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8.王太子の若気の至り

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王宮の「青の間」は、長さ80mにも及び天井には荘厳な黄金の龍が描かれている。

大陸の数に因んだ八つの豪華なシャンデリアは眩く輝きながら広間を照らし、純白のテーブルクロスの上には贅を凝らした料理が並んでいた。

隣国カライラの使節団を迎え、ゴートエルド王国の重鎮が集まるなか、国王陛下のスピーチと乾杯の掛け声で晩餐会は表向き和やかに始まる。

「両国の親善を祈って、乾杯」

ルイーズは周囲と歓談をしながらも心中は穏やかでは無かった。

王太子殿下は何事も程々には熟せるが、とかく考えが浅いところがあり、熟慮せず周りに流されやすいので不安が募る。

(もう! せっかく資料の山を読み込んだのに、肝心の殿下と言葉を交わせないんじゃ、忠告も出来ないじゃない!)

晩餐会前の懇談でも機会を伺っていたが、クリストファー様との婚約の件を聞きたい方々に囲まれてしまい一度も近付けず、殿下からも牽制すら無かったのは想定外だった。

(私の前世が普通のOLじゃなくて忍者とかだったら、王宮に忍び込んでいくらでも匿名の投げ文とか出来たのに……)

現実逃避からくだらない事を考えていると、隣のクリストファー様から気遣わしげな視線を感じた。

(ん?  王妃陛下と殿下にものすごく強い視線を送られてるから心配してくれてる?)

クリストファー・ラムバレド様はいい人過ぎて、胃痛持ちなのも納得だ。

国王陛下の甥なのだから、もっと傲慢で権謀術数に長けていても良さそうだけど……。

(お人好しの逸話が残る、建国王ルシェルみたいね)


「ラムバレド卿には一度わがカライラにお越し頂き、国宝の剣をお見せしたいものですな」

「貴国の伝説に纏わる聖剣ですね、何でも剣自身が持ち主を選ぶとか……」

「いやはや、よくご存知だ。ぜひ婚約者のお美しいルイーズ嬢も如何ですかな?」

「まあ、有難いお言葉ですわ。以前カライラ産の繊細な細工の香水瓶を拝見した事があって……。あまりに愛らしくて、溜息が出てしまいましたの」

「おお、そうですか! 実は我が娘の嫁ぎ先が香水瓶の工房を抱えていましてな、あれは女性に人気で……」

和やかに会話を進めつつも、決して言質は取られないよう苦慮する。


───使節団の目的はあくまで親善だが、真意は不平等条約の撤廃に向けた地ならし。
しかし、晩餐会前日の会談では何も合意に至らなかったらしい。

カライラ側には焦りがあり何か一つでも確約を取りたいだろう。

逆に、我がゴートエルドは条約改正すら反対派も多く譲歩が難しい為、今回は親善のみで押し切りたい。

(ある意味、無難にこなせばいいんだもんね。私の忠告なんて無くても、殿下が若気の至りさえ起こさなければ何も問題は……)

そう思って、私が少しばかり肩の荷を降ろした途端、王太子殿下の良く通るバリトンの声が響いた。

「国王陛下! 発言をお許し頂けますか」

一瞬にして場が静まり返る……。

(…………………………………は?)

思わず隣のクリストファー様の表情を窺うと、顔面蒼白だった。
つまりこれは台本があった訳では無く、突発的な行動と言う事だ。

(ちょ、ちょっと! 無難に熟しなさいよ!!)

「……王太子よ。折角の歓談中だ、控えなさい」

私と同意見であろう国王陛下の声も一層厳しい。

「ですが、今回のカライラ使節団には第一王子殿下も参加されています。

私と殿下は共に両国の未来を担う身、ぜひこの機会に国交回復に向けての提言をさせて頂きたいのです!」

「青の間」が一気に騒然とする中、王太子殿下はその父王譲りの眩い金髪に新緑の瞳を輝かせ、誇らしげに胸を張っていた……。

王族が、まして王太子の座にいる者が公的な外交の場で一度でも口に出せば、それはもう取り消す事が出来ない。

こうなった以上、国交回復はともかく何らかの譲歩をすべく交渉の座を設けなくてはならないだろう。

(あ、あのお馬鹿! 功を焦って何て事を……!)

もはや国内の重鎮達の視線は、殿下では無くある一人の人物に注がれている……。

前回のカライラ侵攻を防いだ最大の功労者であり、最も被害を被ったグラム辺境伯。

アウグスト・グラム閣下は顔から一切の表情を削ぎ落とし、その身体からはまるで青白い炎が揺らいでいるようだった。



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