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34.俺のこと
しおりを挟む俺がどれだけロイが好きなのかをわからせていく、その手始めはやっぱり俺の言葉の選びについての説明だろう。
まだ呆然としているのか、固まったままのロイにこれ幸いと、一方的な話を続けることにした。
「手始めに、俺の『好き』と『愛してる』の違いについて言っとく。
俺にとって、俺が言う『愛してる』なんて言葉は嘘だ。ロイがそう言ってくれるのは好きだけど、俺は自分が使うその言葉を信じてない。『好き』よりも軽いんだ、『愛してる』の方が。
だから絶対に俺は、ロイに『愛してる』なんて言わないし、言いたくない。俺が口にする言葉で一番想いを込められるのは『好き』っていう表現だけだから。」
そうだ、こんな鬱陶しい話、言わずに分かってもらえるはずもないのに。
「…………それは、どういうことだ?何が、あった?」
怪訝そうに少しだけそう首を傾げたロイに、はっきりとわかったことが一つ。
「やっぱり……俺の元居た世界での記憶を、ロイは知らないんだ、よな?」
静かに頷く動作に、また小さく揺れた陽光を紡いだような金糸の動きを眺めながら、軽く息をついて覚悟を決めた。
「鬱陶しい話を、今からする。………今まで、誰にも話したことがないから、わかりにくいかもしれないけど、とりあえず最後まで、聞いて欲しい。
ロイには……ロイにだけは、俺のこと、知っておいて欲しいから。」
本当は勿論そんな話、したくない。ずっと逃げ続けていたせいで、未だに俺のメンタルも急降下する程度には、まだ引きずっているし。
でも、『愛してる』って同じ言葉を返せない以上、俺はロイに話す義務がある。それすらできないなら、ロイに俺の想いを信じてもらうなんて、到底不可能だろうから。
「っ待て、カナタ。顔色が悪い。本当は話したくないことなのだろう?ならば、無理をせずともよい。」
今でさえこんなにも俺の事を考えてくれる人に、想ってくれる人に、俺は今まで何をしてきた?その居心地の良さにただ甘えるだけで、想い一つ満足に届けられていなかった。
この現状を変えたいなら、俺が踏み出さなきゃいけないんだ。流されるだけじゃ、だめなんだ。
「いいから、聞いて欲しい。大丈夫、よくある、話だから――……」
そうだ、これはどこにでも転がってる、よくある話のうちの一つだ。
父と母に愛されて生まれてきたと信じていた俺が、いやそんなことわざわざ意識すらしていなかった、ただの普通の子供の、出生の真実、というやつなのだから。
簡単に言えば、俺は父が母ではない他の女の人に産ませた子供だった。ただ、それだけだ。
でも少し特殊だったのは、俺を生んだその人は生後間もない俺を残して蒸発したらしく、それを哀れに思ったのか、父のことを心の底から『愛して』いた母が強く希望し、まだ赤ん坊だった俺を引き取ったことだ。
物心ついた時から覚えている限り、母は俺に優しかった。母の態度から、自分が母の実子ではないだなんて夢にも思わずに、幸せな日々を、ありきたりな普通の日々を生きていた。
後で知ったことだが、子供ができにくい体質の母は、自分が子供を産めるなんて思ってもいなかったそうだ。だから、赤ん坊の俺を引き取ってくれた。そして、愛してくれた。
--- 愛しているわ、奏多。奏多も愛してくれる? ---
--- うん、あいしてるよ! ---
母が繰り返していたあの言葉は、きっと全てが嘘ではなかった、はずだ。だって俺は、幸せだったから。
俺が10歳になった冬に、弟が生まれるまでは。
弟が生まれ、初めて見る赤ん坊が物珍しくて、自分の『弟』という存在がとても可愛く思えて、俺も何かしたいと弟の世話をする母をよく手伝うようになった。
多分、それが母になにかストレスを与えていたのかもしれない。
ある日、学校から帰ってすぐに弟の世話をしようとしたら、母に突き飛ばされた。ちゃんと手は洗ってるのにって見当違いな口ごたえをする寸前、叫ぶように告げられたのが、俺と母の血が繋がっていないという事実だった。
母が言うには、俺に対して『自分の子供ではない』という想いがずっとあったらしい。幼い時はただ幼児を可愛がる延長で愛せても、俺が成長するにつれてその想いは消えるどころか、強くなったと。
誰よりも何よりも愛している父を泥酔させて、無理矢理関係を持った女をどうしても許せない。その女の血を引いている俺を、愛せるはずがなかった。
自分の子供を産んで初めて、ようやくそれがわかった、と。
俺はただ母を見上げながら、何も言えずその言葉を聞いていた。泣き出した弟をきっかけに、母が弟と寝室に引きこもるまで。
これは夢なんだろう、と思いながら。
その日の夕飯がどうなったかは覚えていないけど、いつものように夜遅くに帰ってきた父親に、母から告げられた言葉の真偽を尋ねた。
結果は、肯定だった。
あまり家族に興味のなさそうだった父は、それでも俺の頭を軽く撫で、『母さんは少し疲れてるだけだ。お前と母さんに血のつながりはないが、皆家族だ。』と、そう言ってくれた。多分俺はその言葉に、泣いた気がする。
だから翌日、顔を合わせた母に『それでも俺は、母さんのこと母さんとして愛してる。母さんだって、今まで俺のこと愛してくれてたのちゃんとわかってる。ありがとう。』って、ほとんど眠らずに考えた俺の想いを、告げた。
だって、たくさん愛された思い出があったんだ。普通の、親子だったんだ。
でも、それに返された言葉は――………
--- 私が愛してるはずないでしょ。本当はあなただってそうでしょう? ---
誰よりも何よりも大好きなことをそう言うのだと、俺に教えてくれた人。その本人に、何度も何度も口にした言葉を、想いを、嘘だと判じられた。
だから、俺の『愛してる』という言葉は、その日から嘘になった。
そうして母の関心は、俺から消えた。
家にいても俺のことは目に入っていないように扱われ、最初こそ父もそんな母を窘めてくれていたようだが、元から忙しい人だったから、多分早々に諦めたのだろう。すぐにそれが当たり前になった。
でも毎日、おはようから始まっておやすみで終わる挨拶を俺は欠かさなかった。返ってくることはないと思いながら、それでもどこかで期待もしながら、母に何度も何度も話しかけた。
食事や学校に必要な物だけは最低限用意してくれていたから、俺はまだ母との関係をどうにか良くできるって信じていたんだ。
だから家でも学校でも『いい子』と評される子供でいたし、勉強も頑張った。もう一度でも母に、褒めてほしくて。
中学受験もしたし、高校も家から通える範囲の中で一番偏差値の高い学校を早いうちから志望して、中三で進路相談が始まる頃には、ほぼ安全圏だと担任の教師から太鼓判を押してもらうほどだった。
でもある日、家に帰ると俺の部屋の物が、殆ど処分されていた。
幼い頃に家族で撮った写真を綴ったアルバム、小学校の参観日に自分の名前の意味を書いてもらった紙、お勧めだと母さんが昔に買ってくれた本、誕生日に強請った当時流行りだったゲーム機やソフト、全部全部、なくなっていた。
なんで?俺、こんなに『いい子』でいるのに、勉強だって頑張ってるのに、なんでまだダメなんだ?
結局、ごみ袋にまとめられて家の裏に積み上げられているのを見つけて、持てるだけの中身を取り出しながら、馬鹿みたいに泣いた。
まるで俺の存在自体を捨てられたような気になって、酷く、惨めだった。
そうして持ち帰った中身を部屋に簡単に隠した後、俺は久しぶりに母さんに声を荒げた。他愛もないことで我儘を言っていた、昔のように。
そんな俺に久しぶりに視線を合わせて、母は口をきいてくれた。父の海外転勤が来年に決まり、家族揃って移住することになったから、高校は県外の全寮制の学校に行くように、と。大学までは学費と生活費も出すが、それ以降は独り立ちしなさい、と。
思わず、俺を捨てるのかと口走ってしまうと
--- だって、あなたは私の子供じゃないもの。これ以上、迷惑をかけないで。 ---
そうはっきりと告げられたのが、母と話した最後だった。
いくら愛されようと頑張ったって、何をしたって、全部無駄だったんだ。だから俺は、そこで諦めて、逃げて、流された。
今まで育ててくれた母さんがそう望むなら、父さんが何も言わないなら、もうそれでいいやって。
幼い弟だけは、俺が一緒に暮らさないことを知ると小さな体で不満を訴えてくれたけど、俺にはもう、それすら辛かった。
そうして月日が流れ、母に決められた通りに、俺は独り家を出た。
「だから、愛してるだけは、言いたくない………言えないんだ。嘘に、なるから。」
どうにかそこまで話し終えた時、初めて言葉にしたことでようやく俺にも、俺のことがわかった。
結局俺は、愛されなかった。一番大好きで、愛していた、人に。
それを本当は認めたくなくて、自分が惨めで、可哀想で、でもそんな自分が嫌で、考える事も、もう一度母と向き合うことも諦めて、全部に蓋をして放り出して、流されるままに逃げたんだ。
「…………なんか俺、今更だけど、馬鹿だな。いつまでもこんな事引きずってて………」
そのせいでロイに『愛してる』って言えないんだから、ほんっと馬鹿だよな。もう小さな子供でもないくせに。
でも、なんでだろう。ついこの前までは思い出すだけで、こんな冷静に考えられない程落ち込んで泣いていたくらいなのに、今は――………
「カナタ、抱きしめたいのだが……よいか?」
いつの間にか音もなく席を立ったロイが、そう腕を広げてこちらを見ていた。その顔に思わず吹き出しながら、俺も腰を浮かせる。
「なんで、ロイが泣きそうになってんだよ。」
数歩の距離を躊躇いなく飛び込めば、予想以上に強い腕の力で、その胸にぎゅっと抱き込まれる。
「カナタにとって辛い話を、させた。すまぬ…………だが、よく話してくれた。」
「いや、俺の方こそこんな話、聞いてくれてありがと…………。それに、さ……なんか、ロイがいてくれるから、俺のことをちゃんと見ててくれるから、思ったより平気だ。」
あぁそっか。俺、なんだかんだで、ロイは俺のことが好きなんだって疑ってないんだ。ロイは俺を愛してくれているって、わかってるんだ。
それだけロイが、俺に言葉で、態度で、想いを伝えてくれていたから。
(……俺も……俺も、ロイにそう思ってもらえるように、なりたいな………いや、ならなくちゃ、だな。)
まぁ《魔導の頂点》と今の俺のどっちが、なんて難癖つけるみたいなものだし。
俺が一番安心できる居心地最高の場所で、そう決意を新たにしていると、低く耳に心地の良い声音が囁くように落とされる。
「私もカナタに、知っておいて欲しい事がある。故に――」
そこで一度言葉を切ったロイが片腕を動かす気配に、俺もつられて視線を向ける。と、何もないはずの空間に赤色の波紋が広がり、掌大の大きさの金の魔法陣が浮かび上がった。
小さくそれが明滅した後、ロイの手の中にあったのは一冊の黒い背表紙の本。
「これは最も事実に即して書かれてある。読んで欲しい。」
「…………あの、今から、デスカ?」
「勿論だ。」
「ハードカバー二冊分くらいの厚みに見える、ソレを?」
「途中まででよい。私とカナタの出会いの話だ。」
「読む!!」
ちょっといい雰囲気だしこのままロイを堪能していたいなぁ、とか思ってた俺、即手のひらを返して、その分厚い本を受け取った。………その時に気づけばよかったのだ。なんでわざわざ本なんだって。普通に話してくれればいいじゃんって。
でもな、そういうの何て言うか俺、知ってる。
後悔先に立たず、だ。
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