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14.脱!ひきこもり
しおりを挟む冠大鷲の獣人でイルレンキ大陸にある国の一つ、カロディール国王ことペネリュートは俺が惰眠を貪っている間に早々にお帰りになったらしい。
また目が覚めたら朝、というこのパターンいい加減どうにかしたいと本気で思いつつ、二日前の話がどうなったかを教えてくれたファイに今そう聞いたところだ。
一晩どころか丸一日ぐっすり寝入っていたとか、これはもう開き直るしかないのか?俺の残りの人生は半分どころか三分の二以上を睡眠に回す気でいくか?
そう頭が多少ぼんやりしたままベッドで体を起こしている俺に、耳の先までピンと整った爺様が柔和な顔で話を続けてくれる。
「重ねての謝罪と、シン様のご快癒を心より御祈り申し上げると言付かっております。
陛下とカロディール王も最終的には、とてもにこやかにお話しをされておりましたので、遺恨が残るような事はございませんでした。」
「ん…それなら、安心、かも。俺がポカやったせいでロイにこれ以上迷惑かけたくないし……あの鳥の王様、も昔の俺の知り合い…というか、お気に入り、か?それなら、あまり悪いようにはなってほしくないし……うん。
丸く収まったなら、ほんと良かった。」
考えながら口を動かしていると、だんだんと頭もすっきりとしてきた。
もっと御頼りになられても陛下は更に喜ばれるだけと思いますが、とやんわり迷惑かけまくればいいんだよと言ってくれるファイに風呂の準備をしてもらった後、扉続きの広い浴室へと向かう。
この世界、魔法が発達しているおかげか、身を清めるという意味での入浴はあまり一般的ではないそうだ。完全に気分転換、というか趣味の一部扱いらしい。
それに眠り続けている時もそうでない時も、ロイが毎朝毎晩、魔法で俺の体を清めてくれているので実はシャワーの必要もないのだが、これはもう日本人の本能だ。風呂、風呂に入りたい。
それに皇帝陛下の寝室に備え付けられているだけあってここの風呂、かなり広い。
淡い乳白色のタイル貼りでも不思議と冷たくない洗い場も、その横に楕円型に掘られた浴槽も、それぞれ5人ずつくらいなら一度に使えそうだ。うん、趣味にはお金掛けるものだしな。
しかも浴槽に接する奥の壁一面には、鳥や花のレリーフのような装飾が施されていて見た目も楽しいし、その所々から常にお湯が流れ込むようになっていて、まるで源泉かけ流し状態。
初めてここで入浴した時は、まだまだ体の痛みもあったうえにロイに完全介護されている状態で、色々辛さと恥ずかしさに身悶えもしたが、それでもかなり楽しかった。
日本人なら風呂最高だもんな。まぁ最近はロイと別の意味で楽しん……っとぉ!?危ない危ない、余計なことを考える前にさっと汗を流して、さっと湯船に浸かって、さっと上がろう。
そうして気分的にさっぱりした俺は、今日からちゃんとした服を着てみることになった。
バスローブを着て脱衣室から部屋へ戻ると、いつものワンピースもどきで寝間着にも使える着心地抜群の白い服と、シンプルな白シャツに背中側が膝裏まである紺地に金の刺繍が裾に入ったジャケット、細身の黒いスラックスとダークブラウンのハイカットブーツという一式が、ファイに用意されていたのだ。
はい、エスパー皇帝のおかげです。鳥頭の件で身なりも気になりだしただろう?と、ここにはいないはずの、低く甘やかな声が間近で響いた気になる。
ドライヤーのような魔道具で髪を乾かしてもらった後、どちらでもお好きな方をとファイに言われ、迷うことなく当然新しい服装一式を選んだ。
バスローブからの着替えを手伝ってもらいながら姿見の前に立つと、そこには見慣ぬ服装の自分がいるが、この世界の住人としては違和感が少ないかもしれない。
とは言っても、俺の交友関係はかなり限定されているので、王様っぽい派手なローブ姿とか、これぞ魔法使いっぽいローブ姿とか、ダンディな騎士服とか、かっちりとした執事服っぽいのとか、としか比べる物がないってどうよ。
「さすが陛下のお見立てですな。よくお似合いでございますよ。」
「そっかな?自分じゃわからないんだけど……ロイが用意してくれた物だから、大丈夫に決まってるか。」
そうひとまずは結論付けつつ、ファイに裾や襟足を整えてもらいながら目覚めた直後に知らされたロイの予定を頭の中で呼び起こす。せっかくならこの格好を見せに行きたい、なんてちょっと乙女な思考になってしまったのだ。
「ロイは皇宮で一日仕事なんだよな……ちょっと顔見せに行っても大丈夫かな?――あ、いい、やっぱ今のナシで。」
そう口に出してしまってから、何を言っているんだと我に返った。乙女思考、危険すぎる。
皇帝陛下なんて大変な仕事をしているロイに、ちょっと服が変わったから見てくれ、なんて遊びに行ったら邪魔すぎるだろう。ただでさえ今の俺は、寝込むか散歩するか結界壊すかの無駄飯ぐらいなのだから。
本当、そろそろ何か俺でも出来ることを見つけたい。ロイに甘えてばかりの今はとても居心地が良いが、さすがにこのままでいいとは思えないし。むしろ、愛想をつかされそうな気がする。
大体、ロイが好きになった俺は《魔導の頂点》の俺なのだから、いくら今の俺をあ、あ、愛してると言ってくれていても、今の状態に胡坐をかいてはいられないと思うのだ。
今の俺には何もないのだから、顔も頭も良くて地位も名誉も金もある、本来なら雲の上のような存在であるロイに1ミクロンでも相応しくなれるよう、何かしないと。
手っ取り早いのは魔法や魔術を使えるようになる事だが、これはまだまだ先になりそうだし。本当、今の新堂奏多の価値って、何もないよな……。
そうぐるぐると考え込みそうになったところで、濡れたバスローブを丁寧に折り畳んで腕にかけたファイが珍しく少し大きな声を上げた。
「おやめになるのですか!?……おふぉん、失礼いたしました。おそらく陛下が首を長くしてお待ちになっていると思いましたので、ええ、ええ。
今頃皇宮の執務室は極寒の極地でしょうなぁ。朝からシン様と離れ、本来なら真っ先に新たな装いを纏われたシン様を愛でる所を、このような爺に横から掻っ攫われた挙句、帰宮予定は夜半前。その時分では既にシン様のご入浴はお済ですからなぁ……。この爺、明日は陽の目を拝めますまい……。最期に麗しいシン様を拝観できたこと、光栄でございます。」
「え?……えぇ?いや、ロイだって俺の服装一つでそこまでファイに、その……嫉妬?なんて、しないって。」
「確実に、この首をとりにいらっしゃいます。まぁこの老い耄れ、魔術師相手でも一矢報いる所存ではありますが。ふぉっふぉ」
な、なんか話しながらもどんどんファイの周囲の空気が悲壮感に澱み始めているような。これ魔力?違う?あ、錯覚か。って服装一つでそんな大げさな事になるわけが……ない、よな?
「カロディール王も不可抗力とはいえシン様の寝顔をご覧になってしまったばかりにあのような……おっふぉん、何でもございませんよ。
さて、それではお食事の後は少々席を外させていただきます。イングレイド閣下でもお呼びしておきましょう。私めは遺言をしたためねばなりませんので。」
う、兎耳がへにょったぁあぁぁあ!!!!
丸く収まったはずのペネリュート王の事もほんの少し気にはなるが、それよりも何よりもまず、いつもピンとそそり立っていたあの白く長い耳が、力が抜けきったように垂れ耳になるとか!まずい、すごく悪いことをした気になる!!
「あっ、ファ、ファイ!やっぱり、少しだけロイの所に顔出そうかなって…!その、迷惑にならないくらいの時間に連れて行ってもらえる…かな…?」
慌ててそう言い募れば、むくり、と起き上がりいつものようにピンと伸ばされた兎耳に内心ほっと息をついた。お年寄りには、優しく。これ大事。
…………ロイの方が遥かに年上というのは、置いておく。異世界では外見年齢重視でいこう。
「さようでございますか。それがようございますとも、えぇ、えぇ。
それでは先触れを……いえ、この際不意打ちもよろしゅうございますな。今か今かと待ちわびておられる所へ、ひょっこりお顔をお見せになれば、執務室も和みましょう。」
ふぉふぉ、と今度は上機嫌に笑いながらそれでは先にお食事を、といそいそと準備を始める兎様の様子に大分掌で転がされた気になるが、ここで一つ、俺は重要な事に気が付いた。
皇宮とやらはこの深奥宮殿から少し離れた所にある、そう聞いている。つまり、この世界で目覚めてから一歩もこの宮殿の敷地外に出たことのない俺、初めての外出。
というより、今知った事実がある。
「…………俺、ひきこもりだったのか……」
え?何か月?二か月は確実。意識不明時も含めたら三か月いく?いかない?でもなぁ、この宮殿、庭が3つか4つあるくらい広いんだよ。全然ひきこもってる気はなかったんだ。
それでもこうして歩き回れるようになっているのに、一歩も外に出ないとなると、ペネリュート王みたいに心配が爆走する人がいてもおかしくなかったのか。
俺、全力で拒否したいけど神様っぽい立ち位置だし。・・・ん?あれ?じゃあ普段の《魔導の頂点》は、どこに住んでいたんだろう?
よし、脱ひきこもりついでにロイに聞いておこう。俺の家とかあったのかな?どんな暮らしをしていたんだろう。ファンタジー仕様に染まっただろうか。なんたって《魔導の頂点》だからな。どんな辺鄙な場所に家があってもおかしくない。でも想像するには楽しいんだな、これが。
そうわくわくしながら用意された朝食をたいらげた俺は、食後のお茶もしっかり頂いてから、ファイに連れられて初めてこの宮殿の正面玄関ホールへたどり着いた。
エントランスの大きな両扉は既に開け放たれ、正面の綺麗で大きな噴水がよく見える。そして両側にずらりと立ち並ぶ薄青の全身鎧たちも。なにこれ、ぱっと見二十人くらいいるんだが。
「「……っ!?」」
フルフェイスタイプで目の部分にスリットが入った兜なので、俺からは顔が見えないが、俺の姿が彼らの目に入った瞬間鎧たちが小さく身じろいだのと、俺が見慣れぬ鎧の集団に身をすくめたのは多分同時だ。
なぜか辺りに走る緊張に、俺も思わず足が止まってしまう。
そんな微妙な空気を気に留めることもなく、ファイがいつもの丁寧で穏やかな口調で、鎧の一人へと声をかけた。
「アルシャの間へ通門を。《魔導の頂点》より御光臨の栄を賜ります。くれぐれも内密にお願いしますよ。」
「ははっ!承知いたしました!」
リーダー格なのか、一人だけ白地に紫色の紋章が入ったマントを纏う鎧が即座に胸に手を当ててそう返答すると、残りの鎧たちが一糸乱れぬ動きで一斉にその場に跪き頭を垂れる。そんな彼らを両脇に、そのど真ん中を先導して行くファイが、足を踏み出せない俺へと体ごときっちりと振り返って、さぁどうぞと促してくる。
でもな、ちょっと待って、こんな光景、映画や時代劇でしか見たことないんだって。ごくごく普通の一般人に突然こんな対応されたら、しばらく固まってても普通だと思う。
初めての外出って、もしかしたら俺が思うより相当難易度が高かったのかもしれない。
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