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第1話:婚約破棄と寡黙の辺境伯①
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「ポーラ・オリオール。俺はお前との婚約を破棄する。お前は本当に小言が多いんだよ」
その日、いつものように離れの仕事部屋で詩を書いていたら、男性の野太い声が私の胸に突き刺さった。
驚いて振り返ると、尖らせた金髪に美しい碧眼の男性が私を睨んでいる。
それこそ獅子のように鋭い目で。
こ、この方は……。
驚きとは別の意味で心臓が嫌な鼓動を打つ。
「ルシアン様っ、こ、こんにちは。すみません、いらっしゃっているとは気づきませんでした」
「相変わらず鈍くてのろい女だな。恥ずかしくないのか? 地味な見た目なんだから、せいぜい気配りくらいは上達したらどうだ。まったく、何度言わせれば気が済むんだ」
「……申し訳ありません」
ルシアン様の言葉を聞き、心が暗く沈むのを感じる。
彼はここメーンレント王国の名家、ダングレーム伯爵家の嫡男で、私の婚約者だ。
私が生まれたとき、すでに婚約は決まっていたらしい。
俗に言う政略結婚だった。
私は今十六歳で、ルシアン様は十八歳。
将来、自分の夫となる人だったけど、ルシアン様は少々乱暴というか言葉遣いに棘があり、私はどうにも苦手だった。
この方と結婚するのかと思うと、気が滅入るのもまた事実ではあった。
ルシアン様は威嚇を思わせる怖い眼差しを和らげると、今度は見下したような笑みになる。
「まぁ、安心しろよ、ポーラ。お前の代わりにちゃんと‟真に愛する人”を見つけてるからよ」
「し、‟真に愛する人”……ですか?」
「今見せてやるよ。ほら、入ってこい」
ルシアン様がドアに向けて言うと、静々と一人の女性が入室する。
華やかなピンクの縦ロールに、エメラルドグリーンの輝く瞳。
まったく予想もしない人物で、私は大変に驚いてしまった。
「シ、シルヴィー!? あなたがルシアン様の”愛する人‟!?」
「こんにちはぁ、お義姉様ぁ。驚いたお顔もまぬけでございますねぇ」
語尾を伸ばしてふわふわと話す少女。
彼女はシルヴィー・オリオール、十四歳。
私の義妹だった。
ルシアン様はシルヴィーを抱き寄せると、縦ロールを指でくねらせる。
「お前はいつも華やかでいいな。地味で小言ばかりのポーラとは大違いだ」
「ありがとうございますぅ、ルシアン様ぁ。ルシアン様のためを思って、毎日おしゃれを磨いておりますのぉ」
二人は私のことなど目に入らないようにベタベタと抱き合う。
彼らの様子から、長い関係なのだと感じられた。
陰で浮気や密会を繰り返していたと思われる。
ショックを受けないと言えば嘘になるけど、正直あまり悲しくはなかった。
実は、シルヴィーは気に入らないことがあるとすぐに烈火のごとく怒るのだが、ルシアン様は知らないらしい。
ルシアン様もまた、気に入らないことがあるとすぐ叩いてくるのだけど、シルヴィーは知らないようだ。
そのまま二人から、今回の件は両家とも合意済み……とも聞かされた。
父上はお義母様とシルヴィーの言いなりだし、伯爵家と婚姻関係になれればそれでいいのだろう。
「どうした、ポーラ。いつものように小言を言わないのか?」
「言いたいことがあるのなら言ってもよろしいですわよ?」
二人の言葉はじりじりと私の心を抉る。
できれば会話はおしまいにしたかったが、聞いておかねばならないことが一つある。
「お言葉ですが……‟言霊館‟はどうするのでしょうか?」
オリオール家の離れで、私はスキルを活かして“言霊館“という小さなお店を開いて家計を助けていた。
うちは男爵だけど、決して裕福ではないから。
私は【言霊】というスキルを持っていた。
言葉に魔力を乗せ、願った通りの現象を起こすのだ。
例えば、萎れてしまった草花を復活させたり、病気を癒したり、魔物避けの効果をもたらしたり……色々と応用が利く。
スキルを授かってから研究を重ねた結果、詩の形式が一番効力を発揮するともわかった。
だから、私はお客さんの問題を解決するため、言葉の海から一つずつ選び出し、毎日詩を書く。
自分に対しては使えないという欠点があるけど、人々の生活を助ける力だと思う。
私はルシアン様とシルヴィーのために、【言霊】スキルで詩を読むこともあった。
魔物に襲われませんように……とか、風邪をひきませんように……とかだ。
二人のためを思った行動だったけど、彼らにとっては小言に過ぎなかったらしい。
”言霊館”について尋ねると、二人は不気味な笑みを浮かべた。
その日、いつものように離れの仕事部屋で詩を書いていたら、男性の野太い声が私の胸に突き刺さった。
驚いて振り返ると、尖らせた金髪に美しい碧眼の男性が私を睨んでいる。
それこそ獅子のように鋭い目で。
こ、この方は……。
驚きとは別の意味で心臓が嫌な鼓動を打つ。
「ルシアン様っ、こ、こんにちは。すみません、いらっしゃっているとは気づきませんでした」
「相変わらず鈍くてのろい女だな。恥ずかしくないのか? 地味な見た目なんだから、せいぜい気配りくらいは上達したらどうだ。まったく、何度言わせれば気が済むんだ」
「……申し訳ありません」
ルシアン様の言葉を聞き、心が暗く沈むのを感じる。
彼はここメーンレント王国の名家、ダングレーム伯爵家の嫡男で、私の婚約者だ。
私が生まれたとき、すでに婚約は決まっていたらしい。
俗に言う政略結婚だった。
私は今十六歳で、ルシアン様は十八歳。
将来、自分の夫となる人だったけど、ルシアン様は少々乱暴というか言葉遣いに棘があり、私はどうにも苦手だった。
この方と結婚するのかと思うと、気が滅入るのもまた事実ではあった。
ルシアン様は威嚇を思わせる怖い眼差しを和らげると、今度は見下したような笑みになる。
「まぁ、安心しろよ、ポーラ。お前の代わりにちゃんと‟真に愛する人”を見つけてるからよ」
「し、‟真に愛する人”……ですか?」
「今見せてやるよ。ほら、入ってこい」
ルシアン様がドアに向けて言うと、静々と一人の女性が入室する。
華やかなピンクの縦ロールに、エメラルドグリーンの輝く瞳。
まったく予想もしない人物で、私は大変に驚いてしまった。
「シ、シルヴィー!? あなたがルシアン様の”愛する人‟!?」
「こんにちはぁ、お義姉様ぁ。驚いたお顔もまぬけでございますねぇ」
語尾を伸ばしてふわふわと話す少女。
彼女はシルヴィー・オリオール、十四歳。
私の義妹だった。
ルシアン様はシルヴィーを抱き寄せると、縦ロールを指でくねらせる。
「お前はいつも華やかでいいな。地味で小言ばかりのポーラとは大違いだ」
「ありがとうございますぅ、ルシアン様ぁ。ルシアン様のためを思って、毎日おしゃれを磨いておりますのぉ」
二人は私のことなど目に入らないようにベタベタと抱き合う。
彼らの様子から、長い関係なのだと感じられた。
陰で浮気や密会を繰り返していたと思われる。
ショックを受けないと言えば嘘になるけど、正直あまり悲しくはなかった。
実は、シルヴィーは気に入らないことがあるとすぐに烈火のごとく怒るのだが、ルシアン様は知らないらしい。
ルシアン様もまた、気に入らないことがあるとすぐ叩いてくるのだけど、シルヴィーは知らないようだ。
そのまま二人から、今回の件は両家とも合意済み……とも聞かされた。
父上はお義母様とシルヴィーの言いなりだし、伯爵家と婚姻関係になれればそれでいいのだろう。
「どうした、ポーラ。いつものように小言を言わないのか?」
「言いたいことがあるのなら言ってもよろしいですわよ?」
二人の言葉はじりじりと私の心を抉る。
できれば会話はおしまいにしたかったが、聞いておかねばならないことが一つある。
「お言葉ですが……‟言霊館‟はどうするのでしょうか?」
オリオール家の離れで、私はスキルを活かして“言霊館“という小さなお店を開いて家計を助けていた。
うちは男爵だけど、決して裕福ではないから。
私は【言霊】というスキルを持っていた。
言葉に魔力を乗せ、願った通りの現象を起こすのだ。
例えば、萎れてしまった草花を復活させたり、病気を癒したり、魔物避けの効果をもたらしたり……色々と応用が利く。
スキルを授かってから研究を重ねた結果、詩の形式が一番効力を発揮するともわかった。
だから、私はお客さんの問題を解決するため、言葉の海から一つずつ選び出し、毎日詩を書く。
自分に対しては使えないという欠点があるけど、人々の生活を助ける力だと思う。
私はルシアン様とシルヴィーのために、【言霊】スキルで詩を読むこともあった。
魔物に襲われませんように……とか、風邪をひきませんように……とかだ。
二人のためを思った行動だったけど、彼らにとっては小言に過ぎなかったらしい。
”言霊館”について尋ねると、二人は不気味な笑みを浮かべた。
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