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第八十話 シンプルだけど美味しい

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「え? ここはどこ?」
 寝ぼけ眼を右手で擦り、周りを見回す私。

 天蓋付きのベッドの上で漸くここがウォルフ様の邸であることを思い出した。

 私の横にはもふもふの生き物が静かに寝息を立てている。

「グレン、あなた用のベッドを用意されているのに結局私のベッドで寝たのね」
 私は、どう見ても猫にしか見えないグレンを見て苦笑した。

 部屋の飾り棚にある時計を見ると9時を少し回ったところだった。昨日寝たのは夜の9時過ぎだったから約12時間は寝たことになる。

 寝過ぎたせいか、若干頭がぼーっとする。

 身支度を終えた頃、メイドさんが朝食だと知らせに来た。

 この邸に着いたときも思ったけど、メイドさんが着ているお仕着せは前世のメイド喫茶を思い出させる。大人し目なフリルと長めのワンピースの丈はメイド喫茶のものより品があるけど。

 私もお店をするときにメイド服を着ようかしら?
 と一瞬考えたが、「いらっしゃいませ、ご主人様」と言う言葉が思い浮かび、趣旨が違くなると気がついてその考えを振り払った。

 朝食は通常、各自自室で食べるそうだ。時には庭にあるガゼボで食べることもあるみたい。

 私はそのことを聞いて食いついた。

「ガゼボ? そこで食べても良いんですか?」
「もちろんですわ。今日もお天気がいいので庭の花や草木を眺めながら朝食を摂るのもおすすめですよ」

 この邸のメイドさんがすすめてくれるならそうしよう。

 私はエミュウさんとロゼッタさんを誘ってガゼボで朝食を摂ることにした。メイドさんにお願いして二人に伝えて貰ったら大賛成の返事を貰った。

 灌木と色とりどりの花に囲まれたガゼボで食べる朝食は贅沢感が半端ない。優雅でまるで貴族になったようだ。

 まぁ、ここは貴族であるウォルフ様のお屋敷なんだけどね。

 朝食はサラダ、スコーンのようなパン、スクランブルエッグとシンプルなものだった。どうやらこの世界では貴族でも朝食はあっさり目らしい。

 相変わらずサラダは美味しいけど他は可もなく不可もなくといった感じだ。

「すてきねぇ、この庭。私の好きなダリアの花も咲いているしいつまでもここにいたくなるわ」
 ロゼッタさんが絶賛する。

 たくさんの花びらを纏ったダリアの花は花弁が広がり睡蓮のような形をしている。濃いピンク色が艶やかさを更に強調してそのお陰で庭全体がとても華やかだ。

「「「はぁー、すてきねぇー」」」
 食後のお茶を飲みながら、私達三人が溜息と共に同時に声を漏らすと顔を見合わせて微笑み合った。


 さて、優雅な朝食が終わると私はメイドさんに厨房へ案内して貰うことにした。

 そう、マヨネーズを作るのだ。

 厨房に着くと料理人さん達が勢揃いだった。

「君が、カリンちゃんだね。奥様から聞いているよ。私はオラフだ。よろしく頼む」

 開口一番に私を見てそう言ったのはぽっちゃりとした30代位の男性だった。栗色の短髪に赤茶の瞳に優しさが滲み出ている。

 あまり背が高くなく、親しみを感じてすぐに仲良くなれそうな気がした。

「はい、カリンです。こちらこそよろしくお願いします。今日は厨房を貸して頂きありがとうございます」
「いや、寧ろ新たなソースを教えて貰えるならこちらこそ大歓迎だ」
 私がお礼を言うとオラフさんは本当に歓迎してくれてるようで、優しそうに微笑んでくれた。

 後で聞いたのだが、エクレアさんが昨日言っていたサラド公国出身の料理人がオラフさんでこの領主邸の料理長をしているらしい。30代に見えたが実は40を過ぎているそうだ。

 とても若く見えたのでビックリだ。

 私が言ったマヨネーズの材料を厨房に集まった料理人達が調理台に用意してくれた。もちろん調理器具も。

 とは言え、材料は至ってシンプルだ。

 卵、酢、塩、胡椒、食物油。これだけだ。卵を生で使うからどうかと思ったけど、タブレットで密かに鑑定してみたら、身体に悪い菌は無かったので大丈夫そうだった。

 卵は卵黄だけ使う場合もあるけど、私のレシピは全卵を使う。まあ、タダ、単に余った白身が勿体ないというだけなんだけどね。

 でも、全卵で作ったマヨネーズもちゃんと美味しいから問題ない。

 では、早速作ってみるとしようか。

 あら? いつの間にかギャラリーが増えていると思ったら、ウォルフ様とエクレア様までいるではないか。
 
 えっとぉ、領主夫妻が厨房なんかに来て大丈夫なのだろうか?

 そう思ったが、二人ともワクワク感を漂わせている。

 そんな様子を見ていれば何も言えなくなってしまう。

 まぁ、いいか。それにしても、みんなに見られていると思うと緊張してしまう。

 卵をボールに割り入れ、酢、塩、胡椒を混ぜてひたすらかき混ぜる。

 泡立て器はあったけどハンドミキサーは無いみたい。家にはラシフィーヌ様作魔導泡立て器があるけど、こんどエミュウさんに作ってもらって普及してもらった方が良いかも知れない。

 誰だって混ぜるのは結構疲れるよね。

 ある程度混ざったら、少しずつ食物油を入れながら更にかき混ぜる。

 次第に、マヨネーズっぽくなって来た。

 出来上がったマヨネーズを早速試食して貰うことにした。

「あの、マヨネーズが出来上がったので試食して貰いたいのですが、そのまま食べられる野菜とかありますか?」
「野菜……そうだな、茹でたポテならあるぞ」
 私が尋ねるとオラフさんがポテという野菜をボールに山盛り持って来た。

 それは前世ではジャガイモと呼ばれていた野菜だった。

 茹でたジャガイモにマヨネーズ。うん、ナイスチョイス。

「オラフさん、これにマヨネーズをかけて試食して貰ってもいいですか?」
「もちろん、かまわんよ。本当は今夜の夕食のスープにしようと思ったんだがポテはまだたくさんあるからな」

 私はオラフさんの了承を得たのでポテを一口大に切ってお皿に盛り、マヨネーズをかけてみんなに試食をして貰った。

 もちろん、キラキラ瞳を輝かせてこっちを見ているグレンにも忘れず試食して貰う。

「こんな美味いソースは初めて食べたよ」
 ウォルフ様が大げさなほど絶賛する。

「まぁ、こんな簡単な材料でこんな美味しいものが出来るなんて」
 エクレア様はポテをゆっくり噛みしめながら感嘆の声をあげる。

「これは美味いな。まさか卵にこんな使い方があるとは! 他にも色々使えそうだ」
 オラフさんは感心したように考え込む。

「カリンちゃんは天才ねぇ」
 エミュウさんはどっかで聞いたことのある台詞を言う。

「カリンちゃん。すごいわ、私もカリンちゃんに負けていられないわ」
 ロゼッタさんは、闘志を燃やす。

 そして、厨房に集まった料理人達は口々に「美味い、美味い」と言いながら大量に茹でてあったポテを食べ尽くしたのだった。
 

 
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