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第65話:王様が来た(Side:シルヴィー④)①

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「……どうして、誰も来ないのかしらぁ?」

 もう閉店の時間というのに、"言霊館 ver.シルヴィー”の中は一日中がらんとした空気に包まれていた。
 ドアベルが鳴る音も、依頼を頼む声も、客たちの話し声もまるでない。
 いつからか、客がさっぱりと来なくなった。
 子ども大人も年寄りも全部だ。
 あんなに文句を言いに来ていたくせに。
 用が済んだら、はい終わり?
 ふざけんじゃないわよ。
 言い逃げされた気分でむしゃくしゃする。
 やり場のない怒りに身を焦がしていたら、カランッとドアベルが鳴った。
 有力貴族の令息かしら!?

「いらっしゃ~い……なんだ、ルシアン様ですか」

 入ってきたのは見慣れた金髪の男性。
 客かと思ったらルシアン様だった。
 期待されるんじゃないわよ。
 間の悪い人ね。
 ルシアン様は店の中を見渡す。

「今日も客がいねえな。ここ三日ほど、ずっと誰も来てねえよ」
「そうなんですのぉ。どうしかしてくださいませんかぁ? ルシアン様のツテで有名な貴族の方を呼んでくださいましぃ」

 腕にしな垂れかかりながら、さりげなく有力貴族との接触を頼んだ。
 ククク……使える物は何でも使うわよ。
 伯爵家ともなれば、有名な貴族の知り合いも多いはず。
 ルシアン様は宙を見ながら考える。
 
「俺のツテねぇ……」
「そうでございますわぁ」
「めんどくせえな」

 ……は?
 めんどくさがるなよ、ボンボンが。
 可愛くて尊くて美しい、絶世の美女たる婚約者からの頼みでしょう。
 めんどくさいどころか、むしろルシアン様から協力を申し出るレベルの話だ。

「ルシアン様ぁ、そこをどうにかお願いしますわぁ。このままじゃ、"言霊館 ver.シルヴィー”が潰れてしまいますぅ」

 どうにか引きつった笑みを浮かべ、なおもやる気のないルシアン様を揺する。
 あたくしの言うとおりにしなさいよ。
 もっと激しく揺すろうかと思ったとき、ルシアン様が衝撃的なセリフを吐いた。

「そういや、街でお前の悪口を聞いたぞ」
「なんですって!? 詳しく聞かせてくださいまし!」
「どうやら、この前来た客たちが広めているようだ」

 そのまま、ルシアン様から話を聞く。
 あたくしのスキルは失敗ばかり、あたくしに詩を歌われると不幸になる、あたくしではなくお義姉様でないとダメ……などなど。
 いずれも、大変に腹立たしい話ばかりだ。
 許せん。
 きっと、あたくしの才能に嫉妬して、あることないこと言いふらしているに違いない。
 庶民や下級の貴族は噂話が好きだもの。
 こんなんじゃ商売上がったりだわ。

「俺が睨んだらすぐ口をつぐむんだぞ。……面白かったなぁ。やっぱり、俺は偉いんだよ。なんと言っても、ダングレーム伯爵家の跡取りだからな」

 庶民や下級貴族をいびった話をして、ルシアン様は一人で喜ぶ。
 あたくしはとても喜ぶ気分にはなれなかった。
 有力貴族が来ないのであれば、"言霊館 ver.シルヴィー”を続ける意味はない。
 何より、高位の貴族と知り合うチャンスがなくなってしまった。
 他人のお悩み解決なんてどうでもいいもの。
 もう廃業しようかしら。
 こんなことをしているより、お茶会や夜会に出た方が効率良さそうね。
 となると、ここはやはりルシアン様を利用しましょう。

「ねぇ、ルシアン様ぁ。今度、夜会に連れて行ってくださいませんかぁ? 侯爵様が来るような大きな夜会ぃ」
「わかった、わかった。そのうち連れて行ってやるから」

 適当な返事。
 思い返せば、ルシアン様は面倒なことはいつもこうやって誤魔化してきた。
 本当に夜会へ行けるのか、半信半疑も甚だしい。
 これは厳しい躾が必要そうね。
 指を鳴らしながらルシアン様に迫る。

「あたくしは真剣に頼んでいるのに、ルシアン様はいつも空返事されますよねぇ。……一度痛い目を見た方がよろしいですかぁ?」
「や、やめろっ、来るなっ。やめろ……やめろぉおお!」

 以前の二連撃が身に染みているのか、ルシアン様は恐怖の表情を浮かべてじりじりと後ずさる。
 婚約者に向かって来るな、なんてひどいじゃないの。
 おまけに魔物でも見たかのような顔をして。
 さらなる躾が必要そうね。
 壁まで追い詰めたところで、ルシアン様があたくしの後ろを指して叫んだ。

「お、おい、シルヴィー、窓の外を見ろ! 王族の馬車が来ているぞ!」
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