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『恋とは自分本位 愛とは相手本位』なものらしいです。
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一日ぶりに自宅に帰った私は、そのままお風呂場へと直行した。お風呂が沸くのを待つ間、家にある物で適当に夕飯を済ませ、入浴準備をする。
今日は気分がいいから、ちょっとお高い天然物のローズオイルを使おうと洗面台横の棚から小瓶を取り出し、湯船に数滴垂らす。
(ふわぁ~。やっぱ日本人はお風呂だよねぇ)
薔薇の甘く芳醇な香りが立ち込める中、私は湯船に浸かりながら先程の出来事を思い出していた。
絢斗があの紙袋を出してきた時、私は自分の心だけでなく、美しい想い出までも踏み躙られた気がした。心が痛くて苦しくて、今にも溢れ出しそうな涙をどうにか堪えようと、全身に力を入れて必死に耐えた。
限界が近づいた時、突如として目の前に現れた大きな背中。それを認めた瞬間の気持ちをどう表現したらいいだろう。
あの時、触れてもいないのに、私は確かに高遠の体温を感じていた。この背中に守られているのだと、もう一人で耐えなくていいのだと深く安堵したのだ。
(高遠の背中のライン、綺麗だったな…)
高遠は背が高いから一見痩せぎすに見える。けれど、実際には鍛えられたしなやかな筋肉があの大きな体を覆っている。
特に背中のラインは綺麗だ。
首の付け根から肩にかけて僅かにもりあがった筋肉。鍛えられた広背筋から隆起するがっしりとした肩甲骨。均整の取れた体は、服を着ていても隠すことはできない。
「ああいう背中に女は包容力を感じるのよねぇ…」
他人事のように呟きながらも、頭の中ではその綺麗な背中に指を這わしている自分の姿を思い浮かべていた。
(いや私、痴女じゃないし)
私はいかがわしい妄想を振り払うように頭を横に振って、お風呂から出た。ボディークリームを塗りながら全身をマッサージし、疲れが滲むお肌の為にちょっとお高いパックを使った。そして、モフモフの白熊タイゾーを抱き締めながら早々に眠りについた。
***
翌朝、私が自席で朝の習慣をこなしていると、隣のシマから高遠と事務の女の子の声が聞こえて来た。
「朱里ちゃん。この資料、来週のプレゼンまでに用意しておいてもらえる?あと、この書類を作成して共有フォルダに入れといて」
「はい。分かりました。やっておきますね。ところで、高遠さん。いつになったら飲みに連れていってくれるんですかぁ?前に約束しましたよね?」
「いや~。最近忙しくてさ」
「え~。でも、高橋さんとか山瀬さんとかとは頻繁に飲みに行ってるみたいじゃないですか!ズルいですよぉ」
こんな光景は珍しくもない。
営業は顧客に対応する為、外出する事が多く、事務仕事に割く時間が限られてしまう。それを補佐するのが彼女達営業事務の仕事だから、こんな光景は全くもって珍しくもない…筈なのだが、今日に限って何だかすごく面白くない。
(へぇー。高遠ったら、佐藤さんと飲みにいく約束してるんだ?へぇー。しかも朱里ちゃん呼びしてんの?まあ確かに、同じフロアに『佐藤』さんは三人いるけど。でもだからって、わざわざ下の名前で呼ばなくてもねえ?まあ仲が良さそうでよろしいこと!)
私に気づいた高遠が軽く手をあげて「あ、山瀬じゃん!おはよう」と挨拶してきた。高遠の隣に立っている佐藤さんは、敵意を剥き出しにして私を見ている。険悪な空気に気付きもせず、呑気に笑っている高遠に苛立ちを覚えた私は、視線を自分のPCに戻しながらぶっきら棒に「はよ!」と短く挨拶を返した。
「やだぁ~。山瀬さん機嫌悪いんですかね?こわぁ~い!」
佐藤さんが高遠の気を引くように、ブリっ子ボイスで怖がるふりをしていたけれど、私は敢えて気付かないフリをした。
***
「あらやだ!私の作戦、大成功だったんじゃない?」
美優先輩がニヤニヤしながら、本日の日替わりランチである生姜焼きを頬張った。
「何言ってんですか。高遠なんて、ただムカつくだけで好感度ゼロですよ。ゼロ!」
「ええ~!気付こうよ!事務の子と話していただけで苛つくなんて、意識してる証拠じゃない」
「あれは…佐藤さんがメッチャウザそうに私を見てたのに、奴が呑気に笑ってたから腹が立っただけです」
「いやいや、絶対それだけじゃないって!だってまひちゃん、今日は全然吉澤の事気にしてないじゃん。あ、そういやアイツ、当分大人しくしてると思うわ。昨夜の件については朝一でしっかりシメといたから」
コテンパンにしなきゃ駄目なのよ、特にアイツはと美優先輩が意味ありげに笑った。
「……どうして美優先輩が昨夜の事をご存知なんですか?」
「そんなの『まひちゃん連絡網』を活用したに決まってるじゃない」
「『まひちゃん連絡網』?何ですかソレ?」
「まひちゃんに何かあったら、高遠と情報共有する事にしてるの。高遠もさ、いくら吉澤がクズだとはいえ、腐っても上司だから言いづらい事もあるじゃない?その点、私はあのクズと同等の立場だから、何でも言えるし」
「何かすみません。気を遣わせちゃって。私、美優先輩がヤレっていえば、どんな事でもしますから!いつでも言って下さい!それこそ、戦時中の特攻隊ばりの覚悟でやらせていただきます!…あっでも、自爆テロだけはご容赦ください。親が悲しむので…」
熱く忠誠を誓う私を前に、美優先輩は呆れ顔で溜息を吐いた。
「まひちゃんって…本当いろいろズレてるわよね。何て言うのかしら?…残念美人?」
「ゔっ!残念って何ですか!残念って!」
「まあとにかく。吉澤のせいで臆病になるのも分かるけど、そろそろ高遠の『愛』を受け入れてやってよ。ここまできて報われないとか、さすがに可哀想過ぎるから」
「あ…『愛』!?いやいや、そりゃ確かに好きだとは言われましたよ?それにまあ、好いてくれてるんだろうなとは感じますし。けど、『愛』とかそんな大袈裟な感じじゃないですよ。あっちも『愛してる』だなんて言いませんでしたし、それに…」
私が動揺しながら矢継ぎ早に言葉を並べ始めると、美優先輩は先程よりも更に大きな溜息を吐いた。
「ねえ、まひちゃん。『恋とは自分本位 愛とは相手本位』って言葉を知ってる?私、この言葉って真理をついていると思うのよ。
吉澤のクソはいつも自分本位だから、生涯『愛』を知る事はないでしょうね。でもね、高遠はいつもまひちゃんの気持ちを最優先に考えてたの。自分の気持ちよりもね。もう、あれは完全に『愛』よ」
美優先輩にそこまで言われて初めて気づいた。
高遠は今までどんな気持ちで私を見守ってきたのだろうか?憧れの先輩に告白されたと喜んでいた私を。結婚の話がでたと、両親に紹介されたと惚気る私を。一体どんな気持ちで…。
「まあ正直、かなり胸糞悪かったけど。お前が幸せそうに笑ってれば、それで満足だったんだよな。…そうだな。今までで一番堪えたのは、お前らが付き合い始めてすぐの頃、見せつけるようにお前の項にくっきりとキスマークがつけられてた時だな。誰に向けての牽制だったか知んねーけど。あれはマジでイラっとしたわ」
頭上から不機嫌そうな声が降ってきた。顔をあげると、苛立ちを隠そうともしない高遠がランチが載ったトレイを手に立っていた。
今日は気分がいいから、ちょっとお高い天然物のローズオイルを使おうと洗面台横の棚から小瓶を取り出し、湯船に数滴垂らす。
(ふわぁ~。やっぱ日本人はお風呂だよねぇ)
薔薇の甘く芳醇な香りが立ち込める中、私は湯船に浸かりながら先程の出来事を思い出していた。
絢斗があの紙袋を出してきた時、私は自分の心だけでなく、美しい想い出までも踏み躙られた気がした。心が痛くて苦しくて、今にも溢れ出しそうな涙をどうにか堪えようと、全身に力を入れて必死に耐えた。
限界が近づいた時、突如として目の前に現れた大きな背中。それを認めた瞬間の気持ちをどう表現したらいいだろう。
あの時、触れてもいないのに、私は確かに高遠の体温を感じていた。この背中に守られているのだと、もう一人で耐えなくていいのだと深く安堵したのだ。
(高遠の背中のライン、綺麗だったな…)
高遠は背が高いから一見痩せぎすに見える。けれど、実際には鍛えられたしなやかな筋肉があの大きな体を覆っている。
特に背中のラインは綺麗だ。
首の付け根から肩にかけて僅かにもりあがった筋肉。鍛えられた広背筋から隆起するがっしりとした肩甲骨。均整の取れた体は、服を着ていても隠すことはできない。
「ああいう背中に女は包容力を感じるのよねぇ…」
他人事のように呟きながらも、頭の中ではその綺麗な背中に指を這わしている自分の姿を思い浮かべていた。
(いや私、痴女じゃないし)
私はいかがわしい妄想を振り払うように頭を横に振って、お風呂から出た。ボディークリームを塗りながら全身をマッサージし、疲れが滲むお肌の為にちょっとお高いパックを使った。そして、モフモフの白熊タイゾーを抱き締めながら早々に眠りについた。
***
翌朝、私が自席で朝の習慣をこなしていると、隣のシマから高遠と事務の女の子の声が聞こえて来た。
「朱里ちゃん。この資料、来週のプレゼンまでに用意しておいてもらえる?あと、この書類を作成して共有フォルダに入れといて」
「はい。分かりました。やっておきますね。ところで、高遠さん。いつになったら飲みに連れていってくれるんですかぁ?前に約束しましたよね?」
「いや~。最近忙しくてさ」
「え~。でも、高橋さんとか山瀬さんとかとは頻繁に飲みに行ってるみたいじゃないですか!ズルいですよぉ」
こんな光景は珍しくもない。
営業は顧客に対応する為、外出する事が多く、事務仕事に割く時間が限られてしまう。それを補佐するのが彼女達営業事務の仕事だから、こんな光景は全くもって珍しくもない…筈なのだが、今日に限って何だかすごく面白くない。
(へぇー。高遠ったら、佐藤さんと飲みにいく約束してるんだ?へぇー。しかも朱里ちゃん呼びしてんの?まあ確かに、同じフロアに『佐藤』さんは三人いるけど。でもだからって、わざわざ下の名前で呼ばなくてもねえ?まあ仲が良さそうでよろしいこと!)
私に気づいた高遠が軽く手をあげて「あ、山瀬じゃん!おはよう」と挨拶してきた。高遠の隣に立っている佐藤さんは、敵意を剥き出しにして私を見ている。険悪な空気に気付きもせず、呑気に笑っている高遠に苛立ちを覚えた私は、視線を自分のPCに戻しながらぶっきら棒に「はよ!」と短く挨拶を返した。
「やだぁ~。山瀬さん機嫌悪いんですかね?こわぁ~い!」
佐藤さんが高遠の気を引くように、ブリっ子ボイスで怖がるふりをしていたけれど、私は敢えて気付かないフリをした。
***
「あらやだ!私の作戦、大成功だったんじゃない?」
美優先輩がニヤニヤしながら、本日の日替わりランチである生姜焼きを頬張った。
「何言ってんですか。高遠なんて、ただムカつくだけで好感度ゼロですよ。ゼロ!」
「ええ~!気付こうよ!事務の子と話していただけで苛つくなんて、意識してる証拠じゃない」
「あれは…佐藤さんがメッチャウザそうに私を見てたのに、奴が呑気に笑ってたから腹が立っただけです」
「いやいや、絶対それだけじゃないって!だってまひちゃん、今日は全然吉澤の事気にしてないじゃん。あ、そういやアイツ、当分大人しくしてると思うわ。昨夜の件については朝一でしっかりシメといたから」
コテンパンにしなきゃ駄目なのよ、特にアイツはと美優先輩が意味ありげに笑った。
「……どうして美優先輩が昨夜の事をご存知なんですか?」
「そんなの『まひちゃん連絡網』を活用したに決まってるじゃない」
「『まひちゃん連絡網』?何ですかソレ?」
「まひちゃんに何かあったら、高遠と情報共有する事にしてるの。高遠もさ、いくら吉澤がクズだとはいえ、腐っても上司だから言いづらい事もあるじゃない?その点、私はあのクズと同等の立場だから、何でも言えるし」
「何かすみません。気を遣わせちゃって。私、美優先輩がヤレっていえば、どんな事でもしますから!いつでも言って下さい!それこそ、戦時中の特攻隊ばりの覚悟でやらせていただきます!…あっでも、自爆テロだけはご容赦ください。親が悲しむので…」
熱く忠誠を誓う私を前に、美優先輩は呆れ顔で溜息を吐いた。
「まひちゃんって…本当いろいろズレてるわよね。何て言うのかしら?…残念美人?」
「ゔっ!残念って何ですか!残念って!」
「まあとにかく。吉澤のせいで臆病になるのも分かるけど、そろそろ高遠の『愛』を受け入れてやってよ。ここまできて報われないとか、さすがに可哀想過ぎるから」
「あ…『愛』!?いやいや、そりゃ確かに好きだとは言われましたよ?それにまあ、好いてくれてるんだろうなとは感じますし。けど、『愛』とかそんな大袈裟な感じじゃないですよ。あっちも『愛してる』だなんて言いませんでしたし、それに…」
私が動揺しながら矢継ぎ早に言葉を並べ始めると、美優先輩は先程よりも更に大きな溜息を吐いた。
「ねえ、まひちゃん。『恋とは自分本位 愛とは相手本位』って言葉を知ってる?私、この言葉って真理をついていると思うのよ。
吉澤のクソはいつも自分本位だから、生涯『愛』を知る事はないでしょうね。でもね、高遠はいつもまひちゃんの気持ちを最優先に考えてたの。自分の気持ちよりもね。もう、あれは完全に『愛』よ」
美優先輩にそこまで言われて初めて気づいた。
高遠は今までどんな気持ちで私を見守ってきたのだろうか?憧れの先輩に告白されたと喜んでいた私を。結婚の話がでたと、両親に紹介されたと惚気る私を。一体どんな気持ちで…。
「まあ正直、かなり胸糞悪かったけど。お前が幸せそうに笑ってれば、それで満足だったんだよな。…そうだな。今までで一番堪えたのは、お前らが付き合い始めてすぐの頃、見せつけるようにお前の項にくっきりとキスマークがつけられてた時だな。誰に向けての牽制だったか知んねーけど。あれはマジでイラっとしたわ」
頭上から不機嫌そうな声が降ってきた。顔をあげると、苛立ちを隠そうともしない高遠がランチが載ったトレイを手に立っていた。
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