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第4話 同情で引き受けてはいけません。
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状況が状況なのだ。感情的になってしまったのも仕方がないと思う。
けれど、国王の背後にいた護衛らしき男はそう思わなかったようだ。私が声を荒げた瞬間、国王を守るように私の前に立ちはだかった。
「控えろ、ダズリー。『賢者』様に無礼をはたらくな」
ダズリーと呼ばれた長身の男は、美しい瑠璃紺色の瞳を眇めて私を睨みながら「ですが、このような無礼者を許すわけには…」と食い下がった。しかし、国王が下がるよう手で命じると、納得がいかない顔をしながらも身を引いた。
「こちらが先に無礼を働いたのだから、責められて当然。それに無礼者なのはお前の方だ、ダズリー。このお方は『賢者』様なのだぞ?いくら年若い女性とはいえ、お前こそ身を弁えろ」
国王は目を伏せて、背後に立つ無駄に整った顔の男をしかりつけると、改めて私に向き直った。
すまない。取り返しのつかない事をした。この責は全て自分にある。自分の名にかけて必ず帰還方法を見つけ出すから、それまでの間どうか知恵を貸して欲しい。
そう言って、国王は再び私に頭を下げた。
この国で度々流行る『疫病』をどうにかしたいのだという。
特にここ数年の『疫病』被害は深刻で、既に国民の5分の1にあたる人の命が失われているそうだ。これ以上被害が大きくなる前にどうにかしたいのだと、国王は苦渋に満ちた表情で言った。
私は躊躇なく頭を下げた国王の姿を見て思った。
国民の為にここまでできる国王は稀有だろうと。真意はどうであれ、彼は国民の為に頭を下げられる人間なのだ。
国王だというから、もっと横柄な人物かと思っていたのに、存外悪い人ではないのかもしれない。
どこの馬の骨とも分からぬ小娘に対して敬意を払い、自らの非を認め、謝罪した。それだけでも治世者として立派だといえる。
いや、立派どころではない。本来ならあり得ない言動だ。
昨日、神官長のお爺ちゃまと話した時に、この国ではまだ王権神授説が信じられているのだろうと感じた。だとしたら、この部屋にいる人達の目には、今の彼の行動が常軌を逸しているように見えるだろう。
王が己の過ちを認めるなど、あり得ない事なのだから。
彼は国王の無謬性を犯してまでも私に助力を請うているのだ。
こんなにクソ真面目じゃ、さぞかし生き辛いだろう。苦労性だから、高校の時の教頭ばりに頭の天辺が寂しいのか。若者にバーコード禿げはキツイよね。私が『疫病』を食い止めたら、彼の憂いも消えて、抜け毛が減るかも?などと、国王に同情し始めていた。
相手の思惑に嵌った気がしないでもないが。
そうして私は帰還方法が見つかるまでの間だけ、協力する事になったのだ。
勿論、医者でも学者でもない、ただの小娘にできる事などたかが知れている。
だが、成り行きとはいえ、一度引き受けたからには可能な限り役に立ちたいと思った。
その為には、まず私が自由に動き回れるよう、それ相応の地位を用意してもらう必要がある。それも『賢者』以外の地位が。
国としては『賢者』召喚に成功したと大々的にお披露目したかったようだが、それだけは避けたかった。
神官長のお爺ちゃまのいうように、『賢者』が召喚されたと聞くだけで、人々は希望を持てるのかもしれない。けれど、それはあくまでも一時的なものだ。
『賢者』が召喚されたにもかかわらず、何も状況が変わらなければ、逆に反感を買うだろう。
伝説にまでなっている『賢者』の地位が、役立たずな私のせいで失墜してしまう。
今後召喚されるかも知れない本物の『賢者』の為にも、それだけは避けたかったのだ。
あの時はまだ、この世界がどのくらい閉鎖的なのか分からなかったが、人々の国王への態度を見て、ある程度想像がついた。だから、私は他所者の意見を尊重してもらえるような、誰も口出しできないような確固たる地位を要求したのだ。
身元の保証とそれ相応の地位を用意してくれる事。
私が『賢者』だというのは伏せる事。
そして。できるだけ早く帰還方法を見つけて、私を元の世界に帰らせてくれる事。
後々揉めないように、それらを条件に盛り込んだ法的に拘束力のある書類を作成して、私は召喚された翌日、国王と正式な契約を交わしたのだ。
***
……あれから10年、私は契約通り、国王が遠方から呼び寄せた『疫病の専門家』として尽力し続けている。
苦労した甲斐あって成果は上々だ。契約を履行したと言っても過言ではない。
だがしかし…私の帰還方法は未だ見つかってない。
担当文官から定期的に進捗状況の報告があるし、私が作業に加わる時もある。だから、彼等が全力で探し続けてくれている事は分かっている。
だけど、これだけの年月をかけても見つからないのはおかしくないだろうか。
そもそも帰還方法が書かれた書物など本当に存在するのか?
……実は最近少しだけ、あの時、情に流されてしまった事を後悔している。
この10年間、私は後悔してもおかしくはないくらい散々な目に遭ってきた。
名目上『疫病の専門家』という立場だけれど、元々私は高校を卒業したばかりの一般市民。専門家じゃないから『疫病』についての知識など、元の世界の一般人レベルしかない。
世界史の授業で、昔のヨーロッパでは『ペスト』や『コレラ』が流行りましたよ~。日本史の授業で、昔『赤痢』や『結核』が流行りましたよ~。って、そのくらいの知識だけ。
論理的な説明できないから説得力にかけたのだろう。最初は誰も耳を傾けてくれなかった。
いや、いくら国王が身元を保証しているとはいえ、異国の若い女の話なんか、耳を貸す気にもならなかっただけかも知れない。
……あの頃の自分に言ってやりたい。同情なんかで、国の大事を引き受けてはいけません!と。
けれど、国王の背後にいた護衛らしき男はそう思わなかったようだ。私が声を荒げた瞬間、国王を守るように私の前に立ちはだかった。
「控えろ、ダズリー。『賢者』様に無礼をはたらくな」
ダズリーと呼ばれた長身の男は、美しい瑠璃紺色の瞳を眇めて私を睨みながら「ですが、このような無礼者を許すわけには…」と食い下がった。しかし、国王が下がるよう手で命じると、納得がいかない顔をしながらも身を引いた。
「こちらが先に無礼を働いたのだから、責められて当然。それに無礼者なのはお前の方だ、ダズリー。このお方は『賢者』様なのだぞ?いくら年若い女性とはいえ、お前こそ身を弁えろ」
国王は目を伏せて、背後に立つ無駄に整った顔の男をしかりつけると、改めて私に向き直った。
すまない。取り返しのつかない事をした。この責は全て自分にある。自分の名にかけて必ず帰還方法を見つけ出すから、それまでの間どうか知恵を貸して欲しい。
そう言って、国王は再び私に頭を下げた。
この国で度々流行る『疫病』をどうにかしたいのだという。
特にここ数年の『疫病』被害は深刻で、既に国民の5分の1にあたる人の命が失われているそうだ。これ以上被害が大きくなる前にどうにかしたいのだと、国王は苦渋に満ちた表情で言った。
私は躊躇なく頭を下げた国王の姿を見て思った。
国民の為にここまでできる国王は稀有だろうと。真意はどうであれ、彼は国民の為に頭を下げられる人間なのだ。
国王だというから、もっと横柄な人物かと思っていたのに、存外悪い人ではないのかもしれない。
どこの馬の骨とも分からぬ小娘に対して敬意を払い、自らの非を認め、謝罪した。それだけでも治世者として立派だといえる。
いや、立派どころではない。本来ならあり得ない言動だ。
昨日、神官長のお爺ちゃまと話した時に、この国ではまだ王権神授説が信じられているのだろうと感じた。だとしたら、この部屋にいる人達の目には、今の彼の行動が常軌を逸しているように見えるだろう。
王が己の過ちを認めるなど、あり得ない事なのだから。
彼は国王の無謬性を犯してまでも私に助力を請うているのだ。
こんなにクソ真面目じゃ、さぞかし生き辛いだろう。苦労性だから、高校の時の教頭ばりに頭の天辺が寂しいのか。若者にバーコード禿げはキツイよね。私が『疫病』を食い止めたら、彼の憂いも消えて、抜け毛が減るかも?などと、国王に同情し始めていた。
相手の思惑に嵌った気がしないでもないが。
そうして私は帰還方法が見つかるまでの間だけ、協力する事になったのだ。
勿論、医者でも学者でもない、ただの小娘にできる事などたかが知れている。
だが、成り行きとはいえ、一度引き受けたからには可能な限り役に立ちたいと思った。
その為には、まず私が自由に動き回れるよう、それ相応の地位を用意してもらう必要がある。それも『賢者』以外の地位が。
国としては『賢者』召喚に成功したと大々的にお披露目したかったようだが、それだけは避けたかった。
神官長のお爺ちゃまのいうように、『賢者』が召喚されたと聞くだけで、人々は希望を持てるのかもしれない。けれど、それはあくまでも一時的なものだ。
『賢者』が召喚されたにもかかわらず、何も状況が変わらなければ、逆に反感を買うだろう。
伝説にまでなっている『賢者』の地位が、役立たずな私のせいで失墜してしまう。
今後召喚されるかも知れない本物の『賢者』の為にも、それだけは避けたかったのだ。
あの時はまだ、この世界がどのくらい閉鎖的なのか分からなかったが、人々の国王への態度を見て、ある程度想像がついた。だから、私は他所者の意見を尊重してもらえるような、誰も口出しできないような確固たる地位を要求したのだ。
身元の保証とそれ相応の地位を用意してくれる事。
私が『賢者』だというのは伏せる事。
そして。できるだけ早く帰還方法を見つけて、私を元の世界に帰らせてくれる事。
後々揉めないように、それらを条件に盛り込んだ法的に拘束力のある書類を作成して、私は召喚された翌日、国王と正式な契約を交わしたのだ。
***
……あれから10年、私は契約通り、国王が遠方から呼び寄せた『疫病の専門家』として尽力し続けている。
苦労した甲斐あって成果は上々だ。契約を履行したと言っても過言ではない。
だがしかし…私の帰還方法は未だ見つかってない。
担当文官から定期的に進捗状況の報告があるし、私が作業に加わる時もある。だから、彼等が全力で探し続けてくれている事は分かっている。
だけど、これだけの年月をかけても見つからないのはおかしくないだろうか。
そもそも帰還方法が書かれた書物など本当に存在するのか?
……実は最近少しだけ、あの時、情に流されてしまった事を後悔している。
この10年間、私は後悔してもおかしくはないくらい散々な目に遭ってきた。
名目上『疫病の専門家』という立場だけれど、元々私は高校を卒業したばかりの一般市民。専門家じゃないから『疫病』についての知識など、元の世界の一般人レベルしかない。
世界史の授業で、昔のヨーロッパでは『ペスト』や『コレラ』が流行りましたよ~。日本史の授業で、昔『赤痢』や『結核』が流行りましたよ~。って、そのくらいの知識だけ。
論理的な説明できないから説得力にかけたのだろう。最初は誰も耳を傾けてくれなかった。
いや、いくら国王が身元を保証しているとはいえ、異国の若い女の話なんか、耳を貸す気にもならなかっただけかも知れない。
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