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第三章 魔王様の専属シェフとお猫様の日常
魔王様の専属シェフは、念願の刺身を食べる【ΦωΦ】
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その後私たちは店主さん……ガトさんのご厚意に甘えて、まだ日も高いというのにたくさんお酒をいただいていた。しかも私のリクエストでお刺身まで出してもらえたのだ。
「いやあ、刺身の提供はこの世界では初めてだぜ!」
「私も、お刺身はこの世界では初めて食べます!」
「けどよ、醤油はさすがにないぜ? 塩でいいか?」
「あ、お醤油も塩もいらないです。私元々『これ醤油付いてる?』って言われるくらいにはお醤油付けないですし、塩もダイレクトに塩味がくるのであまり好きじゃありません」
「もしやお嬢ちゃん、寿司に煮切りとかも要らないタイプか?」
「そうですね、余計なことすんなって思います」
「おおっと、こいつはだいぶ面倒くせえ客だぞ」
私の言葉を聞いて、ガトさんはケラケラと笑いながら冗談のように言った。正直なところ、彼が言う通り私は相当に面倒くさい客だとは思う。
そんな面倒くさい客である私に、ガトさんは綺麗な白身魚のお刺身を並べてくれた。
「この魚はそこそこ刺身にも向いているやつだ。ただ、こっちの世界じゃそもそも生食を想定してないからな、期待はし過ぎるなよ」
ガトさんの話を聞きつつ、私はお刺身にフォークを伸ばす。ジャル様とダニーさんは、お魚を生で食べようとする私の姿を興味深そうに見つめていた。どうやら生食に対する忌避感というものはそこまで無いようだ。
じっと見られながら食べるのは少々というかかなり恥ずかしいな、とは思いつつも、お刺身の魅力に耐えきれずに私は一切れ口に運んだ。
もぐもぐ、としばらく咀嚼して、なるほど、と頷く。
味は悪くはない。しっかり噛むとお魚の旨味と甘みが出てくるし、鼻から抜ける香りもまあまあ許容範囲だろう。ただ少々水っぽい。身も引き締まっている感じはなく柔らかかった。
「……これはバターソテーかムニエルにした方が美味しいですね! あとはアクアパッツァとかでしょうか」
「ははっ、お嬢ちゃんならそういうと思ったぜ。どうする、残りはソテーにしてやろうか?」
「お願いします。……あっ、そうだ、少しマロンにあげてもいいですか?」
「おう、猫ちゃんにも食わせてやりな」
ガトさんは小さなお皿を取り出してお刺身を数切れ取り分けると、私の横の席でこちらにキラキラとした目を向けているマロンの前に置いてくれた。
「ニャア!」
マロンは本当に嬉しそうな声を上げると、お刺身にかぶりついた。さっきもお魚を丸々一匹食べていたというのに、この子ったら食欲旺盛なお嬢様だ。
残りのお刺身はガトさんが早速ソテーにしてくれた。レマバターとお魚特有の匂いが混ざり合い、なんとも言えない美味しそうな香りが立ち上っている。
「バターの香りは食欲をそそりますねぇ」
「そうだなぁ。これだけで酒が進みそうだ」
ジャル様とダニーさんもお酒を飲んで良い心地になっているのか、二人ともいい笑顔だ。私も釣られて表情が緩んでしまう。
ほどなくして、バターソテーが私たちの目の前に並んだ。それは思っていた通りとても美味しかった。
バターソテーをおつまみにお酒を飲んでいた私たちに、ガトさんはとっておきだとランジューのシャーベットを出してくれた。
実はこのシャーベット、なんと砂糖を使用していないのだという。テーラの名産である海風を受けて育ったランジューは、砂糖なんていらないくらいにとっても甘いのだ。
「そうだお嬢ちゃん、このシャーベットをワインに入れてみな」
なんと魅力的な提案だろうか。私はガトさんがおすすめする通り、シャーベットとワインを合わせてみた。
爽やかな酸味と甘みがワインと混ざり合い、口当たりがとても良くなっている。もちろん元々のワインも飲みやすくて美味しいんだけど、私は前世でもそれほどお酒を嗜んでいたわけではなかったので、どうしても飲むペースは遅かった。
だけどこれにシャーベットを入れることで、いわゆるチューハイや甘い果実酒のような感覚で飲むことができた。それはもう、調子に乗ってグイグイ飲んでしまうくらいには。
だから、この結果は当然の帰結とも言えた。
「ふぇへへ、おいひぃれすれぇ」
舌も思考も回らないくらいに、酔っ払ってしまったのだ。
ΦωΦ
今日はとてもいい日だわ。だって、美味しいお魚がたくさん食べられたんだもの。ご主人さまもずっとニコニコしてるから、それも嬉しいわ。
そういえばダニーとかいうオスとは初めて会うわね。このオスはアタシが嫌がることをしないから、好きでも嫌いでもないわ。気が向いたら撫でさせてあげてもいいかもね。
そんなダニーとは正反対のオスにも今日初めて会ったわ。ガトとかいう暑苦しいオスはアタシのことを撫で回したけど、可愛いと言われて悪い気はしないから我慢してあげたわ。その後にオサシミをくれたから、このオスのことは割と好きよ。
でもやっぱり、一番好きなのはご主人さま。次に撫でるのが抜群に上手いジャルかしら。
アタシがオサシミが入っていたお皿を丹念に舐めていると、ご主人さまの手が突然ぬっと伸びてきた。
「うふふ~、マロンはかわいいねぇ」
ご主人さまったらどうしたのかしら? いつもより撫で方が雑だわ。でも手のひらがあったかいのは気持ちがいいわね。思わず喉が鳴っちゃいそう。
「マロンはやわらかいねぇ。なんかいいにおいもするもんねぇ。にくきゅうもぷにぷにしててきもちいいよねぇ」
ご主人さまはアタシのお腹を撫でて、頭の匂いをすんすんと嗅いで、肉球を揉む。うーん、やっぱりいつもより色々と雑だわ。
ちょっと離してくれないかなと思って、アタシは小さく鳴いてみた。だけどそれに対してご主人さまは「かわいい」と言うばかり。うーん、やっぱりなんかおかしくなってるわねぇ。
なんか変になったご主人さまの腕の中から抜け出そうと身を捩っているアタシの耳に、ジャルの小さな呟きが届いた。
「……可愛いですね」
アタシが可愛いのは当然じゃない。そう思ったけれど、なんか違うような気がしてアタシはジャルを見た。
あら? ジャルってば、アタシじゃなくてご主人さまを見てるじゃない。さっきの可愛いは、ご主人さまに対して言ったのかしら。可愛いは悪い言葉じゃないからもっと口にしてもいいと思うわ、アタシは。
そんなことを考えていたら、いつの間にかご主人さまにしっかりと抱え込まれてしまっていた。あらやだ、抜け出すのが難しくなっちゃったわ。でもまあ、いいか。ご主人さまったらいつの間にか眠っちゃてるし。
アタシがご主人さまの腕の中で落ち着いた時、今度はダニーの声が聞こえてきた。
「おいジャル、まさかとは思ってたけどお前マジか」
「……悪いですか?」
「いや、別に悪いとは言わねえけどよ。わざわざ口出しするほど俺も無粋じゃねえし」
マジとかブスイとか、いったい何を言っているのかしら?
二人の話をよく聞こうと思って耳をピクピクさせた時、アタシはなんだか嫌な気分になるオスの声を聞いたような気がした。
「ゥナ」
あらやだ、思わず不機嫌な声が漏れてしまったわ。
「いやあ、刺身の提供はこの世界では初めてだぜ!」
「私も、お刺身はこの世界では初めて食べます!」
「けどよ、醤油はさすがにないぜ? 塩でいいか?」
「あ、お醤油も塩もいらないです。私元々『これ醤油付いてる?』って言われるくらいにはお醤油付けないですし、塩もダイレクトに塩味がくるのであまり好きじゃありません」
「もしやお嬢ちゃん、寿司に煮切りとかも要らないタイプか?」
「そうですね、余計なことすんなって思います」
「おおっと、こいつはだいぶ面倒くせえ客だぞ」
私の言葉を聞いて、ガトさんはケラケラと笑いながら冗談のように言った。正直なところ、彼が言う通り私は相当に面倒くさい客だとは思う。
そんな面倒くさい客である私に、ガトさんは綺麗な白身魚のお刺身を並べてくれた。
「この魚はそこそこ刺身にも向いているやつだ。ただ、こっちの世界じゃそもそも生食を想定してないからな、期待はし過ぎるなよ」
ガトさんの話を聞きつつ、私はお刺身にフォークを伸ばす。ジャル様とダニーさんは、お魚を生で食べようとする私の姿を興味深そうに見つめていた。どうやら生食に対する忌避感というものはそこまで無いようだ。
じっと見られながら食べるのは少々というかかなり恥ずかしいな、とは思いつつも、お刺身の魅力に耐えきれずに私は一切れ口に運んだ。
もぐもぐ、としばらく咀嚼して、なるほど、と頷く。
味は悪くはない。しっかり噛むとお魚の旨味と甘みが出てくるし、鼻から抜ける香りもまあまあ許容範囲だろう。ただ少々水っぽい。身も引き締まっている感じはなく柔らかかった。
「……これはバターソテーかムニエルにした方が美味しいですね! あとはアクアパッツァとかでしょうか」
「ははっ、お嬢ちゃんならそういうと思ったぜ。どうする、残りはソテーにしてやろうか?」
「お願いします。……あっ、そうだ、少しマロンにあげてもいいですか?」
「おう、猫ちゃんにも食わせてやりな」
ガトさんは小さなお皿を取り出してお刺身を数切れ取り分けると、私の横の席でこちらにキラキラとした目を向けているマロンの前に置いてくれた。
「ニャア!」
マロンは本当に嬉しそうな声を上げると、お刺身にかぶりついた。さっきもお魚を丸々一匹食べていたというのに、この子ったら食欲旺盛なお嬢様だ。
残りのお刺身はガトさんが早速ソテーにしてくれた。レマバターとお魚特有の匂いが混ざり合い、なんとも言えない美味しそうな香りが立ち上っている。
「バターの香りは食欲をそそりますねぇ」
「そうだなぁ。これだけで酒が進みそうだ」
ジャル様とダニーさんもお酒を飲んで良い心地になっているのか、二人ともいい笑顔だ。私も釣られて表情が緩んでしまう。
ほどなくして、バターソテーが私たちの目の前に並んだ。それは思っていた通りとても美味しかった。
バターソテーをおつまみにお酒を飲んでいた私たちに、ガトさんはとっておきだとランジューのシャーベットを出してくれた。
実はこのシャーベット、なんと砂糖を使用していないのだという。テーラの名産である海風を受けて育ったランジューは、砂糖なんていらないくらいにとっても甘いのだ。
「そうだお嬢ちゃん、このシャーベットをワインに入れてみな」
なんと魅力的な提案だろうか。私はガトさんがおすすめする通り、シャーベットとワインを合わせてみた。
爽やかな酸味と甘みがワインと混ざり合い、口当たりがとても良くなっている。もちろん元々のワインも飲みやすくて美味しいんだけど、私は前世でもそれほどお酒を嗜んでいたわけではなかったので、どうしても飲むペースは遅かった。
だけどこれにシャーベットを入れることで、いわゆるチューハイや甘い果実酒のような感覚で飲むことができた。それはもう、調子に乗ってグイグイ飲んでしまうくらいには。
だから、この結果は当然の帰結とも言えた。
「ふぇへへ、おいひぃれすれぇ」
舌も思考も回らないくらいに、酔っ払ってしまったのだ。
ΦωΦ
今日はとてもいい日だわ。だって、美味しいお魚がたくさん食べられたんだもの。ご主人さまもずっとニコニコしてるから、それも嬉しいわ。
そういえばダニーとかいうオスとは初めて会うわね。このオスはアタシが嫌がることをしないから、好きでも嫌いでもないわ。気が向いたら撫でさせてあげてもいいかもね。
そんなダニーとは正反対のオスにも今日初めて会ったわ。ガトとかいう暑苦しいオスはアタシのことを撫で回したけど、可愛いと言われて悪い気はしないから我慢してあげたわ。その後にオサシミをくれたから、このオスのことは割と好きよ。
でもやっぱり、一番好きなのはご主人さま。次に撫でるのが抜群に上手いジャルかしら。
アタシがオサシミが入っていたお皿を丹念に舐めていると、ご主人さまの手が突然ぬっと伸びてきた。
「うふふ~、マロンはかわいいねぇ」
ご主人さまったらどうしたのかしら? いつもより撫で方が雑だわ。でも手のひらがあったかいのは気持ちがいいわね。思わず喉が鳴っちゃいそう。
「マロンはやわらかいねぇ。なんかいいにおいもするもんねぇ。にくきゅうもぷにぷにしててきもちいいよねぇ」
ご主人さまはアタシのお腹を撫でて、頭の匂いをすんすんと嗅いで、肉球を揉む。うーん、やっぱりいつもより色々と雑だわ。
ちょっと離してくれないかなと思って、アタシは小さく鳴いてみた。だけどそれに対してご主人さまは「かわいい」と言うばかり。うーん、やっぱりなんかおかしくなってるわねぇ。
なんか変になったご主人さまの腕の中から抜け出そうと身を捩っているアタシの耳に、ジャルの小さな呟きが届いた。
「……可愛いですね」
アタシが可愛いのは当然じゃない。そう思ったけれど、なんか違うような気がしてアタシはジャルを見た。
あら? ジャルってば、アタシじゃなくてご主人さまを見てるじゃない。さっきの可愛いは、ご主人さまに対して言ったのかしら。可愛いは悪い言葉じゃないからもっと口にしてもいいと思うわ、アタシは。
そんなことを考えていたら、いつの間にかご主人さまにしっかりと抱え込まれてしまっていた。あらやだ、抜け出すのが難しくなっちゃったわ。でもまあ、いいか。ご主人さまったらいつの間にか眠っちゃてるし。
アタシがご主人さまの腕の中で落ち着いた時、今度はダニーの声が聞こえてきた。
「おいジャル、まさかとは思ってたけどお前マジか」
「……悪いですか?」
「いや、別に悪いとは言わねえけどよ。わざわざ口出しするほど俺も無粋じゃねえし」
マジとかブスイとか、いったい何を言っているのかしら?
二人の話をよく聞こうと思って耳をピクピクさせた時、アタシはなんだか嫌な気分になるオスの声を聞いたような気がした。
「ゥナ」
あらやだ、思わず不機嫌な声が漏れてしまったわ。
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