※R18 私との恋は本気ではなかったということでしょうか?

キリン

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『慈母敗子』を地でいっているらしいです。

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――僻地にある子会社への『異動』と『降格』。


我社うちの就業規則で定められている懲戒処分は、戒告 < 譴責 < 減給処分 < 出勤停止 < 降格 < 諭旨解雇 < 懲戒解雇 という民間企業としては極一般的なものだ。

その中で、今回絢斗に下された『降格』は3番目に重い処分に当たる。これは明らかに重過ぎる処分だった。

処分の具体例をあげれば、今回の処分が如何に重いか分かると思う。
一昨年、他部署の社員が、常習的に出張費の水増し請求をしていた事がバレた。その時でさえ『減給』処分。酒気帯び運転で検挙された人も、同僚にストーカー紛いのセクハラをしていた人も『出勤停止』処分。
客先で聞いた話だが、同僚を殴って全治一週間の怪我を負わせた人がいたそうだ。結局居づらくなって依願退職したそうだけれど、その時会社が下したのも『出勤停止』処分だったらしい。

だが、会社側が社員に対して不当な処分を課すことはない。そんな事をしたら、逆に処分の不服申し立てをされ、懲戒権の濫用だと会社側が訴えられる恐れがある。だから会社側も、慎重を期して処分を下している筈だ。

そう考えると、この処分は今回の件のみで下された処分だとは考え辛い。他にも何らかの問題…それもかなり大きな不祥事を起こしていたと考えるのが妥当だろう。

(…こんな重い処分が下されるなんて、絢斗のヤツ、一体何しでかしたんだ?お前のせいだとか言って逆恨みされなきゃいいなぁ。あの奥さん人の話聞かないし…)

また突撃されるかも知れないと思うと、私の気分は日本海溝よりも深く沈んでいった。


絢斗が異動すれば、もう関わる事もないだろうと気が抜けていたのかも知れない。
その週の金曜の朝、受付から回ってたきた電話をとった瞬間、私の気分は更に深く、マリアナ海溝の底へと沈んでいった。



***



「ご無沙汰しております」

「…すまなかったね。貴重な昼休みに」

「とんでもない。こちらこそ、わざわざご足労いただきまして…。あの…大変失礼ですが、今日はどのようなご用件で?
もし、絢斗さんの処分についてでしたら、会社の方に直接お問い合わせください。私は絢斗さんのご要望通り、処分が軽くなるよう上に掛け合いましたし、告訴するつもりもないと明言致しましたので…」

「……うちのバカ息子は君にそんな恥知らずな事を頼んだのかね?」

絢斗に良く似た壮年の男性は怪訝な顔をしてそう言った。


今朝、私宛てに電話してきたのは、目の前に座っている絢斗の父親だった。

絢斗の両親は二人とも教員だ。父親は中学の校長先生。母親は小学校の先生をしている。二人とも穏やかな人で、絢斗と付き合っていた頃、何度か一緒に食事をした事がある。ご両親との関係は悪くなかったと思う。寧ろ可愛がっていただいた。けれど、私と話すのはいつも大抵母親の方だったから、実はあまり目の前の男性と話した事がない。しかも、別れた相手の父親だ。正直かなり居心地が悪い。

「…本当にいろいろとすまなかったね、真尋さん。
本来ならば、うちのバカ息子が貴女を裏切ってあの女と結婚する前に、貴女や貴女のお母様のところに謝罪に伺うべきだったのだが…。ちょうど仕事が立て込んでいてね。本当にすまない事をした」

「いえ、私ももう気にしておりませんし、母も縁がなかっただけだと申しておりますので…」

互いの親への挨拶を済ませていたとはいえ、私と絢斗は正式に婚約していた訳ではない。ただ恋人同士が別れただけ。父親が出張る話ではない。それなのに…この人は何が言いたいのだろう。

「いや、そういう訳にはいかない。貴女を裏切って散々傷付けたというのに、あのバカどもは更に迷惑をかけたというじゃないか!ここの会社にね、私の大学の同級生がいてね。そいつから、先週あの女がしでかした事の顛末を聞いたんだ。あまりの非常識ぶりに耳を疑ったよ。
それを息子に問い質そうとした矢先に、今度はあの救急車騒ぎだ。…あの時、救急車を呼んでくれたのは君だったそうだね?ありがとう。本当に世話をかけた」

「いえ、あの…大丈夫だったのでしょうか?かなり痛がっていたらっしゃいましたけど」

もし何かあったならば、早急に対応策を練る必要がある。あの奥さんくらいになると、全て私のせいだと逆恨みしそうだ。全然話が通じないから、きっと彼女も宇宙人なのだろう。まったく、宇宙人は宇宙に帰れっ!
心の中で毒づきながら、私は届いたばかりのカフェ・マキアートに口をつけた。

「幸い大事には至らなかったよ」

「なら良かったです」

「……どうやら、私は息子の育て方を間違えてしまったようだ…。あの子は…絢斗はね、昔から要領がよくて、勉強も運動もそこそこ出来てね。友達も多かったし、我々の手を煩わせた事がなかったんだよ。だから、私達もどこか安心していたんだろうね。まさか、あんな不誠実な人間に育つとは…」


苦し気な表情を浮かべながら、絢斗の父親はポツリポツリと語り始めた。

あの後、奥さんに付き添って救急車に同乗していった絢斗は、病院に駆け付たあちらのご両親に散々詰られたらしい。そこに遅れて駆けつけた絢斗のご両親も加わって、皆で話し合いの場を持つことになったそうだ。

あちらのご両親は、妊婦中の娘を1人家に残し、逃げ回っていた絢斗にかなり憤慨していたそうだ。あまりの剣幕に耐え切れなくなった絢斗は、立ち聞きしたという例の話を皆の前で暴露した。すると紗凪さんは号泣しながら言い訳をし始めたらしい。彼女の様子から、その場の誰もがその話が真実なのだと覚ったのだと言う。

娘の不実を知ったあちらのご両親は、一方的に責め立てた事については一応謝罪をしてきたそうだ。だが、それならば何故もっと早く自分達に知らせなかったのだと不満を口にしたらしい。
その上、娘がお腹の子の父親は絢斗だと言っているのだから、間違いなくそうだろう。生まれてくる子供の為にも、絢斗は父親としての責任を全うすべきだと、紗凪さんとの関係修復を迫ったのだという。


そんな相手方のふてぶてしい態度に、絢斗の母親がキレた。

絢斗の母親は、もともと紗凪さんの事をよく思っていなかったらしく、結婚自体反対していたそうだ。
紗凪さんの絢斗の母親への態度がかなり悪かったらしい。電話をしたり、会いに行こうとすればあからさまに迷惑そうな顔をする。絢斗の母親の誘いは全て忙しいからと断り、実家に入り浸っているくせに、金の無心だけはしてくる。
そんな嫁の態度に文句も言わず耐えてきたのは、偏に彼女のお腹の中に、待望の初孫がいるからだった。

それなのに、その子供が息子の子ではなく、他の男の子かも知れない。もしかしたら、最初から息子に他の男の子供を養わせる、所謂『托卵』をするつもりだったのではないか?と瞋恚に燃え、興奮し過ぎて血圧が上がり、そのまま倒れてしまったらしい。


話し合いの結果、お腹の子供については、生まれたらすぐにDNA検査を受けることにはなったそうだ。絢斗は、もしお腹の子が自分の子だっとしても、もう紗凪さんとやり直す事はできない。少しでも早く離婚したいと言っているそうだ。

絢斗の父親は疲れ切った顔で「何でこんなことになってしまったのか」と力なく呟いていた。
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