33 / 33
第1章
光の道
しおりを挟む
ヒューマ邸での宴の夜は賑やかに更けていった。
多忙に過ごしている領主夫妻も今日ばかりは肩の荷を下ろして、領主騎士団長であるハイデアや関所長官のカルムと、自身の子どもたちの話や最近の王都の学園での話に花を咲かせている。
同年代の領主騎士団の副団長のマルコフと自警団団長のバッシュはお互いにまだ幼い子どもを育てている父同士、肩を組んで酒を飲み交わしており、早い段位会でご機嫌な様子になっていた。
まだまだ若手の関所副長官のキーネスと自警団副団長のハルツはヤツヒサの手伝いを申し出ていたが、ヤツヒサにやんわりと断られ今日の宴の席ばかりは気にせずに食べて飲んで、とお酌や給仕をされる側に回っていた。
リヒトとシキはというと賑やかなその席を眺めながら、二人でゆっくりといつもより豪華な料理の数々に舌鼓を打っていた。
リヒトとシキの席にヤツヒサがやってきて、汁物の椀を置いていく。
「ヤツヒサさん、本当に手伝わなくていいのですか?」
「ええ、私もあともう一品配膳しましたら、お席に参加しますので。気にしないで、料理を召し上がってくださいね」
「ヤツヒサさん、今日のお料理もおいしいです」
「シキ様、ありがとうございます。腕を振るった甲斐がございました」
ヤツヒサ、と次はヒューマに呼ばれたヤツヒサはさささっと主人の側に近寄って行った。だがどうやら杯を持たされたのはヤツヒサの方で、ヒューマがお酌をしながら、もう席についたらどうじゃ、と座らせようとしていた。
宴の席は次第に盛り上がり、大人たちの酒がどんどん進む中、領主婦人であるマリセルナがすすす、とリヒトとシキの席に歩み寄ってきた。
「リヒトさん、よかったらシキくんに提灯明かりを見せてあげたらどうかしら? 新節の夜にしか見れない景色だし、何より少し退屈にさせてしまっているようだから」
先ほどからシキはお腹が満たされたようで、ネロの父であるバッシュやマルコフ、若手勢のキーネスとハルツとも他愛ない話をしたあと、少しだけそわそわと外を気にかけていたようだった。
マリセルナにはすべてお見通しだったようで、はっとした顔になり赤面させたシキにふふふとおっとり笑いかけた。
「今日の大人たちはもうダメね、お酒がおいしくて仲間との話も盛り上がってしまっているわ。シキくんにとっては初めてのユーハイトでの新節だし、きれいな景色も見てもらいたいもの。リヒトさん、ぜひ彼を連れ出してあげて」
リヒトも少しだけこの賑やかな宴会を盛り下げたくなくて、離席のタイミングをどうしようかと悩んでいたところだったので、マリセルナの気遣いがとてもありがたかった。
「マリセルナさん、ありがとうございます。シキ、外に行くかい?」
「うん、提灯の明かり、見てみたい」
リヒトとシキは夫人に礼を伝え、ヤツヒサにだけそっと外出の旨を耳打ちしてヒューマ邸から出て街へと繰り出すことにした。
一旦自室に寄って外套を取り出してきた。落葉の季節は終わったとはいえ、夜の街はまだまだ冷え込んでいた。
白い息を吐きだしながら、ヒューマ邸の敷地の外へと向かう。
満月の夜ということもあり、青白い月の光も満ち、非常に明るい夜だった。
「わぁ……」
ヒューマ邸周辺の家々の玄関先に提灯の明かりが連なっていた。
普段は薄暗い通りも、道しるべのようにふんわりとした橙の明かりが零れ落ち、道や家を照らしている。
「この景色、高いところから見たらとても綺麗なんだろうね。領主城の物見塔も、今日ばかりは絶好の景色だろうな」
リヒトが明かりの灯された、背の高い領主城の物見塔を指してシキに話しかけた。
シキはというと、北の森の方とリヒトとを見比べ、何かもごもごと言いたそうにしている。
「シキ?」
「あのね、リヒトさん。少し森に行ってもいい?」
「リヒトさん、これ」
「……これは」
北区の森の入り口近くの沢に、中央の黄色い筒状花の周囲を白い花弁が囲う花が咲いていた。花は沢周辺に群生しているようだった。
「マトリカリアだね、寒さに強い花だ」
「この花をね、リヒトさんにも見てもらいたかったんだ」
「これを?」
「ヤツヒサさんから教わったんだ。この花の花言葉に『仲直り』って意味もあるんだって」
くるりとこちらを向いたシキの顔は、少しだけ垂れ下がった眉をしており、ぎゅっと目を瞑って、そのまま勢いよく頭を下げた。
「リヒトさん、あの夜は、ごめんなさい。せっかく、僕のことを考えてくれたのに……言い返してしまって……」
「シキ、それはおあいこだよ。私も、とても大人げなかった」
リヒトはシキのもとに歩み寄ると、屈みこんでシキと目線を合わせる。下げていた頭を上げるように、シキの頬を両手で挟むように持つ。そうすることでようやくシキはリヒトの方をまっすぐに見てくれた。
「マトリカリアを探してくれたんだよね、ありがとう。この花は私もとても好きな花なんだ。『仲直り』という意味以外にも花言葉があることは教わったかい?」
「リヒトさんと仲直りしたら教えてもらうといいですよ、ってヤツヒサさんが」
「ふふ、ヤツヒサさんらしいね。……『逆境に耐える』という意味もあるんだ。寒さにも負けず、雨風にも耐えて、踏まれたってちゃんと育つ強い花なんだ」
花の中では小ぶりな愛らしい花なのに、力強い生命力を持った花は、お茶としても美味しく飲めて、薬草としても非常に頼もしい草花だ。
父と共に王都を離れ、大陸の東端のこのユーハイトにやってきたときに、この花の存在を教えてもらった。
「小さい花なのに、強く生きていてすごいなと思ったんだ。負けてられないなって」
リヒトは外套のポケットから紙袋を取り出した。先日花屋で見つけて、購入したものだった。
「……考えることが同じすぎて、びっくりしたよ」
「リヒトさん、これは?」
シキに紙袋を差し出した。とつぜん差し出されたものを、シキは不思議そうに見つめている。
「マトリカリアの種だよ。シキと一緒に、シンハ樹海のあの家で育てたいなって。私とも『仲直り』してくれるかい?」
「……うん、うん!! 僕、育ててみたい……!!」
シキが破顔する。夜なのに、ひときわ眩しい表情だった。
しばらく森から街の方の明かりを眺めていたが、ふとシキがいたずらっぽく微笑んで、リヒトに話しかけてきた。
「リヒトさん、ちょっといけないことを思いついたんだけど……」
こそこそと誰もいないのにシキはリヒトに耳打ちをした。
「何かと思えば……うーん、まぁ、夜だし、ユーハイトの近辺だけにするのと、あんまり長くならないようにすれば、まぁ……」
レイセルの家からも管理人の家からも少しだけ距離を置いたこの場所は、今の時間ではリヒトとシキの二人しかいなかった。
木々が開けた場所まで少し移動して、シキはいたずらっぽく笑う。
「爺様にダメって言われてたけど、ダメな理由って目立っちゃうからだよね? こっそりなら、少しだけならいいよね?」
「まぁ、いいか。今日だけは特別だよ!」
シキはリヒトから少し距離を取ると、目を閉じた。
淡く光の粒子が舞い、シキは黒竜へと変化した。
出会ったときに一度だけ見た、美しい一体の竜はリヒトよりも圧倒的に大きい。先ほどまで小さな人型の姿だったシキとは比べ物にならないが、竜の中でもまだまだ小柄な方なのだろうと思う。
「闇に紛れるにはぴったりかもしれないね。さ、私はここで待っているから、上空から眺めておいで」
リヒトより頭二つほども高い位置にきろりとした双眸の琥珀色の瞳がある。このつぶらな瞳だけは人型のシキと同じような輝き方をしていた。
≪リヒトさん、背中に乗って!≫
「え?」
竜体の時のシキは念話ができるようで、リヒトの頭の中に直接声が響いてきた。目の前の巨体から、いつものシキの声が聞こえる違和感を感じつつも、突然の提案に驚く。
≪せっかくだから、リヒトさんともこの景色、高いところから見てみたいんだ……だめ?≫
竜の体でありながら、大きな姿で首をこてんと倒してお伺いのポーズをされてしまう。聞こえる声はいつものシキなので、荘厳な竜の見た目であるにも関わらず、かわいさしか無かった。
「乗って、いいのかい?」
≪うん! 落ちないように羽根の付け根、しっかり持ってもらったら大丈夫だと思う!≫
うれしそうにシキである黒竜が弾んだ声で返事をし、リヒトに傅く。リヒトはそっとシキの背に跨った。
しっかりと着込んできたつもりだが、上空は空気が刺すように冷たかった。
だが。
≪わあ~~~、リヒトさん! 見える!? すごい、すごーい!!≫
弾んだ声が頭の中に響いてくる。
眼下に広がるのは、道しるべのように連なる提灯の明かりたちだった。家々を照らし、その数だけ人々の暮らしがあることが明かりによって浮かび上がる。
美しい南区の港町には海辺にもいくつもの明かりがあった。住宅街や商店の連なる西区と貴族街の東区は対をなすように煌びやかで、中央区は河川沿いには、明かりを眺めに散策をする人々がいるようだった。領主城もいくつも明かりが照らされており、石造りの荘厳な城が闇に浮かび上がっており、さらに神秘さをまとっているようだった。
街が一つの宝石のようにきらきらと光っている。
光の道が続いている。
「こんな景色、私も生まれて初めて見たよ」
一人では見ることができなかった景色が少しだけ滲んで見えてきた。寒さのせいだろうか。
≪リヒトさん、きれいだね≫
「シキ、ありがとう。この景色を見れて、よかった」
父と二人この地にやってきたことも、植物に興味が沸き薬屋をやり始めたことも、すべてがこの日のためにやってきたことだったのではないかと思えた。
すべてはシキが樹海にまで逃げ込んできて、それを救ったあの日に続いていた光の道だった。
多忙に過ごしている領主夫妻も今日ばかりは肩の荷を下ろして、領主騎士団長であるハイデアや関所長官のカルムと、自身の子どもたちの話や最近の王都の学園での話に花を咲かせている。
同年代の領主騎士団の副団長のマルコフと自警団団長のバッシュはお互いにまだ幼い子どもを育てている父同士、肩を組んで酒を飲み交わしており、早い段位会でご機嫌な様子になっていた。
まだまだ若手の関所副長官のキーネスと自警団副団長のハルツはヤツヒサの手伝いを申し出ていたが、ヤツヒサにやんわりと断られ今日の宴の席ばかりは気にせずに食べて飲んで、とお酌や給仕をされる側に回っていた。
リヒトとシキはというと賑やかなその席を眺めながら、二人でゆっくりといつもより豪華な料理の数々に舌鼓を打っていた。
リヒトとシキの席にヤツヒサがやってきて、汁物の椀を置いていく。
「ヤツヒサさん、本当に手伝わなくていいのですか?」
「ええ、私もあともう一品配膳しましたら、お席に参加しますので。気にしないで、料理を召し上がってくださいね」
「ヤツヒサさん、今日のお料理もおいしいです」
「シキ様、ありがとうございます。腕を振るった甲斐がございました」
ヤツヒサ、と次はヒューマに呼ばれたヤツヒサはさささっと主人の側に近寄って行った。だがどうやら杯を持たされたのはヤツヒサの方で、ヒューマがお酌をしながら、もう席についたらどうじゃ、と座らせようとしていた。
宴の席は次第に盛り上がり、大人たちの酒がどんどん進む中、領主婦人であるマリセルナがすすす、とリヒトとシキの席に歩み寄ってきた。
「リヒトさん、よかったらシキくんに提灯明かりを見せてあげたらどうかしら? 新節の夜にしか見れない景色だし、何より少し退屈にさせてしまっているようだから」
先ほどからシキはお腹が満たされたようで、ネロの父であるバッシュやマルコフ、若手勢のキーネスとハルツとも他愛ない話をしたあと、少しだけそわそわと外を気にかけていたようだった。
マリセルナにはすべてお見通しだったようで、はっとした顔になり赤面させたシキにふふふとおっとり笑いかけた。
「今日の大人たちはもうダメね、お酒がおいしくて仲間との話も盛り上がってしまっているわ。シキくんにとっては初めてのユーハイトでの新節だし、きれいな景色も見てもらいたいもの。リヒトさん、ぜひ彼を連れ出してあげて」
リヒトも少しだけこの賑やかな宴会を盛り下げたくなくて、離席のタイミングをどうしようかと悩んでいたところだったので、マリセルナの気遣いがとてもありがたかった。
「マリセルナさん、ありがとうございます。シキ、外に行くかい?」
「うん、提灯の明かり、見てみたい」
リヒトとシキは夫人に礼を伝え、ヤツヒサにだけそっと外出の旨を耳打ちしてヒューマ邸から出て街へと繰り出すことにした。
一旦自室に寄って外套を取り出してきた。落葉の季節は終わったとはいえ、夜の街はまだまだ冷え込んでいた。
白い息を吐きだしながら、ヒューマ邸の敷地の外へと向かう。
満月の夜ということもあり、青白い月の光も満ち、非常に明るい夜だった。
「わぁ……」
ヒューマ邸周辺の家々の玄関先に提灯の明かりが連なっていた。
普段は薄暗い通りも、道しるべのようにふんわりとした橙の明かりが零れ落ち、道や家を照らしている。
「この景色、高いところから見たらとても綺麗なんだろうね。領主城の物見塔も、今日ばかりは絶好の景色だろうな」
リヒトが明かりの灯された、背の高い領主城の物見塔を指してシキに話しかけた。
シキはというと、北の森の方とリヒトとを見比べ、何かもごもごと言いたそうにしている。
「シキ?」
「あのね、リヒトさん。少し森に行ってもいい?」
「リヒトさん、これ」
「……これは」
北区の森の入り口近くの沢に、中央の黄色い筒状花の周囲を白い花弁が囲う花が咲いていた。花は沢周辺に群生しているようだった。
「マトリカリアだね、寒さに強い花だ」
「この花をね、リヒトさんにも見てもらいたかったんだ」
「これを?」
「ヤツヒサさんから教わったんだ。この花の花言葉に『仲直り』って意味もあるんだって」
くるりとこちらを向いたシキの顔は、少しだけ垂れ下がった眉をしており、ぎゅっと目を瞑って、そのまま勢いよく頭を下げた。
「リヒトさん、あの夜は、ごめんなさい。せっかく、僕のことを考えてくれたのに……言い返してしまって……」
「シキ、それはおあいこだよ。私も、とても大人げなかった」
リヒトはシキのもとに歩み寄ると、屈みこんでシキと目線を合わせる。下げていた頭を上げるように、シキの頬を両手で挟むように持つ。そうすることでようやくシキはリヒトの方をまっすぐに見てくれた。
「マトリカリアを探してくれたんだよね、ありがとう。この花は私もとても好きな花なんだ。『仲直り』という意味以外にも花言葉があることは教わったかい?」
「リヒトさんと仲直りしたら教えてもらうといいですよ、ってヤツヒサさんが」
「ふふ、ヤツヒサさんらしいね。……『逆境に耐える』という意味もあるんだ。寒さにも負けず、雨風にも耐えて、踏まれたってちゃんと育つ強い花なんだ」
花の中では小ぶりな愛らしい花なのに、力強い生命力を持った花は、お茶としても美味しく飲めて、薬草としても非常に頼もしい草花だ。
父と共に王都を離れ、大陸の東端のこのユーハイトにやってきたときに、この花の存在を教えてもらった。
「小さい花なのに、強く生きていてすごいなと思ったんだ。負けてられないなって」
リヒトは外套のポケットから紙袋を取り出した。先日花屋で見つけて、購入したものだった。
「……考えることが同じすぎて、びっくりしたよ」
「リヒトさん、これは?」
シキに紙袋を差し出した。とつぜん差し出されたものを、シキは不思議そうに見つめている。
「マトリカリアの種だよ。シキと一緒に、シンハ樹海のあの家で育てたいなって。私とも『仲直り』してくれるかい?」
「……うん、うん!! 僕、育ててみたい……!!」
シキが破顔する。夜なのに、ひときわ眩しい表情だった。
しばらく森から街の方の明かりを眺めていたが、ふとシキがいたずらっぽく微笑んで、リヒトに話しかけてきた。
「リヒトさん、ちょっといけないことを思いついたんだけど……」
こそこそと誰もいないのにシキはリヒトに耳打ちをした。
「何かと思えば……うーん、まぁ、夜だし、ユーハイトの近辺だけにするのと、あんまり長くならないようにすれば、まぁ……」
レイセルの家からも管理人の家からも少しだけ距離を置いたこの場所は、今の時間ではリヒトとシキの二人しかいなかった。
木々が開けた場所まで少し移動して、シキはいたずらっぽく笑う。
「爺様にダメって言われてたけど、ダメな理由って目立っちゃうからだよね? こっそりなら、少しだけならいいよね?」
「まぁ、いいか。今日だけは特別だよ!」
シキはリヒトから少し距離を取ると、目を閉じた。
淡く光の粒子が舞い、シキは黒竜へと変化した。
出会ったときに一度だけ見た、美しい一体の竜はリヒトよりも圧倒的に大きい。先ほどまで小さな人型の姿だったシキとは比べ物にならないが、竜の中でもまだまだ小柄な方なのだろうと思う。
「闇に紛れるにはぴったりかもしれないね。さ、私はここで待っているから、上空から眺めておいで」
リヒトより頭二つほども高い位置にきろりとした双眸の琥珀色の瞳がある。このつぶらな瞳だけは人型のシキと同じような輝き方をしていた。
≪リヒトさん、背中に乗って!≫
「え?」
竜体の時のシキは念話ができるようで、リヒトの頭の中に直接声が響いてきた。目の前の巨体から、いつものシキの声が聞こえる違和感を感じつつも、突然の提案に驚く。
≪せっかくだから、リヒトさんともこの景色、高いところから見てみたいんだ……だめ?≫
竜の体でありながら、大きな姿で首をこてんと倒してお伺いのポーズをされてしまう。聞こえる声はいつものシキなので、荘厳な竜の見た目であるにも関わらず、かわいさしか無かった。
「乗って、いいのかい?」
≪うん! 落ちないように羽根の付け根、しっかり持ってもらったら大丈夫だと思う!≫
うれしそうにシキである黒竜が弾んだ声で返事をし、リヒトに傅く。リヒトはそっとシキの背に跨った。
しっかりと着込んできたつもりだが、上空は空気が刺すように冷たかった。
だが。
≪わあ~~~、リヒトさん! 見える!? すごい、すごーい!!≫
弾んだ声が頭の中に響いてくる。
眼下に広がるのは、道しるべのように連なる提灯の明かりたちだった。家々を照らし、その数だけ人々の暮らしがあることが明かりによって浮かび上がる。
美しい南区の港町には海辺にもいくつもの明かりがあった。住宅街や商店の連なる西区と貴族街の東区は対をなすように煌びやかで、中央区は河川沿いには、明かりを眺めに散策をする人々がいるようだった。領主城もいくつも明かりが照らされており、石造りの荘厳な城が闇に浮かび上がっており、さらに神秘さをまとっているようだった。
街が一つの宝石のようにきらきらと光っている。
光の道が続いている。
「こんな景色、私も生まれて初めて見たよ」
一人では見ることができなかった景色が少しだけ滲んで見えてきた。寒さのせいだろうか。
≪リヒトさん、きれいだね≫
「シキ、ありがとう。この景色を見れて、よかった」
父と二人この地にやってきたことも、植物に興味が沸き薬屋をやり始めたことも、すべてがこの日のためにやってきたことだったのではないかと思えた。
すべてはシキが樹海にまで逃げ込んできて、それを救ったあの日に続いていた光の道だった。
0
お気に入りに追加
8
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
魔女占いのミミー
緑川らあず
ファンタジー
ミミー・シルヴァーは修行中の13歳の見習い魔女。
女王シビラが治める魔女の王国で、同じシルヴァーの姓の家族たちと暮らしながら、正式に魔女となるために日々勉強を続けていた。
新たな年を迎えて、ミミーはついに人間の村へ修行に出ることになった。不安と期待に胸をどきどきさせながら、黒ネコのパステットとともに、ほうきに乗って飛び立つミミー。
初めての村では、魔女を珍しがる人々となかなか打ち解けられず、とまどい、ときに悩みながらもミミーは魔女としての自分を見つめ、少しずつ成長してゆく。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつまりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。
運命の時・・アリサ・・そしてアリシア姫とアジェンダ王の物語
のの(まゆたん)
ファンタジー
2011年の暮れの出来事だった…日本の福岡
野崎有紗(のざき・ありさ)
アリサに運命の時が訪れた
先触れは…鏡に映った自分の姿…
そこに映ったのは二つの姿…
転生後の黒猫耳の美少女アリサに…
見たこともない
長い耳をした青い瞳の美しい女性
出現したアジェンダはアリサに愛を告げ…
二人のアーシュ
短い髪の方
本来の運命を辿った
アーシュはアリサに謎めいた言葉をかけた
アリサ…お前は俺の方に属する…転生すれば兄のアシャルはいない…
アラシャもだ…
運命の時が迫ってる
さて…どうしたものか?
避けらないな
今回逃れても…既に運命は定まってる
逃れた時は別の形で…
バステイルと俺の方のアジェンダ様の話が
本当に間違いないならいいのだが…
そして…やかて物語は鏡に映ったもう一人の人物
長い耳と青い瞳の美しい女性
古代の時代で生涯を送った
アリシア姫の運命を告げる
アリシアは 黒の貴族の娘として生まれながら
父の犯した 重い罪で わずか7歳で奴隷の下働きとして
こき使われていた・・・
15歳になると 高級売春館に売られてしまう
だが・・・
街道で 最高地位であるこの国の王と出会う・・
黒の王・・冷酷な火焔の王アジェンダが彼女に
亡き母や惨殺された妹の面影を見て・・・
・・・・腐女子な私 転生して貧民で王女になりましたが・・美人な兄が弄ばれて(涙)の続編です^^;
婚約破棄されたので暗殺される前に国を出ます。
なつめ猫
ファンタジー
公爵家令嬢のアリーシャは、我儘で傲慢な妹のアンネに婚約者であるカイル王太子を寝取られ学院卒業パーティの席で婚約破棄されてしまう。
そして失意の内に王都を去ったアリーシャは行方不明になってしまう。
そんなアリーシャをラッセル王国は、総力を挙げて捜索するが何の成果も得られずに頓挫してしまうのであった。
彼女――、アリーシャには王国の重鎮しか知らない才能があった。
それは、世界でも稀な大魔導士と、世界で唯一の聖女としての力が備わっていた事であった。
【完結】7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です
岡崎 剛柔
恋愛
「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」
私は7年間も諸外国の旅行に行っていたグルドンにそう言われて婚約破棄された。
しかも貴族たちを大勢集めたパーティーの中で。
しかも私を年増呼ばわり。
はあ?
あなたが勝手に旅行に出て帰って来なかったから、私はこの年までずっと結婚できずにいたんですけど!
などと私の怒りが爆発しようだったとき、グルドンは新たな人間と婚約すると言い出した。
その新たな婚約者は何とタキシードを着た、6、7歳ぐらいの貴族子息で……。
狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる