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当て馬キャラから解放されたいのです。

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救急車が遠ざかっていくのを、私はぼんやり眺めていた。ふとスマホを見ると、かなりの時間が経っていた。このままでは遅刻だ。私は慌てて駅まで向かい、急いで出社をした。

どうにか遅刻は免れた。けれど、朝から修羅場に巻き込まれたせいか、久々にダッシュしたせいか、始業前から疲労感が半端なかった。


始業時間になるとすぐに会議室に呼び出された。金曜の午後に起きた事案についての聴取ヒアリングの為だ。

絢斗への聴取ヒアリングは既に済んでいるようで、互いの話の間に生じた齟齬について執拗に質問された。けれど、私に後ろ暗い事などないので、ありのままを話した。

最後に私の意向も問われた。私は絢斗の要望通り、告訴するつもりがないので、重い処分は望まないと答えた。そして、あの人達と物理的距離をとる為に、後日、改めて異動願いを出すつもりでいる事も告げた。

解放された時は既に11時を回っていた。今日は午後から外出予定だったから、早めの昼食をとろうとその足で社食に向かった。だが、過度のストレスと疲労によって食欲は全くなかった。


「あら、まひちゃん。兎にでもなったの?」

日替わりランチが載せられたトレイを持った美優先輩が、私の前に置かれたミニサラダを見て言った。

「あっ美優先輩!お疲れ様です!」

「お疲れ。ねえ、それだけじゃ身体もたなくない?」

「今日はあまり食欲がなくて…」

力なく呟いた私を心配そうに見つめながら、美優先輩は向かいの席に腰を下ろした。

「どうしたの?そんな沈んだ顔して。はっ!もしかして高遠が下手糞過ぎてがっかりだったとか?」

「えっ?たす…高遠は関係ないですよ?
それに…高遠は全然下手糞なんかじゃなかったです。寧ろ上手って言うか、手慣れ過ぎてて…。それはそれでちょっとムカついたと言うか…とにかく高遠は関係ないです!」

「やっだ~!高遠ったら、何気にやるじゃないの!そっかそっか。じゃあ、アイツはとうとう悲願を達成したのね。…あとで何か奢らせなきゃ。
で、普通なら幸せオーラをガンガン発してる筈のまひちゃんは、何でそんなに暗い顔してんの?」

「いや…。今日は朝からいろいろありまして…」

言葉を濁すと、私はサラダの中の胡瓜をフォークでめった刺しにした。

「そう言えば、今朝は珍しく、ギリギリの出社だったわね?」

「はい。朝からとんでもない修羅場に巻き込まれたもんで…」

「修羅場?……もしかして、またあのバカ夫婦が何かしでかしたの?」

私は深い溜息を吐いた後、遠い目をして美優先輩に尋ねた。

「美優先輩。人生って、不公平過ぎやしませんか?」

「えっ!突然どうしたの?……まあ、真面目に答えるなら、人生って全然公平じゃないわ。理不尽なまでに不公平よね。
だって、不衛生で餓死するのも珍しくない貧しい国の人や、争い絶えない紛争地域の人達って、自分達の命を繋ぐのに精一杯なのよ?日々生き抜くだけで精一杯!別に好きこのんでその地に生まれた訳じゃないのにね。
方や、先進国では食料の廃棄率が問題視されたり、そういう人達から見たら十分に恵まれている環境な筈なのに、自らの命を絶つ人もいる。
そう考えると、人生なんて生まれ落ちた環境だけでかなり左右されてしまう。全く公平じゃないの。
まあ、そんな訳だから。ちょっとした問題はあるけど、平和で豊かな現代日本に生まれて来れた幸運を当たり前だと思っちゃいけないなって、私はいつも思ってるの」

「……美優先輩!スゴイです!私、ちょっと感動しました!
そうか…。そんな風に壮大に、地球規模で考れば、私の悩みなんて本当にちっぽけなものですよね?有難うございます!復活しました!それじゃあ私、これから客先に出なくちゃならないので、お先に失礼しますね!」

美優先輩が「まひちゃんて単純過ぎて、時々本気で心配になるわ」と呟いていたことにも気づかずに、私は気合いでミニサラダを完食し、客先へと急いだ。


***


「はあ?本当に何しくさってんの、あのバカ夫婦?」

私は今、美優先輩と一緒に、『三瓶』で飲んでいる。
美優先輩は昼間の私の様子が気になったらしく、こうして一緒に飲む為に、終業後、私が帰社するのを待ち構えていたのだ。

因みに高遠には既に、美優先輩と『三瓶』で飲んでいる事を知らせてある。今朝の事もあり、自宅に帰る気には到底なれなかった。だから、飲んだら高遠の家に行く事になっている。今夜は泊まらせてもらうつもりだ。


ビールをちまちま飲みながら、私は先週末から聴取ヒヤリングの時の事まで、全て話した。 
怒り通り越したのか。美優先輩は唖然とした顔で話を聞いていた。

「それは何と言うか…朝から散々だったわね?あの夫婦については、さすがにもう言葉がないわ…。次来たら通報する事にしましょう。
それより、まひちゃんよ。気持ちは分からなくもないけど、何でまひちゃんが異動しなきゃなの?異動すべきなのはあのクズの方でしょ?嫁と一緒に無人島にでも左遷されりゃいいのよ」

「いや、無人島にうちの支社ないじゃないですか」

「…物の例えよ。気持ち的にはそうしてやりたいって事。それにもし、まひちゃんが異動する事になったら、高遠はどうなるの?これだけぬか喜びさせといて、まさか捨てる気?」

高遠と別れる気はない。こんなに好きなのに別れられる訳がない。今更ながら、自分の気持ちに気付いたのだ。そう洩らすと、美優先輩にじゃあどうするつもりだと、ネギまを私の顔の前に突きつけた。

「そうですね…。一応、上には近県でと伝えてあるので、そんなに遠くはならないと思うんですよ。それに私、高遠となら遠恋も出来る気がするんですよね」

「でも、今みたいに頻繁には会えなくなるのよ?」

「それはそうなんですけど…。でも私、もういい加減、脇役キャラっていうか、当て馬キャラから解放されたいんですよ」

「何?その脇役キャラとか、当て馬キャラって?」

私は箸でねぎまの具を串から外しながら、話を続けた。

「…私、週末も今朝も思ったんです。きっとあの人達は、あの人達なりに大真面目なんでしょうけど。私から見ると、自分に酔っているようにしか見えないんですよ。変な話、自分達の物語ストーリーを燃え上がらせる為の助燃剤として、私を利用しているように見えたというか…。
ほら、よく漫画に出てくるじゃないですか?ヒロインの不安を煽る、ヒーローの元カノとかの当て馬要員。あれですよ、アレが私。
特にあの奥さんなんて、常に自分が中心じゃないと気が済まないというか、主人公だと思っているタイプっぽくないですか?きっと彼女、昼ドラとかメロドラマ系も好きなんじゃないかと思うんですよね。だって、そうでもなけりゃ、今時『泥棒猫』とか『淫売』だとか、そんな言葉使わなくないですか?」

「確かに。あの嫁、自分が腹黒計算二股女だって事を完全に棚の上にあげて、悲劇のヒロインぶってたもんね…」

美優先輩が遠い目をしながら同意してくれた。


「だからって、何でお前が異動すんの?俺、お前と遠恋なんてする気ねーし、出来る気しねーけど?」

苛立ちを含んだ低い声が背後から聞こえた。
振り返ると、そこには私の大好きな人が眉間に皺を寄せて立っていた。
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