上 下
13 / 89

12.多分流されてる

しおりを挟む


 ペネリュート・ラインド・カロディールと再度名乗ってくれた爽やかな青年は、イルレンキ大陸にある鳥の獣人を主としたカロディール王国の国王陛下だった。
海を隔てた別大陸から僅か二名の供回りのみで、このヴェルメリア皇国に《魔導の頂点レグ・レガリア》の安否確認のためだけに、やって来たそうだ。
 しかし皇国からは世界に向けて、俺の意識が昏睡から戻ったことと回復が進めば一度公式の場に出る、今は静かに療養中、という情報が既に発表されていたらしい。

 それでもこの鳥の王様が居ても立っても居られずに、なぜ突撃してきたかというと、記憶を喪う前の俺が使っていた魔術が原因だったようだ。
なんでも、三大陸中に張り巡らされているという《魔導の頂点レグ・レガリア》の情報網魔術ネットワークがあり、強大な魔物の出現動向や魔術師の才能を持つ者が見当たらないか、一方的にだが『選抜者』と呼ばれる者たちへと定期的に連絡を入れていたらしい。
 この『選抜者』だが、俺にとっての特別お気に入りの人間、という意味になるそうだ。
愛弟子であるというロイを筆頭に、他国の王たちやそれに近い立場の者から、世界を股にかける商人や《魔導の頂点レグ・レガリア》を信奉する集団のまとめ役、果てはただの一般人までいるそうな。
 ただし、俺が記憶喪失こんなことになっていることは、その中でも極一部にしか知らされていないらしい。
これはロイが色々と世界情勢を見て判断した結果と言っていたため、俺がどうこう言えるものではないし不満もない。むしろお手数おかけして、と言うところだ。
そしてその知らされていないグループに、ペネリュート王は入っていたわけで。

 《魔導の頂点レグ・レガリア》は意識が戻っているはずなのに、もう二か月以上も直接連絡が来ない。皇国には何を聞いても、ただ時を待てとの返答のみ。
もしや負傷が原因で魔術を使えない程弱っている?
いやいや、《魔導の頂点レグ・レガリア》の回復力ならそれは有り得ない。
ならば、怪我で弱っている所に何らかの強制魔術を受けて外部との連絡を絶たれている?いやいや、《魔導の頂点レグ・レガリア》相手にそんな恐ろしい真似をできる人間が……………………一人だけいるじゃねぇか、しかも皇国の君臨者本人だし。

と彼は思い至ってしまったらしい。

「ヴェルメリア帝の《魔導の頂点レグ・レガリア》への執心ぶりは有名であったうえに、魔術師としても《魔導の頂点レグ・レガリア》に次ぐ強者。
 負傷で昏睡という弱っている状態であれば、何らかの影響を与えることもできるやもしれぬ、と思い至り…。もはやこの目で確かめるまで翼を畳むことなどできるはずもなく、転移魔法と翼で海と空を駆け、上空から怪しい箇所を窺っていたところ、やけに強固すぎる結界が不意に内部から破られ、そこに御身を見つけたゆえ……」

「あー……俺が軟禁されてて自分から丁度脱出しようとしてます、って状況に見えたわけですか・・」

しかも地面に直接寝転んでいたり、動きやすいからと着てた服が寝間着の延長みたいな簡素な物だったから、余計に不遇な扱いを受けてますアピールになっていたと。
そろそろ服装気を付けるか。物は多分最高級品だと思うんだけどなぁ、これ着心地抜群だから愛用してるのに。
 それから、多分俺が壊したアレ、やっぱり結界って呼ぶような代物だったのか。これもまた後で誰かに教えてもらおう。あと、別大陸でも有名なロイの俺への執心ぶり?もちょっと聞きたいような、聞きたくないような。

 そんなことを考えていると、口調に気を遣いながらも「御前での騒ぎ、誠に申し訳なかった」とすまなさそうに眉を下げるペネリュート王に、こっちも紛らわしくてすみませんと頭を下げようとしたら、ロイに横から制止される。

「カナタがこの若造に頭を下げる必要などない。敬語も敬称も当然不要だ。そこまで《魔導の頂点レグ・レガリア》の容態が気になるのなら、皇国ではなく直接私に問えば良いだけのこと。
 いかなる理由があろうとヴェルメリア皇宮、それも我が宮へ直接舞い降りる無礼、到底許されるものではない。」

「確かに非礼はこちらにある、そこは昨日同様繰り返し詫びを入れよう。だが、そもそもヴェルメリア帝が《魔導の頂点レグ・レガリア》を囲い込もうとしているのが問題ではないのか?
 情報を開示し皆で知恵を出し合えば、早急にご記憶を取り戻す術も――――」

そう苛立たし気に背の翼を僅かに羽搏かせた獣人の言葉が終わる前に、部屋の温度が一気に下がった。冷気の発生源は当然、俺の隣からだ。

 そして放たれる、低くどこまでも硬質で抜き身の刃のような威圧感伴う、彼の声音。

「貴様のように、無理矢理記憶を取り戻させようとする輩が、必ず現れる。だからこそ、情報を秘匿しているのだ。
魔導の頂点レグ・レガリア》である前に、彼は一人の人間だ。それを忘れるな。」

 息を呑むことすら困難なロイからの威圧感プレッシャーに、応接室内にいる誰もが多かれ少なかれ顔を青ざめさせていた。そんな中、場違いにも俺の心を占めたのは嬉しさだった。

 ロイは言った。この世界は、俺にとって悪意に満ちていた、と。
 言葉は濁したが、死んでいた方がマシだと思うような目に遭っていた、と。
 俺はこの世界を憎んでいた、と。

 そんな記憶を、想いを持ち続けて、500年以上もウルスタリアここで生きていた俺は、幸せだったのだろうか。
 多分、なんとなくだけど、無理だったと思う。
 俺の事は俺が一番よくわかっている。
 元の世界でのどうしようもなかった現実がふと脳裏によぎる度、未だに不安で溺れそうになるくらいなのだ。ここでは、この世界では、こんなにも俺を必要として、しかもそれだけじゃなくて、愛してくれる人までいるというのに。
そんなメンタル弱めの俺が、《魔導の頂点レグ・レガリア》の記憶を思い出したら、きっとこんな思考をする今の俺は、異世界に迷い込んだばかりの17歳の新堂奏多は、消えるんじゃないかな。

 だからロイは、『俺』を守ってくれているのだ。
 この世界で『俺』が初めて目覚めた、あの日からずっと。

 思えば、ロイは今日まで一度たりとも俺に「記憶を取り戻せ」とは言わなかった。過去の俺のことを、必要以上に教えようともしなかった。それなのに、俺が聞きたいと望めば、その都度ちゃんと答えてくれる。

 本当に、ロイは俺の事を大切に大切に想ってくれているんだなぁ。

「…ふ…ははっ……」

なんて、嬉しさが満たした胸がほわりととても温かくなったから、思わず笑ってしまっていた。
向かいの席で、これでもかと見開かれたペネリュート王の空色の瞳がちらりと視界に入ったけれど、それよりも体ごと俺に向き直ったロイが、まるでさっきの威圧が嘘だったかのように穏やかな声音で「どうした?」と聞いてくれるから。

「うん、ロイが好きだなぁって。」

そうぽろりと、本音が口から零れてしまう。
でも体の中から満ちていくような温かさに、俺はとてもふわふわしていて、いつものように綺麗に微笑んだロイに抱きすくめられるのを、そのまま甘受した。
 包み込まれた暖かさも、胸の奥から体中に伝わる温かさもとても心地よくて、そっと目を閉じたら抗いようのない睡魔がやって来て……あれ?俺ここで寝落ち?嘘だろ―……何のために、この人数集め、て…話し合い……

なんて思考がばらばらになっていく中、もういいかと意識を手放した。優しすぎるこの腕の中がいけない、そう責任転嫁をしながら。


 ……………これってやっぱり流されたうちに入る、のか?え?どっち?!



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします。……やっぱり狙われちゃう感じ?

み馬
BL
※ 完結しました。お読みくださった方々、誠にありがとうございました! 志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、とある加護を受けた8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、下ネタあり。出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

神様の手違いで死んだ俺、チート能力を授かり異世界転生してスローライフを送りたかったのに想像の斜め上をいく展開になりました。

篠崎笙
BL
保育園の調理師だった凛太郎は、ある日事故死する。しかしそれは神界のアクシデントだった。神様がお詫びに好きな加護を与えた上で異世界に転生させてくれるというので、定年後にやってみたいと憧れていたスローライフを送ることを願ったが……。 

平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます

ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜 名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。 愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に… 「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」 美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。 🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶 応援していただいたみなさまのおかげです。 本当にありがとうございました!

異世界で王子様な先輩に溺愛されちゃってます

野良猫のらん
BL
手違いで異世界に召喚されてしまったマコトは、元の世界に戻ることもできず異世界で就職した。 得た職は冒険者ギルドの職員だった。 金髪翠眼でチャラい先輩フェリックスに苦手意識を抱くが、元の世界でマコトを散々に扱ったブラック企業の上司とは違い、彼は優しく接してくれた。 マコトはフェリックスを先輩と呼び慕うようになり、お昼を食べるにも何をするにも一緒に行動するようになった。 夜はオススメの飲食店を紹介してもらって一緒に食べにいき、お祭りにも一緒にいき、秋になったらハイキングを……ってあれ、これデートじゃない!? しかもしかも先輩は、実は王子様で……。 以前投稿した『冒険者ギルドで働いてたら親切な先輩に恋しちゃいました』の長編バージョンです。

イケメン王子四兄弟に捕まって、女にされました。

天災
BL
 イケメン王子四兄弟に捕まりました。  僕は、女にされました。

推し様の幼少期が天使過ぎて、意地悪な義兄をやらずに可愛がってたら…彼に愛されました。

櫻坂 真紀
BL
死んでしまった俺は、大好きなBLゲームの悪役令息に転生を果たした。 でもこのキャラ、大好きな推し様を虐め、嫌われる意地悪な義兄じゃ……!? そして俺の前に現れた、幼少期の推し様。 その子が余りに可愛くて、天使過ぎて……俺、とても意地悪なんか出来ない! なので、全力で可愛がる事にします! すると、推し様……弟も、俺を大好きになってくれて──? 【全28話で完結しました。R18のお話には※が付けてあります。】

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

処理中です...