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冬空のもと、オリバー様に手を引かれ高級店の建ち並ぶ目抜き通りを抜けた。
下町は小さな食堂や書店、雑貨店や職人の工房などが雑多に集まっていて、沢山の人が行き交い活気があった。
(どうしてもオリバー様とつないでいる左手に意識が行ってしまうわ、何だか胸が苦しい…どうして?)
このままでいると、なんだか自分の心が訳のわからない感情に覆われそうで怖くなった。
(ええと、何か話題を…)
「あ、あのオリバ…、いえオーリはよくこの辺りに来るの?」
「うーん、まぁジョージや学院の連中と時々ね。社会勉強みたいなものかな」
「そう…お兄様も…」
(わたくし、本当に籠の鳥だったんだわ。
王都では王太子殿下の視察に同行したり、孤児院などへの慰問もしていたけれど、全部お膳立てされたもので、自分の足で歩き回るなんて考えたことも無かった)
「何か気に病んでそうだけど、エリーにはそんな顔しないで欲しいな」
「えっ?」
「籠の中の鳥は唯一無二の存在だったんだ、好き勝手な事をされたら周りは大変だよ。籠の中に留まり続けたのは、自分を律した正しい姿だったと思うな」
オリバー様はわたくしに言い聞かせるように、その紺碧の海のような瞳を優しげに細めた。
「……でも、もう唯一無二ではなくなりましたわ」
「突然籠の外に出て、身軽になって戸惑っているような、寂しい気もするような、ってとこかな?」
「ふふ、オーリは心の機微に聡いんですね」
すると、急にオリバー様が足を止めた。
「エリー限定だよ」
「……」
「信じてないって顔だ」
「だって理由がありませんもの。わたくしとの婚姻なんて、そちらのお家に何もメリットがありませんし」
「ずっと何年も報われない恋に苦しんできたけど、ようやく機会が巡ってきたんだ、って言ったら信じてくれる?」
こちらを窺うように見つめるオリバー様を、わたくしは強く見据えた。
「うそだわ。今までそんな素振りもなかったのに、なぜ急に…」
「いくら僕でも、婚約者のいる相手に迫ったりできないだろう」
「そ、それはそうかもしれませんが、普通はこう、抑えきれない感情があふれ出たりするものなのでは…?」
(そうよ!ずっとお兄様のご友人として節度のある態度だったもの。それなのにこんな、こんなの本気なわけないわよ…!)
思わず強い声で言い返してから、自分の状況を思い出した。
「あっ?わたくし…いえ、私すっかり言葉遣いが…?」
「今更平民風にしなくても大丈夫じゃない?
もともとエリー、美人でかなり目立ってるし」
「まさか、そんな…?」
周囲を見渡すと、街行く人々が皆こちらを見ていて、すっかり注目されていた。
少し離れた所で隠れて護衛をしてくれている騎士達も、心配そうに窺っている。
「ほらね」
オリバー様がその手を口元に当て、笑いながら言うと、見物していたらしき花屋の主人に声をかけられた。
「なんだなんだ、痴話喧嘩はもう終わりかい?仲直りに花でも贈ったらどうだい、色男の坊っちゃん!」
「い、いいえ、痴話喧嘩では…!」
「お貴族様のお忍びデートだろ?お熱いねぇ!」
(えっ!バレてる?)
「実はそうなんだ、プロポーズをなかなか受けて貰えなくてね」
「なっ、ちょっと、おり、オーリ!」
こんな道の往来で変なことを言い出すオリバー様を、慌てて止めようとするけれど、全く意に介さないようだ。
「何かアドバイスないかな?」
「そうかい、そりゃ可哀想だ!俺のカミさんもなかなか手強かったからなぁ、この店のでっかい花束で口説いたんだぜ!」
「じゃあ僕もそのご利益にあやかって、花束を作ってもらおうかな」
「おう!毎度あり!!上手くいくといいねぇ~」
わたくしが呆気にとられているうちに、すっかり商談は成立していた。
(オリバー様ってアプロウズ公爵家の嫡男よね?ずいぶん下町に馴染んでない!?
こっちが「宵闇の君」の本来の姿なの…?)
自分の知っているオリバー・アプロウズ様は、五大公爵家の嫡男という恵まれた立場と、その宵闇色の艷やかな黒髪に、紺碧の美しい瞳で社交界の人気の的だった。
(お兄様に比べて、確かに少し軽い感じの方だったけれど、でももっと貴公子然とされていたわよね…?)
「おり、オーリ!わたくし、今日はもうすでにお花はいただいて…」
戸惑う私を他所に、オリバー様はさっさとお支払いを済ませてしまった。
「ねえ、僕達パン屋を探してるんだ。だから花束は後で受け取りに来るのでもいいかな」
「それは構わねぇが、どんなパン屋だ?」
「エリー、どんなパン屋?」
(どうしよう…散策だと思われるように、少しはぐらかした方が…?)
「……ええと、こぢんまりとした、この辺りで人気の…」
「時間の無駄じゃない?僕は一緒にいられて嬉しいけど」
(散策じゃなくて目的地があるってバレてる!!)
お兄様と同じで、鋭さは公爵家嫡男の標準装備なのかと、誤魔化すのを諦めることにした。
「……その、店主が女性で、赤い髪の看板娘がいるようなパン屋が近くにありませんか」
「赤毛の看板娘…ああ!エマって娘のいるパン屋かい!?」
下町は小さな食堂や書店、雑貨店や職人の工房などが雑多に集まっていて、沢山の人が行き交い活気があった。
(どうしてもオリバー様とつないでいる左手に意識が行ってしまうわ、何だか胸が苦しい…どうして?)
このままでいると、なんだか自分の心が訳のわからない感情に覆われそうで怖くなった。
(ええと、何か話題を…)
「あ、あのオリバ…、いえオーリはよくこの辺りに来るの?」
「うーん、まぁジョージや学院の連中と時々ね。社会勉強みたいなものかな」
「そう…お兄様も…」
(わたくし、本当に籠の鳥だったんだわ。
王都では王太子殿下の視察に同行したり、孤児院などへの慰問もしていたけれど、全部お膳立てされたもので、自分の足で歩き回るなんて考えたことも無かった)
「何か気に病んでそうだけど、エリーにはそんな顔しないで欲しいな」
「えっ?」
「籠の中の鳥は唯一無二の存在だったんだ、好き勝手な事をされたら周りは大変だよ。籠の中に留まり続けたのは、自分を律した正しい姿だったと思うな」
オリバー様はわたくしに言い聞かせるように、その紺碧の海のような瞳を優しげに細めた。
「……でも、もう唯一無二ではなくなりましたわ」
「突然籠の外に出て、身軽になって戸惑っているような、寂しい気もするような、ってとこかな?」
「ふふ、オーリは心の機微に聡いんですね」
すると、急にオリバー様が足を止めた。
「エリー限定だよ」
「……」
「信じてないって顔だ」
「だって理由がありませんもの。わたくしとの婚姻なんて、そちらのお家に何もメリットがありませんし」
「ずっと何年も報われない恋に苦しんできたけど、ようやく機会が巡ってきたんだ、って言ったら信じてくれる?」
こちらを窺うように見つめるオリバー様を、わたくしは強く見据えた。
「うそだわ。今までそんな素振りもなかったのに、なぜ急に…」
「いくら僕でも、婚約者のいる相手に迫ったりできないだろう」
「そ、それはそうかもしれませんが、普通はこう、抑えきれない感情があふれ出たりするものなのでは…?」
(そうよ!ずっとお兄様のご友人として節度のある態度だったもの。それなのにこんな、こんなの本気なわけないわよ…!)
思わず強い声で言い返してから、自分の状況を思い出した。
「あっ?わたくし…いえ、私すっかり言葉遣いが…?」
「今更平民風にしなくても大丈夫じゃない?
もともとエリー、美人でかなり目立ってるし」
「まさか、そんな…?」
周囲を見渡すと、街行く人々が皆こちらを見ていて、すっかり注目されていた。
少し離れた所で隠れて護衛をしてくれている騎士達も、心配そうに窺っている。
「ほらね」
オリバー様がその手を口元に当て、笑いながら言うと、見物していたらしき花屋の主人に声をかけられた。
「なんだなんだ、痴話喧嘩はもう終わりかい?仲直りに花でも贈ったらどうだい、色男の坊っちゃん!」
「い、いいえ、痴話喧嘩では…!」
「お貴族様のお忍びデートだろ?お熱いねぇ!」
(えっ!バレてる?)
「実はそうなんだ、プロポーズをなかなか受けて貰えなくてね」
「なっ、ちょっと、おり、オーリ!」
こんな道の往来で変なことを言い出すオリバー様を、慌てて止めようとするけれど、全く意に介さないようだ。
「何かアドバイスないかな?」
「そうかい、そりゃ可哀想だ!俺のカミさんもなかなか手強かったからなぁ、この店のでっかい花束で口説いたんだぜ!」
「じゃあ僕もそのご利益にあやかって、花束を作ってもらおうかな」
「おう!毎度あり!!上手くいくといいねぇ~」
わたくしが呆気にとられているうちに、すっかり商談は成立していた。
(オリバー様ってアプロウズ公爵家の嫡男よね?ずいぶん下町に馴染んでない!?
こっちが「宵闇の君」の本来の姿なの…?)
自分の知っているオリバー・アプロウズ様は、五大公爵家の嫡男という恵まれた立場と、その宵闇色の艷やかな黒髪に、紺碧の美しい瞳で社交界の人気の的だった。
(お兄様に比べて、確かに少し軽い感じの方だったけれど、でももっと貴公子然とされていたわよね…?)
「おり、オーリ!わたくし、今日はもうすでにお花はいただいて…」
戸惑う私を他所に、オリバー様はさっさとお支払いを済ませてしまった。
「ねえ、僕達パン屋を探してるんだ。だから花束は後で受け取りに来るのでもいいかな」
「それは構わねぇが、どんなパン屋だ?」
「エリー、どんなパン屋?」
(どうしよう…散策だと思われるように、少しはぐらかした方が…?)
「……ええと、こぢんまりとした、この辺りで人気の…」
「時間の無駄じゃない?僕は一緒にいられて嬉しいけど」
(散策じゃなくて目的地があるってバレてる!!)
お兄様と同じで、鋭さは公爵家嫡男の標準装備なのかと、誤魔化すのを諦めることにした。
「……その、店主が女性で、赤い髪の看板娘がいるようなパン屋が近くにありませんか」
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