樹海暮らしの薬屋リヒト

高崎閏

文字の大きさ
上 下
18 / 33
第1章

接触

しおりを挟む
「コキタリス街道の西地区の村から上がった人相書きとも合致する。厳戒態勢をとると逃がす恐れがある、私服巡回を増やして対応してほしい」

 関所警備責任者であるカルムはユーハイト自警団団長と領主城騎士団団長にそれぞれ人相書きの記された用紙を渡す。

 主要メンバー数名の顔の中には、にんまりと柔和な笑みを浮かべる目の細い人物もいた。

「通行証は正規のもので、国の犯罪歴がついているわけでもないから入領を断る訳にもいかなくてな……、改めて入領の際に犯罪の有無が確認できる魔道具導入の必要性を領主には嘆願しておいた。検閲の責任者としてこの場でお詫びする」

 深々と頭を下げるカルムに向き合う男二人は、カルムの頭をあげるように伝え、改めて警備体制の連携を取るための会議を再開させた。

「組織は主に子どもを中心に攫い、他国貴族に奴隷として売り渡している。特に亜人種を中心としているようで、所持が禁止されている『魔封じの魔道具』も使用している模様。彼らの中に魔法を使用する種族は居ないようなので魔道具を流している何者かがバックについている恐れもある」
「魔道具師連盟は何か今回の件について情報は持っていないのか?」

 騎士団団長であるハイデアは豊かな口髭の壮年男性だ。隆々とした筋肉は団服を着ていても明らかである。ハイデアの問いにカルムは頷く。

「領内唯一の魔道具師はレイセルだが、魔封じの魔道具についてはそもそも呪具扱いで、十年前には術式が書き記された書物の流通を取り締まって、焚書にしているそうだ。だから今回の魔封じの魔道具は国外からの流通品の可能性もある。そもそもその実物を確保しないことには、術式や素材などもわからんそうだ」
「そういや、コキタリス街道とユーハイト以外にも同じ連中が絡んだ事件ってあるんスか?」

 水色の髪の毛をかき上げた髪型の快活そうな青年――自警団団長であるバッシュだ。カルムは思い出しながら告げる。

「同じ連中かは確認できていないが、王都でも何件か人攫いは起きているようだ」
「人身売買や魔封じは国で禁じられてしばらく経つっていうのにまだまだ物騒ッスねぇ」

 うちにもチビがいるんで、早く捕まえて国家警備隊に突き出してやらなきゃな。と鼻息荒くまくしたてる。

 そんな会話をしている室内に、戸口を叩いて新たな入室者が現れた。

「少しばかり遅れてしまった、すまないな」

 道着から長着に着替えたヒューマが現れた。さきほど眠りに落ちたシキをリヒトに預けて会合にやってきたのだ。

 会議場所として宛てがわれたのは西の検閲の詰所だ。会議などに使えるよう大きなテーブルと椅子が数脚おかれているだけの簡素な部屋だ。あまり広くは無いその部屋で男三人が顔を突き合わせて話している様子は少しむさ苦しい雰囲気がある。だが、そうも言っていられない状況である。

「連中の目的がただの積荷の補給で寄ったのならええんじゃが、念には念をじゃ。巡回経路と人員配置についてもう一度詰めさせておくれ」

 ヒューマは先程のシキとの稽古で見せていた朗らかな様子から一変しており、その空気だけでたいていの魔獣を追い払うような威圧感を醸し出していた。団長二人とカルムは頷き、会議は本格的に始まった。



 ヤツヒサに案内され、シキを抱えたリヒトは客間に通されていた。畳の間に布団を敷いてもらい、ぐっすりと眠るシキを横たえる。

「ヤツヒサさん、これからお世話になります」
「私もリヒト様とまたお会いできて嬉しいですよ、薬膳などをまたご教授くださいませ」

 いつも穏やかな顔で微笑んでいるヤツヒサは、以前会ったときよりも目元に少しだけ皺が増えたようだ。

 リヒトはヤツヒサに向き直り、窺うように告げた。

「あの、宿屋の手続きや荷物等を回収して来ようと思うのですが、シキをお任せしてしまっても大丈夫でしょうか……?」
「ああ、それでしたら私が行って参りますよ。買い出しもございますし、中央区の宿屋でしたよね?」
「いえいえそんな! ああ、でもシキの側を今離れるのはあまり良くないんですよね……、ああでもヤツヒサさんの負担が……、ううん、ううん」

 ヤツヒサがくすりと笑う気配にリヒトはハッと顔を上げる。

 悪戯げに笑うヤツヒサは中年の歳の頃だというのに、その顔は少しだけ幼く見えた。

「リヒト様が気になされるようなので、宿屋の用事のついでに買い物もお任せしてしまおうかと思います。その分シキ様も私がきちんと見ておりますので、ご安心ください」
「買い出しは任せて頂けると嬉しいです。シキのことを願い致します」

 安堵した顔を浮かべるリヒトにヤツヒサは買い出しのメモ書きと貨幣を手渡す。承りました、と言ったリヒトはシキを一目見て、ヒューマ邸を後にした。



 時刻は既に辺りを薄闇に包む時間となっていた。午前中に南区へ行ってシキと二人で定食を食べたのがかなり前のことのように感じる。

 ヒューマ邸から宿屋までは少しだけ距離があるため、途中で乗合馬車に乗った。中央区の河川沿いで降りると宿屋はすぐだ。何本か小道に入ると目的の建物が見えてくる。

 道中、自警団の何人かとすれ違う。宿屋近辺も見回りの領主騎士団が二人組で歩いている。リヒトに気づいて顔見知りの何人かは会釈を返してくれたが、領都内に緊張した雰囲気が漂っているのは明らかだった。

 宿屋についたリヒトは急遽予定が変わってしまった旨を伝え、少し多めのチップを支払い宿屋をあとにする。気のいい宿屋の女主人は、あのかわいい子連れてまたおいで、とにこやかに見送ってくれた。

 預けていた荷物を抱えて、次は買い出しだ。二人分の荷物とはいえ、長期滞在を予定としていたのでそこそこの荷物になる。手間ではあるが、ヒューマ邸に一度戻ろうか、と商店が連なる道をゆっくり歩いていたら後ろから声を掛けられた。

「おにーさん、荷物大量だけど、よかったら目的地まで乗せてってあげよっか?」

 荷馬車の御者席から声を掛けてきたのは、柔和な笑みを浮かべる青年だった。

 商人のような装いで、領内ではあまり見かけない刺繍の施されたマントを肩に掛けている。

 御者席の男以外に積荷の幌の中にあと二人ほど男がいるようだ。その二人も御者席の後ろからにこやかにこちらを窺っている。

「いいえ、大丈夫です。このくらいの荷物には慣れているので。ありがとうございます」
「あらら、そうなの? お兄さんも旅の人なのかな? 良い夜になるといいね」
「まあ、そんなようなものです。あなた方も良い夜を」

 リヒトは会釈をしてその場を離れた。しばらく笑顔のままでまっすぐに道を歩き、大通りに出る角のところで曲がると、つめていた息を吐いた。

 一見、ただの親しみやすい雰囲気の商人だった。

 普通にすれ違うだけであれば全く気づかなかっただろう。シキから人相を聞いていたからこそ、気づくことが出来た。

「(普通に接することができただろうか……)」

 盗賊と疑惑のある彼らと接触してしまった。

 彼らが何の目的でユーハイトに立ち寄ったのかはわからない。純粋にただの補給で立ち寄ったのなら、これ以上関わらないように過ごせば良い。

 そうではない、とそこそこ短くは無いこれまで生きてきた経験則が警鐘を鳴らしている。

 領内の警備が厳重になったことを彼らも察したことだろう。何事も起こさず、シキともまた遭遇せず、ユーハイトから去っていってくれないだろうか。

 甘いことを考えている自覚はあるが、そう思わずにはいられなかった。

 リヒトは荷物を抱え直し、一先ず買い出しも済ませてしまおうと、買い出しメモを改めて見返していたので、前方からずかずか歩いてくる影に気が付かなかった。

「おい」
「わっ!?」

 レイセルだった。

 ヒューマ邸でシキと対面させた後にどこかに行ってしまっていたので、すっかり彼の存在を忘れていた。

 相変わらず不機嫌そうにしたまま、リヒトの抱えている荷物を一つ奪っていった。

「ヤツヒサに聞いた、旅荷物抱えたまま買い出しに行ってどうするんだ。少しは頭を働かせろ」
「この時間になるともう乗合馬車は動いてないから一旦荷物を置きに行こうとは考えたさ」
「それだと店が閉まるだろうが」
「まあ、抱えたままでもなんとかなるよ」
「馬鹿野郎」
「なんで機嫌がそんなに悪いの?」

 そんなに叱咤される謂れは無いはずだが、レイセルの機嫌は悪いままだった。

「正直助かったよ。買い出しも付き合ってくれるかい?」
「ふん」

 どうやら肯定の返事らしいので、リヒトは苦笑を零しつつ、ぶっきらぼうな昔馴染みと連れ立って目的の店へと歩き出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

処理中です...