上 下
11 / 54

武士は食わねど??

しおりを挟む
「…ふ……んっ。た…かとぉ…」

繰り返される口付けに翻弄されながら、私は自分に覆い被さっている男の顔を見上げた。男は火傷しそうな程の熱を孕んだ瞳で、私を見下ろしていた。私はその熱に浮かされるように男の頬へと両手を伸ばし、「もっと」と甘い口付けを強請った。

高遠は深い口付けを交わしながら、私の頭など余裕で覆えてしまえる程の大きな手で、私を甘やかすように、生え際から髪先まで何度も優しく撫でた。まるで繊細な硝子細工を扱うかのような手つきが心地良い。私は飼い主に甘える猫のように、その大きな手に擦り寄った。

やがてその手は、首筋を辿り、Tシャツの上から私の胸を柔く揉みしだき始めた。高遠の手の動きに合わせてブラジャーの少し硬めの生地が胸の先端を擦り、少しの痛みと大きな快感を生み出していく。その刺激に私は甘い吐息を漏らした。

Tシャツの裾から、少し冷たい高遠の手が入りこんできた。高遠は片手で器用にブラジャーのホックを外すと、直接私の胸を弄び始める。

「んんっ…。ふっ。あ…ん…やぁ…」

直接胸の先端を弄られると、私の口からは甘い吐息だけでなく、声までも漏れ出てしまう。

「…お前、思ってたより胸あんのな?おい。お前どんな顔してんだよ。そんな溶けた顔して……案外、お前可愛いのな」

揶揄いの言葉に羞恥を覚えて身を捩れば、いつの間にか高遠の膝が私の脚の間に入り込んでいる事に気付いた。

高遠は私の頰に手を添わせ、顔や耳や首筋にいくつも口付けを落とす。それと同時に、もう一方の手で私の胸を弄び、膝で私の下腹部を刺激して、更なる疼きと快感を与え続けた。

私は甘い吐息を漏らさずにいることも、甘い声を我慢することもできず。ただ陶然と、高遠の愛撫に酔いしれていた。


高遠の手がハーフパンツの中へと入りこもうとした瞬間、私の脳裏に絢斗の顔が過ぎった。今となっては感じる必要のない罪悪感が湧き上がり、心を占める。まるで冷水を浴びせられたかのように、私は急速に現実へと引き戻された。

「…たかとぉ…。ごめん。本当にごめん」

どうしてなのだろうか?気付くと私は高遠の胸元を握り締めながら泣いていた。

「…高遠。ごめんね。ごめんね。私…」

突然泣き出した私に驚いた高遠は、私に覆い被さったまま、暫くの間固まっていた。しかし次の瞬間、私の上から飛び退くと、青い顔をして両手で頭を掻き毟り始めた。

「うあぁぁぁぁぁ!悪りぃ!何やってんだよ、俺!泣かせちまってるし…。本当ごめんな?怖かったよな?」

高遠は混乱しながらも平伏叩頭し、必死に謝罪の言葉を重ね始めた。
私は違うのだと、高遠は悪くないのだと、かぶりを振って必死に言葉を紡ぐ。けれど、私が否定すればする程、高遠は自己嫌悪に陥っていくように見えた。

「本当にすまん!いや、謝って済む事じゃねーけど。マジでごめん。…今更信じてもらえないかも知れないけど。本当にこんな事をするつもりで家に連れて来たわけじゃないから!
ただ、お前の湯上がり姿を見て、ちょっとムラッと…。いや、そんなんは完全に言い訳だ。ないわ…。マジであり得ねぇ。無理矢理迫って怖がらせて泣かすとか、どこの鬼畜だよ…」

「…ちがっ。高遠は悪くないの。別に、高遠が怖くて泣いてるんじゃない。私…泣くつもりなんかなくて…そう決めてて。私が…まだ絢斗を忘れられてなくて…。私…こんなんで高遠に悪くて…」

溢れ出る涙はとどまる事を知らない。胸が裂かれるように痛み、喉が引き攣るように苦しい。それなのに、何故自分が泣いているのか、自分でもよく分からなかった。

どのくらい泣いていただろう?涙が止まった頃には、既に気持ちも落ち着いていた。突然泣き出した事を謝ろうと顔を上げると、高遠は未だに私の前で正座をしたまま俯いていた。

「ごめんね。急に泣き出したりして」

「いや、謝んなきゃいけねぇのは俺の方だし。…本当ごめん」

「…ううん。私嫌じゃなかった。嫌じゃなかったから、高遠を利用しようとしたの。狡くてごめんね」

「……」

「ね?私の方が悪いでしょ?」

高遠が自己嫌悪に陥る必要などないのだと。狡猾にも、私が高遠の優しさを利用しようとしたのだと言い続けると、高遠は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「そんなことねぇし。どう考えても暴走した俺が悪い。でもまぁ……あーもー!こんな時間だし、いい加減寝るぞ」

「ねえ。高遠も一緒にベッドここで寝て?」

「おまっ!何言ってんだよ!嫌じゃねーのかよ!俺が言うのもなんだけど、お前さっき俺に襲われかけたんだぞ?」

「…嫌じゃない。高遠が床で寝る方がもっと嫌だ」

暫くの間、無言で睨み合った。先に折れたのは高遠の方だった。高遠は豪快に頭を掻き毟りながら唸り声をあげた。

「…分かったよ!はいはい、分かりました!じゃあ、こっからこっちが俺の陣地で、こっからそっちがお前の陣地な。絶対はみ出んなよ!
じゃあ、もう寝ろ!今すぐ寝ろ!さっさと寝ないと一時まわるぞ?俺は明日朝一から得意先クライアントとの会議ミーティングが入ってんだよ!だから俺はもう寝る!」

捲し立てるようにそう言って部屋の電気を消し、高遠は私に背を向けてベッドの端に横になった。


眠ってしまったのだろうか?
目の前の大きな背中は動く気配がない。静まりかえった室内には、壁かけ時計の針の音だけが響いていた。

「本当にごめんね?高遠。……私、思ってたより絢斗の事が好きだったみたい」

そう小さく呟けば、止まった筈の涙が再び溢れ出す。

「あんなに手酷く裏切られて捨てられたのに。さっき途中で絢斗の顔が浮かんだの…。罪悪感なんて感じる必要なんかないのにね。…バカみたい」

聞き取れるか取れないかくらいの小さな声で呟きながら、声を漏らさぬよう嗚咽する。

「……そんだけ好きだったって事だろ?普通好きな奴がいたら、他の奴となんかできねぇよ。お前はなんらおかしくないわ。それ、当たり前だからな」

背中越しに高遠がボソッと呟いた。『好きな人がいたら、他の人とはできないのが当たり前』その言葉に、自嘲的な笑みがこぼれる。

「ふふふ。何だ。じゃあ絢斗は、そんなに私の事好きじゃなかったのか。だって、私がいたのに奥さんと寝れたんだもんね?あーあ、本当馬鹿みたい。あんな薄情な奴の事なんか、さっさと吹っ切らなきゃ」

「……吉澤さん、それなりにお前のこと好きだったと思うぞ?俺だいぶ牽制されてたし」

「牽制?あっ!そう言えば高遠の好きな人って、私だったの?前に『今までの人生の中で一番心を持ってかれてる』って言ってたよね?こんな私のどこがいいの?ていうか、いつから好きでいてくれたの?」

「はあ?お前…本当余計なことばっかり覚えてやがんな。ああそーだよ。ずっと前からお前の事が好きでした!悪りぃか?おかしいか?
お前の良い所?まず、頭良いのに馬鹿で抜けてるとこだろ。あと口が悪くて、酒癖悪くて、人んちでゲロして、ゲロ臭を充満させるとことかだよ!」

「ちょっと!それって完全にディスってるじゃん!ていうか、高遠の前で吐いたの。今回が初めてだし」

「うっせぇな。いいからさっさと寝ろよ。明日も仕事だぞ。……黙んないなら本当に犯すぞ!このバカ!」

高遠は不貞腐れたようにそう言うと、背中から話しかけるなオーラを発し始めた。
私は高遠が着ているシャツの背中を小さく掴んで「ありがと。高遠」と小さく小さく呟き、眠りに落ちた。


「…吉澤さん。本当何やってんだよ。こいつにこんなに思われてんのに、泣かすなよ。俺だったら、こんな風に泣かさねぇのにな…。ったく、人の気も知らねーで。いい気なもんだ」

夢の中で、誰かがそう言いながら、優しく頭を撫でてくれたような気がした。
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

パート先の店長に

Rollman
恋愛
パート先の店長に。

閉じたまぶたの裏側で

櫻井音衣
恋愛
河合 芙佳(かわい ふうか・28歳)は 元恋人で上司の 橋本 勲(はしもと いさお・31歳)と 不毛な関係を3年も続けている。 元はと言えば、 芙佳が出向している半年の間に 勲が専務の娘の七海(ななみ・27歳)と 結婚していたのが発端だった。 高校時代の同級生で仲の良い同期の 山岸 應汰(やまぎし おうた・28歳)が、 そんな芙佳の恋愛事情を知った途端に 男友達のふりはやめると詰め寄って…。 どんなに好きでも先のない不毛な関係と、 自分だけを愛してくれる男友達との 同じ未来を望める関係。 芙佳はどちらを選ぶのか? “私にだって 幸せを求める権利くらいはあるはずだ”

同期に恋して

美希みなみ
恋愛
近藤 千夏 27歳 STI株式会社 国内営業部事務  高遠 涼真 27歳 STI株式会社 国内営業部 同期入社の2人。 千夏はもう何年も同期の涼真に片思いをしている。しかし今の仲の良い同期の関係を壊せずにいて。 平凡な千夏と、いつも女の子に囲まれている涼真。 千夏は同期の関係を壊せるの? 「甘い罠に溺れたら」の登場人物が少しだけでてきます。全くストーリには影響がないのでこちらのお話だけでも読んで頂けるとうれしいです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

マッサージ

えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。 背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。 僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...