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第六話 前前前世の私達。その④

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「だから私は車椅子に乗っていたんですね…」

「うん。僕も知らなかったんだけどね。そうみたいだ。…君の夫だった辺境伯もね。僕が勝手に逆恨みしていただけで、本当は僕なんかよりもよっぽど君に相応しい。とてもいい男だったよ」

ポツリと呟いた私に向かって寂しげに頷き、緑山さんはそっと目を伏せました。

憂いを帯びた切なげな目元。その縁を彩る長い睫毛が白磁の肌に影を落とし、匂い立つような色気を醸し出しています。
きっと一般女子なら垂涎もののシチュ。
ですが、私にはもう完全にキャパオーバー。
気が付けば、私は毛を逆立てた猫のように警戒心MAXで身を引いていました。

緑山さんはそんな私を困った顔をして笑って見ています。
その切なげな表情に少しだけ胸が痛みましたが、こんな小洒落た店の店内でパニックを起こすよりははるかにマシな筈!
そう思った私は視線を手元に落として、無理やり意識を切り替えました。



……それにしても、襲撃事件の時に助けてくださった辺境伯さんが、後の旦那様だなんて、少女漫画みたいでちょっと素敵じゃないですか!?

こういうのって大抵漫画だと、主人公はヒーロー…この場合、辺境伯さんですね…と昔どこかでお会いした事があって、その時からずっと想われてたりするんですよね。それで結婚してからは一途に愛されまくっちゃって。つまらないことで嫉妬なんかもされちゃったりしちゃって。
キャー!やっだ~!もう私、こういう溺愛もの!本当に大好物なんです!!

私もこんな感じの結婚だったら最高なのに!…とお花畑思考に陥りかけて、すぐに冷静さを取り戻しました。

何故なら、当時の私は心身共にズタボロ状態だったわけで、そんな私とあんな時期に結婚だなんて、罰ゲーム何ものでもないじゃないですか。


「もしかして辺境伯さんは、偶然私を助けちゃったせいで無理やり私を押し付けられちゃった感じですか?」

だとしたら、申し訳なさ過ぎます。辺境伯さんが不憫すぎる。
だって想像してみてください。もしある程度自分の腕に覚えがあったとしてですね。人が襲われている場面に遭遇したとします。しかも複数の男が寄って集って一人の女性を嬲っていたら、普通助けに入りますよね?
私なら腕に覚えがなくとも助けに入りますよ!

辺境伯さんはただ人として当然の事をしただけなんです。それなのに、秘密保持の為なのか何なのかわかりませんが、こんなお荷物を押し付けられて。いい迷惑じゃないですか。

いくら私が王家の血をひく公爵家の娘だろうが。絶世の美女だろうが。
子供が望めないどころか、緑山さんが近づくだけで取り乱して二階のバルコニーから飛び降りるくらい精神を病んでいたんですよ?その上、車椅子でしたしね。とんだ貧乏くじですよ!


「いや、何もそこまで自分の事を悪く言わなくても…。それに公爵…君の父上曰く、彼は君の襲撃が仕組まれたものだと覚るや否や、君の身の安全を確保する為に、自ら君を自分の領地に連れて行く事を提案してきたというし。だから決して一方的に君を押し付けたわけでは…。
彼は聡い男だったから、きっとすぐに隣国絡みだと察して彼なりに君の身を案じたんだろう」

「…それで父は彼の申し出にすぐ飛びついたんですか?」

「君を守る為にはそうせざるを得なかったんじゃないのかな。君の家の領地は隣国の目と鼻の先だったし。君を王都から遠ざける事が隣国あちらの要求でもあったそうだから。婚姻という形で君を彼のもとに送り出し、静養させるのが一番だと判断したんだろう」

「だからって…何も人を巻き込まなくたって。お荷物を押し付けられた方がどんな苦労をするか…」

私が両手で顔を覆って俯くと、頭上にポンと優しく手が載せられました。

「自分をお荷物だなんて言っちゃ駄目だよ、マリア。誰もそんな事は思っていなかったんだから。悔しいけど、この話を聞けば、皆がどれだけ君を大切にしていたか伝わるんじゃないかな?」

緑山さんは私の瞳を覗きこみながら、前前前世の父が私を嫁がせる時に私の身体を案じて、持参金とは別に多額の治療費を用意してくれていたこと。しかし、それを夫である辺境伯が、妻の面倒を見るのは夫の務めだと一切受け取らず、それ以上の額を使って環境を整え、私に最善の治療を受けさせていてくれていたことを教えてくれました。


ちょっと格好よすぎやしませんか?辺境伯さん!!
異世界という事でどちらにお墓があるのかわかりませんが、もう足を向けて眠れませんわ!
……今晩から立ったまま寝ようかしら?


ていうか、近ッ!?緑山さん顔が近過ぎます!!
国宝級の美貌の圧とキラキラを間近で浴びると目が潰れそうなので、もう少し離れていただいけますか?そして、頭から手を離してください。

そうお願いしようと口を開きかけたその時。


「あ、もしかして彼に惚れちゃった?でもよそ見は駄目だよマリア!君は僕だけを見てなきゃ!う~ん。やっぱり記憶がないなら、彼の話をしたのは悪手だったかな?…話を聞けば、マリアが彼をいい男だと思うのも当然だもんね?なんたって命の恩人だし。あんな莫大な額をこれ見よがしにマリアの為に使っちゃってさ。実は前から狙ってたんじゃないの?って疑いたくなったよね。なのに、指一本触れないとか紳士ぶっちゃって。女性ってああいう男に弱いからなぁ。……あの時の僕はいいとこなしだったしな。っていうか、あの時の僕も未熟だったかもしれないけど、そもそも全部あの女のせいなんだよ…」

緑山さんが澱んだ目をして独り言のようにボソボソと呟き続けます。

――怖っ!!

自嘲的に笑おうが、昏い目をしてようが、澱んだ目をしようが、損なう事のない美貌は純粋にすごいと感心しますが、闇落ちだけは勘弁していただきたいと切に願います。
だって…元が美しい分、怖さが倍増するんですもの。

今すぐこの場から全力で逃げ出していいでしょうか!?
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