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第39話:くま②
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お花が散らばり、陶器の割れる鋭い音がロビーに響く。
「アレン君!?」
「ちょっと、アレン、大丈夫!?」
私とエヴァちゃん、そしてルイ様は急いで駆け寄る。
アレン君は床に手をついて俯いていた。
「……申し訳ございません、辺境伯様。花瓶を割ってしまいました。弁償しますので、お金は給金から引いてください」
〔花瓶などどうでもいい。怪我がないか見せなさい〕
ルイ様はアレン君の身体を慎重に確認する。
どうやら、大きな怪我は負っていないようで、私とエヴァちゃんはホッと安心した。
花瓶の破片で指でも切ってしまっていたらと、心配だったのだ。
「姉さんとポーラさんもすみません……。びっくりさせてしまいましたね」
「いえ、気にしないで。怪我がなくて良かったわ」
「もしかして、具合が悪いんじゃないの? 熱はない? おでこを見せなさい」
エヴァちゃんは心配そうな表情でアレン君のおでこに、自分の額をつける。
それだけで、弟をとても大事に思う気持ちが伝わってきた。
熱もないようだ。
アレン君の顔をよく見ると、目の下に黒いくまが薄っすらと浮き出ている。
寝不足が続くと現れるような黒いくまが……。
「アレン君、最近はよく眠れていないの?」
「あの火事の一軒以来、悪夢を見るようになって……よく眠れなくなってしまったんです。血のように赤くて恐ろしい悪魔が、どこまでも追いかけてくるような夢です。身体も熱くなって、いつも寝汗がびっしょりで……」
アレン君は暗い顔で呟く。
‟ロコルル‟の街のレストランで起きた火事……。
あのときの火の勢いはそれこそ悪魔が躍っているようで、私が見ても恐ろしかった。
今でも鮮明に思い出される。
何より、アレン君はまだ子どもだ。
ショックは大きかっただろう。
「わたしの知らないところでそんなに苦しんでいたなんて……」
「気づかなくてごめんね、アレン君」
〔私も把握できず悪かったな。辛い思いをさせてしまった〕
ドッペルゲンガー退治などがあり、このところアレン君とはあまり話すこともなかった。
結果、悪夢の存在に気づくのが遅れてしまったのだ。
「僕もお伝えするのが遅くなり申し訳ございませんでした。でも、しばらくすれば悪夢も見なくなると思います。きっと、悪夢が出るのも今だけですから」
「そういうわけにはいかないでしょうよ。教会で祈祷してもらう?」
「いや、そこまではしなくていいよ。時間が経てば治るだろうし」
エヴァちゃんの言葉に、アレン君は首を横に振る。
アレン君は幼くとも、人一倍強い責任感を持っていた。
時間が経てば治ると言っても、何もしないわけにはいかない。
彼らのやり取りを見ると、私は自然と告げていた。
「大丈夫、私に任せて。【言霊】スキルで悪夢を追い払うよ」
そう言うと、アレン君はハッとした顔で私を見る。
「い、いいんですか?」
「もちろん。アレン君も私の大切な人なんだからね。お屋敷に来てから、ロッド君にもすごく助けられたから……。今度は私の番よ」
「ポーラさん……ありがとうございます。お願いします……」
アレン君はぺこりと小さく頭を下げる。
悪夢なんか見ず、よく眠れるようになってほしい。
今こそ、【言霊】スキルの出番だ。
「アレン君!?」
「ちょっと、アレン、大丈夫!?」
私とエヴァちゃん、そしてルイ様は急いで駆け寄る。
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「……申し訳ございません、辺境伯様。花瓶を割ってしまいました。弁償しますので、お金は給金から引いてください」
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エヴァちゃんは心配そうな表情でアレン君のおでこに、自分の額をつける。
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「アレン君、最近はよく眠れていないの?」
「あの火事の一軒以来、悪夢を見るようになって……よく眠れなくなってしまったんです。血のように赤くて恐ろしい悪魔が、どこまでも追いかけてくるような夢です。身体も熱くなって、いつも寝汗がびっしょりで……」
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「気づかなくてごめんね、アレン君」
〔私も把握できず悪かったな。辛い思いをさせてしまった〕
ドッペルゲンガー退治などがあり、このところアレン君とはあまり話すこともなかった。
結果、悪夢の存在に気づくのが遅れてしまったのだ。
「僕もお伝えするのが遅くなり申し訳ございませんでした。でも、しばらくすれば悪夢も見なくなると思います。きっと、悪夢が出るのも今だけですから」
「そういうわけにはいかないでしょうよ。教会で祈祷してもらう?」
「いや、そこまではしなくていいよ。時間が経てば治るだろうし」
エヴァちゃんの言葉に、アレン君は首を横に振る。
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「い、いいんですか?」
「もちろん。アレン君も私の大切な人なんだからね。お屋敷に来てから、ロッド君にもすごく助けられたから……。今度は私の番よ」
「ポーラさん……ありがとうございます。お願いします……」
アレン君はぺこりと小さく頭を下げる。
悪夢なんか見ず、よく眠れるようになってほしい。
今こそ、【言霊】スキルの出番だ。
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