※R18 私との恋は本気ではなかったということでしょうか?

キリン

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好機の神様の後ろ髪がどうなっているのかご存知ですか?

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「……んっ?もしかして俺、今、逆プロポーズされた?」

「え?…いや、どうかな?」

高遠はぽかんと口を開け、間抜け面をしている。きっと私も同じような顔をしているだろう。口からこぼれ出た言葉に驚いたのは私自身も同じだったから。

「でも今『一生抱き締めてて』って言ったよな?」

「…気のせいじゃない?やだ、高遠ったら。もう耄碌しちゃったわけ?」

「惚けんなよ!絶対言ってたし!つーか、耄碌ってなんだよ!耄碌って!俺の方が若いっていつも言ってんだろ!」

「若いったって、たった3ヶ月じゃん。ああそっか!佑君は若年性アルツハイマーなのね?私が誰か分かるかな?」

誤魔化すように茶化すと、高遠は不服そうな顔をして、私の脇腹を擽りだした。擽りに弱い私は、笑い死にそうになりながらも身を捩って応酬した。
その後、負けず嫌いな私達の擽り合いは、何故か戦いの様相を呈していったのである。



***



その日以降、高遠は『結婚』について口にすることがなくなった。

そのおかげか、何ら変わりのない平穏な日々が続いた。
いつものように仕事をして、美優先輩を交えた三人で『三瓶』で飲み、週末は二人で揶揄いあったり、競いあったり、肌を重ねたりして過ごした。


実は『結婚』話を持ち出されることが少しだけ怖かったのだ。
相手どうこうではなく、『結婚』対して良いイメージがなかったからだ。

私の父は、母と『結婚』していたにもかかわらず、他の女性ひとを好きになり、私達を捨てた。
絢斗の奥さんだって、他に好きな人がいたのに、生活の安定を望んで絢斗と『結婚』した。自分で選んだことなのに、その後も、その男性ひとと関係を持ち続けていたらしい。

そんな歪んだ『結婚』生活ばかり身近にあるせいか、『結婚』という制度自体、とても希薄に感じてしまう。
本来『結婚』とは、相手と一生を共にするという誓約であり、契約な筈だ。法的拘束力も責任も生じるものだから、『結婚』する時は誰もがその相手と一生添い遂げようと思っているだろう。

……けれど、人の心は移ろい易い。

高遠が心変わりするとは思ってない。
けれど、絢斗と別れた時「もう二度と人を好きになることはない」と思っていた私でさえ、今ではこんなにも高遠が好きなのだ。
私が高遠の想いに絆されたように、高遠が他の誰かに絆される可能性もゼロではない。

(例えば、このまま佑と結婚して子供を授かったとして。ある日、突然背を向けられてしまったら?……いや、佑はそんな無責任な男じゃない。……けれどもし…)

そんな思考が、頭の中で堂々巡りしていた。



***



ある夜、自宅で寛いでいる時に、母から電話がかかってきた。

軽く近況報告をしあった後、母が珍しく黙りこんだ。暫く沈黙した後、母は少し硬い声で、大事な話があるから週末時間を作って欲しいと言った。

思い詰めた声に不安を覚えた私は、今すぐ聞きたいと迫ったが、変なところで頑固な母は、顔を見て話すと譲らなかった。結局、その週の土曜の夜に、実家近くのトラットリアで落ち合う約束をした。


土曜の夜、久しぶりに会った母はとても綺麗だった。
内から溢れ出る美しさというのか。年齢さえも味方につけたかのような上品で美しい大人の女性に見えた。

「お母さん、久しぶり!元気そうで良かった!この間、電話もらってたのに、折り返さなくてごめんね?」

「気にしなくていいわよ。真尋のことだから、どうせ忘れているんだろうなって思ってたし」

「ちょっと!どうせって何?どうせって!少し酷くない?」

そう言って拗ねたように口を尖らせると、母は「そういうところ、小さい頃から変わらないわよね」と笑った。更にイジられそうな空気を察して、私は話題を変えた。

「そういえば、大事な話って何?何か困ったことでも起きた?お母さんが外で会おうだなんていい出すの、珍しいよね?」

私の言葉に、母は一瞬顔を強張らせた。そして、覚悟を決めるように一度大きく深呼吸すると、慎重に言葉を選びながら話し出す。

「話っていうのはね…。いい年して何考えてるんだって、呆れられちゃうかもしれないけど。
お母さんね、再婚しようと思うの。この間、お付き合いしている人に求婚プロポーズされて…。真尋も立派に独り立ちしているし、できればその申し出を受けたいなって…。
何も今すぐにっていうわけじゃないのよ?絢斗さんのことでいろいろあったばかりし、真尋がもう少し落ち着いてから入籍しようって、相手の人…義孝さんと話をしているの。
…ねえ、真尋はどう思う?やっぱり反対?」

「嘘!本当に?やったね、お母さん!本当に良かったね!私のことなんか気にしなくていいから、すぐにでも入籍しちゃいなよ!私、証人になるよ?
私ね、ずっとお母さんに幸せになって欲しいと思ってたの!私のせいで、お母さんが自分の人生を犠牲にしている気がしてずっと心苦しかった。だから、お母さんには誰よりも幸せになって欲しいって、ずっとずっと思ってたの。反対なんかするわけないじゃない!」

「…ありがと真尋。本当にありがとう」

反対されなかったことに安堵したのか。母は瞳は潤ませ、涙声でそう言った。
その後、私達は、少し遅れて現れた義孝さんと一緒に、3人で仲良く食事をした。

義孝さんは、白髪混じりの品のよさそうな紳士だった。温厚そうで、大人の余裕というか、包容力を感じさせる人だった。
義孝さんは、小さいながらも会社を経営している社長さんらしい。
12年程前に奥様と死別なさったそうで、それからはずっと仕事一筋。独身を通してきたそうだ。だが昨年、胃潰瘍で入院した時に看護師だった母に一目惚れをしたのだという。入院中から母に猛アタックをし始めたらしいが、当の母には「入院患者と私的な接触は禁止されているから」と素っ気なくあしらわれたらしい。どんなにぞんざいに突き放されようとめげないところか、逆に母のプロ意識の高さに惚れ直したというのだから、人間とは分からないものである。

というよりも、2人のお腹が一杯になり、胸焼けを起こしそうになった頃、翌日早番だという母に合わせてお開きにすることになった。

私は義孝さんに両手を差し出して「母をよろしくお願いします。絶対幸せにしてあげて下さい」と握手を求めた。
義孝さんは私の手を取り、「幸せにしてあげられるかどうかは分からないよ。当然、僕は彼女と一緒に幸せになるつもりだけれど。幸せって、誰かにもらうものじゃなくて、その人がものだからね?」と悪戯な笑みを浮かべながら、しっかりと握り返してくれた。



2人と別れて自宅に帰った私は、お気に入りの入浴剤を入れた湯舟に浸かりながら、母との会話を思い出していた。

私を育てる為に、母の人生を犠牲させてしまったと悔む私に、母は困ったような表情をした。

「お母さんは貴女がいたからこそ、頑張ってこれたのよ?すやすや平和そうに眠る貴女の寝顔を見ることが、一番の幸せだったの。貴女の成長を見守っていく中で、自分も成長している気がしたし。まさに育児って育自よね?
それに…貴女のお父さんのことも、今は恨んでないわ。だって、私に貴女を授けてくれたわけだし。あの人と別れていなかったら、看護師という仕事につくこともなかっただろうしね?…義孝さんにも出会えなかったわけだもの。お母さんね、結構今の自分が好きなのよ!」

そう言いきった母は、娘の私でも見惚れてしまう程綺麗だった。

「ねえ真尋。もし目の前に好機チャンスが転がってきたら、迷わず手を伸ばしなさい。好機チャンスの神様には前髪しかないっていうでしょ?真尋は昔っから、石橋を叩き過ぎて壊しちゃうタイプだから心配なのよ。
いい?いつも言ってるけど。しなかった事を後悔するより、した事を後悔する方がなんぼもマシなの!だから、失敗なんて恐れずに、自分に正直に生きなさい!人生、何事も経験よ!警察のご厄介にさえならなければ、大抵の失敗は10年経てば笑い話になるんだから!」

母は、子供の頃から散々言いきかされてきたフレーズを口にしながら意味ありげに笑った。そして、子供の頃お説教される度にくらわされた強めのデコピンを、久々に私にお見舞いした。

(何の相談してないのに。もしかしてお母さんって、エスパーなのかな?)

幼い頃から小心者で臆病な私に、母はいつも言った。

――しなかった事を後悔するより、した事を後悔する方がなんぼもマシ!
――自分に正直に生きなさい!人生、何事も経験よ!
――大抵の失敗は10年経てば笑い話になるんだから!

その他にも、『生きてるうちしか、失敗できないのよ?死んじゃったら、したくてもできないんだから』だとか、
『過去と他人は変えられない!変えられるのは、未来と自分だけ!未来と自分をより良い方向に導く為にも、沢山失敗しないとダメなのよ!失敗してあちこちぶつかりまくれば、どんどん角が取れて早く丸くなれるんだから!人間的に成長できれば、未来は明るいわ』だとか、少々豪快過ぎる独特な理論をよく口にしていた。

(自分に正直に、か。佑のことは大好きだし、ずっと一緒にいたいと思っているけど…。
今、求婚プロポーズを受けないで後悔するのと、受けてから後悔するの どちらがマシなんだろ?
まあ、失敗しても10年経てば笑い話になるらしいし、死んじゃったら失敗もできないのよね?
変えられない過去に縛られて、未来を潰すのは愚かすぎるし…。よし!女は度胸だ!)

私は次会った時、高遠に逆求婚プロポーズをしようと決意して眠りについた。



……だが、そう上手くはいかなかったのだ。

その翌週の金曜の夕方。客先から帰社する途中に、美優先輩から着信が入った。電話に出て、美優先輩の言葉を耳にした瞬間、頭が真っ白になった。まるで聴力を失ったかのように周囲の雑踏の音は聞え失せ、足が縫い付けられてしまったかのように、私はただその場に立ち尽くしていた。
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