樹海暮らしの薬屋リヒト

高崎閏

文字の大きさ
上 下
7 / 33
第1章

「師匠」

しおりを挟む
 マギユラとリヒトは一通りの買い付け品を選別して金銭のやり取りをしたあと、マギユラはふと思い出したようにリヒトに声を掛けた。

「リヒトさん、最近レイセルさんに連絡した?」
「レイセルに手紙は出したけど、何か言ってた?」
「あー、だからか。レイセルさん、ブチ切れ?てたよ?」
「わぁ……」

 マギユラの言葉に少し顔を青くしたリヒトを、シキはケーキを頬張りながら不思議そうに見上げるのだった。



 レイセル――魔道具を貸してくれた古い付き合いの友人だ。リヒトと同じ年頃なのに上から目線で話す、少し偏屈で気難しいが悪いやつではないし、リヒトは小言を言われるのは苦手だが、それでも好いている相手だ。レイセルはどうだかわからないが。

 マギユラと同じく領都を拠点に商売をしている魔道具士なので、シキが攫われた件について情報が無いか問い合わせていた。

「レイセルさんからコキタリスの宿場にいるあたし宛に電報が来て、『あの阿呆にそろそろ帰って来い、って伝えろ』って。わざわざ宿場まで連絡を寄越してくれたから、もしかしたらリヒトさんに用事があるのかもしれないよ?」
「阿呆ってねぇ……」

 レイセルとは非常に長い付き合いのため、リヒトは常にいろいろと言われてきた。やれどんくさいだの、草以外のことにも目を向けろだの散々な言われようだった。

 ふん、と鼻息荒くまくし立てては、何かリヒトが失敗すると、それ見たことか、と嘲笑うくせに、こうやればいいんだよ、と手本を見せたり、上手い方法を教えてくれたりする。要するに世話焼きなのだ。言葉遣いはぶっきらぼうだが。

「ただ丁度、シキの魔力についても調べたかったからこの機会に領都に行ってみようかな」
「シキくんの魔力?」

 当のシキ本人はこてんと首を傾げているが、今朝方、魔道具の魔石を触れただけで破壊してしまった件はきちんと調べておかねばならない。

 マギユラも興味津々とばかりに身を乗り出した。彼女にはシキのことを、ただ身寄りのない亜人の子ども、としか伝えていなかった。

「シキ、マギユラに少し経緯を説明していいかい? 恐らく魔法については彼女の師匠殿に世話になるだろうから」
「ししょうどの?」

 疑問符を浮かべながらもこくりと頷いて返すシキを見て、リヒトはマギユラにシキを引き取ることになった経緯を説明した。





「……ごめんね、シキくん」
「へっ!?」

 両親は既に他界、身を寄せていた祖父母も他界してしまい天涯孤独のところを盗賊に誘拐され、命からがら逃げてきた。それも十歳の子どもが、だ。

「あたしったらあんなに偉そうに説教じみたことを言って……、シキくん、たくさん辛い思いをしたのに……」

 くしゃりと顔を歪めて震えるマギユラに、シキがおろおろとし始めた。

「僕は大丈夫だよ! リヒトさんに助けてもらったし、マギユラさんにも会えたし」
「おまけにこんなにいい子なのに~~」

 ああ~、と顔を手で覆い隠してべそべそと泣きじゃくるマギユラにリヒトはハンカチを差し出して彼女を宥めた。真っ直ぐな感情をぶつけてくれるのはマギユラの美点だ。

「それにしても竜人族か……、お父様とお母様、どちらが血筋だったかシキくんは覚えているの?」
「僕はまだ小さいうちに爺様と婆様のところに預けられたから、両親のこと実は覚えてなくて……」

 シキは首を振った。

 シキを育てた祖父母はシキに両親は亡くなった、としか伝えなかったという。何か事情があるにしろ、両親のどちらかが竜人族で、どちらかが人族だったのだろう。

「とにかく、お師匠様にだけは相談してみるわ。確かに魔力を持っているのに、それを使う手段を知らないのは危険よ」
「すごく助かるよ」
「あの、お師匠様って……?」

 マギユラがリヒトから借りたハンカチで目元を拭うと、説明してくれた。

「シキくん、あたしは人族で魔法は使えないの。でもグランドコルニクスであるキエルと意思疎通して使役……というと少し語弊があるんだけど、彼の力を借りて仕事をしているの。ほら、リヒトさんも小鳥さん、カエルラウェスにお手紙運んでもらったりしてるでしょ? それを叶えてくださった方なのよ」
「魔力がなくても魔獣さんに頼み事ができるの?」

 ガタリ、と少し身を乗り出すシキにマギユラはこくりと頷いた。

「お師匠様はもともと従魔師として暮らしていらっしゃったのだけど、冒険者を辞めてからは対話師として種族間の通訳をされてらっしゃるの。様々な異種族と意思疎通ができる方なのよ」
「たいわし……?」
「えーと、今あたしたちが使ってるのがアレスティア大陸語でしょ? でもリヒトさんのカエルラウェスやキエルも大陸語は話せないよね」
「うん」
「それと同じように普段から話す言葉や意思疎通の手段は種族によって異なることはわかるよね? お師匠様は相手がどんな種族であっても言っていることや思っていることがわかる方なの」

 分かりやすい説明にシキは納得したようで、ひたすら関心したような惚けた顔をしていた。琥珀色の瞳がきらきらと輝いている。

「お師匠様が通訳してくれて、あたしとキエルを繋いでくれたの。リヒトさんもそう、一度意思疎通が出来れば、あとは信頼関係を築いていくだけで、お互いに助け合えるし、今ではもう何となくキエルの伝えたいことや感じていることがわかるわ」
「リヒトさんもそう?」
「そうだね、ただ私の場合はかなり長い時間をカエルラウェスたちや『隣人』と暮らしてきたから師匠殿にコツを教わってからはより明確に意思疎通ができるようになったかな」

 シキは少し思案したかと思うと、ばっと顔を上げて、リヒトとマギユラの2人を見つめ返した。

「僕も鳥さんたちに手紙運んでもらったり、大きな鳥さんだったら背中に乗せてもらえたりできる?」
「シキ次第だけど、きっとできるよ。そして私はシキさえ良ければ、お師匠様に魔法の基礎を教わって欲しいんだ。この近辺でお師匠殿ほどの魔法使いはいないから、ね」

 リヒトはにこりと微笑むとシキの頭を撫でる。マギユラも同じ意見のようだ、リヒトを見てこくりと頷くとシキを見つめ返した。

 魔法も使えて、更には異種族とも自由に対話ができる人。シキは頬を紅潮させ、期待に胸が弾んでいる様子だ。

「あたしもそれがいいと思う。ねぇシキくん、すぐとは言わないけど、もし可能なら一度ユーハイトに来てみない?」





 マギユラはもし来ることになったら連絡してね、お師匠様にも話を通しておくから!と告げて、キエルの背中に跨り、雪がちらつきそうな寒空に消えていった。

 毎度の事ながらマギユラは台風みたいだと思う。シキも突然の彼女からの提案に驚いてはいたが、期待感の方が強いようだった。

「シキ、ここに来たばかりではあるし、ゆっくり考えていいからね。私はシキがもし領都に行きたいのなら、一緒に里帰りするから」
「リヒトさんの故郷はユーハイトなの?」
「そうだね、生まれは違うところだけど、育ったところはユーハイトだよ。だから顔馴染みも多いし、マギユラに初めて会ったのもユーハイトなんだ」

 領都ユーハイトはこの大国、アレスティア王国の東に位置する、言ってしまえば田舎の領地だが、土地は広大で河川もあり海にも面していることから物流が盛んな港町だ。

 領主がおおらかな方なので、人族以外の種族も他の領都に比べると多い。一昔前は治安が悪かったが今はしっかりと法整備がされ、住みやすい土地だと思う。

 マギユラは師匠殿繋がりで出会った娘だ。出会ったばかりのころはまだよちよち歩きだった娘が今や成人して立派に商人としてあちこち飛び回っているのだから、時間の流れをとても早く感じる。

「リヒトさん、僕、ユーハイトに行ってみたい、な」
「本当かい!? なら善は急げだね。もう少し季節が進むと積雪の季節になってしまうから、支度ができれば出発しようか」
「うん!」

 ユーハイトまでの距離は五日程度、シンハ樹海を出て、コキタリス街道で辻馬車に乗りそのまま向かうことになるが、リヒトには気がかりがあった。

「シキを襲った盗賊がその後どこに向かったのかが気になるな……」
「あ……」

 数日が経っているとはいえ、滅多に出会えない竜人族の、しかも子どもを見つけたのだ。盗賊たちが簡単に諦めるとは思えない。

「まあそれについては対策があるから安心していいよ」
「対策?」

 にこりと笑うリヒトに、シキは首を傾げるばかりだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔女占いのミミー

緑川らあず
ファンタジー
ミミー・シルヴァーは修行中の13歳の見習い魔女。 女王シビラが治める魔女の王国で、同じシルヴァーの姓の家族たちと暮らしながら、正式に魔女となるために日々勉強を続けていた。 新たな年を迎えて、ミミーはついに人間の村へ修行に出ることになった。不安と期待に胸をどきどきさせながら、黒ネコのパステットとともに、ほうきに乗って飛び立つミミー。 初めての村では、魔女を珍しがる人々となかなか打ち解けられず、とまどい、ときに悩みながらもミミーは魔女としての自分を見つめ、少しずつ成長してゆく。

砕けた愛は、戻らない。

豆狸
恋愛
「殿下からお前に伝言がある。もう殿下のことを見るな、とのことだ」 なろう様でも公開中です。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

婚約破棄されたので暗殺される前に国を出ます。

なつめ猫
ファンタジー
公爵家令嬢のアリーシャは、我儘で傲慢な妹のアンネに婚約者であるカイル王太子を寝取られ学院卒業パーティの席で婚約破棄されてしまう。 そして失意の内に王都を去ったアリーシャは行方不明になってしまう。 そんなアリーシャをラッセル王国は、総力を挙げて捜索するが何の成果も得られずに頓挫してしまうのであった。 彼女――、アリーシャには王国の重鎮しか知らない才能があった。 それは、世界でも稀な大魔導士と、世界で唯一の聖女としての力が備わっていた事であった。

【完結】7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です

岡崎 剛柔
恋愛
「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」  私は7年間も諸外国の旅行に行っていたグルドンにそう言われて婚約破棄された。  しかも貴族たちを大勢集めたパーティーの中で。  しかも私を年増呼ばわり。  はあ?  あなたが勝手に旅行に出て帰って来なかったから、私はこの年までずっと結婚できずにいたんですけど!  などと私の怒りが爆発しようだったとき、グルドンは新たな人間と婚約すると言い出した。  その新たな婚約者は何とタキシードを着た、6、7歳ぐらいの貴族子息で……。

転生嫌われ令嬢の幸せカロリー飯

赤羽夕夜
恋愛
15の時に生前OLだった記憶がよみがえった嫌われ令嬢ミリアーナは、OLだったときの食生活、趣味嗜好が影響され、日々の人間関係のストレスを食や趣味で発散するようになる。 濃い味付けやこってりとしたものが好きなミリアーナは、令嬢にあるまじきこと、いけないことだと認識しながらも、人が寝静まる深夜に人目を盗むようになにかと夜食を作り始める。 そんななかミリアーナの父ヴェスター、父の専属執事であり幼い頃自分の世話役だったジョンに夜食を作っているところを見られてしまうことが始まりで、ミリアーナの変わった趣味、食生活が世間に露見して――? ※恋愛要素は中盤以降になります。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

処理中です...