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第1章
空の旅とキエルについて
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「対策ってこれ……!!」
「ただし、快適さや簡単といった要素は含まない、という注意書きを忘れていたね」
「リヒトさん……!!!」
リヒトとシキは、晴れ渡る冬空の、かなり高い位置に居る。分厚い皮のコートにぐるぐる巻きのマフラーを付けていても、頬を突き刺すような寒さは防げない。
二人は今、アドウェナアウィスの背に乗っている。
マギユラがユーハイトに帰ってから数日ほどかけて旅支度をしたリヒトは、シンハ樹海にてとある魔鳥を旅の仲間に引き入れていた。
風が凍てつくこの時期に北方から南西へ渡る大きな魔鳥がいる。枯れ草色の羽根に漆黒色のつぶらな瞳をしたこの魔鳥は、寒季にシンハ樹海の泉でしばらく羽を休めることをリヒトは知っていた。尚且つ、彼らの目的地は領都ユーハイトを越えた先にあるドネリア島だ。比較的温暖な気候のその島で寒季を過ごした後、芽吹きの季節にまた北上する。
アドウェナアウィスの背には鞍がつけられ、手網を握るリヒトの腕の間にシキがおり、リヒトとシキは鞍からずり落ちないようにベルトを通している。
寒季の薄曇りの空の上、シンハ樹海からユーハイトへの空の旅はシキにとって、盗賊から逃げ惑うときに体感した飛行の感覚とはまた違い、恐怖を植え付けるには充分だった。
「寒いこわい寒い!!!」
「陸路だと五日もかかるけど、空路なら一日くらいで着くからすぐだよ」
「すぐといっても……!!」
「寝てていいからね、寒いからもっとくっついて」
上空を飛行することへの恐怖と突き刺すような風を一身に浴び続ける地獄のような状況下で、シキは半ば意識を奪われつつリヒトとアドウェナアウィスに身を預けることしかできなかった。
「あ、あの運河の岸辺で降ろしてもらおう」
半日ほど経った時、休憩も兼ねて着陸することを提案されたがはてさてどのように降下して着陸するのか。
「リヒトさんこれ着地って……!?」
「ふわっとした感じになるからしっかりしがみついててね」
「……ふわっと!?!?」
アドウェナアウィスはリヒトの手網捌きに従い、上空から滑空の体勢に移行する。
つまり、頭部を地面に向けたということだ。
「それ~!」
「ひっ……!!!!」
悲鳴にならない雄叫びを上げているシキを抱え、リヒトは上機嫌にアドウェナアウィスを着陸へと導いた。
さながら地面に突き刺さる弓矢のような軌道だったが、意識を手放したシキには分かるはずもなかった。
「……死ぬかと思った」
ガゼル運河はシンハ樹海の北方にそそり立つロワナ山脈を水源とする運河で、ユーハイトまで続いている。運河を辿れば大海に繋がり、少し離れた海域にドネリア島がある。
長旅をするアドウェナアウィスは番でこのドネリア島を目指すため、リヒトたちの側にはもう一匹アドウェナアウィスが羽を休めている。
運河の岸辺にて、打ち上げられた倒木に腰掛けてパンを齧るシキはぐったりとした様子だった。
リヒトは飛びっぱなしだった二匹の番の鳥たちに干し肉を分け与え、冬毛のふわふわな羽をにこにこと撫でており、疲れとは無縁そうな顔をしている。
「リヒトさんは、ああいう空の旅は慣れているの……?」
「うーん、久しぶりに渡り鳥の世話になったけど慣れというとまた違うかな」
今にもリヒトの頭をぱくりと咥えてしまいそうな大きさの魔鳥二匹からせっつかれたリヒトは追加の干し肉を与えている。
ひょろりとした頼りないリヒトの様子からは想像がつかないが、経験の差だろうと、シキは当たりをつけた。
まだ旅程は半分なので、あともう一度あの着陸を味わわなければならないことは一旦頭の片隅に置いておこう、そう決めたシキはリヒトが火をおこして沸かしてくれた湯で淹れたお茶で体を温めた。
「寒季だからとても寒いのが難点だけど、この季節だから彼らに助けて貰えてよかったよ。陸路だと野営をしながらになるから、ギルドに依頼して護衛を雇ったり、移動手段の馬車を樹海まで送って貰ったりと何かと大変だからね」
「マギユラさんのキエルの仲間っていないの?」
魔鳥で人族を運搬できる大きさの鳥ならば、先日会ったばかりのグランドコルニクスのキエルの存在が浮かぶ。
シキは首を傾げながら訊ねると、リヒトは首を振った。
「キエルは本当ならグランドコルニクスの群れの中で暮らしているはずだったんだ。でもあの子の羽の色、不思議だったでしょう?」
「真っ白でふわふわだった」
「グランドコルニクスは普通、濡れたような黒色の羽なんだよ」
「……そうなの!?」
キエルは茜色の瞳に雪を思わせるふわりとした白い羽毛だったが、それは彼らの種族の中では異質なものだったのだ。
リヒトは少し俯いて続けた。
「あの毛色の珍しさで種族から爪弾きされたのかは分からないけど、普通群れで暮らす彼らとは違ってキエルはユーハイトの森で弱っていたみたいなんだ。傷だらけの雛鳥だったキエルを保護したのがマギユラだよ」
グランドコルニクスは非常に頭の良い魔鳥なため、人族の領域には近寄らず彼等だけで狩りをして山間部で暮らしている。
人里で見かけること自体が珍しく、尚且つ毛色も珍しい鳥だった。
「キエルとの詳しいことはマギユラに会った時に訊くといい、喜んで話してくれるだろうから。とにかく、グランドコルニクス自体はあまり人族と関わらない場所で暮らしているから他の子が背中に乗せてくれるかどうかはわからないんだ」
「キエルだから、というよりかはマギユラさんだからキエルは乗せてくれるのかな」
「恐らくそうだろうね。私にも少しは心を許してくれているだろうけど、マギユラに向ける信頼感には程遠いと思うよ」
「そっか……」
シキはこくりとお茶を飲んだ。今は居ないキエルとマギユラのことを思い出していた。
リヒトは干し肉をあげ終え、シキの隣に並んで倒木に腰掛けた。
「もう少し休んだら、あと残り半分の旅程だからがんばろうね」
「うん……」
そう返したシキの顔色はあまり良くなかったが、リヒトは素知らぬ顔でぱくりとパンを頬張った。
「ただし、快適さや簡単といった要素は含まない、という注意書きを忘れていたね」
「リヒトさん……!!!」
リヒトとシキは、晴れ渡る冬空の、かなり高い位置に居る。分厚い皮のコートにぐるぐる巻きのマフラーを付けていても、頬を突き刺すような寒さは防げない。
二人は今、アドウェナアウィスの背に乗っている。
マギユラがユーハイトに帰ってから数日ほどかけて旅支度をしたリヒトは、シンハ樹海にてとある魔鳥を旅の仲間に引き入れていた。
風が凍てつくこの時期に北方から南西へ渡る大きな魔鳥がいる。枯れ草色の羽根に漆黒色のつぶらな瞳をしたこの魔鳥は、寒季にシンハ樹海の泉でしばらく羽を休めることをリヒトは知っていた。尚且つ、彼らの目的地は領都ユーハイトを越えた先にあるドネリア島だ。比較的温暖な気候のその島で寒季を過ごした後、芽吹きの季節にまた北上する。
アドウェナアウィスの背には鞍がつけられ、手網を握るリヒトの腕の間にシキがおり、リヒトとシキは鞍からずり落ちないようにベルトを通している。
寒季の薄曇りの空の上、シンハ樹海からユーハイトへの空の旅はシキにとって、盗賊から逃げ惑うときに体感した飛行の感覚とはまた違い、恐怖を植え付けるには充分だった。
「寒いこわい寒い!!!」
「陸路だと五日もかかるけど、空路なら一日くらいで着くからすぐだよ」
「すぐといっても……!!」
「寝てていいからね、寒いからもっとくっついて」
上空を飛行することへの恐怖と突き刺すような風を一身に浴び続ける地獄のような状況下で、シキは半ば意識を奪われつつリヒトとアドウェナアウィスに身を預けることしかできなかった。
「あ、あの運河の岸辺で降ろしてもらおう」
半日ほど経った時、休憩も兼ねて着陸することを提案されたがはてさてどのように降下して着陸するのか。
「リヒトさんこれ着地って……!?」
「ふわっとした感じになるからしっかりしがみついててね」
「……ふわっと!?!?」
アドウェナアウィスはリヒトの手網捌きに従い、上空から滑空の体勢に移行する。
つまり、頭部を地面に向けたということだ。
「それ~!」
「ひっ……!!!!」
悲鳴にならない雄叫びを上げているシキを抱え、リヒトは上機嫌にアドウェナアウィスを着陸へと導いた。
さながら地面に突き刺さる弓矢のような軌道だったが、意識を手放したシキには分かるはずもなかった。
「……死ぬかと思った」
ガゼル運河はシンハ樹海の北方にそそり立つロワナ山脈を水源とする運河で、ユーハイトまで続いている。運河を辿れば大海に繋がり、少し離れた海域にドネリア島がある。
長旅をするアドウェナアウィスは番でこのドネリア島を目指すため、リヒトたちの側にはもう一匹アドウェナアウィスが羽を休めている。
運河の岸辺にて、打ち上げられた倒木に腰掛けてパンを齧るシキはぐったりとした様子だった。
リヒトは飛びっぱなしだった二匹の番の鳥たちに干し肉を分け与え、冬毛のふわふわな羽をにこにこと撫でており、疲れとは無縁そうな顔をしている。
「リヒトさんは、ああいう空の旅は慣れているの……?」
「うーん、久しぶりに渡り鳥の世話になったけど慣れというとまた違うかな」
今にもリヒトの頭をぱくりと咥えてしまいそうな大きさの魔鳥二匹からせっつかれたリヒトは追加の干し肉を与えている。
ひょろりとした頼りないリヒトの様子からは想像がつかないが、経験の差だろうと、シキは当たりをつけた。
まだ旅程は半分なので、あともう一度あの着陸を味わわなければならないことは一旦頭の片隅に置いておこう、そう決めたシキはリヒトが火をおこして沸かしてくれた湯で淹れたお茶で体を温めた。
「寒季だからとても寒いのが難点だけど、この季節だから彼らに助けて貰えてよかったよ。陸路だと野営をしながらになるから、ギルドに依頼して護衛を雇ったり、移動手段の馬車を樹海まで送って貰ったりと何かと大変だからね」
「マギユラさんのキエルの仲間っていないの?」
魔鳥で人族を運搬できる大きさの鳥ならば、先日会ったばかりのグランドコルニクスのキエルの存在が浮かぶ。
シキは首を傾げながら訊ねると、リヒトは首を振った。
「キエルは本当ならグランドコルニクスの群れの中で暮らしているはずだったんだ。でもあの子の羽の色、不思議だったでしょう?」
「真っ白でふわふわだった」
「グランドコルニクスは普通、濡れたような黒色の羽なんだよ」
「……そうなの!?」
キエルは茜色の瞳に雪を思わせるふわりとした白い羽毛だったが、それは彼らの種族の中では異質なものだったのだ。
リヒトは少し俯いて続けた。
「あの毛色の珍しさで種族から爪弾きされたのかは分からないけど、普通群れで暮らす彼らとは違ってキエルはユーハイトの森で弱っていたみたいなんだ。傷だらけの雛鳥だったキエルを保護したのがマギユラだよ」
グランドコルニクスは非常に頭の良い魔鳥なため、人族の領域には近寄らず彼等だけで狩りをして山間部で暮らしている。
人里で見かけること自体が珍しく、尚且つ毛色も珍しい鳥だった。
「キエルとの詳しいことはマギユラに会った時に訊くといい、喜んで話してくれるだろうから。とにかく、グランドコルニクス自体はあまり人族と関わらない場所で暮らしているから他の子が背中に乗せてくれるかどうかはわからないんだ」
「キエルだから、というよりかはマギユラさんだからキエルは乗せてくれるのかな」
「恐らくそうだろうね。私にも少しは心を許してくれているだろうけど、マギユラに向ける信頼感には程遠いと思うよ」
「そっか……」
シキはこくりとお茶を飲んだ。今は居ないキエルとマギユラのことを思い出していた。
リヒトは干し肉をあげ終え、シキの隣に並んで倒木に腰掛けた。
「もう少し休んだら、あと残り半分の旅程だからがんばろうね」
「うん……」
そう返したシキの顔色はあまり良くなかったが、リヒトは素知らぬ顔でぱくりとパンを頬張った。
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