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19.■■ 総じて想定範囲 ■■
しおりを挟むカナタには出来うる限り、真実を話すよう心掛けている。
ただそれでも、私が識っている真実を語れぬ事も多い。
例えば、カナタの実年齢。
世界に知れ渡っているそれは、カナタが魔術師としての力を人前で振るう事に躊躇しなくなってからの歳月でしかないことを、私は識っている。
だがこれはかつての、《魔導の頂点》と呼ばれたカナタ本人しか知らぬ事実。私が識っていることは不自然だ。
例えば、この深奥宮殿の意味。
我が先祖が当時ある魔術師に懸想し、泣き落しまでして自らの傍へと請うた。
その手段の一つとして、せめて仮宿にでも使ってくれと半ば強引にこの宮を造って押し付けたのだ。世間の目を欺くために、適当な寵姫を表向き置いてまで。
その暴走ぶりに呆れた魔術師が数度ほど利用してはくれたが、彼らが結ばれる事は当然なく、その先祖であった皇帝が崩御して以降は件の魔術師が寄り付く事も一切なかった。
故に、いつの間にか歴代皇帝の中でこの宮を愛人の為に使う者がちらほら現れる始末。
そう、約300年前に造られて以降、本来の意味でこの宮が使われる事はなかったのだ。ここ数ヶ月前までは。
「はぁ?!じゃあここって皇帝のあ、あ、愛人専用ってこと!?」
「あれぇ?陛下からまだお聞きしてなかったんです?」
サロンの一室でサリアスを交えた魔導談義が脱線し、この宮が実際どのように扱われているかを知ったカナタがそう素頓狂な声を上げるが、さてこれは真実を話しても問題ないだろうか。
私の先祖がお前に懸想して造ったのだから、本来お前の物なのだ、と。
いや、それでは何故私がそれを識っているか、やはり説明できぬな。これも既に知る者のいない、歴史に埋もれた事実だ。記憶に残していたのは唯一人、《魔導の頂点》のみなのだから。
私がそれを引き継いでいる事を、カナタに告げるつもりはない。少なくとも、今は、まだ。
まだ、カナタにはこの安寧の中で日々を過ごしてもらいたい。叶うならば、このまま永きに渡り―――
「え!?でも、ここってロイの近距離別荘って……ん、あれ?……なぁロイ、俺が目を覚ました頃には、ここは日常使ってる所だって言ってなかったか??」
「あぁ……最初はカナタに要らぬ気を遣わせぬよう、私が普段暮らしていると教えた。近距離別荘というのが真実だな。
先祖の皇帝たちのなかには確かにそう言った目的でここを使う者もいたようだが、今は既にカナタの物だ。何の問題もあるまい?」
「いやいやいや、俺の物ってのがまず問題だし……!」
愛人ってナニ、いやでも今ってなんか世界公認……あれ?もしかしてほんとに何の問題もない??え?でも愛人……………え愛人!!?
顎に手を当ててそうぶつぶつ考え込むカナタも麗しい、とつい眺めていれば、ファイが新たなカップを用意しながら気を利かせたのか、昔のことを口にし始める。
「陛下は現在に至るまで、独身でいらっしゃいますよ。お若い時分にはユーレンシアだけではなく、他の二大陸の王族や実力者からの求婚をこんぷりーとなされましたが、全て袖になさいました。
ちなみにですが、皇位の血統は陛下の妹君と、その血族が担われております。」
「やっぱりモッテモテじゃないか!このイケメン皇帝がッッ!!!」
「あはははは~。何言ってるんですか、シン様が。」
「いや俺は一般人だしッッ!!」
そう間髪を入れずに主張するカナタへ、一瞬乾いた笑みを浮かべたサリアス。その気持ちは、私もよくわかる。
《魔導の頂点》がこの世界において、これほどまでに畏怖され崇敬されてきた理由。
それは、かの存在が操る規格外魔術が、確かに理由の一端ではある。
私同様、《魔導の頂点》に見いだされ魔術師として、その才を開花させた者は存在する。
しかし、その誰もが頂きには決して手は届かない。同じ『魔術師』とくくられようと、そこに在るのはただ隔絶した力量差なのだ。
故に、ひとたびその力が振るわれれば誰一人抗うことは出来ない。
世界にとって幸いだったのは、かつてのカナタはこの世界を憎んではいても、積極的に破壊しようとはしなかったことだろう。
それが彼の唯一の望みに、背くがゆえに。
辿れる範囲の歴史も語るように、その絶大な力の矛先にいた人間は全て《魔導の頂点》へ害意や敵意を向けた者たちだった。
ただ、それに対する彼の報復が苛烈を極めたことで、《黒の殲滅者》という呼び名が生まれたこともあるが。
だがその力だけが、彼を《魔導の頂点》たらしめた理由でもない。
絶対の力を持つとは到底思えぬ、華奢にも見える線の細い躰に、すらりと伸びた手足。白とは違う薄く色づいた肌に、漆黒の闇を塗り固めたような黒髪と、黒曜の瞳が彩る涼やかな目元。今まさに、少年から青年への過渡期に向かう危うげな色香。
それらが滅多に動かない表情と相まって形作るのが、いっそ静謐とも呼べる美貌だった。
今のカナタは、彫りの深いはっきりとした顔立ちの多いこの世界の人間を「みんなイケメンとか嫌味かこのやろう」だなどとブツブツ言ってはいるが、そんな彼の容姿の方が、万人が見ても確かな美をそこに感じるものなのだ。
尤もかつてのカナタ自身も、自分の容姿がそこまでこの世界で好まれるモノだとは認識していなかったが。
しかし、過去の記憶から解き放たれた今のカナタは、そこに輝かんばかりの笑顔を浮かべるのだから、懸念事項の増大には事欠かぬのだ。
各国には《魔導の頂点》の快癒後に、彼を一度公式の場に招くと知らしめていたが、それでは危険すぎる。そのような場を設ければ、他者との接触時間が長くなりすぎる。
そうなれば、今まではその力と清冽な美貌を前にひれ伏すだけだった者たちも、今のカナタと言葉を交わす時間が増えれば増えるほど、邪な思いを抱く輩が出てくるに違いない。
業腹ではあるが、仮に恋慕の情を抱くだけならまだしも、今の《魔導の頂点》ならば掌中に収められるやも、と愚かな輩が出てくる可能性も非常に高い。
故に、予定を変更して先手を打った。
カナタに新たな衣装を用意し、それを切っ掛けに一度その姿を公に近い場に連れだせぬかと、急遽策とも言えぬ手を仕掛けてみたのだが。
ファイの良き働きもあり、想定通りにカナタは行動してくれた。
ただ、全てが私の策の上だと気づかれては、カナタの機嫌を損ねる危険もあるやもしれぬ。
であるからには、出来るだけ突発的な行動に見せるべきだろう。
確かに、そう事前に考えてはいたはずなのだが……………………
眼福にあずかった以上、致し方ないとはいえ、手ずから選んだ自分好みの衣装を予想以上に美しく着こなしてくれたカナタに、半ば本気で浮かれてしまった。
口惜しいのは、このカナタを真っ先に目にしたのが自分ではなかったということだが、侍従兼護衛として控えているファイを責めるのは筋違いというものだろう。本当に口惜しいが。
その後、無事に連れ出せた主要国家連合の会議の場では、全ての事が想定通りに運んだ。
《魔導の頂点》の快復ぶりを晒し、だが完治には至っていないと引き続きの療養が必要なことを明示し、私とカナタの関係を暗に態度で判らせた。
ここでもファイが良い働きをしたな。あれは皇国の裏を一手に担う一族の当主でもあり、隠密の技術にも長けている。転移完了後から常に気配を消すことで、完全にカナタの認識から消えていた。そのまま次の転移へと向かおうとした私に、思わず呼びかけたカナタの声音。
たとえそれが声を落としたものであったとしても、あの場にいた者は大抵優れた魔法士を同席させているか、自らがそうなのだ。距離があろうと、一言一句聞き逃すことはない。
その環境下で、私の名を呼んでくれたのだ。いつも通りあの愛しい声音で、極僅かの者しか呼ばぬ、私の愛称を。
それがどういう意味を持つのか、解らぬ者はあの場にはいない。
これ以上ない結果を手に、かつてのカナタの隠れ家という真の目的地へ赴くこともできた。
皇宮の外に出ることがあれば、一番に連れて来ようと思っていた場所へ。
何度か修繕の手は入っているが、そこは、その家だけは、この世界で最もカナタの特別だったはずの地なのだから。
遥か昔のある日、滅び去る種族の最後の一人が、異世界から迷い込み、ぼろぼろになって廃棄された少年を拾い、連れ帰った場所。
本心を口にすることが出来るなら、決して連れて行きたくなかった場所だ。
カナタの過去を刺激する、その危険が高すぎるのだから。だがそれでも、カナタが望むのなら、それは叶えられなけばならぬ。
それが、私の存在意義である以上。
そしてその場所は私にとって、初めてカナタから助けを求められた地に、なった。
この想いを自覚してから長きに渡り、どれほどそれを私が望んでいたか。カナタは決して知らぬだろうが。
幸い、カナタの記憶は何も刺激されなかったようで、ただ愛用の枕一つを持ち帰るだけで彼との初めての外出は終わった。
長年使い慣れた物だろうから、無意識にでも愛着があったのだろう。だがその夜、皇宮で残りの執務を片付けカナタが待つ深奥宮殿へと戻った時には、眠るカナタの腕の中でそれは既に破れてしまっていたが。
翌朝目を覚ましたカナタに尋ねると、「寝る前にテンション上がって振り回したら引っ掛けた」と、少々しょげた顔で可愛らしい事を言っていた。当然、すぐに繕いに回しその日の夜には再びカナタの手元に戻ってきたのだが、使わずに置いておくことにしたらしく、結局ファイに保管させることに決着したようだ。
そしてその日以降、会議の場での牽制が効き予定通り、こうして何物にも邪魔されずにカナタと共に過ごせるようになった。
あの隠れ家へ連れて行くのだから、帰還後は何があっても対応できるよう体を空けておく必要があったのだ。最も、それは杞憂に過ぎなかったが。
代わりに、魔導に更に深い興味関心を示すカナタに、座学だけではあるが私自ら手ほどきする事になった。
一度カナタが壊してしまった結界の術式理論から、実物を見ての解説、不用意に触れようと思わぬようにとの念押しも忘れない。
《魔導の頂点》の膨大な魔力量があれば、その意思一つで、既に発動している魔法や魔術にも干渉可能という事がわかったばかりだ。なぜ今のカナタが結界を破壊できたのか、解析調査をさせたサリアスがその結論に達するのにかなり無理をさせたが。
現に、こうして同じ席を囲む精人の青年の顔には、疲労からの陰りがまだ見受けられる。
それでも、《魔導の頂点》と魔導談義をするか?と誘えば即座に出席するのだから、この優秀な臣下もこの状況を愉しんではいるのだろう。ならば、まだ仕事を増やしても問題あるまい。
「え?!ってなると……あのセネル、さん?ってロイのや、玄孫なわけか……!!」
「ふぉっふぉ。陛下の妹君の御令息様を養子として立太子なさいましたから、義理ではございますが関係性としてはそうお呼びされても間違いではございません。」
「そういえば先代皇太子殿下、セネルディア様の父君はよく陛下の事を面と向かって曾爺様とお呼びするツワモノでいらっしゃいましたね~」
話に花が咲き、相も変らずころころと表情を変える愛しい存在を傍らに、ただこうして過ぎる時を誰よりも堪能している自覚はある。
そして、カナタにとってただ穏やかなこの時間を永く続けてやりたいと、心の底から希う。その為なら、この手にある総てを引き換えにできる。
もし、また世界の滅びが近づいたとしても一度だけなら《魔導の頂点》に頼ることなく、私だけでも確実に退けられるだろう。
その方法を、他ならぬ《魔導の頂点》が編み出してくれたのだから。
「なぁロイ、この前はろくに挨拶もできなかったから、また今度そのセネル……セネルディア?さんに挨拶してもいいかな?
あ、でもロイのご家族にご挨拶……ってなんか照れるなっ。」
「そうか、アレも喜ぶだろう。では折を見て、ここへ呼ぶとしよう。」
そう穏やかに笑むカナタをこの先欺くことになろうとも、安穏とした世界に囲っておけるなら、後悔などあるはずもない。
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