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番外編 冷たい視線 その2

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「真緒さん!さっきの男は誰ですか?一体どういう関係なんです?」

現在、私は一ノ瀬君の部屋のベッドの上で正座している。眼前には憤怒の形相をした一ノ瀬君が立ちはだかっていた。今まで見た事もない様子に恐れ慄きながらも、折角の可愛い顔が台無しだなぁと私は場違いな事を考えていた。

「えっと…。だから彼は、一ノ瀬君が抜けた穴を埋める為に派遣されて来た新しいアライアンスさんで…柴田さん…」

「そんな事は知ってますよ!俺が聞きたいのは、何でその新しく来たアライアンスさんが真緒さんの事を呼び捨てにしているのかって事です!随分と親密そうでしたけど、どんな関係なんですか?」



先月、私達と同じチームの鈴木さんの奥様が倒れられた。
詳しい病名までは聞いていないが、かなり深刻な状態のようで手術が必要らしい。鈴木さんは働き盛りの41歳。小学1年と幼稚園の年中のお子さんがいる。二人ともまだまだ手がかかる年頃なのだが、鈴木さんのご実家は北海道、奥様のご実家は鹿児島。双方遠方にある為、親の助力はあまり期待できないそうだ。
そうなると鈴木さんは1人で子供達の世話をしながら、奥様も支えていかなければならなくなる訳で、当然の如く、仕事をセーブする他ない。

ホワイト企業を自称しているうちの会社は、こういう状況に陥った時、かなり融通をきかせてくれる。課長は状況を把握すると、すぐさま鈴木さんが抱えている仕事を皆に振り分けた。

鈴木さんの担当していたものの中で、最も大きい案件を振られたのが一ノ瀬君だった。
一ノ瀬君は、鈴木さんがPプロジェクトMマネージャーをしていたF社のコールセンター新設案件を引き継ぐ事となったのだ。

かなり大きな案件だから、適当な人物をあてる訳にはいかない。しかも、その案件で導入されるシステムが割と新しいもので、扱った経験があるのが、うちのチーム内では鈴木さんと私と一ノ瀬君だけ。私は別件で忙しいから必然的に一ノ瀬君にお鉢が回って来たのだ。

課長からその話を持ち掛けられた時、一ノ瀬君は社会人としてどうなのかと思うくらい、あからさまに嫌そうな顔をした。だが、他に扱える人間がいないのだから仕方がない。
ゴネにゴネたものの、結局一ノ瀬君はA社の案件を抜け、F社案件のPMになった。


因みに、このF社のコールセンターが新設される場所は沖縄県北部。昨今、コールセンターを沖縄や北海道などに設ける会社が多い。求人が少ない地域に設ければ、賃金が安く、安定した雇用が期待できるからだ。

当然の事ながら、私達SEは担当案件の該当地がどんなに遠方だろうが、僻地であろうが、現地に何度も足を運ぶ。
一ノ瀬君は、F社案件を引き継ぐ事によって沖縄出張が増え、私と過ごす時間が減る事。そして、自分の目のない所で、私と富永部長が一緒に仕事する事に不満を覚えているようだった。

全く一ノ瀬君らしくない公私混同ぶりだ。
一ノ瀬君があまりにゴネ続けたので、私は「富永部長とは仕事以外では極力関わらない」と約束した。


私は一ノ瀬君との約束を律儀に守り、富永さんとの個人的な接触は極力持たないよう気を付けていた。そんな事が可能になっているのは、ひとえに、一ノ瀬君が抜けた穴を埋めるべく、新しく入ってくれたアライアンスさん、柴田君のおかげだ。

だから、今日は日頃の感謝を込めて、柴田君と二人で会社近くの居酒屋で飲んでいたのだが…。運悪く、沖縄出張から戻ったばかりの一ノ瀬君達と遭遇してしまったのだ。

「真緒さん。聞いていますか?何故アライアンスさんと二人きりで飲みに行ったんですか?」

責めるような視線が痛い。疚しい事など何もないのに、何故こんなに責められているのだろうか?
自分だって、担当営業の原口さんと二人で飲みに来ていたじゃないか!私ばかり責められるのは不公平だ!私は昔、原口さんが一ノ瀬君の事を好きだったの知っているんだぞ!
心の中ではそう猛抗議したが…。さすがの私も、仁王様のような顔つきで憤怒している一ノ瀬君に直接抗議する勇気はなかった。

「……えっと…あのね?本当すごい偶然で吃驚びっくりしちゃったんだけど。実は柴田君は中学の時の同級生なの。同じ陸上部だったし、一緒に生徒会役員をしていたから。その懐かしくて…久し振りの再会を祝して、みたいな?…その流れで…」

「はあ?中学の同級生?部活も生徒会も一緒だったって…。何ですかソレ?それより、って何ですか?って!そもそも俺がいない時は酒を飲まない約束でしたよね?」

「…そうは言っても。一ノ瀬君がいる時は飲むのに、いない時には飲まなかったら怪しまれちゃいそうじゃない?それにほら、相手は昔からよく知っている柴田っちなわけだし。そう警戒する事もないかなあって…」

実は私の意向で、職場では私達の関係を秘密にしている。職場では今まで通り。同じチームに属している先輩と後輩。

いつかがやって来た時の為にも、私達の関係は秘密にしておいた方が良いと私が勝手に判断したのだ。
社内恋愛というものは実に厄介なのだ。上手くいっている時はいいが。破局すると、本人達は勿論、周囲までも気不味い思いをする羽目になり、仕事に悪影響が出る。

関係を秘密にしたいと私が言い出した時、一ノ瀬君は不満を露わにした。なかなか頷かない一ノ瀬君を納得させるべく、私は教育係トレーナー新入社員トレーニーと恋愛関係になるのは聞こえが悪いと適当な理由をこじつけた。

実はそれもあながち嘘ではない。男性の場合はそうでなくとも、女性が教育係トレーナーだった場合の風当たりはかなり強い。職権濫用だとか、若い男を誑かしただとか、散々陰口を叩かれるのだ。特に一ノ瀬君のようなイケメンで将来有望な相手だと尚の事。女の嫉妬って本当に怖い。

「柴田っち?へぇー。柴田っち、ね…。あの男をそんな風に呼んでるわけですか。昔からよく知っているっていっても、先月再会したばかりですよね?そんなの、よく知っているうちに入らないんじゃないですか?」

「う~ん。確かに成人式ぶりなんだけど…。でも何か柴田っちってあんまり変わらないから。すごい久し振りっていう気がしないんだよね。ほら、何か人畜無害っぽいし」

「人畜無害ですか…。こういっちゃなんですけど、真緒さんは無防備過ぎるんですよ!どんなに人畜無害っぽく見えても、相手はれっきとしたですからね?分かっていますか?実際、俺にだって、簡単にヤられちゃったじゃないですか!忘れちゃったんですか?」

別に私は一ノ瀬君に訳ではない。のだ。一ノ瀬君にそんな風に思われていたのかと思うと、何だか悲しくなった。
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