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21.この後めっちゃ土下座した

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 多分その時の俺は、三分の二以上、正気じゃなかった。
だからせっかく着込む事に慣れた服が煩わしくて、肌と肌を隔てる布を邪魔にしか思えなくて。
 それでも赤子が舐るように口付ける距離を離したくない、と不満げにうーうー唸りながらもロイの口を自分の口で覆っていた。

「っカナタ、大丈夫だ。わかったから、落ち着け……」

 自分よりも体格のいい、その体を押し倒すように上に乗りあがった俺へ、珍しくも少し焦った制止の声がかかる。
俺の頭がまともだったら、ロイを襲っているようなこの状況にそこで我に返って、羞恥で声を上げたかもしれない。
でもそんな余裕なんてなかった。
 刻一刻と近づいてくる得体の知れない怖いナニカから逃げたくて、縋りつくための熱が欲しくて、自分で上手く服も脱げないくせに、必死に掻き集めた言葉で強請った。

「いいからっ……何でもいいから、好きにしていいから…っ早く…っ」

 もうとにかくそんな事しか頭になかった。
目と鼻の先に、酷く歪んだ綺麗な男の顔を見つけても、何も考えられない程に。
それどころか、いつまでたっても触れようとしてくれないロイに、次第に苛立ちまで覚え始める始末で。

「~~~っなんで?!なんでいつもみたいにシてくれないんだ?やっぱり俺は汚い?誰に抱かれたかわかんない躰だから!?
 それともやっぱり今の俺はっ、お前の好きになった……ロイが愛してた《魔導の頂点レグ・レガリア》とは違うから、ホントは抱きたくなんてなかった?それとも体だけの方がよかった?
 こんなめんどくさい奴の相手なんて、もう愛想も尽きた?ならもういいッ…もうっ誰か、他に…探すから…ッ!!」

 支離滅裂な言葉をそう口にしながらも、ぼろぼろ零れ続けていた涙を今更熱いと感じたのは、そこに恐怖とは違う感情が混じっていたからかもしれない。
ただそんな事に思考を割くゆとりなんてあるはずもなく、目の前にある一番欲しかった体温を自分から遠ざけるために、腕をついて性急に身を起こす。

 俺の言葉に、その行動に、ロイが硬直していた事すら気にならずに。

 だってぶっ飛んでる俺の頭の中を占めていたのは、とにかく誰かロイに抱いて欲しいって動物みたいな衝動だけだったから。
 ロイがいいのに、ロイに抱かれる心地良さも幸福感も嫌と言う程もう知っているのに、ロイだけとそういう事をしたいのに。そのロイが相手にしてくれないなら、誰に何されようが一緒だ。

 ならファイは論外として、バルザックとサリアスの二択だ。
どちらも簡単に頼みを聞いてはくれなさそうだが、強いて挙げればサリアスの方が面白がって付き合ってくれる可能性が無きにしも非ず、かもしれない。
 そんな救いようのないことを考えながらぐずぐずと鼻を啜り、まだ震えが収まらない体をどうにか引きずってベッドの男に背を向けようとしたところで

「何処へ行く、カナタ」

そう最低音の無機質な声音が響くと同時に強く腕を引かれ、あっという間に体勢を入れ替えられ、うつ伏せに組み伏せられる。
 俺に対して絶対に使わないようなその冷たい声に、本当なら恐怖していたはずだ。ロイを怒らせた、と。
でも、元からそれをはるかに上回る訳の分からない感情に塗りつぶされていた俺が覚えたのは、ただ歓喜だけだった。

「……いっツ…何?ロイ、俺の事抱く気になった?なら酷くしてもいいからさっ…!」

 きつく押さえつけられた体の痛みよりも、ただその一点だけを確かめたくて、不自由な体勢で振り返った俺の顔はきっと酷い泣き笑いになっていただろう。
でもそんな俺を見下ろす、ロイの紫色の瞳と視線が合うことはなかった。代わりにすぐにうなじへ降りてきた唇が肌をくすぐった瞬間、ぶつり、と歯が食い込む音と強烈な痛みが走り抜けた。

「ッッッ!!?」

 思わず体が硬直した間に、ジャケットを半端に脱がされ腕を固定される。

「……私の好きにしても、良いのだろう?」

 薄く鉄錆の匂いが漂う中、そう淡々と口にしたロイの言葉なんて右から左へと抜けていくから、俺は目を瞑ってただただ首をこくこくと縦に振った。
どうでもいいから早く抱いて欲しい、ようやくこの怖さから解放される、そんな期待がそうさせた。
 ロイの大きな手が簡単に俺の下衣だけをあっさり奪い取ると、肌をこするその刺激に浅ましいまでに腹の奥が熱くなった気さえして、無意識に膝をついて腰だけ高くする体勢を取っていた。でも一番望んでいた熱は、それから長い間、なかなか与えてもらえなかった。

「っやぁぁあッ……!!もっ…指、なんていいからっ!ロイっ!!」

 前戯や慣らしなんていらないのに、好きにするってロイも言ったのにっ!あ……でもナカの気持ちいいとこを容赦なくぐりぐり弄られてるのに、前も同時にしつこく触られているとちょっと怖くなくなってきた。
ふざけんな、この馬鹿、ハゲ、と口が勝手に喘ぎの合間にそう色々な悪態を繰り返すなか、そんな事をうっすら考えていると


「カナタ、愛している。」


 耳元に吹き込まれたのは、こんな行為の時には必ず囁かれる言葉。声音も、そこに宿る熱も、いつもと同じ。
この世界で誰よりも俺を大切にしてくれる人の、台詞。

「ふっ、ぁぁ……は……ロイ…ろぃぃッ……好き、好きだ…」

そう零した言葉と共に、あれだけ俺を苛めていたあの感情が、すっと小さくなっていく。それと同時に、満足にロイを視界に収められない、触れることもできない体勢に、急激に不満が溢れ出す。

「もっ…んぁあッ!……やっ!ろい、ろいっ…顔見えないのいやだっ……!うでっ、腕とって……!」

 ぐちゅぐちゅと卑猥な水音が下腹部から響く中、そう駄々をこねれば穏やかな声音が揶揄するように告げる。

「私の好きにしても良い、はずだったのだが?」

「あっ!…んぇっ?!えぁっ…ちょっ……やっぅうッ!!」

 ぐるんっと体を反転させられ、服に最低限の乱れしかない相手に足を開かされ、ようやくかと期待した瞬間あっさりと裏切られた。
自分のそれを下衣から取り出したロイが、俺のちあがったそれと片手で纏めて扱き始めたのだ。

「ひぁぁあッ……!!あつっ…!やっやだッ……ロイっこれじゃなっ…もっれてってッ……ふぁぁっ!!……ぁっ、あ……!」

 背中の下敷きになったままの腕の痛みより、剥きだしの神経に触れ合う凶悪な質量と熱の方が強烈で、早々に一人達してしまった俺の白濁が着込んだままのシャツに染み込んでいく。
でもその不快さが気にかかることもなく、今度こそ別の意味で泣きながら目の前の男に懇願した。

「ひっく……ろいっ…ろいが、ほしいからぁっ…ひっ……もっおねがっ…い、いれてっ…くら、さいぃ……っん」

 熾火おきび、なんて言葉がこれほどしっくりくるなんて知らなかった。それくらい、躰の奥で疼く熱が熱くて熱くて、早く刺激が欲しい。
更に輪をかけて頭が茹で上がったそんな状態の俺を、うっそり綺麗に笑ったロイが見下ろす。
 そこでようやく、その紫水晶アメジストと目が合った。あぁ、これで今度こそ俺の望み通りにしてくれる……そうぼんやり思った、のに。

「カナタ、もう一度言ってみろ。
 誰が欲しい?」

「ふぁっ……?…ぁッ!?んぁあっ…!やっ…やだっ!」

 ぐっと腰を掴まれ否応なく期待が膨らむなか、硬度を保ったままの熱は押し入ってくることなくすっかり綻んだ入口を小刻みに突いてくる。なにこのなまごろし・・!

「カナタ?」

 答えろ、と言葉よりも雄弁に語る紫色に宿った光に射竦められて、ようやく俺の頭は、先ほど問われていたことを認識した。

「あっあッ…ろ、いっ…ロイっ!ロイが欲しい!!ロイがいいっから……ッ!もっ早くいれっ!!……っっあぁあッ!!?」

 その瞬間、やっと躰の中を満たしてくれた圧倒的な熱量に、ようやく怖いなにかが消えて、全てが満たされた気がした。

 あぁでも、やっぱりお互い服着てるのが邪魔だな。あとぎゅって抱き着きたかったな。もっとキスもしたかったな。
現金なもので、恐怖から解放された瞬間にそんな贅沢な事を思いながら、頭が真っ白になっていった。

 好き好き、ロイが好き、好きだ、大好き、好き。
なんて、素面じゃ言えないほど同じ言葉を乙女かというほど繰り返した気もするが、もしかしたら心の中でだったかもしれない。
多分、そうだろう。なんかにゃーにゃー叫んでる声の方が大きかったし。

 そうしてぼんやりと白い世界でゆらゆらしていたのは、どれくらいだろう。
 今まで知らない程の深い場所で、火傷しそうなほどの熱を注ぎ込まれた感覚を最後に、今度は穏やかな黒が急速に意識を覆い始める。
それに逆らうことなく飲み込まれながら、ほんの少し廻り始めた頭で考えていた。


 次に目が覚めたら、その瞬間から土下座で謝罪一択だと。


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