1 / 24
第1話 プロローグ
しおりを挟む
死にたくない……
こんな所で……
ディーンは意識が朦朧とする中、崩れそうになりながら歩を進めていた。
肩にかかるくらいの銀髪は流れる汗のせいで頬に張り付いている。
腹部は大きく抉れており、温かい血液がそこから流れ続けている。
耐えがたい痛みのせいか表情は歪んでいるが海の様に深い蒼色の瞳と整った鼻梁はそれでも高貴な生まれである事を示していた。
フラフラと覚束ない足取りで闇に埋もれる木々を伝い森の中を彷徨う。
朧気な月明かりだけがそこに地面があることを示していた。
魔窟の森。
巷ではそう呼ばれ、夜は疎か昼間でさえも人を寄せ付けない。
(俺は何でこんな所にいるんだ?)
ディーンの頭は朦朧としているためか中々状況を把握することができなかった。
半刻程前、この森の草原の中でディーンは目覚めた。
状況が掴めないまま周辺を見回し自分がどこかの森の中に居ることを漸く把握した途端に突然魔獣に襲われた。
オオカミ型の魔獣だった。
何とか今出せる渾身の力で氷魔法を放ち掃滅することに成功したが、深い傷を負ってしまった。
抉れた腹からは血が止めどなく流れ続けている。
もうこれ以上進むことは難しい。
そう頭の中を過ったと同時にディーンの虚ろだった目は瞼が落ち、闇に沈むように意識が薄れていった。
微かな記憶の中に残ったのは自分自身の身体がゆっくりと傾いていったことだけだった。
——————
黒い霧に覆われて闇に埋もれるように佇む黒曜石の居城。
それは、人が踏み入れることがない魔窟の森の奥深くに在った。
外からは黒い霧に覆われ、その姿を露わにすることはない。しかし、城の中から見える外界は全てがクリアに見えている。
そこに住むのは人外で有る冥府の神の眷属、吸血鬼ドラキュリア一族。
居城にそびえる塔の天辺にある一室で、アンティーク調のロッキングチェアにアメリアは腰掛けて瞑想をしていた。
漆黒の絹糸のような髪に赤い双眸は月明かりのせいで一層妖艶に輝きを放っている。黒いシンプルなドレスを纏っているにも関わらず、その美貌は輝くばかりだった。
「静かね……」
透き通るような低い声が仄暗い部屋の中に溶け込んでいった。
アメリアは右手に持つワイングラスをゆっくり揺らすとそのまま艶やかな唇に運ぶ。
深紅の液体を口に含んだ瞬間、部屋の隅の台座にある水鏡が光を帯びた。
アメリアは慌てて水鏡を覗くため立ち上がった。
水鏡に近づくと目に入ったのはこの森を背に複数のオオカミ型魔獣に襲われる銀色の髪の男だった。
「まさか……」
アメリアの顔が青ざめた。地面を濡らすのは赤い血であることに気づいた。致命傷を負っているのかもしれない。
「でもどうしてこんな場所に……」
窓の方に目を向け外の様子を覗う。
森がざわめいている…………
嫌な予感がアメリアの心に沸き上がった。
「彼の気配が消えかかっている……」
そう呟くと、アメリアは窓を開け徐に飛び出した。
地表に着地すると、即座に目的地に向かう。
木々を伝い、常人にはあり得ない速さで森をかけ抜けていく。
(さっきよりも気配を感じる事ができない……)
アメリアの心を不安の影が覆う。
(早く……あの人の元へ…………)
鼓動が早くなり焦りが滲んできた。
程なくするとアメリアはハッとして立ち止まった。
血の臭い……。
その出元を辿り、高い木の上から見下ろすと月明かりに照らされてキラキラ輝く銀髪が目に入った。
男が俯せに倒れているが、ピクリとも動かない所を見ると意識がないのかも知れない。
目を凝らすと夥しい血が地面を赤く染めていることが分かった。
アメリアは一瞬、絶望に染まりそうになり白くなるほど唇を噛みしめた。しかし、こんな場合じゃ無いと思い直して即座に傍に降り立った。
「ディーン……なぜ……」
その男の名が口から零れた。
(だめよディーン、今又あなたが死んだら私は後何年あなたを待たなければならないの?・・・)
アメリアは涙を堪えディーンに近寄ると身体を仰向けにして、胸に耳を当てた。
まだ心臓の鼓動の音にホッと安堵の息をもらした。
どうやら辛うじて生きているようだった。
「まだ間に合う……」
そう呟くと、ディーンの頭を持ち上げ顔を近づけた。
僅かに感じる浅く早い呼吸。
腹部を見ると服が破れ肉が見えている。今だにそこからは血が流れ続け、このままでは一刻もしないうちに命が消え去るだろう。
アメリアはそっとディーンの唇に自分のそれを近づけ息を吹き込んだ。
すると、呼吸が次第に安定し、傷がみるみる塞がっていった。
アメリアは安心したように嘆息すると、黒曜石の居城へとディーンを抱きかかえて踵を返した。
(誰がディーンをこんな目に合わせたのか大体察しが付いてる。ディーンをこんな目に遭わせた人を決して許さないわ!)
新たなる決意を胸に抱いたまま……。
こんな所で……
ディーンは意識が朦朧とする中、崩れそうになりながら歩を進めていた。
肩にかかるくらいの銀髪は流れる汗のせいで頬に張り付いている。
腹部は大きく抉れており、温かい血液がそこから流れ続けている。
耐えがたい痛みのせいか表情は歪んでいるが海の様に深い蒼色の瞳と整った鼻梁はそれでも高貴な生まれである事を示していた。
フラフラと覚束ない足取りで闇に埋もれる木々を伝い森の中を彷徨う。
朧気な月明かりだけがそこに地面があることを示していた。
魔窟の森。
巷ではそう呼ばれ、夜は疎か昼間でさえも人を寄せ付けない。
(俺は何でこんな所にいるんだ?)
ディーンの頭は朦朧としているためか中々状況を把握することができなかった。
半刻程前、この森の草原の中でディーンは目覚めた。
状況が掴めないまま周辺を見回し自分がどこかの森の中に居ることを漸く把握した途端に突然魔獣に襲われた。
オオカミ型の魔獣だった。
何とか今出せる渾身の力で氷魔法を放ち掃滅することに成功したが、深い傷を負ってしまった。
抉れた腹からは血が止めどなく流れ続けている。
もうこれ以上進むことは難しい。
そう頭の中を過ったと同時にディーンの虚ろだった目は瞼が落ち、闇に沈むように意識が薄れていった。
微かな記憶の中に残ったのは自分自身の身体がゆっくりと傾いていったことだけだった。
——————
黒い霧に覆われて闇に埋もれるように佇む黒曜石の居城。
それは、人が踏み入れることがない魔窟の森の奥深くに在った。
外からは黒い霧に覆われ、その姿を露わにすることはない。しかし、城の中から見える外界は全てがクリアに見えている。
そこに住むのは人外で有る冥府の神の眷属、吸血鬼ドラキュリア一族。
居城にそびえる塔の天辺にある一室で、アンティーク調のロッキングチェアにアメリアは腰掛けて瞑想をしていた。
漆黒の絹糸のような髪に赤い双眸は月明かりのせいで一層妖艶に輝きを放っている。黒いシンプルなドレスを纏っているにも関わらず、その美貌は輝くばかりだった。
「静かね……」
透き通るような低い声が仄暗い部屋の中に溶け込んでいった。
アメリアは右手に持つワイングラスをゆっくり揺らすとそのまま艶やかな唇に運ぶ。
深紅の液体を口に含んだ瞬間、部屋の隅の台座にある水鏡が光を帯びた。
アメリアは慌てて水鏡を覗くため立ち上がった。
水鏡に近づくと目に入ったのはこの森を背に複数のオオカミ型魔獣に襲われる銀色の髪の男だった。
「まさか……」
アメリアの顔が青ざめた。地面を濡らすのは赤い血であることに気づいた。致命傷を負っているのかもしれない。
「でもどうしてこんな場所に……」
窓の方に目を向け外の様子を覗う。
森がざわめいている…………
嫌な予感がアメリアの心に沸き上がった。
「彼の気配が消えかかっている……」
そう呟くと、アメリアは窓を開け徐に飛び出した。
地表に着地すると、即座に目的地に向かう。
木々を伝い、常人にはあり得ない速さで森をかけ抜けていく。
(さっきよりも気配を感じる事ができない……)
アメリアの心を不安の影が覆う。
(早く……あの人の元へ…………)
鼓動が早くなり焦りが滲んできた。
程なくするとアメリアはハッとして立ち止まった。
血の臭い……。
その出元を辿り、高い木の上から見下ろすと月明かりに照らされてキラキラ輝く銀髪が目に入った。
男が俯せに倒れているが、ピクリとも動かない所を見ると意識がないのかも知れない。
目を凝らすと夥しい血が地面を赤く染めていることが分かった。
アメリアは一瞬、絶望に染まりそうになり白くなるほど唇を噛みしめた。しかし、こんな場合じゃ無いと思い直して即座に傍に降り立った。
「ディーン……なぜ……」
その男の名が口から零れた。
(だめよディーン、今又あなたが死んだら私は後何年あなたを待たなければならないの?・・・)
アメリアは涙を堪えディーンに近寄ると身体を仰向けにして、胸に耳を当てた。
まだ心臓の鼓動の音にホッと安堵の息をもらした。
どうやら辛うじて生きているようだった。
「まだ間に合う……」
そう呟くと、ディーンの頭を持ち上げ顔を近づけた。
僅かに感じる浅く早い呼吸。
腹部を見ると服が破れ肉が見えている。今だにそこからは血が流れ続け、このままでは一刻もしないうちに命が消え去るだろう。
アメリアはそっとディーンの唇に自分のそれを近づけ息を吹き込んだ。
すると、呼吸が次第に安定し、傷がみるみる塞がっていった。
アメリアは安心したように嘆息すると、黒曜石の居城へとディーンを抱きかかえて踵を返した。
(誰がディーンをこんな目に合わせたのか大体察しが付いてる。ディーンをこんな目に遭わせた人を決して許さないわ!)
新たなる決意を胸に抱いたまま……。
13
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました
しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。
そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。
そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。
全身包帯で覆われ、顔も見えない。
所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。
「なぜこのようなことに…」
愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。
同名キャラで複数の話を書いています。
作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。
この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。
皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。
短めの話なのですが、重めな愛です。
お楽しみいただければと思います。
小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
悪役令嬢は王子の溺愛を終わらせない~ヒロイン遭遇で婚約破棄されたくないので、彼と国外に脱出します~
可児 うさこ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生した。第二王子の婚約者として溺愛されて暮らしていたが、ヒロインが登場。第二王子はヒロインと幼なじみで、シナリオでは真っ先に攻略されてしまう。婚約破棄されて幸せを手放したくない私は、彼に言った。「ハネムーン(国外脱出)したいです」。私の願いなら何でも叶えてくれる彼は、すぐに手際を整えてくれた。幸せなハネムーンを楽しんでいると、ヒロインの影が追ってきて……※ハッピーエンドです※
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる
雨野
恋愛
難病に罹り、15歳で人生を終えた私。
だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?
でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!
ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?
1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。
ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!
主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!
愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。
予告なく痛々しい、残酷な描写あり。
サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。
小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。
こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。
本編完結。番外編を順次公開していきます。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。
石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。
ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。
そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。
真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる