3 / 6
3.シャルロッテ作「初恋物語」
しおりを挟むゲシェンク伯爵家の瀟洒な庭園のダリアに囲まれて、目の前のレオナルド様は、まるで天空から降臨された大天使様のように、そこだけ紗がかかっている。
このような方を前に、脳内お花畑なシャルロッテ作「初恋物語」を語らなければいけない事実にめまいがするが、お相手は恋愛のプロ…!
恥ずかしがっている場合ではない。
わたくしは改めて気を引き締めた。
「確かにレオナルド様とお言葉を交わしたのは、あの日一度きりでした。でもわたくしには決して忘れられない、とても大切な思い出なんです」
口から出した途端、胸にチクリと痛みを感じてしまう。
(嘘をついてごめんなさい!今の今まで忘れていたのに……)
でも、この結婚にわたくしとリーベン公爵家の命運が掛かっているのだから、罪悪感には見て見ぬ振りをするべきだと自分に言い聞かせる。
レオナルド様は静かにこちらを見つめて耳を傾けて下さっているけれど、まるで何かを見つけ出そうとしている様な、それでいて迷子の様な、不思議な眼差しを向けてくる。
(どうしてこんな目を……? レオナルド様は私に何を求めてらっしゃるのかしら……)
「しかし、本当にご挨拶だけだったかと……」
「あの年は、集まって下さったお客様が特に多くて……。でもご挨拶に並んで下さった方々の中でも、レオナルド様は一際輝いていらっしゃいました。
ひと目見てなんてお美しいのかしらと、わたくし見惚れてしまったのを覚えています」
「……そうでしたか、私などに恐れ多い事です」
ほんの一瞬だけ、少し落胆されたかのような表情をされたレオナルド様に、わたくしはお断りされてしまいそうな予感がして焦ってしまう。
(えっ? そんなに気落ちするような台詞……?
貴方ほどの美貌なら、誰だって一目で恋に落ちるし、忘れられないのが普通でしょう?
でも、やっぱり容姿を賛美されるのは飽き飽きなのかもしれないわね……)
「ご令嬢、今回のお話ですが……」
「なぜ忘れられなかったかと言うと、素敵なお言葉を頂いたからですわ!!」
レオナルド様から不穏な言葉を告げられそうな雰囲気を感じてしまい、失礼を承知で上から強引に被せてしまった。
(お待ち下さい……!ここからが本題ですわ。
ここから、運命の恋仕様に盛っていきますから!!)
「……私の言葉、ですか……?」
「ええ、レオナルド様からわたくしの髪色を褒めて頂いたんです」
「…………」
「わたくし、実は子供の頃は自分のこの赤みがかったブラウンの髪色が、少しコンプレックスでしたの。
ですから、目の前に現れたレオナルド様の眩い金髪がとても羨ましくて……」
「……コンプレックスを?ご令嬢が?」
「はい」(うそです、ごめんなさい!)
レオナルド様はその宝石のようなサファイアブルーの瞳を零れ落ちそうなほど見開き、
「まさか、そのように艷やかで深みがあって、まるでチョコレートコスモスのように愛らしい髪色を……?」
噂通りの女たらしな発言をなさった。
さすがにこちらも演技ではなく、顔が真っ赤になってしまう。
(その美貌で、そのナチュラルに滑らかなお口!!
……何という破壊力!
お世辞なんて言われ慣れているけれど、油断していた所に、真正面から受け取ってしまったから、頬が熱くて茹だりそう……
だめだめ!プレイボーイに恋なんてしてしまったら大火傷よ、しっかりシャルロッテ!)
「ありがとうございます。……あの時もそんな風に『贈り物はあなたの愛らしいレッドブラウンの髪に似合うと思って選びました』って……」
当時のレオナルド様の言葉を思い出しながら言っていたら、何だか輪をかけて恥ずかしくなってしまい、言葉が尻すぼみになってしまう。
「あれほど大勢の招待客が挨拶をされていた中で……私のそんな些細な言葉を今までずっと……?」
「勿論ですわ! だってそれ以来、わたくしにとってこの髪色は一番の自慢になりましたもの。レオナルド様が愛らしいと言って下さったから……」
急場しのぎで作ったにしては、なかなか上出来で筋の通ったシャルロッテ初恋物語。
自分の創作の才能が怖い……。
でも、これで安心?して逆玉の輿に乗って下さるに違いないと気が軽くなった。
(ああ!リーベン公爵家の令嬢として相応しくあろうと努力していた事が実を結んだわ……!
子供の頃、贈り物と送り主の顔を必ず一纏めで覚えるようにと、厳しく躾けて貰っていて良かった。
家庭教師の先生に何か贈り物でもしなきゃ……
…………ん?あら? )
__先程レオナルド様の不審そうな、それでいて不安そうな瞳を見た時。
同じ表情をした華やかな容貌とは正反対の、シンプルな白いシャツと落ち着いた地味とも言える紺色の服装に身を包んでいた少年の姿を思い出した。
媚びる事もなく、アピールするでも無く、ただ静かに微笑んでお祝いの言葉を述べリボンの入った小さなギフトボックスを差し出すレオナルド様の姿を____
(……違うわ、記憶力のお陰じゃないわね。流石にわたくしだって全ての贈り物を覚えてなんていられないもの……あのリボンが印象に残っていたからだわ)
レオナルド様から頂いた、ターコイズカラーのリボン……。
子供時代、公爵令嬢であるわたくしに取り入りたいご子息は、ご自分の髪色や瞳の色をアクセントにした贈り物をする事が多かった。
何故なら、その方がご自分の印象を強く残せるのと、わたくしのアキシナイトの瞳や赤味がかったブラウンの髪色は、贈り物の色味には選び辛いから。
でもレオナルド様の贈り物は、本当にわたくしの髪色が一番綺麗に引き立つ色のリボンだったのだ。
だからそれがとても珍しくて、驚いたからこそ記憶に残っていたのだと思い至った。
「ふふっ」
「ご令嬢……?」
「あ、一人で笑ったりして申し訳ありません。あのリボンが懐かしくなってしまって、つい……」
「あんな子供の頃のささやかな贈り物を、本当に覚えていて下さったのですね」
(あんな……?)
「レオナルド様こそ、覚えてらしたのですか? 」
「……私は昔から社交の場が苦手で、他家のお祝い事に招かれて伺ったのはあの日が最後でしたから」
「最後……?」
(リーベン家の誕生会に一度だけと言うのは、招待客の人数にも限りがあるから伯爵家の三男だとそこまで不自然ではないけれど……。
普通、息子の容姿がこれだけ整っていたら、伯爵家の方だって顔繋ぎにと連れ回すだろうし、招待状だって沢山来たのではないかしら……)
すごく違和感を感じるけれど、今はそれを考えている場合ではない。
「…………あの誕生会の後、わたくしが贈り物のターコイズカラーのリボンばかり身に着けるものだから、母がリボンに合わせて同じ色のドレスまで作ってくれました。父なんて肖像画に残そうと画家まで呼んでしまって……」
(これは嘘ではないわ……。あのリボンは本当にわたくしの瞳と髪色を綺麗に見せてくれたから、気に入って何度も身に着けたもの。どうしてか、すっかり忘れていたけれど……)
「……公爵家の皆様にそんなふうに喜んで頂けたなら、身に余る光栄です」
「お互いあの日の事をちゃんと覚えているだなんて。わたくし達、きっと運命の糸で結ばれているんですわ。
他の方では嫌なんです、 結婚するならレオナルド様でないと!」
(特に王太子殿下、絶対に嫌! 貴方がちょうど良くてぴったりなの!)
「…………」
ところが、どれだけ待ってもレオナルド様は悲しそうに微笑むだけで何の反応も返してくれない。
少し勢いが強すぎて引かれてしまったかしら、と不安になっていると、レオナルド様は左手で額を覆い俯いてしまった。
しかも、心做しか少し肩が震えているような気がする。
「…………えっ? レオナルド様?」
「あなたと、もっと早くこうしてお会いする機会があれば良かった……。
ですが、もう遅いんです……」
0
お気に入りに追加
61
あなたにおすすめの小説
光の王太子殿下は愛したい
葵川真衣
恋愛
王太子アドレーには、婚約者がいる。公爵令嬢のクリスティンだ。
わがままな婚約者に、アドレーは元々関心をもっていなかった。
だが、彼女はあるときを境に変わる。
アドレーはそんなクリスティンに惹かれていくのだった。しかし彼女は変わりはじめたときから、よそよそしい。
どうやら、他の少女にアドレーが惹かれると思い込んでいるようである。
目移りなどしないのに。
果たしてアドレーは、乙女ゲームの悪役令嬢に転生している婚約者を、振り向かせることができるのか……!?
ラブラブを望む王太子と、未来を恐れる悪役令嬢の攻防のラブ(?)コメディ。
☆完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。
執着王子の唯一最愛~私を蹴落とそうとするヒロインは王子の異常性を知らない~
犬の下僕
恋愛
公爵令嬢であり第1王子の婚約者でもあるヒロインのジャンヌは学園主催の夜会で突如、婚約者の弟である第二王子に糾弾される。「兄上との婚約を破棄してもらおう」と言われたジャンヌはどうするのか…
シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした
黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)
断罪後の悪役令嬢は、君を愛する事はないと断言した新しい婚約者がいい人過ぎて辛いです
春ことのは
恋愛
「この婚約は、国王陛下から勅令を受け結ばれたものだ。
この先、私が君を愛することはない」
「…………はい。承知いたしました」
ミモザが咲き乱れる庭園のガゼボで、新しい婚約者に断言された。
なるほど、これは悪役令嬢が断罪後に望まぬ結婚を押し付けられて、嫁ぎ先で冷遇されるルートみたいね……。
そう思っていたけれど、どうも目の前の新しい婚約者クリストファー・ラムバレド様の様子がおかしい…………?
「うっ……」
「あの、お顔の色が優れないようですが……」
「胃が……君に申し訳なさすぎて……胃が痛い……」
どうやら思っていたような冷酷傲慢な方では無いようで……!?
※R15は保険です。
※この作品は小説家になろう様にも投稿しています。
【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
見ず知らずの(たぶん)乙女ゲーに(おそらく)悪役令嬢として転生したので(とりあえず)破滅回避をめざします!
すな子
恋愛
ステラフィッサ王国公爵家令嬢ルクレツィア・ガラッシアが、前世の記憶を思い出したのは5歳のとき。
現代ニホンの枯れ果てたアラサーOLから、異世界の高位貴族の令嬢として天使の容貌を持って生まれ変わった自分は、昨今流行りの(?)「乙女ゲーム」の「悪役令嬢」に「転生」したのだと確信したものの、前世であれほどプレイした乙女ゲームのどんな設定にも、今の自分もその環境も、思い当たるものがなにひとつない!
それでもいつか訪れるはずの「破滅」を「回避」するために、前世の記憶を総動員、乙女ゲームや転生悪役令嬢がざまぁする物語からあらゆる事態を想定し、今世は幸せに生きようと奮闘するお話。
───エンディミオン様、あなたいったい、どこのどなたなんですの?
********
できるだけストレスフリーに読めるようご都合展開を陽気に突き進んでおりますので予めご了承くださいませ。
また、【閑話】には死ネタが含まれますので、苦手な方はご注意ください。
☆「小説家になろう」様にも常羽名義で投稿しております。
悪役令嬢予定でしたが、無言でいたら、ヒロインがいつの間にか居なくなっていました
toyjoy11
恋愛
題名通りの内容。
一応、TSですが、主人公は元から性的思考がありませんので、問題無いと思います。
主人公、リース・マグノイア公爵令嬢は前世から寡黙な人物だった。その為、初っぱなの王子との喧嘩イベントをスルー。たった、それだけしか彼女はしていないのだが、自他共に関連する乙女ゲームや18禁ゲームのフラグがボキボキ折れまくった話。
完結済。ハッピーエンドです。
8/2からは閑話を書けたときに追加します。
ランクインさせて頂き、本当にありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ
お読み頂き本当にありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ
応援、アドバイス、感想、お気に入り、しおり登録等とても有り難いです。
12/9の9時の投稿で一応完結と致します。
更新、お待たせして申し訳ありません。後は、落ち着いたら投稿します。
ありがとうございました!
【完結】悪女のなみだ
じじ
恋愛
「カリーナがまたカレンを泣かせてる」
双子の姉妹にも関わらず、私はいつも嫌われる側だった。
カレン、私の妹。
私とよく似た顔立ちなのに、彼女の目尻は優しげに下がり、微笑み一つで天使のようだともてはやされ、涙をこぼせば聖女のようだ崇められた。
一方の私は、切れ長の目でどう見ても性格がきつく見える。にこやかに笑ったつもりでも悪巧みをしていると謗られ、泣くと男を篭絡するつもりか、と非難された。
「ふふ。姉様って本当にかわいそう。気が弱いくせに、顔のせいで悪者になるんだもの。」
私が言い返せないのを知って、馬鹿にしてくる妹をどうすれば良かったのか。
「お前みたいな女が姉だなんてカレンがかわいそうだ」
罵ってくる男達にどう言えば真実が伝わったのか。
本当の自分を誰かに知ってもらおうなんて望みを捨てて、日々淡々と過ごしていた私を救ってくれたのは、あなただった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる