※R18 私との恋は本気ではなかったということでしょうか?

キリン

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貴方との『愛』は本物でした。

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「もう九月も半ばになるっていうのにクソ暑いわねぇ…。もしかしてあんた、晴れ男?」

窓から差し込む強烈な陽射しに美優は目を細めた。大きな窓に面した式場のロビーで、美優は本日の主役の一人である新郎の高遠とともに、この後行われる式の最終的な打ち合わせをしていた。

今日は美優が可愛がっている後輩二人の結婚式の日だ。
二人が希望する『人前式』には牧師などの進行役がいない為、美優は進行役を頼まれていた。

(本来ならプロに頼むんだろうけど。可愛い後輩二人にあれだけお願いされちゃあね。まあ引き受けた以上、全力でやらせてもらうわ)

美優は気を引き締めて、式の流れを再確認する。

「まず最初に、あんたが一人で入場してくるのよね?あんたは入場しながら十二本の薔薇を集めて、それを後から入場するまひちゃんに手渡す、と。そして今度はまひちゃんがその中から一本選んであんたの胸元に飾る。
そこまで終わったら、私が開式宣言をする。その後、誓いの言葉があって、リングリレーで回ってきた指輪を交換して、婚姻届けにサインする。最後に私が二人の結婚が成立したことを宣言して、閉式。で、いいのよね?」

「そうです。リングリレーは俺の姉達が担当してくれるんで、誓いの言葉を交わしてるうちに準備が終わると思います。婚姻届けはさっき渡した封筒の中に入ってますし…そのくらいですかね?
あ!ダーズンローズ用の薔薇を配るの手伝ってもらってもいいですか?花弁に印字されてるんで、ここに書いてある通り渡してもらえれば。すみません」

高遠は強い陽射しを背に立っている。そのせいで、高遠の手元の紙は濃い影となっており、向かい合うように立っている美優からは読む事ができない。


文句を言ってやろうと美優が口を開きかけた時、突然高遠がぶるりと身体を震わせた。

「ヤバイ!今になって緊張してきた!美優先輩、もし俺がヘマしそうになったら、全力でフォローして下さい。お願いします!」

高遠の不甲斐無さに呆れながらも、美優は式開始まで残り時間が少ないことを思い出し、高遠を叱咤する。

「今更何ビビってんのよ!しっかりしなさい!何かあったらちゃんとフォローするから!そんな事より、時間ないからさっさと配るわよ!……って、誰にどれを渡せばいいのよ?」

美優が苛立ちながら悪態をつくと、高遠は焦ったように「えっと、この紙に書いてある通りなんですけど…」と手元の紙を見せる。

(だから、私からは見えないんだってば!こいつ、この場で埋めてやろうか?)

美優の殺気を感じ取ったのか、高遠はやたら丁寧に説明し始めた。


「えっと…『感謝』は、励まし合う事の大切さって意味なんで、同期の木下に渡してください。
『栄光』『希望』『情熱』は、一緒に過ごしてきた時間と前途ある未来になるようにって事で、地元から駆けつけてくれた俺の悪友ツレに渡してください。しょうと大樹とひかる、この三人なら、誰がどれでも大丈夫です。
『努力』は、真尋の親友の芹菜さんに。
『信頼』は、何だかんだ言っても頼りになるので、俺の一番上の姉の桜に。
『真実』は、嘘が大嫌いで、いつも切れ味抜群の剃刀トークを常備している、すぐ上の姉のあやめに。 
『尊敬』は俺の親父で、
『幸福』は俺の母親に。 
『愛情』は、真尋を育ててくれた綾子さんに。
『誠実』は、なんかそのままのイメージなんで義孝さんに。
んでもって、最後の『永遠』は、小さい頃から真尋を見守ってきてくれた真尋のお祖母さんに渡して下さい」

十二本の薔薇それぞれにそんな意味があるのかと感心しながら、美優は高遠の指示通り、白い薔薇を配って歩いた。



***



目の前の大きな姿見を見つめる。

そこには、レースのロングトレーンが美しいウェディングドレスに身を包んだ女性が映っていた。純白のドレスに身を包み、プロにヘアメイクをしてもらった姿は、まるで別人のようだ。

「真尋。綺麗よ。本当に綺麗だわ…」

潤みを帯びた声がした方を振り返れば、黒留袖を着た母が、モーニング姿の義孝さんと一緒に立っていた。二人は今年の六月に入籍を済ませ、正式な夫婦になっている。

「本当に綺麗だよ、真尋ちゃん。本当はね、僕も君と一緒にバージンロードを歩きたかったんだよ。でも、参列者を証人として見届けてもらう人前式っていうのが、何とも君達らしいと思ってね。残念だけど諦めたんだ」

明るい声色トーンで、けれど少し寂しそうに義孝さんは笑った。

「真尋ちゃん、高遠君と幸せになるんだよ。前にも言ったけれど、幸せは感じるものなんだ。だから、いつまでも幸せを感じ続けられるよう、互いに思いやりを忘れないようにね。…じゃあ、僕は先に外に出てるね」

そう言って、義孝さんは控室から出て行った。
母は視線だけで義孝さんを見送ると、私へと向き直り、そっと私を抱き締めた。

「本当に綺麗よ、真尋。いつの間にか、こんなに大きくなってたのね。今までお母さんに沢山の幸せを与えてくれてありがとう。真尋がいなかったら、今頃お母さん、どうなっていた事か。今のお母さんがあるのは、全て真尋のお陰よ。
……このベールを下げるのが、母親が手伝える最後の身支度だって言うけど。でもね、真尋がお母さんを必要とする時は、いつでも必ず駆けつけるからね。それに…これからは佑君が一番近くで真尋を守ってくれる。彼ならどんな事があっても絶対に守ってくれるわ。だから、貴女は誰よりも幸せになれる筈よ」

そう言って、母は丁寧にベールを下げた。

「お母さん。いつも温かい愛情で包んでくれて、ここまで育ててくれて、本当にありがとうございました。お母さんは私の憧れだよ。もしいつか子供ができたら、お母さんみたいな母親になりたいと思う。なれるよう頑張る!だから、これからもよろしくお願いします」

化粧が崩れるのも気にせずに、私達は涙を流しながら抱き締め合った。



***



私の入場を告げる音楽が流れ始めた。プランナーさんに促されて会場内に入る。視線の先には、白いフロックコート姿の高遠が、白い薔薇の花束を片手に、私を待っていた。

高遠の前まで辿り着くと、高遠は片膝を床につき、私に花束を差し出した。

「幸せは真尋自身が感じるもんだから、俺が一生幸せにしてやるだなんて烏滸がましい事は言えないし、言わない。けど、絶対後悔させないから。真尋に幸せだって感じ続けてもらえるよう、一生大事にするから!だから、俺と結婚してください!」

参列者の前で、高遠は改めて私にプロポーズした。その言動心が揺さぶられ、目頭が熱くなる。小刻みに震える唇で、心が歓喜に震えている事を知った。

私は熱いものが頬を伝うのを感じながら花束の中から『愛情』と書かれた白い薔薇を抜き取ると、それを高遠の胸元に挿した。


それを合図に美優先輩が開式を宣言する。
宣誓をするよう促され、先に高遠がマイクを握った。参列者への挨拶とお礼を述べた後、誓いの言葉を交わす事になっている。スムーズに進行できるよう、何度も練習を重ねたので問題ない筈…だったのに、高遠が予定外の話をし始めた。

「真尋さん。俺は俺を選んで良かったと思い続けてもらえるような『夫』になると誓います!
真尋の体型が変わろうが、皺が増えようが、白髪だらけになろうが、どんな真尋でも愛し続けると誓います!そして、いつまでも飽きられる事のないよう工夫を凝らし、生涯笑わせ続ける事を誓います!」

などと、練習とは全く違う事を言いやがった。
私は慌てた。しかし、用意してある無難な文章をそのまま読むのは癪だった。結局、私はしたり顔の高遠を笑顔で睨みつけながら、即興で言葉を紡いだ。

「……佑さん。私はいつも前向きな佑さんの優しさと誠実さに支えられ、助けられてきました。そんな佑さんを心から愛しています。私も、佑さんのお腹がだるんだるんに弛るもうが、頭がツルッと丸ッと禿げ上がろうが、鼻をつまみたくなるくらい加齢臭プンプンになろうが、佑さんが佑さんである限り、愛し続けると誓います」

意趣返しに、嫌味てんこ盛りの誓いの言葉を述べてやったというのに、高遠はシレッと挨拶を纏めて終わらせた。

それから、リングリレーで指輪の交換をし、婚姻届けに署名して、私達の結婚式は無事終わった。


しかし、結婚式という大舞台で、勝手な行動に出た高遠に、私はかなり腹を立てていた。

帰宅後、私はすぐに高遠に詰め寄った。

「ちょっと佑!何であんな勝手な真似するわけ?練習した意味がないじゃない!」

「ええ?だって、決まり文句じゃ詰まんないじゃん。俺はあの時の気持ちを正直に言ったまでだし。これも飽きさせない為の工夫の一つなのだよ、真尋君!」

「詰まるも詰まんないもないでしょ!飽きさせない工夫って…飽きる前に呆れるわ!ねえ、どうしてあんたって、いつもそうなの?いくら何でも自由過ぎでしょ!結婚式って、人生に一度のビッグイベントなのよ!全く…」

「そうは言うけど、そんな俺を心から愛しちゃってるわけでしょ?真尋ちゃんは」

高遠がニヤつきながら言う。悪びれもしない態度に、開いた口が塞がらない。


――ええ。ええ。と~っても不本意ですけど、確かに貴方との『愛』は本物ですよ!
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