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第3話『賢者』なんてクソくらえ!
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今振り返れば、あの時の私は完全にパニック状態だったのだと思う。
私はお爺ちゃまに向かって「私が賢者なわけがない」と泣きじゃくり、「元の世界に帰せ」と喚き散らした。
私から見たら、神官長だというお爺ちゃまの方がよっぽど『賢者』らしく見えるのに。私の代わりにお爺ちゃまが『賢者』になればいい。
そうどんなに主張しても、お爺ちゃまは申し訳なさそうな顔で黙り込むだけ。私が落ち着きを取り戻しかける度、懲りずに説得してきた。
これまでの『賢者』達も皆最初は「自分は『賢者』ではない」と否定したが、結果的には、皆本物の『賢者』だったのだからと。
――ある時は長引く戦を終結させる知恵を。
――ある時は飢饉に苦しむ民を救う智慧を。
――また、ある時は大量逆殺を繰り返す愚王を諫める術を。
『賢者』達は、その時必要な知恵を人々に授け、国を救ってきた。正式な儀式を介して召喚されたのだから、私は紛れもなく本物の『賢者』なのだと、お爺ちゃまは言った。
そうは言われても役に立てる気がしない。そう言うと、存在するだけでもいいのだと言う。
『賢者』が召喚されたと聞くだけで、人々は安堵し、希望を持つ事ができるのだからと。
召喚されただけで希望が持てるって…。
それだけこの国の人達にとって、『賢者』の存在が大きいのだろう。
それはわかった。彼等が『賢者』を崇拝している事も。
だがしかし、そんなの私の知った事じゃない。そもそも勝手に私の人生を狂わせておいて、助けてもらえて当然だと思っている事自体信じられないし、許せない。
この国の人達がどう思おうが、私にとっては誘拐にあったようなものだ。
私の意を介さず、突然見知らぬ地に連れてこられたのだから。
私の人権を無視した非人道的行為だと思う。現代日本人として、基本的人権の尊重を強く求める。人権を蔑ろにするような国など、どうせ碌な国ではないのだから勝手に滅びればいい。
そんな私の怨嗟の声が聞こえているのかいないのか。海千山千のお爺ちゃまは申し訳なさそうにしつつも、どうにか私を説き伏せようとし続けた。
だから、話は平行線。
腹の虫がおさまらなかった私は、お爺ちゃまを部屋から追い出して、そのまま部屋に立てこもる事にした。
立てこもるとは言っても、厚手の布が欠けられているだけで扉がない。困った私は寝台横のローチェストを布の前に移動させ、その上に椅子を置いて、他者が侵入できないようバリケードを築いた。
お爺ちゃまを無視しながらバリケードを築く私を見て、出直した方がいいと判断したのだろう。慇懃に挨拶すると、姿を消した。
いざ部屋に独りになると、言いようのない不安と心細さに駆られ、涙が溢れ出した。
日が沈み、辺りが暗くなり始めると、石造りの部屋は急激に冷え込む。私は肌触りの悪い掛布を身体に巻き付けて暖を取りながら、元の世界にいる彼の事を思い出していた。
本来なら、今頃私は彼と一緒にディナーを楽しんでいる筈だった。私の誕生日を祝う為に、彼が奮発して少しお高いレストランを予約してくれたのだ。ずっと行ってみたいと思っていたお店だから、すごく楽しみにしていたのに。
店の予約はどうなったのだろう。
約束の時間に現れなかった私を、彼はどう思ったかな?怒った?呆れた?連絡がつかない状態だと分かれば、許してくれるかな?心配してくれるかな?
……彼に会いたい。大丈夫だよって抱き締めて欲しい。
泣きつかれたのか。いつの間にか私は、自分の身体を抱き締めながら眠りに落ちていた。
翌朝、部屋の外から召使らしき女性の声がした。夢落ちを期待していた私は、ひどくがっかりした。朝の支度も朝食も断り、寝台の上でうずくまる。
ふと屋外から人の声がした。その声に誘われるように、明かりがさしこむ小窓に近付いた。窓にはめられた緑がかった白ガラスは、一見くもりガラスのように見える。しかし、近くで見ると、厚みも一定ではないし、所々空気が入っている。機械で生産されている現代の物とは全く違った。
きっと生産技術の問題なのだろう。けれど…私は『賢者』らしいのに、それをどう改善すればいいのかなんて分からない。
溜息を吐きながら窓を開けると、少し先に外階段のある堅固な円筒形の塔が見えた。その奥には矢狭間のついた城壁もある。その風景を見ても、忙しなくそこを行き来している兵士らしき人達を見ても、私が時代も場所も異なる場所にいるのは明らかだった。
再び深い溜息を吐いた時、部屋の外からお爺ちゃまの声がした。
無視していると、お爺ちゃまが「国王陛下がこちらに足をお運びになるそうです」と告げた。
陛下が室内に入れるようバリケードを崩せと言われたが、私は一切返事をしなかった。
暫くすると、国王だという人がお付きの人を数人引き連れて現れた。
余程困っているのか。『賢者』を崇めているのか。国王は私を軽んじる事なく、とても真摯に応対した。私の憤りが伝わると平身低頭で謝り続け、それでもと助力を請う。
上から目線で命令でもしやがったら、不敬罪で処刑されようと一発殴ってやると心に決めていた私は、肩透かしを食らった気分だった。
私は目の前に跪き、頭を垂れている国王の寂しい頭頂部を眺めながら、嫌味ったらしく問うた。
「陛下にお子さんがいらっしゃるかどうか存じ上げませんが、もし陛下のお子様が私と同じ目にあったら、どうお思いになられますか?」
「そ、それは……そこまでは考えが至らなかった。すまない。…そなたにも、そなたの家族にも申し訳のないことを…」
国王が後悔の念を滲ませながら「そなたにも元の世界で為したかった事があっただろうに」と呟かれた時、怒りが爆発した。
「当たり前だ!日本の受験戦争舐めんなよ!今までずっとやりたい事も我慢して、只管真面目に勉強してきたってのに!今まで我慢してきた分、これからたくさん楽しもうと思ってたのに!今まで私が勉強に費やしてきた時間を返して!後悔なんてするなら、初めから召喚なんてしないでよ!」
私は大声で国王をそう怒鳴りつけていた。
私はお爺ちゃまに向かって「私が賢者なわけがない」と泣きじゃくり、「元の世界に帰せ」と喚き散らした。
私から見たら、神官長だというお爺ちゃまの方がよっぽど『賢者』らしく見えるのに。私の代わりにお爺ちゃまが『賢者』になればいい。
そうどんなに主張しても、お爺ちゃまは申し訳なさそうな顔で黙り込むだけ。私が落ち着きを取り戻しかける度、懲りずに説得してきた。
これまでの『賢者』達も皆最初は「自分は『賢者』ではない」と否定したが、結果的には、皆本物の『賢者』だったのだからと。
――ある時は長引く戦を終結させる知恵を。
――ある時は飢饉に苦しむ民を救う智慧を。
――また、ある時は大量逆殺を繰り返す愚王を諫める術を。
『賢者』達は、その時必要な知恵を人々に授け、国を救ってきた。正式な儀式を介して召喚されたのだから、私は紛れもなく本物の『賢者』なのだと、お爺ちゃまは言った。
そうは言われても役に立てる気がしない。そう言うと、存在するだけでもいいのだと言う。
『賢者』が召喚されたと聞くだけで、人々は安堵し、希望を持つ事ができるのだからと。
召喚されただけで希望が持てるって…。
それだけこの国の人達にとって、『賢者』の存在が大きいのだろう。
それはわかった。彼等が『賢者』を崇拝している事も。
だがしかし、そんなの私の知った事じゃない。そもそも勝手に私の人生を狂わせておいて、助けてもらえて当然だと思っている事自体信じられないし、許せない。
この国の人達がどう思おうが、私にとっては誘拐にあったようなものだ。
私の意を介さず、突然見知らぬ地に連れてこられたのだから。
私の人権を無視した非人道的行為だと思う。現代日本人として、基本的人権の尊重を強く求める。人権を蔑ろにするような国など、どうせ碌な国ではないのだから勝手に滅びればいい。
そんな私の怨嗟の声が聞こえているのかいないのか。海千山千のお爺ちゃまは申し訳なさそうにしつつも、どうにか私を説き伏せようとし続けた。
だから、話は平行線。
腹の虫がおさまらなかった私は、お爺ちゃまを部屋から追い出して、そのまま部屋に立てこもる事にした。
立てこもるとは言っても、厚手の布が欠けられているだけで扉がない。困った私は寝台横のローチェストを布の前に移動させ、その上に椅子を置いて、他者が侵入できないようバリケードを築いた。
お爺ちゃまを無視しながらバリケードを築く私を見て、出直した方がいいと判断したのだろう。慇懃に挨拶すると、姿を消した。
いざ部屋に独りになると、言いようのない不安と心細さに駆られ、涙が溢れ出した。
日が沈み、辺りが暗くなり始めると、石造りの部屋は急激に冷え込む。私は肌触りの悪い掛布を身体に巻き付けて暖を取りながら、元の世界にいる彼の事を思い出していた。
本来なら、今頃私は彼と一緒にディナーを楽しんでいる筈だった。私の誕生日を祝う為に、彼が奮発して少しお高いレストランを予約してくれたのだ。ずっと行ってみたいと思っていたお店だから、すごく楽しみにしていたのに。
店の予約はどうなったのだろう。
約束の時間に現れなかった私を、彼はどう思ったかな?怒った?呆れた?連絡がつかない状態だと分かれば、許してくれるかな?心配してくれるかな?
……彼に会いたい。大丈夫だよって抱き締めて欲しい。
泣きつかれたのか。いつの間にか私は、自分の身体を抱き締めながら眠りに落ちていた。
翌朝、部屋の外から召使らしき女性の声がした。夢落ちを期待していた私は、ひどくがっかりした。朝の支度も朝食も断り、寝台の上でうずくまる。
ふと屋外から人の声がした。その声に誘われるように、明かりがさしこむ小窓に近付いた。窓にはめられた緑がかった白ガラスは、一見くもりガラスのように見える。しかし、近くで見ると、厚みも一定ではないし、所々空気が入っている。機械で生産されている現代の物とは全く違った。
きっと生産技術の問題なのだろう。けれど…私は『賢者』らしいのに、それをどう改善すればいいのかなんて分からない。
溜息を吐きながら窓を開けると、少し先に外階段のある堅固な円筒形の塔が見えた。その奥には矢狭間のついた城壁もある。その風景を見ても、忙しなくそこを行き来している兵士らしき人達を見ても、私が時代も場所も異なる場所にいるのは明らかだった。
再び深い溜息を吐いた時、部屋の外からお爺ちゃまの声がした。
無視していると、お爺ちゃまが「国王陛下がこちらに足をお運びになるそうです」と告げた。
陛下が室内に入れるようバリケードを崩せと言われたが、私は一切返事をしなかった。
暫くすると、国王だという人がお付きの人を数人引き連れて現れた。
余程困っているのか。『賢者』を崇めているのか。国王は私を軽んじる事なく、とても真摯に応対した。私の憤りが伝わると平身低頭で謝り続け、それでもと助力を請う。
上から目線で命令でもしやがったら、不敬罪で処刑されようと一発殴ってやると心に決めていた私は、肩透かしを食らった気分だった。
私は目の前に跪き、頭を垂れている国王の寂しい頭頂部を眺めながら、嫌味ったらしく問うた。
「陛下にお子さんがいらっしゃるかどうか存じ上げませんが、もし陛下のお子様が私と同じ目にあったら、どうお思いになられますか?」
「そ、それは……そこまでは考えが至らなかった。すまない。…そなたにも、そなたの家族にも申し訳のないことを…」
国王が後悔の念を滲ませながら「そなたにも元の世界で為したかった事があっただろうに」と呟かれた時、怒りが爆発した。
「当たり前だ!日本の受験戦争舐めんなよ!今までずっとやりたい事も我慢して、只管真面目に勉強してきたってのに!今まで我慢してきた分、これからたくさん楽しもうと思ってたのに!今まで私が勉強に費やしてきた時間を返して!後悔なんてするなら、初めから召喚なんてしないでよ!」
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