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第1章
ヒューマ邸二日目1
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ヒューマ邸で過ごすことになった二日目。
鍛錬中に眠りに落ちてからそのままずっと畳の間で眠っていたシキは翌朝目覚めた。
なかなか起きないのでリヒトはそわそわと心配していたが、ヤツヒサと朝食の支度をしていたところに、ぽてぽてと眠気まなこのシキがやってきたのだった。
ここは……?と不思議そうな顔のままで、ぐう、と盛大に腹の虫を鳴かせたシキに朝食後に経緯を説明することにした。
ヒューマ邸の座敷にてお膳を用意していると、昨夜遅くに帰ってきていたヒューマがくたびれた顔で顔を出した。
「皆、おはよう。ヤツヒサ、ありがとうな。シキにリヒト、よく眠れたか?」
「おはようございます、ヒューマ殿。昨夜は遅かったようでちゃんとした御礼もままならず、すみません。シキはあの後そのままぐっすりで。今から経緯を話すところでした」
「おはようございます、お師匠さま」
「うむ、顔色も良さそうじゃな。無理をさせてしまって、すまなかったな」
ヒューマはシキの前で屈むと、ぽんぽんと少し寝癖のある小さな頭を撫でた。
そのあとリヒトを見つめて案じた表情で告げる。
「レイセルから聞いたが、彼奴等に遭遇したとな?」
「……あ」
朝食の配膳が終わり、ヒューマもお膳の前に胡座で座り込んだ。温かいうちにお召し上がりください、とヤツヒサがすすめてくれたので、食前の挨拶を小さく呟き、それぞれ箸をつけることにした。
昨夜、買い出し品と旅荷物をどっさりと抱えたリヒトとレイセルはヒューマ邸に二人揃って帰ってきた。ヤツヒサと二言三言会話を交わしたレイセルは、お夕飯でも如何ですか?というヤツヒサの誘いを断り、そのままヒューマ邸を後にした。
どうやらその後、ヒューマが行っていた騎士団と自警団の会合に報告しに向かったようだった。
「レイセルが、リヒトが遭遇したと告げに来た。肝を冷やしたわい、何事も無かったようじゃが今度から出掛ける時はヤツヒサと共に行くようにな。儂もシキがここで過ごす間はなるべく邸に居て、目を光らせておるからの」
「シキ様を一人にさせては不安でしたが、必要な時にリヒト様の側におれず、申し訳ございません」
全員分のお茶を淹れてくれたヤツヒサはリヒトへと深々と頭を下げた。リヒトが慌てて顔を上げるように伝える。
「いえ、そもそも私が買い出しを承りましたし、ヤツヒサさんは何も悪くないですよ! それにほら、何事も無かったですし、次からは充分に気をつけます」
ヒューマ邸でしばらくの間匿ってもらうことになった理由を聞いたシキは、黙って俯いていた。シキの翳った顔を見て不安を覚えたリヒトは声を掛ける。
「シキ、とりあえず此処にいればヒューマ殿やヤツヒサさんも居るから安心だよ」
「……僕のせい、だよね?」
遠く、通りを通る馬車を轢く馬の嘶きが聞こえる。世界が止まったかのように思えたが、きちんと時間は進んでいることに気付かされる。
思い詰めた顔のシキは震えていた。
「僕が、鳥さんと話したりしてみたい、とか、そう思ったから領都に来ることになって、でも、結局危ない人たちも着いてきちゃったから、警備の人たちにも、師匠さまにも、迷惑をかけて……」
握りこんで白くなった小さな手を、リヒトはそっと握る。
「シキ、それは違うよ」
「リヒト、さん……」
顔を上げたシキにリヒトは微笑みかける。ヒューマも、ヤツヒサも同じような顔をシキに向けていた。
「まだ確実な証拠が無いけれど、シキを攫った連中は犯罪者であることは間違いが無い。シキはただ逃げてきて、それを私が助けた。そしてこのユーハイトに来ることになった経緯についても、たしかにきっかけはシキだったかもしれない。でも、彼らと遭遇したのはきっと偶然さ」
シンハ樹海からユーハイトまでは陸路で移動すると五日程度は距離がある。それを高速で移動する渡り鳥の背に乗って丸一日ほどかけての空路での移動だ。後を付けようにも陸路からでは追いつかない。もともと連中が領都近くの街道まで移動して来ていたのだろう。
「シキのせいでは無いよ、悪いのは罪を犯している彼らだ。領都の警備が手厚くなることについては、領民や善良な滞在者を守るためだよ」
きゅっ、と優しく力を込めてシキの小さな手を握る。少しだけ体温を取り戻した手にそっとリヒトは息をつく。
ヒューマやヤツヒサも同意するように頷いていた。
「とはいえ、シキ様がここに居ることが彼らに知られないように動かねばなりませんね」
ヤツヒサが困り顔で呟く。初日はシキとヒューマのマンツーマンの指導だったが、普段は地域の子どもたちや、非番の自警団が立ち寄る場所だ。人の出入りのある場所だからこそ、人伝にシキのことが伝わってしまうかもしれない。
「奴らを捕縛できない理由は、現状証拠が無いことじゃの。所持の禁じられた魔封じの魔道具でも奴らから見つかれば正当な理由になるんじゃがな。関所の手荷物検査では見つからなかったそうじゃ」
「簡単に見つかるように所持して入領はしませんよね……逆に証拠さえあれば捕まえられるのですか?」
ヒューマの説明にヤツヒサが問う。証拠を作ってしまえばいいのでは?と、暗に言っているように聞こえたが幻聴だろう。
「……僕が顔を覚えているから、この人です!って言ってもダメなの?」
「シキ、それは危ないから絶対にやめてね!」
「あとは彼らが早く領都から出て頂ければ治外法権となりますので、なんでも出来るのですが......」
ヤツヒサは朗らかな顔のまま、明らかに舌打ちをしていたが恐らくこれも幻覚と幻聴だろう。
「何日かの辛抱じゃ。そう長くは無い日数で片が付くはずじゃ」
ヒューマはシキに笑いかけた。何か勝算でもあるような、確信めいた言葉にヒューマ殿がそう言うのであれば、と一旦その話題を終わらせた。
「世界地図ですか? 古いものですが、ございますよ」
「本当ですか! 良ければお借りしたいのですが......」
朝食が終わり、ヒューマとシキは午前の鍛錬のために道場へと向かった。今日は魔力循環とは別に体術も少し訓練するらしい。シキは昨日寝落ちてしまったことを悔しく思っているらしく、今日こそは、と息巻いている。
無理せずにね、とシキに声を掛けたリヒトはヤツヒサの仕事を手伝っていた。洗濯を干し終わり、洗濯籠と桶を水洗いして片付けていたところだ。布で桶を拭きながら、リヒトはヤツヒサに世界地図の有無を訊ねていた。
「シキ様に世界情勢などをお伝えするのですか?」
「そうですね、せめてアレスティア王国の全域などは教えておこうかと。あとは竜人族がいるかもしれませんし、隣国のランダイン帝国の主要都市くらいは教えておきたくて」
「それは良いですね。もしも機会がありましたら私も祖国のことをお話しましょう」
ヤツヒサはランダイン帝国より更に北方にある国の生まれだ。人族のみの国だが、体術を磨き、占術等を幼い頃から学ぶ民族であったと聞いている。ヤツヒサ自身、他国に要人警護の依頼を受けては派遣されるような日々を過ごしており、ヒューマに出会うまでは様々な国を渡っていたそうだ。
「現役時代の話ならば話すネタは尽きませんので」
「色々国を見られてるヤツヒサさんならばシキも学びが多いと思います、よろしくお願いします」
にっこりと微笑むヤツヒサにリヒトも笑みを返した。どんな冒険譚が飛び出すのか、リヒト自身も物凄く興味がある。
「そろそろ午前の鍛錬もキリが着くでしょうし、昼餉の準備をしましょうか。リヒト様、手伝って頂けますか?」
「もちろんです!」
リヒトとヤツヒサは水場を後にして、屋敷の調理場へと歩いて行った。
鍛錬中に眠りに落ちてからそのままずっと畳の間で眠っていたシキは翌朝目覚めた。
なかなか起きないのでリヒトはそわそわと心配していたが、ヤツヒサと朝食の支度をしていたところに、ぽてぽてと眠気まなこのシキがやってきたのだった。
ここは……?と不思議そうな顔のままで、ぐう、と盛大に腹の虫を鳴かせたシキに朝食後に経緯を説明することにした。
ヒューマ邸の座敷にてお膳を用意していると、昨夜遅くに帰ってきていたヒューマがくたびれた顔で顔を出した。
「皆、おはよう。ヤツヒサ、ありがとうな。シキにリヒト、よく眠れたか?」
「おはようございます、ヒューマ殿。昨夜は遅かったようでちゃんとした御礼もままならず、すみません。シキはあの後そのままぐっすりで。今から経緯を話すところでした」
「おはようございます、お師匠さま」
「うむ、顔色も良さそうじゃな。無理をさせてしまって、すまなかったな」
ヒューマはシキの前で屈むと、ぽんぽんと少し寝癖のある小さな頭を撫でた。
そのあとリヒトを見つめて案じた表情で告げる。
「レイセルから聞いたが、彼奴等に遭遇したとな?」
「……あ」
朝食の配膳が終わり、ヒューマもお膳の前に胡座で座り込んだ。温かいうちにお召し上がりください、とヤツヒサがすすめてくれたので、食前の挨拶を小さく呟き、それぞれ箸をつけることにした。
昨夜、買い出し品と旅荷物をどっさりと抱えたリヒトとレイセルはヒューマ邸に二人揃って帰ってきた。ヤツヒサと二言三言会話を交わしたレイセルは、お夕飯でも如何ですか?というヤツヒサの誘いを断り、そのままヒューマ邸を後にした。
どうやらその後、ヒューマが行っていた騎士団と自警団の会合に報告しに向かったようだった。
「レイセルが、リヒトが遭遇したと告げに来た。肝を冷やしたわい、何事も無かったようじゃが今度から出掛ける時はヤツヒサと共に行くようにな。儂もシキがここで過ごす間はなるべく邸に居て、目を光らせておるからの」
「シキ様を一人にさせては不安でしたが、必要な時にリヒト様の側におれず、申し訳ございません」
全員分のお茶を淹れてくれたヤツヒサはリヒトへと深々と頭を下げた。リヒトが慌てて顔を上げるように伝える。
「いえ、そもそも私が買い出しを承りましたし、ヤツヒサさんは何も悪くないですよ! それにほら、何事も無かったですし、次からは充分に気をつけます」
ヒューマ邸でしばらくの間匿ってもらうことになった理由を聞いたシキは、黙って俯いていた。シキの翳った顔を見て不安を覚えたリヒトは声を掛ける。
「シキ、とりあえず此処にいればヒューマ殿やヤツヒサさんも居るから安心だよ」
「……僕のせい、だよね?」
遠く、通りを通る馬車を轢く馬の嘶きが聞こえる。世界が止まったかのように思えたが、きちんと時間は進んでいることに気付かされる。
思い詰めた顔のシキは震えていた。
「僕が、鳥さんと話したりしてみたい、とか、そう思ったから領都に来ることになって、でも、結局危ない人たちも着いてきちゃったから、警備の人たちにも、師匠さまにも、迷惑をかけて……」
握りこんで白くなった小さな手を、リヒトはそっと握る。
「シキ、それは違うよ」
「リヒト、さん……」
顔を上げたシキにリヒトは微笑みかける。ヒューマも、ヤツヒサも同じような顔をシキに向けていた。
「まだ確実な証拠が無いけれど、シキを攫った連中は犯罪者であることは間違いが無い。シキはただ逃げてきて、それを私が助けた。そしてこのユーハイトに来ることになった経緯についても、たしかにきっかけはシキだったかもしれない。でも、彼らと遭遇したのはきっと偶然さ」
シンハ樹海からユーハイトまでは陸路で移動すると五日程度は距離がある。それを高速で移動する渡り鳥の背に乗って丸一日ほどかけての空路での移動だ。後を付けようにも陸路からでは追いつかない。もともと連中が領都近くの街道まで移動して来ていたのだろう。
「シキのせいでは無いよ、悪いのは罪を犯している彼らだ。領都の警備が手厚くなることについては、領民や善良な滞在者を守るためだよ」
きゅっ、と優しく力を込めてシキの小さな手を握る。少しだけ体温を取り戻した手にそっとリヒトは息をつく。
ヒューマやヤツヒサも同意するように頷いていた。
「とはいえ、シキ様がここに居ることが彼らに知られないように動かねばなりませんね」
ヤツヒサが困り顔で呟く。初日はシキとヒューマのマンツーマンの指導だったが、普段は地域の子どもたちや、非番の自警団が立ち寄る場所だ。人の出入りのある場所だからこそ、人伝にシキのことが伝わってしまうかもしれない。
「奴らを捕縛できない理由は、現状証拠が無いことじゃの。所持の禁じられた魔封じの魔道具でも奴らから見つかれば正当な理由になるんじゃがな。関所の手荷物検査では見つからなかったそうじゃ」
「簡単に見つかるように所持して入領はしませんよね……逆に証拠さえあれば捕まえられるのですか?」
ヒューマの説明にヤツヒサが問う。証拠を作ってしまえばいいのでは?と、暗に言っているように聞こえたが幻聴だろう。
「……僕が顔を覚えているから、この人です!って言ってもダメなの?」
「シキ、それは危ないから絶対にやめてね!」
「あとは彼らが早く領都から出て頂ければ治外法権となりますので、なんでも出来るのですが......」
ヤツヒサは朗らかな顔のまま、明らかに舌打ちをしていたが恐らくこれも幻覚と幻聴だろう。
「何日かの辛抱じゃ。そう長くは無い日数で片が付くはずじゃ」
ヒューマはシキに笑いかけた。何か勝算でもあるような、確信めいた言葉にヒューマ殿がそう言うのであれば、と一旦その話題を終わらせた。
「世界地図ですか? 古いものですが、ございますよ」
「本当ですか! 良ければお借りしたいのですが......」
朝食が終わり、ヒューマとシキは午前の鍛錬のために道場へと向かった。今日は魔力循環とは別に体術も少し訓練するらしい。シキは昨日寝落ちてしまったことを悔しく思っているらしく、今日こそは、と息巻いている。
無理せずにね、とシキに声を掛けたリヒトはヤツヒサの仕事を手伝っていた。洗濯を干し終わり、洗濯籠と桶を水洗いして片付けていたところだ。布で桶を拭きながら、リヒトはヤツヒサに世界地図の有無を訊ねていた。
「シキ様に世界情勢などをお伝えするのですか?」
「そうですね、せめてアレスティア王国の全域などは教えておこうかと。あとは竜人族がいるかもしれませんし、隣国のランダイン帝国の主要都市くらいは教えておきたくて」
「それは良いですね。もしも機会がありましたら私も祖国のことをお話しましょう」
ヤツヒサはランダイン帝国より更に北方にある国の生まれだ。人族のみの国だが、体術を磨き、占術等を幼い頃から学ぶ民族であったと聞いている。ヤツヒサ自身、他国に要人警護の依頼を受けては派遣されるような日々を過ごしており、ヒューマに出会うまでは様々な国を渡っていたそうだ。
「現役時代の話ならば話すネタは尽きませんので」
「色々国を見られてるヤツヒサさんならばシキも学びが多いと思います、よろしくお願いします」
にっこりと微笑むヤツヒサにリヒトも笑みを返した。どんな冒険譚が飛び出すのか、リヒト自身も物凄く興味がある。
「そろそろ午前の鍛錬もキリが着くでしょうし、昼餉の準備をしましょうか。リヒト様、手伝って頂けますか?」
「もちろんです!」
リヒトとヤツヒサは水場を後にして、屋敷の調理場へと歩いて行った。
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