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3.ちょろかった
しおりを挟むふわふわ、ふわふわ。
暖かい何かに包まれているような、柔らかな感覚。それに目覚めを自覚すると同時に、その強い違和感に内心で首をかしげる。
(あーまたしっかり寝ちゃったかぁ…てか俺ほんっと寝すぎ。そのうち脳みそ腐るんじゃ……って、何これ?なんかあったかい、気持ちいい……あと…これ草?いや、花の匂い?落ち着くなー……っは!?草!?花!??俺今ドコ!!??)
まさか、また目が覚めたら知らない場所とか!?ちょ、それはマジで勘弁してくれぇー!!と慌てて目をあけた俺は、次の瞬間には知らずに強張っていた体から力を抜いた。だってそこには、見慣れた綺麗過ぎる男の顔のドアップがあったんだ。
淡く微笑む絵になる男を思わずほげーっと至近距離で見つめていたら、聞き慣れた低く穏やかな声音も降ってきた。
「おはよう、カナタ。気分はどうだ?」
「…っぁ、おは、よう?ロイ……」
はい!見惚れていて普通に反応出来てませんでした!!だって眼福!というより!俺はなんでこの人の胸に頭を預けるような形で抱っこされて寝てたんでしょうか!?てかどういう状況だよこれぇえぇ!!??
そう我に返った俺は慌てて周囲を見渡して、絶句した。
上半身を背もたれに預け、カウチに寝そべっているロイ。彼を下敷きにして、コアラの子供のようにしがみついている俺。ちなみにロイが纏っている、一見黒に見えるほどに深い赤を金糸が彩る豪勢なローブっぽいもので、俺の体は包まれていた。
そこまではどうでもいい。…わけがないが今はスルーだ!なんだこの密着抱っことか!!恥ずかしすぎっ……だから今はスルー!全力でスルー!!!そう、今はとにかく
「なに、ここ・・・・」
四阿、と言うのだったか。壁はないが、屋根のある柱だけの小屋。小屋?……立ち並ぶ白い立派な円柱の全てには精緻な金の細工が高い屋根までずらりと施され、床には屋外だというのに深緑の絨毯が敷かれているんだが。
だがそう、つまり、屋外だ。
見渡す限りに色とりどりの花々や青々とした木々に囲まれた、自然あふれる癒しの空間。時折吹き抜ける柔らかな風に運ばれる草花の香りと、久しぶりに身近に感じる太陽の光。
今まで寝起きしていた、あの部屋ひとつしかこの世界を知らなかった俺は、突然の環境の変化にそう一言、ロイに問いかけるのがやっとだった。
「ここは私の庭園の一つだ。寝所から最寄りの場所だったのだが、今ならもっと見頃の庭も他にある。体調が良いなら、また明日にでも見に行かぬか?」
え、何で急にそんなこと言い出すんだ、この人?
なぜか自然な流れでロイの手に髪を梳かれながら、その人間離れした美貌をじっと見つめれば、俺の表情がよほどわかりやすかったのか、紫色の瞳が優しく眇められた。
「少し動けるようになって、意識が外に向き始めたのだろう?あまり混乱させるのもよくないと、情報は小出しにしているが、カナタにとっては不安な事も多々あるだろう。
私はカナタに、ここでは何の憂いもないと知ってもらいたい。自由に出歩けるし、望むのなら誰とでも会うことができる。と言っても、記憶のないカナタにいきなり無関係の他者と交流を持たせたくはない。故に、まずは信頼のおける私の臣下を紹介したいのだが、いいだろうか?」
ちょっと待ってくれ。少しずつ心臓がうるさくなってきてる気がする。
「な、なんで…急に?俺、ロイの事……信じてないわけじゃ、ない、ぞ?」
疑問を持ったのは、本当だけれど。それでも、感情ではこの人を信じたいとは思っているんだ。それも本当なんだ。
「あぁ、それは嬉しいことだ。だが、昨日ベッドから落ちて倒れていただろう?無理でないなら、そろそろ次の段階に移る頃合いだと思ってな。私が独占できる今の状況も捨て難いが……カナタの精神が最優先事項だ。」
こつん、と額と額を合わせてそう真摯に口にする男を凝視していたのは、何秒だったのだろう。
(ベッドから降りた…ただ、それだけだ。別に何も言ったわけじゃない。むしろ寝てるだけで、会話だって昨日はなかった。
それなのに…たったそれだけのことで、ここまで考えてくれたのか?俺が何を思ったか、何を考えたか……解って、くれたのか?)
なんだよ、それ。エスパーかよ。
「…………心を読める魔法って、あるのか?」
「ふむ、魔法では無理だ。魔術なら可能かもしれぬが、私ではおそらく無理だろう。」
じゃあ、なんでそんなに俺の事わかるんだよ。
「俺、ロイがもしかしたら嘘ついてるかもって…ちょっと思ってた。皇帝陛下ってわりに、暇人みたいだったから。」
「ふっ。それはあながち間違ってはおらぬ。今の私はお飾りで皇位についているようなものだ。後継の次期皇帝が実質執務を執っているので、余暇の時間は多い。雑事があっても、カナタが眠っている間に片づく程度だ。」
「あぁ……そっか、俺、寝すぎだもんな……時間いっぱいあるよな。」
思わず漏れた俺の告白に、澱みなく、不快を示すこともなくそう愉し気に返すロイの声が、とても心地良い。
あぁどうしよう。こんなこと今まで一度もなかった。
こんな風に気遣われたことなんて、一度もない。元の世界ですら。
(ヤバい……これはヤバい………。俺、たぶん今めちゃくちゃ嬉しい。皇帝陛下はんぱないぃ……)
自分でもちょろいとは思う。むしろ、ちょろすぎだろう。でも、もういいか。こんな感情を味わわせてくれたんだ。もし、このロイが俺を道具みたいに利用しようとして、今までの事を全部を演じていたとしても、もういいや。ロイになら、この皇帝陛下になら、使われてやっても。
だから、これだけは言っとこう。
「ロイ」
「どうした、カナタ。食事にするか?」
「うん。いや、あー、でもその前に……その……俺の事、考えてくれてるの、すごい嬉しかった。だから……ぁ…ありがとう。」
その途端、ロイの紫水晶が一際綺麗な光を湛えたものだから。この異世界、夢オチでもこんな夢なら目覚めなくても悪くない、なんて思ったじゃないか。だから、これまたごく自然な流れで頬に手を添えられ唇に熱が近づいてきても、無意識に大人しく目を閉じ―――……
「陛下、そろそろ《魔導の頂点》にご挨拶させて頂いても?」
…………あっぶっねぇええぇえええ!!??なにふっつーにキスされそうになってるんだ俺ぇええぇ!!!
「ちっ、流されなかったか。ファイ、減俸だ。」
誰!?舌打ちしたの誰!?え、ロイなの!?うっそん、似合わなっ……ってちょっと待て。もしかして、ここって俺たち以外誰かいたんですか、そうなんですか、ソウナンデスカ??
ぎゃーぁぁぁあ!!!もうやだなんか俺恥ずかしいこと言った!!やっぱ夢オチでお願いしますッ!!!
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