樹海暮らしの薬屋リヒト

高崎閏

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第1章

「師匠」

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 マギユラとリヒトは一通りの買い付け品を選別して金銭のやり取りをしたあと、マギユラはふと思い出したようにリヒトに声を掛けた。

「リヒトさん、最近レイセルさんに連絡した?」
「レイセルに手紙は出したけど、何か言ってた?」
「あー、だからか。レイセルさん、ブチ切れ?てたよ?」
「わぁ……」

 マギユラの言葉に少し顔を青くしたリヒトを、シキはケーキを頬張りながら不思議そうに見上げるのだった。



 レイセル――魔道具を貸してくれた古い付き合いの友人だ。リヒトと同じ年頃なのに上から目線で話す、少し偏屈で気難しいが悪いやつではないし、リヒトは小言を言われるのは苦手だが、それでも好いている相手だ。レイセルはどうだかわからないが。

 マギユラと同じく領都を拠点に商売をしている魔道具士なので、シキが攫われた件について情報が無いか問い合わせていた。

「レイセルさんからコキタリスの宿場にいるあたし宛に電報が来て、『あの阿呆にそろそろ帰って来い、って伝えろ』って。わざわざ宿場まで連絡を寄越してくれたから、もしかしたらリヒトさんに用事があるのかもしれないよ?」
「阿呆ってねぇ……」

 レイセルとは非常に長い付き合いのため、リヒトは常にいろいろと言われてきた。やれどんくさいだの、草以外のことにも目を向けろだの散々な言われようだった。

 ふん、と鼻息荒くまくし立てては、何かリヒトが失敗すると、それ見たことか、と嘲笑うくせに、こうやればいいんだよ、と手本を見せたり、上手い方法を教えてくれたりする。要するに世話焼きなのだ。言葉遣いはぶっきらぼうだが。

「ただ丁度、シキの魔力についても調べたかったからこの機会に領都に行ってみようかな」
「シキくんの魔力?」

 当のシキ本人はこてんと首を傾げているが、今朝方、魔道具の魔石を触れただけで破壊してしまった件はきちんと調べておかねばならない。

 マギユラも興味津々とばかりに身を乗り出した。彼女にはシキのことを、ただ身寄りのない亜人の子ども、としか伝えていなかった。

「シキ、マギユラに少し経緯を説明していいかい? 恐らく魔法については彼女の師匠殿に世話になるだろうから」
「ししょうどの?」

 疑問符を浮かべながらもこくりと頷いて返すシキを見て、リヒトはマギユラにシキを引き取ることになった経緯を説明した。





「……ごめんね、シキくん」
「へっ!?」

 両親は既に他界、身を寄せていた祖父母も他界してしまい天涯孤独のところを盗賊に誘拐され、命からがら逃げてきた。それも十歳の子どもが、だ。

「あたしったらあんなに偉そうに説教じみたことを言って……、シキくん、たくさん辛い思いをしたのに……」

 くしゃりと顔を歪めて震えるマギユラに、シキがおろおろとし始めた。

「僕は大丈夫だよ! リヒトさんに助けてもらったし、マギユラさんにも会えたし」
「おまけにこんなにいい子なのに~~」

 ああ~、と顔を手で覆い隠してべそべそと泣きじゃくるマギユラにリヒトはハンカチを差し出して彼女を宥めた。真っ直ぐな感情をぶつけてくれるのはマギユラの美点だ。

「それにしても竜人族か……、お父様とお母様、どちらが血筋だったかシキくんは覚えているの?」
「僕はまだ小さいうちに爺様と婆様のところに預けられたから、両親のこと実は覚えてなくて……」

 シキは首を振った。

 シキを育てた祖父母はシキに両親は亡くなった、としか伝えなかったという。何か事情があるにしろ、両親のどちらかが竜人族で、どちらかが人族だったのだろう。

「とにかく、お師匠様にだけは相談してみるわ。確かに魔力を持っているのに、それを使う手段を知らないのは危険よ」
「すごく助かるよ」
「あの、お師匠様って……?」

 マギユラがリヒトから借りたハンカチで目元を拭うと、説明してくれた。

「シキくん、あたしは人族で魔法は使えないの。でもグランドコルニクスであるキエルと意思疎通して使役……というと少し語弊があるんだけど、彼の力を借りて仕事をしているの。ほら、リヒトさんも小鳥さん、カエルラウェスにお手紙運んでもらったりしてるでしょ? それを叶えてくださった方なのよ」
「魔力がなくても魔獣さんに頼み事ができるの?」

 ガタリ、と少し身を乗り出すシキにマギユラはこくりと頷いた。

「お師匠様はもともと従魔師として暮らしていらっしゃったのだけど、冒険者を辞めてからは対話師として種族間の通訳をされてらっしゃるの。様々な異種族と意思疎通ができる方なのよ」
「たいわし……?」
「えーと、今あたしたちが使ってるのがアレスティア大陸語でしょ? でもリヒトさんのカエルラウェスやキエルも大陸語は話せないよね」
「うん」
「それと同じように普段から話す言葉や意思疎通の手段は種族によって異なることはわかるよね? お師匠様は相手がどんな種族であっても言っていることや思っていることがわかる方なの」

 分かりやすい説明にシキは納得したようで、ひたすら関心したような惚けた顔をしていた。琥珀色の瞳がきらきらと輝いている。

「お師匠様が通訳してくれて、あたしとキエルを繋いでくれたの。リヒトさんもそう、一度意思疎通が出来れば、あとは信頼関係を築いていくだけで、お互いに助け合えるし、今ではもう何となくキエルの伝えたいことや感じていることがわかるわ」
「リヒトさんもそう?」
「そうだね、ただ私の場合はかなり長い時間をカエルラウェスたちや『隣人』と暮らしてきたから師匠殿にコツを教わってからはより明確に意思疎通ができるようになったかな」

 シキは少し思案したかと思うと、ばっと顔を上げて、リヒトとマギユラの2人を見つめ返した。

「僕も鳥さんたちに手紙運んでもらったり、大きな鳥さんだったら背中に乗せてもらえたりできる?」
「シキ次第だけど、きっとできるよ。そして私はシキさえ良ければ、お師匠様に魔法の基礎を教わって欲しいんだ。この近辺でお師匠殿ほどの魔法使いはいないから、ね」

 リヒトはにこりと微笑むとシキの頭を撫でる。マギユラも同じ意見のようだ、リヒトを見てこくりと頷くとシキを見つめ返した。

 魔法も使えて、更には異種族とも自由に対話ができる人。シキは頬を紅潮させ、期待に胸が弾んでいる様子だ。

「あたしもそれがいいと思う。ねぇシキくん、すぐとは言わないけど、もし可能なら一度ユーハイトに来てみない?」





 マギユラはもし来ることになったら連絡してね、お師匠様にも話を通しておくから!と告げて、キエルの背中に跨り、雪がちらつきそうな寒空に消えていった。

 毎度の事ながらマギユラは台風みたいだと思う。シキも突然の彼女からの提案に驚いてはいたが、期待感の方が強いようだった。

「シキ、ここに来たばかりではあるし、ゆっくり考えていいからね。私はシキがもし領都に行きたいのなら、一緒に里帰りするから」
「リヒトさんの故郷はユーハイトなの?」
「そうだね、生まれは違うところだけど、育ったところはユーハイトだよ。だから顔馴染みも多いし、マギユラに初めて会ったのもユーハイトなんだ」

 領都ユーハイトはこの大国、アレスティア王国の東に位置する、言ってしまえば田舎の領地だが、土地は広大で河川もあり海にも面していることから物流が盛んな港町だ。

 領主がおおらかな方なので、人族以外の種族も他の領都に比べると多い。一昔前は治安が悪かったが今はしっかりと法整備がされ、住みやすい土地だと思う。

 マギユラは師匠殿繋がりで出会った娘だ。出会ったばかりのころはまだよちよち歩きだった娘が今や成人して立派に商人としてあちこち飛び回っているのだから、時間の流れをとても早く感じる。

「リヒトさん、僕、ユーハイトに行ってみたい、な」
「本当かい!? なら善は急げだね。もう少し季節が進むと積雪の季節になってしまうから、支度ができれば出発しようか」
「うん!」

 ユーハイトまでの距離は五日程度、シンハ樹海を出て、コキタリス街道で辻馬車に乗りそのまま向かうことになるが、リヒトには気がかりがあった。

「シキを襲った盗賊がその後どこに向かったのかが気になるな……」
「あ……」

 数日が経っているとはいえ、滅多に出会えない竜人族の、しかも子どもを見つけたのだ。盗賊たちが簡単に諦めるとは思えない。

「まあそれについては対策があるから安心していいよ」
「対策?」

 にこりと笑うリヒトに、シキは首を傾げるばかりだった。
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