とんでもなく臭い世界の賢者~異世界在住10年、未だ独身ですけど何か?~

キリン

文字の大きさ
上 下
3 / 10

第3話『賢者』なんてクソくらえ!

しおりを挟む
今振り返れば、あの時の私は完全にパニック状態だったのだと思う。

私はお爺ちゃまに向かって「私が賢者なわけがない」と泣きじゃくり、「元の世界に帰せ」と喚き散らした。

私から見たら、神官長だというお爺ちゃまの方がよっぽど『賢者』らしく見えるのに。私の代わりにお爺ちゃまが『賢者』になればいい。

そうどんなに主張しても、お爺ちゃまは申し訳なさそうな顔で黙り込むだけ。私が落ち着きを取り戻しかける度、懲りずに説得してきた。


これまでの『賢者』達も皆最初は「自分は『賢者』ではない」と否定したが、結果的には、皆本物の『賢者』だったのだからと。

――ある時は長引く戦を終結させる知恵を。
――ある時は飢饉に苦しむ民を救う智慧を。
――また、ある時は大量逆殺を繰り返す愚王を諫める術を。

『賢者』達は、その時必要な知恵を人々に授け、国を救ってきた。正式な儀式を介して召喚されたのだから、私は紛れもなく本物の『賢者』なのだと、お爺ちゃまは言った。

そうは言われても役に立てる気がしない。そう言うと、存在するだけでもいいのだと言う。
『賢者』が召喚されたと聞くだけで、人々は安堵し、希望を持つ事ができるのだからと。


召喚されただけで希望が持てるって…。
それだけこの国の人達にとって、『賢者』の存在が大きいのだろう。

それはわかった。彼等が『賢者』を崇拝している事も。
だがしかし、そんなの私の知った事じゃない。そもそも勝手に私の人生を狂わせておいて、助けてもらえて当然だと思っている事自体信じられないし、許せない。

この国の人達がどう思おうが、私にとっては誘拐にあったようなものだ。
私の意を介さず、突然見知らぬ地に連れてこられたのだから。
私の人権を無視した非人道的行為だと思う。現代日本人として、基本的人権の尊重を強く求める。人権を蔑ろにするような国など、どうせ碌な国ではないのだから勝手に滅びればいい。


そんな私の怨嗟の声が聞こえているのかいないのか。海千山千のお爺ちゃまは申し訳なさそうにしつつも、どうにか私を説き伏せようとし続けた。

だから、話は平行線。
腹の虫がおさまらなかった私は、お爺ちゃまを部屋から追い出して、そのまま部屋に立てこもる事にした。


立てこもるとは言っても、厚手の布が欠けられているだけで扉がない。困った私は寝台横のローチェストを布の前に移動させ、その上に椅子を置いて、他者が侵入できないようバリケードを築いた。

お爺ちゃまを無視しながらバリケードを築く私を見て、出直した方がいいと判断したのだろう。慇懃に挨拶すると、姿を消した。



いざ部屋に独りになると、言いようのない不安と心細さに駆られ、涙が溢れ出した。
日が沈み、辺りが暗くなり始めると、石造りの部屋は急激に冷え込む。私は肌触りの悪い掛布を身体に巻き付けて暖を取りながら、元の世界にいる彼の事を思い出していた。

本来なら、今頃私は彼と一緒にディナーを楽しんでいる筈だった。私の誕生日を祝う為に、彼が奮発して少しお高いレストランを予約してくれたのだ。ずっと行ってみたいと思っていたお店だから、すごく楽しみにしていたのに。

店の予約はどうなったのだろう。
約束の時間に現れなかった私を、彼はどう思ったかな?怒った?呆れた?連絡がつかない状態だと分かれば、許してくれるかな?心配してくれるかな?

……彼に会いたい。大丈夫だよって抱き締めて欲しい。

泣きつかれたのか。いつの間にか私は、自分の身体を抱き締めながら眠りに落ちていた。



翌朝、部屋の外から召使らしき女性の声がした。夢落ちを期待していた私は、ひどくがっかりした。朝の支度も朝食も断り、寝台の上でうずくまる。
ふと屋外から人の声がした。その声に誘われるように、明かりがさしこむ小窓に近付いた。窓にはめられた緑がかった白ガラスは、一見くもりガラスのように見える。しかし、近くで見ると、厚みも一定ではないし、所々空気が入っている。機械で生産されている現代の物とは全く違った。
きっと生産技術の問題なのだろう。けれど…私は『賢者』らしいのに、それをどう改善すればいいのかなんて分からない。

溜息を吐きながら窓を開けると、少し先に外階段のある堅固な円筒形の塔が見えた。その奥には矢狭間のついた城壁もある。その風景を見ても、忙しなくそこを行き来している兵士らしき人達を見ても、私が時代も場所も異なる場所にいるのは明らかだった。


再び深い溜息を吐いた時、部屋の外からお爺ちゃまの声がした。
無視していると、お爺ちゃまが「国王陛下がこちらに足をお運びになるそうです」と告げた。
陛下が室内に入れるようバリケードを崩せと言われたが、私は一切返事をしなかった。



暫くすると、国王だという人がお付きの人を数人引き連れて現れた。

余程困っているのか。『賢者』を崇めているのか。国王は私を軽んじる事なく、とても真摯に応対した。私の憤りが伝わると平身低頭で謝り続け、それでもと助力を請う。

上から目線で命令でもしやがったら、不敬罪で処刑されようと一発殴ってやると心に決めていた私は、肩透かしを食らった気分だった。


私は目の前に跪き、頭を垂れている国王の寂しい頭頂部を眺めながら、嫌味ったらしく問うた。

「陛下にお子さんがいらっしゃるかどうか存じ上げませんが、もし陛下のお子様が私と同じ目にあったら、どうお思いになられますか?」

「そ、それは……そこまでは考えが至らなかった。すまない。…そなたにも、そなたの家族にも申し訳のないことを…」

国王が後悔の念を滲ませながら「そなたにも元の世界で為したかった事があっただろうに」と呟かれた時、怒りが爆発した。

「当たり前だ!日本の受験戦争舐めんなよ!今までずっとやりたい事も我慢して、只管真面目に勉強してきたってのに!今まで我慢してきた分、これからたくさん楽しもうと思ってたのに!今まで私が勉強に費やしてきた時間を返して!後悔なんてするなら、初めから召喚なんてしないでよ!」

私は大声で国王をそう怒鳴りつけていた。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

いい子ちゃんなんて嫌いだわ

F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが 聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。 おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。 どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。 それが優しさだと思ったの?

【完結】不貞された私を責めるこの国はおかしい

春風由実
恋愛
婚約者が不貞をしたあげく、婚約破棄だと言ってきた。 そんな私がどうして議会に呼び出され糾弾される側なのでしょうか? 婚約者が不貞をしたのは私のせいで、 婚約破棄を命じられたのも私のせいですって? うふふ。面白いことを仰いますわね。 ※最終話まで毎日一話更新予定です。→3/27完結しました。 ※カクヨムにも投稿しています。

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

元妻からの手紙

きんのたまご
恋愛
家族との幸せな日常を過ごす私にある日別れた元妻から一通の手紙が届く。

処理中です...