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腹巻きはしていませんけど?
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美優先輩が持って来てくれた服は、柔らかな質感の素材で作られた綺麗な檸檬色のワンピースだった。
胸元はV字に開いており、共布で出来たベルトがついている。
オフィスで着ていてもおかしくないくらいのきちんと感があるのに、フレアスリーブが女性らしい印象を与える可愛らしいデザインの、決して自分では選ばないものだった。
派手な印象を持たれ易い私は、いつも地味な色味でシンプルなデザインの服ばかり着ている。そうする事で、少しでも悪目立ちしないように気を付けているのだ。そこまでしても、派手な格好ばかりしてと難癖を付けられる事があるのだから、印象による思い込みって怖い。
体側にあるチャックを閉めた後、おかしな所はないか確かめる為に洗面台の鏡の前で一回転した。ふわっとスカートが花のように広がり、思わず顔が緩む。
こういう色鮮やかで可愛い服は着ているだけで気分があがる。
それにしても、よく私が着れるサイズの服を持っていたなと感心しながらタグを確認した。そこに印字された『F』の文字を見て、一人納得する。
これは間違いなく、先日美優先輩が衝動買いをして失敗したと嘆いていた服だ。
店頭でマネキンが着ているのを見て、一目惚れしたらしい。フリーサイズのワンサイズしかないのが気掛かりではあったけれど、残り一点だったので試着もしないで購入したそうだ。だが帰宅後、着てみたらスカート丈が長過ぎたらしい。久しぶりに自分のチビっこさを呪ったと嘆いていたから覚えている。
美優先輩の身長は154センチ。
確かに平均身長よりは若干小柄だけれど、決して『チビっこ』ではない。それなのに、美優先輩は身長が低い事が唯一のコンプレックスだと言って、常に10センチヒールを履いている。
所詮ないものねだりだから、気持ちが分からないではないが。平均身長よりやや小柄な美優先輩が『チビっこ』なら、平均身長よりも10センチ以上高い私は『巨人』になってしまう。
個人的な見解だが、女性は背が低い方が圧倒的に有利だと思う。
小さいだけで可愛く感じるし、庇護欲を掻き立てられる。女の私でさえそう思うのだから、男性からしたらもっと強く感じる筈だ。
それに女性の平均身長よりも小さいという事は、殆どの男性よりも小さいわけだから無駄に男性のプライドを刺激する事もない。私くらいの身長だと、私より背が低い男性も、私と同じくらいの身長の男性も数多く存在する。そういう人達は、私のような背の高い女性にコンプレックスを抱きがちだ。
絢斗の身長は172センチ。私とは4センチしか変わらなかった。
けれど、奥さんとなった紗凪さんは150センチに満たないくらい小柄らしい。少なくとも、二人の身長差は22センチはある。
一緒に出掛ける時、絢斗は私がヒールのない靴ばかりを履いていたのに気付いて「何でヒールを履かないの?俺は気にしないし、遠慮せずに履きなよ」と笑顔で勧めてくれたけれど、本当は嫌だったのかも知れない。
(そう考えると凹むな…。けど、身長ばかりは自力でどうなる問題でもないしな。実際、どんなに高いヒールを履いても私より背が高い男性なんて……高遠くらいじゃない?)
高遠の顔が頭に浮かぶと、芋づる式に昨晩の事も思い出された。やたら生々しく蘇る記憶に羞恥が込み上げ、見悶える。私は煩悩を打ち消すように何度も水で顔を洗い、鏡の前でメイクを始めた。
美優先輩が持って来てくれたのは、先輩がフルラインで愛用している某外資系高級ブランドの試供品だった。化粧水や乳液などの基礎化粧品から、ベースやファンデ、プラスチック製の小さなパレット入ったアイシャドーや口紅の試供品まである。すごい充実ぶりだ。
メイクを終えてからピアスを付け直し、服に合わせて髪を緩く纏める。
昨晩泣いたせいで目は腫れぼったいし、寝不足でクマも酷い。けれど、それらを差し引いても、鏡に映っている自分はいつもよりも綺麗に見えた。
「よし!どんな事でもバッチこいだ!明るく、元気に、前向きに!今日も素敵な一日が待ってるぞ!張り切っていこう!」
そう自分に発破をかけて、私は二人の待つ部屋へと戻った。
私が部屋に戻ると、二人は胡散臭い笑みを浮かべながら肩を叩き合っていた。確かさっきまで揉めている声がしていた気がするけれど…。首を傾げた私を見て、美優先輩は感嘆の声をあげた。
「素敵!まひちゃん超綺麗!さすが私!私の見立てに間違いはなかったわ!」
美優先輩は手放しに褒めてくれた。けれど高遠は「お前、そういうの着ると今治市のゆるキャラみたいだな」と遠回しに貶しめてきて…美優先輩にフルスイングで頭を叩かれていた。
ああ…あの有名なゆるキャラね?すごく可愛いよね?うんうん分かるよ。私も好きだし。けど、服の色だけで例えられるのは、ねえ?何より私、腹巻きしてませんけど!
***
それから美優先輩が買って来てくれた朝食を有難くいただき、三人一緒に仲良く歩いて出社した。
いつもよりも少し早い時間のせいか、人の姿は疎らで、一階に止まっていたエレベーターにそのまま乗り込む事ができた。一旦奥まで入り、入り口の方へと振り返る。すると、入り口のすぐ横に立っている絢斗に気付いた。新婚旅行で南国にでも行ってきたのか、絢斗は小麦色に日焼けしていた。
(やだ…。鉢合わせしないように早く出社したのに)
不自然に顔を逸らした私を見て、高遠も絢斗の存在に気付いたらしい。高遠は自然な素振りで、絢斗の視線を遮るように私の前へと移動した。高遠に庇われる私を、絢斗は少し傷ついたような顔をして見ていた。
(何で?何で貴方がそんな顔をするの?裏切ったのは貴方の方で…未練が断ち切れないのは私の方なのに…)
日に焼けたの左手の薬指に輝くプラチナの指輪。その手に握られたお土産らしきカラフルな紙袋。それらを目にした時、私は改めて現実を目の前に突きつけられた気がした。
同じフロアでエレベーターから降りた絢斗は、美優先輩と高遠にだけ「おはよう」と挨拶をし、私とは視線すら合わさずに、自分のシマの方へと歩いて行った。
「はは…。思ってたよりキツイですね?気不味くならないようにしなきゃって意気込んでたんですけど。挨拶もなしって…」
――声を掛けられたかったわけじゃない。
――言い訳をして欲しかったわけじゃない。
――まして、笑い掛けて欲しかったわけじゃない。
けれど、挨拶さえされなかったという事実が、彼の中での私の立ち位置なのだと、挨拶を交わす価値すらない存在なのだと示されたようで、私は目頭が熱くなるのを抑える事ができなかった。
胸元はV字に開いており、共布で出来たベルトがついている。
オフィスで着ていてもおかしくないくらいのきちんと感があるのに、フレアスリーブが女性らしい印象を与える可愛らしいデザインの、決して自分では選ばないものだった。
派手な印象を持たれ易い私は、いつも地味な色味でシンプルなデザインの服ばかり着ている。そうする事で、少しでも悪目立ちしないように気を付けているのだ。そこまでしても、派手な格好ばかりしてと難癖を付けられる事があるのだから、印象による思い込みって怖い。
体側にあるチャックを閉めた後、おかしな所はないか確かめる為に洗面台の鏡の前で一回転した。ふわっとスカートが花のように広がり、思わず顔が緩む。
こういう色鮮やかで可愛い服は着ているだけで気分があがる。
それにしても、よく私が着れるサイズの服を持っていたなと感心しながらタグを確認した。そこに印字された『F』の文字を見て、一人納得する。
これは間違いなく、先日美優先輩が衝動買いをして失敗したと嘆いていた服だ。
店頭でマネキンが着ているのを見て、一目惚れしたらしい。フリーサイズのワンサイズしかないのが気掛かりではあったけれど、残り一点だったので試着もしないで購入したそうだ。だが帰宅後、着てみたらスカート丈が長過ぎたらしい。久しぶりに自分のチビっこさを呪ったと嘆いていたから覚えている。
美優先輩の身長は154センチ。
確かに平均身長よりは若干小柄だけれど、決して『チビっこ』ではない。それなのに、美優先輩は身長が低い事が唯一のコンプレックスだと言って、常に10センチヒールを履いている。
所詮ないものねだりだから、気持ちが分からないではないが。平均身長よりやや小柄な美優先輩が『チビっこ』なら、平均身長よりも10センチ以上高い私は『巨人』になってしまう。
個人的な見解だが、女性は背が低い方が圧倒的に有利だと思う。
小さいだけで可愛く感じるし、庇護欲を掻き立てられる。女の私でさえそう思うのだから、男性からしたらもっと強く感じる筈だ。
それに女性の平均身長よりも小さいという事は、殆どの男性よりも小さいわけだから無駄に男性のプライドを刺激する事もない。私くらいの身長だと、私より背が低い男性も、私と同じくらいの身長の男性も数多く存在する。そういう人達は、私のような背の高い女性にコンプレックスを抱きがちだ。
絢斗の身長は172センチ。私とは4センチしか変わらなかった。
けれど、奥さんとなった紗凪さんは150センチに満たないくらい小柄らしい。少なくとも、二人の身長差は22センチはある。
一緒に出掛ける時、絢斗は私がヒールのない靴ばかりを履いていたのに気付いて「何でヒールを履かないの?俺は気にしないし、遠慮せずに履きなよ」と笑顔で勧めてくれたけれど、本当は嫌だったのかも知れない。
(そう考えると凹むな…。けど、身長ばかりは自力でどうなる問題でもないしな。実際、どんなに高いヒールを履いても私より背が高い男性なんて……高遠くらいじゃない?)
高遠の顔が頭に浮かぶと、芋づる式に昨晩の事も思い出された。やたら生々しく蘇る記憶に羞恥が込み上げ、見悶える。私は煩悩を打ち消すように何度も水で顔を洗い、鏡の前でメイクを始めた。
美優先輩が持って来てくれたのは、先輩がフルラインで愛用している某外資系高級ブランドの試供品だった。化粧水や乳液などの基礎化粧品から、ベースやファンデ、プラスチック製の小さなパレット入ったアイシャドーや口紅の試供品まである。すごい充実ぶりだ。
メイクを終えてからピアスを付け直し、服に合わせて髪を緩く纏める。
昨晩泣いたせいで目は腫れぼったいし、寝不足でクマも酷い。けれど、それらを差し引いても、鏡に映っている自分はいつもよりも綺麗に見えた。
「よし!どんな事でもバッチこいだ!明るく、元気に、前向きに!今日も素敵な一日が待ってるぞ!張り切っていこう!」
そう自分に発破をかけて、私は二人の待つ部屋へと戻った。
私が部屋に戻ると、二人は胡散臭い笑みを浮かべながら肩を叩き合っていた。確かさっきまで揉めている声がしていた気がするけれど…。首を傾げた私を見て、美優先輩は感嘆の声をあげた。
「素敵!まひちゃん超綺麗!さすが私!私の見立てに間違いはなかったわ!」
美優先輩は手放しに褒めてくれた。けれど高遠は「お前、そういうの着ると今治市のゆるキャラみたいだな」と遠回しに貶しめてきて…美優先輩にフルスイングで頭を叩かれていた。
ああ…あの有名なゆるキャラね?すごく可愛いよね?うんうん分かるよ。私も好きだし。けど、服の色だけで例えられるのは、ねえ?何より私、腹巻きしてませんけど!
***
それから美優先輩が買って来てくれた朝食を有難くいただき、三人一緒に仲良く歩いて出社した。
いつもよりも少し早い時間のせいか、人の姿は疎らで、一階に止まっていたエレベーターにそのまま乗り込む事ができた。一旦奥まで入り、入り口の方へと振り返る。すると、入り口のすぐ横に立っている絢斗に気付いた。新婚旅行で南国にでも行ってきたのか、絢斗は小麦色に日焼けしていた。
(やだ…。鉢合わせしないように早く出社したのに)
不自然に顔を逸らした私を見て、高遠も絢斗の存在に気付いたらしい。高遠は自然な素振りで、絢斗の視線を遮るように私の前へと移動した。高遠に庇われる私を、絢斗は少し傷ついたような顔をして見ていた。
(何で?何で貴方がそんな顔をするの?裏切ったのは貴方の方で…未練が断ち切れないのは私の方なのに…)
日に焼けたの左手の薬指に輝くプラチナの指輪。その手に握られたお土産らしきカラフルな紙袋。それらを目にした時、私は改めて現実を目の前に突きつけられた気がした。
同じフロアでエレベーターから降りた絢斗は、美優先輩と高遠にだけ「おはよう」と挨拶をし、私とは視線すら合わさずに、自分のシマの方へと歩いて行った。
「はは…。思ってたよりキツイですね?気不味くならないようにしなきゃって意気込んでたんですけど。挨拶もなしって…」
――声を掛けられたかったわけじゃない。
――言い訳をして欲しかったわけじゃない。
――まして、笑い掛けて欲しかったわけじゃない。
けれど、挨拶さえされなかったという事実が、彼の中での私の立ち位置なのだと、挨拶を交わす価値すらない存在なのだと示されたようで、私は目頭が熱くなるのを抑える事ができなかった。
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