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第三十九話 ショウ・クランリーの戸惑い
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穏やかな風が辺り一面の青々とした草原を揺らしている。
そんな長閑な景色の中、俺は朝食を終えると森に住んでいるという少女を迎えに行く為、幌馬車の馭者台で馬を走らせていた。荷台にはラルクがワクワクした様子でカリンと初めて会ったときのことを俺に話している。
どうやら、よっぽどカリンと言う少女を気に入っているようだ。
森の中央にある大きな道を少し入ると脇道があった。幌馬車を脇に止めてカリンが住むという家に向かう。
こんな所に、こんな脇道あったか? と頭を過ぎったがラルクが駆け出したので急いでその後を追った。
歩いて数分後、赤い屋根のそれ程大きくもない白煉瓦の家が見えてきた。正面には店舗のような入り口がある。
家を眺めていると、白い猫が現れた。ラルクはその猫にすぐに気がついたようで傍まで駆け寄り頭を撫でている。
「あっ、カリン、元気だった? グレンも元気そうだね」
ラルクが声をかけた方を見ると、一人の少女がこちらに近づいてくるのが分かった。あの子がカリンという子だろう。
藍色の髪、瑠璃色の瞳。父さんが言ったとおりの容姿を見て確信する。
この辺りでは見ない髪色だが、俺は冒険者としての依頼をこなしている途中で同じ髪色の青年を見かけたことがある。王都グレサリアから見て北に位置するバスティナ領、こことは全く反対の場所だった。瞳の色はカリンと違い灰色だったが。
それは一年ほど前だっただろうか? 国が侵略されて移住を余儀なくされたと噂に聞いた。彼は戦闘力がないため、薬草採取の依頼を中心に行っていたようだった。
確かその国は巷では神の国と言われていたそうだが本当かどうかは分からない。噂なんて当てにならないのだから。神の国かどうかは分からないが、もしかしたらカリンもその青年と同じ国の出身なのかも知れない。
「君がカリンって子? 俺はショウ、父さんに言われて迎えに来た」
俺はカリンにそう告げた。
「あっ、初めまして。カリンです。迎えに来て頂いてありがとうございます」
カリンは神秘的な瑠璃色の瞳を真っ直ぐこちらに向けて挨拶するとぺこりと軽くお辞儀をした。
神の国の民と言われれば妙に納得してしまうほどの清純さを身に纏う少女を見て俺は戸惑った。
「ああ」
咄嗟にそう答えることしか出来ない自分に舌打ちをしそうになる。それにしてもこの子の心の声が全く聞こえないのが気になった。
なぜだ? ついついその疑問が頭の中を埋め尽くし、顔に出てしまう。それでもまだ会って間もないせいだと思い少し様子を見る事にした。
俺は普段は他人の心の声が簡単に入っていることがないように制御しているが、初めて会った人はどんな人物か分からないため制御していない。
「馬車で来たからそれに乗って、乗り心地は良いとは言えないけど」
そう言ってカリンを馬車に促した。
「ショウ兄は凄いんだ! 冒険者になってまだ3年なのにもうランクがゴールドなんだ」
「Aランクの魔物も1人で倒せるんだよ」
ラルクが俺の自慢話をしているのが馭者台にいる俺にも聞こえてくる。
カリンはうん、うんと言って黙ってラルクの話に耳を傾けているようだ。
俺は馬を操りながらカリンの心の声を聞こうと意識を向けた。
だがやっぱり何も聞こえない。
こんなことは初めてだった。
他の人と何が違うのだろうか?
その疑問が頭の中で渦巻き、気がついたら家の前に着いていた。
ラルクと一緒に玄関に向かうカリンの後ろ姿をジッと見つめて考え込む。
もしかしたらカリンも俺と同じ能力があるのだろうか? だからカリンの心の声が聞こえないのだろうか?
そんな考えが頭に浮かんだので確かめてみることにした。
『俺の声が聞こえるか?』
カリンがこちらを振り返った。
俺は思わず真っ直ぐなカリンの視線に怯み目を逸らしてしまった。
俺の心の声が聞こえたからこっちを見たわけでは無いのだろうか? 仕方ない、また後でもう一度試して見よう。
リビングまで行くと俺は一番奥のソファーに腰をかけて時々カリンに心の中で問いかけた。
もし俺の心の声が聞こえるなら何かしら反応があるだろうと思って。
『カリン、俺の心の声が聞こえるか?』
少し離れた所に座ったカリンを目で捉え心の中で話しかけた。俺の視線を感じたようだがカリンは訝しげな顔をするだけだった。
何度も繰り返すと、カリンの顔に陰りが見えてきた。俺が睨んでいるとでも思ったのかも知れない。
「カリンちゃん? 大丈夫? ショウのことは気にしなくて良いのよ。あの子は昔からああなの。人見知りで無愛想なのよ」
母さんがカリンの様子に気がついて宥めている。
「そうそう、特にかわいい女の子の前ではね」
マギー婆ちゃんもカリンにそう言うとちらりと俺の方を見た。
どうやら俺は、カリンに不信感を抱かせてしまったらしい。これはまずい…………。
「ショウ? 初めて会った女の子にそんな仏頂面していたら、怒っているのかと思われるわよ」
母さんの言葉に自分の態度を振り返り反省した。
「別に怒ってない」
俺はボソリとそう言って
「…………わるかった……」
と小さな声で謝った。本当に申し訳無く思ったがどうしたら良いのか分からなかった。
結局俺は、カリンは心の声が聞こえるわけではないのだろうと結論づけた。だとしたら、何故カリンの心の声が聞こえないのだろう? 謎は深まるばかりだった。
母さん達との話しに夢中になっていたカリンは一段落つくとチーズケーキと言うお菓子をお土産だと言ってバッグから出した。カリン自身が作ったらしい。
初めて食べたそのお菓子の味は少し酸味があり、丁度良い甘さとしっとりとした口当たりで言葉で表せないほどの美味しさだった。
気がついたら夢中になって食べていたようで瞬く間にお皿から消えていた。
物惜しげに皿を見つめる俺。
「あのっ、まだたくさんありますからどうぞ」
そんな俺に気がついたのか、カリンが更にバッグからチーズケーキが入った箱を出してテーブルに並べた。
気付かれたことに少し恥ずかしさがあったが、さっき食べたばかりのチーズケーキの味が蘇り、その箱の中身に期待してしまった。
その後、父さん達はカリンと話があると言って執務室に移動した。
さっきカリンが口にした事を思い出した。
『大丈夫ですよ。砂糖は森で手に入るから全然問題ありません。それにその箱には時間停止と分解の魔法付与をしているから中の物は外に出さない限り腐らないし、箱もゴミにならないんですよ』
砂糖が森で手に入るってことはあのガイストの森で砂糖の原料があると言うことなのだろうか? だとしたらかなり貴重な情報と言える。
それにカリンが作ったあの箱には時間停止と分解の魔法付与があるという。口ぶりからするとカリン自身がその魔法付与を行ったのだろうか?
俺もカリンの言っていたことが気になり、執務室で話を聞きたいと思った。しかし、ヨダの町で商談をするというケリー叔父さんの護衛をする約束をしている。後ろ髪を引かれながら俺はケリー叔父さんとヨダの町へ向かったのだった。
俺が家に帰ると母さんに話があるとそっと呼ばれた。カリンはリビングでドロシー叔母さんとマギー婆ちゃんと何やら楽しそうに話をしているようだった。
母さんは俺にカリンの状況を話してくれた。クラレシア神聖王国から来たのだろうと言うこと、記憶喪失だと言うこと。
その事を聞いて、カリンは俺が思っていたよりも過酷な人生を歩んできたのかも知れないと思った。
俺はカリンに対する態度を思い出し後悔した。俺よりも5つも下の少女に対する態度ではなかったし、そんな大変な思いをした子に思いやりの欠片も無かった事に。
だから俺は帰りはカリンを送って行きたいと申し出た。挽回のチャンスが欲しかったのだ。
そんな長閑な景色の中、俺は朝食を終えると森に住んでいるという少女を迎えに行く為、幌馬車の馭者台で馬を走らせていた。荷台にはラルクがワクワクした様子でカリンと初めて会ったときのことを俺に話している。
どうやら、よっぽどカリンと言う少女を気に入っているようだ。
森の中央にある大きな道を少し入ると脇道があった。幌馬車を脇に止めてカリンが住むという家に向かう。
こんな所に、こんな脇道あったか? と頭を過ぎったがラルクが駆け出したので急いでその後を追った。
歩いて数分後、赤い屋根のそれ程大きくもない白煉瓦の家が見えてきた。正面には店舗のような入り口がある。
家を眺めていると、白い猫が現れた。ラルクはその猫にすぐに気がついたようで傍まで駆け寄り頭を撫でている。
「あっ、カリン、元気だった? グレンも元気そうだね」
ラルクが声をかけた方を見ると、一人の少女がこちらに近づいてくるのが分かった。あの子がカリンという子だろう。
藍色の髪、瑠璃色の瞳。父さんが言ったとおりの容姿を見て確信する。
この辺りでは見ない髪色だが、俺は冒険者としての依頼をこなしている途中で同じ髪色の青年を見かけたことがある。王都グレサリアから見て北に位置するバスティナ領、こことは全く反対の場所だった。瞳の色はカリンと違い灰色だったが。
それは一年ほど前だっただろうか? 国が侵略されて移住を余儀なくされたと噂に聞いた。彼は戦闘力がないため、薬草採取の依頼を中心に行っていたようだった。
確かその国は巷では神の国と言われていたそうだが本当かどうかは分からない。噂なんて当てにならないのだから。神の国かどうかは分からないが、もしかしたらカリンもその青年と同じ国の出身なのかも知れない。
「君がカリンって子? 俺はショウ、父さんに言われて迎えに来た」
俺はカリンにそう告げた。
「あっ、初めまして。カリンです。迎えに来て頂いてありがとうございます」
カリンは神秘的な瑠璃色の瞳を真っ直ぐこちらに向けて挨拶するとぺこりと軽くお辞儀をした。
神の国の民と言われれば妙に納得してしまうほどの清純さを身に纏う少女を見て俺は戸惑った。
「ああ」
咄嗟にそう答えることしか出来ない自分に舌打ちをしそうになる。それにしてもこの子の心の声が全く聞こえないのが気になった。
なぜだ? ついついその疑問が頭の中を埋め尽くし、顔に出てしまう。それでもまだ会って間もないせいだと思い少し様子を見る事にした。
俺は普段は他人の心の声が簡単に入っていることがないように制御しているが、初めて会った人はどんな人物か分からないため制御していない。
「馬車で来たからそれに乗って、乗り心地は良いとは言えないけど」
そう言ってカリンを馬車に促した。
「ショウ兄は凄いんだ! 冒険者になってまだ3年なのにもうランクがゴールドなんだ」
「Aランクの魔物も1人で倒せるんだよ」
ラルクが俺の自慢話をしているのが馭者台にいる俺にも聞こえてくる。
カリンはうん、うんと言って黙ってラルクの話に耳を傾けているようだ。
俺は馬を操りながらカリンの心の声を聞こうと意識を向けた。
だがやっぱり何も聞こえない。
こんなことは初めてだった。
他の人と何が違うのだろうか?
その疑問が頭の中で渦巻き、気がついたら家の前に着いていた。
ラルクと一緒に玄関に向かうカリンの後ろ姿をジッと見つめて考え込む。
もしかしたらカリンも俺と同じ能力があるのだろうか? だからカリンの心の声が聞こえないのだろうか?
そんな考えが頭に浮かんだので確かめてみることにした。
『俺の声が聞こえるか?』
カリンがこちらを振り返った。
俺は思わず真っ直ぐなカリンの視線に怯み目を逸らしてしまった。
俺の心の声が聞こえたからこっちを見たわけでは無いのだろうか? 仕方ない、また後でもう一度試して見よう。
リビングまで行くと俺は一番奥のソファーに腰をかけて時々カリンに心の中で問いかけた。
もし俺の心の声が聞こえるなら何かしら反応があるだろうと思って。
『カリン、俺の心の声が聞こえるか?』
少し離れた所に座ったカリンを目で捉え心の中で話しかけた。俺の視線を感じたようだがカリンは訝しげな顔をするだけだった。
何度も繰り返すと、カリンの顔に陰りが見えてきた。俺が睨んでいるとでも思ったのかも知れない。
「カリンちゃん? 大丈夫? ショウのことは気にしなくて良いのよ。あの子は昔からああなの。人見知りで無愛想なのよ」
母さんがカリンの様子に気がついて宥めている。
「そうそう、特にかわいい女の子の前ではね」
マギー婆ちゃんもカリンにそう言うとちらりと俺の方を見た。
どうやら俺は、カリンに不信感を抱かせてしまったらしい。これはまずい…………。
「ショウ? 初めて会った女の子にそんな仏頂面していたら、怒っているのかと思われるわよ」
母さんの言葉に自分の態度を振り返り反省した。
「別に怒ってない」
俺はボソリとそう言って
「…………わるかった……」
と小さな声で謝った。本当に申し訳無く思ったがどうしたら良いのか分からなかった。
結局俺は、カリンは心の声が聞こえるわけではないのだろうと結論づけた。だとしたら、何故カリンの心の声が聞こえないのだろう? 謎は深まるばかりだった。
母さん達との話しに夢中になっていたカリンは一段落つくとチーズケーキと言うお菓子をお土産だと言ってバッグから出した。カリン自身が作ったらしい。
初めて食べたそのお菓子の味は少し酸味があり、丁度良い甘さとしっとりとした口当たりで言葉で表せないほどの美味しさだった。
気がついたら夢中になって食べていたようで瞬く間にお皿から消えていた。
物惜しげに皿を見つめる俺。
「あのっ、まだたくさんありますからどうぞ」
そんな俺に気がついたのか、カリンが更にバッグからチーズケーキが入った箱を出してテーブルに並べた。
気付かれたことに少し恥ずかしさがあったが、さっき食べたばかりのチーズケーキの味が蘇り、その箱の中身に期待してしまった。
その後、父さん達はカリンと話があると言って執務室に移動した。
さっきカリンが口にした事を思い出した。
『大丈夫ですよ。砂糖は森で手に入るから全然問題ありません。それにその箱には時間停止と分解の魔法付与をしているから中の物は外に出さない限り腐らないし、箱もゴミにならないんですよ』
砂糖が森で手に入るってことはあのガイストの森で砂糖の原料があると言うことなのだろうか? だとしたらかなり貴重な情報と言える。
それにカリンが作ったあの箱には時間停止と分解の魔法付与があるという。口ぶりからするとカリン自身がその魔法付与を行ったのだろうか?
俺もカリンの言っていたことが気になり、執務室で話を聞きたいと思った。しかし、ヨダの町で商談をするというケリー叔父さんの護衛をする約束をしている。後ろ髪を引かれながら俺はケリー叔父さんとヨダの町へ向かったのだった。
俺が家に帰ると母さんに話があるとそっと呼ばれた。カリンはリビングでドロシー叔母さんとマギー婆ちゃんと何やら楽しそうに話をしているようだった。
母さんは俺にカリンの状況を話してくれた。クラレシア神聖王国から来たのだろうと言うこと、記憶喪失だと言うこと。
その事を聞いて、カリンは俺が思っていたよりも過酷な人生を歩んできたのかも知れないと思った。
俺はカリンに対する態度を思い出し後悔した。俺よりも5つも下の少女に対する態度ではなかったし、そんな大変な思いをした子に思いやりの欠片も無かった事に。
だから俺は帰りはカリンを送って行きたいと申し出た。挽回のチャンスが欲しかったのだ。
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