吸血鬼恋物語ーもう一度あなたに逢いたくてー

梅丸みかん

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第16話 婚約者

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「あっ、心配することはない。別に口説いているわけではないから。でもどうしても君を見た瞬間話さなければならないと思ったんだ。」

「私、殿下にお会いしたことは無いと思います」
 アメリアは、ディーンの言葉に呟くように答えた。さっきの光景が目に焼き付いて離れない。

(どうしてディーンはここに来たのかしら? 私を探しに来たのかしら?)

 混乱するアメリア。

 ディーンの瞳にはアメリアが映っていた。あんなにも望んでいたことなのにさっきの光景が頭を過ぎる。

 あまりにも見つめられて居たたまれなくなったアメリアはそっとディーンから視線を逸らした。

「そうか、では一曲だけでもダンスを踊ってくれないだろうか?」

 アメリアは一瞬迷ったが、折角来たパーティなのだからと思い承諾することにした。

 たとえさっきの女性がディーンの想い人だったとしてもディーンと踊りたいとアメリアは思った。

「ええ、喜んで」
 アメリアが微笑んで答えるとディーンはその美しさに一瞬息を呑んみ、ハッとしてアメリアをダンスフロアにエスコートした。

 ディーンにエスコートされたアメリアは夢心地でフワフワしながらダンスに没頭した。

「綺麗な子ねぇ、どちらのご令嬢かしら?」
「ほぅ、中々美しいご令嬢ではないか? でも余り見ぬ顔だな」

 感嘆の声が彼方此方から上がっているのだが、アメリアの耳には届かなかった。

 不思議とディーンのダンスは前世と変わらぬステップでアメリアの気持ちをあの頃に誘っていった。
 楽しいひとときは儚くディーンとのダンスはあっという間に終わっていた。


「ご令嬢、君の名は?」
 ダンスが終わり手を離す前にディーンがアメリアに問うた。

 アメリアを映す深蒼の双眸。

(もし、名のったら私を思い出してくれるだろうか?)
 そんな希望の光がアメリアの心の中に灯った。

「ディーン殿下、こちらの方はどなた?」

 アメリアが答えようとした瞬間、甲高い声が遮った。

 声の方に目を向けるとさっきまでディーンと踊っていた女性だった。ディーンの瞳の色と同じ深い蒼色のドレスを纏ってとても煌びやかに見える。

 金髪に大きな榛色の瞳の令嬢はにこやかに微笑んでいるが明らかにアメリアを牽制しているように思えた。

「はじめまして、わたくしディーン殿下の婚約者のマクベイ公爵家の長女ヒルデと申します。あなたは?」

「こ、婚約者……」

 アメリアは、その言葉に動揺して言葉が出てこなかった。
 その事が真実かどうか確かめるのも怖くてディーンの顔を見ることも出来ない。

「名乗るほどの者ではございませんわ」
 咄嗟にそう言うのが精一杯で気がついたら走り出していた。

「君! 待ってくれ!」
 ディーンの発した言葉も届かないほどアメリアは動揺していた。

(婚約者……、なんて重たい一言だろう。でも当然よね。今世ではディーンはもう私と違った人生を送っているのですもの。結婚すれば幸せな人生が待っているかも知れないし、ましてや既に婚約者がいるのなら私の入る余地はないのかもしれないわ)

 今世ではアメリアはディーンにとって部外者で有ることに間違いない。

 何度も考えた。
 私にはディーンの人生に干渉することは出来ないのかも知れないと。

 この200年近くディーンを待っている内にディーンに愛されている筈だという自信は徐々に薄れていった。

(それに私はもう普通の人では無いわ。このことをディーンが知ってしまったら私を恐れるかも知れない)


 ディーンに恐れられるかも知れないこと……

 そんな考えが頭を過ぎるとアメリアの心に哀しみが広がって行った。
 瞳には涙が滲み、後から後から頬を伝う。

 手の甲で何度拭っても止め処なく流れていく。

(仕方ないわ、ディーンは私を知らないもの)

 何度も何度もそう言い聞かせた。
 ディーンへの想いを断ち切るように…………
 それからアメリアは水鏡を覗くことができなかった。



 そう、水鏡が突然光を放つまでは……。


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