を知らされた一部の支配階級の者たちなのだそうだ。
極一部の者たちが知っている世界の仕組みとは即ち、魔法によって変質した自然魔力、負化魔力と呼称されるそれが凝り固まったモノが魔物へ変じるということ。
そうして生まれ落ちた魔物は、より多くの負化魔力を求める本能の下に、人口密集地へと襲いかかる。人間が暮らす場所とは、魔法が使われている場所であり、絶えず負化魔力が発生しているからだ。
ただし、何故魔物が好んで人間まで捕食するかは、まだ解明されていない謎らしい。
魔物は負化魔力を取り込み、より強大な存在へと成長していくが、人間そのものには負化魔力は含まれていないはずだ。それでも、魔物は必ず目に入った人間を襲い、喰らおうとする。最早それは、本能の一部でしかないというように。
そして一番の問題であり、この世界が詰んでいる要因。それは、負化魔力を自然な状態に戻す方法が皆無なことだ。
例え魔物を倒したとしても、その魔物が喰い貯めた負化魔力が消えるわけではない。ほんの少しは減少するらしいが、それでも大半は再び大気に放出され、また世界を巡る。
人間が日々を生きる中で絶えず生み出され、世界を漂い続ける負化魔力は、時が経つにつれ増大し、やがては飽和するとまでいわれている。
今現在では地理的要因か、負化魔力が魔物へと変貌する場所は大体決まっているそうで、それが某国の魔境と呼ばれる大森林をはじめとする、いわば危険地帯のスポットなのだ。
しかしこのまま負化魔力が世界に満ちれば、スポットに関係なく魔物が生まれることになる。それも、ふんだんに負化魔力を取り込んだ、強大な個体が即座に。
この世界の人間が最も恐れるデレス級と呼ばれる魔物すらもが、ある日、目と鼻の先に突如顕れるかもしれない。
それでも、この世界はまだ滅んでいない。それが、負化魔力を正常な自然魔力に戻すたった一つの、例外が在る証でもある。
魔法陣を介さない魔力行使、つまり『魔術』だ。
魔術によって干渉された自然魔力は変質することはなく、逆に周囲の負化魔力を浄化する、らしい。
だから過去、魔術を扱えたという古代種と呼ばれる種族が生きていた時代は、そこまで世界は魔物の脅威に晒されていなかった。彼らが魔術を使って生活することで、世界の負化魔力は浄化されていたから。
けれど、滅びた。だからこそ、この世界は、いやこの世界に生きる人間は、詰んでいる。
そもそも自然魔力すら把握する術が、この世界の人間にはないのだ。だから負化魔力に気づくことすらできない。
そう、異世界から迷い込んだ、『自然魔力が視える』というとびきり異質な存在がいなければ、何の理由もわからず知らず、ただ増大していく魔物へ対処療法を繰り返すだけで、緩やかに、けれど確実に滅びるだけだった。
滔々と俺に語られた話をまとめると、大体そんな感じだろうか。
「カナタがほぼ独りで、世界の均衡を長年保っていたのだ。」
そんな言葉で締めくくったロイの声音に、俺は無意識で頭を抱えていた。
「いやいやいや……やっぱりスケール大きすぎるっていうか………えっと、つまりなんだ?魔法がなくならない限り負化魔力も増え続けるし、魔物増産体制ってわけだろ?で、負化魔力をどうにかするには魔術ガンガン使おうぜってわけか?」
「その理解で良い、流石カナタだ。《魔導の頂点》が三大陸で暴れ回っ――、周遊していたのも世界の至る所で負化魔力の浄化をしていたのが、目的の半分だった。」
へーへー、結局昔の俺は暴れ回っていたわけですねロイさん、よくわかりました。
なんて軽く現実逃避をしながら、食後に用意されてから何杯目かのお茶をカップから啜って、おそらく目の前の魔術師が意識的に避けている答えを、急かした。
「それで?あとどれくらい世界はもつんだ?
記憶を失くす前の俺曰く、デレス纏めて消したから『一時しのぎ』にはなってるんだろ?一時ってどのくらいだ?」
深奥宮殿内の執務室から近くにあるサロンの一つ、密談用ですとばかりのこじんまりとした小部屋へ場所を移しても、食事が終わった途端またソファーに隣り合って座っているから、見上げた先の綺麗な顔が小さく歪むのがよくわかる。
「……………カナタの記憶と、これまでの様々な事象を分析した結果、想定ではおそらく、次のデレス級が顕れるのは10年後と考えられる。
ただし、我々は《魔導の頂点》とは違い、自然魔力を観察する事が出来ぬ。それが前回のような爆発的な数になるのか、恒例とされている1体なのかはわからぬのだ。」
ロイは続けて、俺が記憶を吹き飛ばした例の事案について、淡々と話した。
「《魔導の頂点》は、事前にデレス級が複数体同時に顕れることをほぼ正確に、予知していた。時期も、場所も、な。だというのに、誰にも、他の魔術師どころか私にすら告げず、独りで背負った。
カナタには、もう二度とそのような事をさせるつもりも、許すつもりもない。それだけは覚えておくがいい。」
そう据わった紫色の瞳でじっと見降ろされると、居心地が微妙に悪くなるのはなぜなんだろうなぁ?まぁ無茶したのを言外に怒られているから、なんだけど、それを今の俺に言われても……ん?あれ?
「事前にわかってたなら、そのデレス級が生まれる場所?負化魔力が凝り固まる所で魔術使って浄化……すればよかったんじゃないのか?」
何やってんの、昔の俺。と口から思ったままの疑問を零せば、今日も肩口の所で一つに括られている、ロイの金糸の髪が小さく揺れた。
「受け継いだ記憶では、今のカナタと同じように考えそうしようともしていたが、その直前で、それが不可能だと気づいたのだ。
デレスが多数現出するという、負化魔力が世界に満ちかけた状況でそのうちの一つを例え浄化したとしても、それが世界を覆う負化魔力を刺激し、全く別の地での爆発的な魔物の発生、それも連鎖反応を引き起こしかねない、と。」
そうなれば、魔物は瞬く間に大量の人間を喰い殺し、人間社会は大きな被害を受ける。場合によっては、種の存続に関わるほどの。
人間を喰い滅ぼした魔物がどうなるのか、残った負化魔力が世界にどんな影響を与えるのか、誰もはっきりとした事は知らない。《魔導の頂点》ですら、知らなかった。
それでも、《魔導の頂点》はこう言い聞かされていたそうだ。
--- 魔物で世界が溢れたら、僕も巡れなくなるんだ ---
シュレイン・セフィリムという存在が語る、その言葉の威力は、《魔導の頂点》にとって計り知れないものだったのだろう。
だから、デレス級が顕れるのを待ってから、どうにかしようとした。
唯一人が巡るという世界を守る、その為だけに700年の時を費やしてきたのと同じように。
まぁその結果、『俺』は今ここにいるわけだけど。
「ん……………そっか。なんとなく、大体のことはわかった……気になった。
結局、俺がその『自然魔力』が視えない今の状態だと、話にならないんだな。」
異世界人だから視える、って書いてた奴がいたけど、今の俺にはそんな怪しげなものなんて全く、これっぽちも、全然、視えないんだけど。
まぁ10年は猶予があるわけ……って違うな、そうじゃない。10年がリミットかもしれないんだ。
俺が魔術を使えないままでも、自然魔力だけでも視えるようになれば、ロイに助けてもらってなんとかなるかもしれないと思ったけど、でも、そうじゃないかもしれない。
《魔導の頂点》は隔絶した魔術師だった。だからきっと、負化魔力の浄化能力も飛びぬけていたはずだ。
その俺が抜けた穴を、まだ会ったこともない魔術師たちとロイだけで埋められるのか?やっぱり俺がすぐにでも魔術を使えるようにならなきゃ、ヤバイんじゃないか?
「ロイ、魔術師って今何人いる……」
「カナタ、今日はこれ以上話すつもりはない。」
「え?なん……っ!」
突然の講義の打ち切りに首を傾げる前に、こつんと額と額を合わせられ、至近距離で瞬く紫水晶を見つめる羽目になって、思わず黙ってしまう。
その眼が、あまりにも切なげだったから。
「だから話したくなかったのだ。今この頭の中は、一刻でも早く魔術を手にしようとしているのだろう?忘れているのではないか?カナタは未だに魔力回路の損傷が快癒していない。その状態で魔術を行使するなど、狂気の沙汰だ。
《魔導の頂点》も無理をしていたこともあったが、少しの痛みが出た時点で数か月は魔術を完全に絶って、静養していたのだぞ?」
そこまで言われると、慣れて忘れた気になっていた小さな痛みを訴える体を、意識してしまう。痛みとしては平気なうちに入るけど、確かに体は訴えているんだ。ロイの言う通り、まだ魔力を使うのはやめておけ、って。
「―――っでも、俺……」
顔を俯けて、視線を外して言葉を探した。
だって心配なんだ。俺がのうのうとしている間に、取り返しのつかないことになるんじゃないかって。
「言ったであろう?何も案じることなく、まずはその身の快復に努めてほしいと。
カナタは、私が必ず守る。」
そう言って包み込むように抱き締めてくれるこの人が、俺の為に無茶をするんじゃないかって。
「………俺も、ロイを守りたいんだ……」
だけど今の俺には、そう小さく零すことしか出来ないんだ。
となれば、仕方ないよなこれは。
というわけで!誰か他の魔術師呼ぼう。で、目指せ魔術習得!勿論、怪我が悪化しないように、ほどほどを見極めながら、って難易度高いなそれ!!
でも、やると決めたからにはやる。なんたって俺は、昔からやれば出来る子だからな。
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