3 / 17
1巻
1-3
しおりを挟む
フーリッシュ様の指摘を受けて、すとんと腑に落ちた。……そうよ、そうに決まっているわ。リーダーが怒るのは、あたくしが美しいからだったのね。まったく、美女は大変。
「あたくし、あの人にはとても辟易しているんですの。フーリッシュ様からも何か言ってやってくださいな」
「任せておきなさい。僕がガツンと言ってやるさ」
フーリッシュ様はすこぶる自信にあふれている。ああ、良かった。この人がいれば安心だわ。
見てなさい、年増の行き遅れ女め。クビになっても知らないんだから。
扉を開けると目の前にリーダーがいた。男の人みたいに体つきが良い。あたくしを見るとすかさず怒鳴った。
「シホルガさん! あなただけ休み過ぎですよ! 一日に何回休めば気が済むんですか!? 十五分に一回は休んでいるじゃありませんか!」
「ですから、あたくしはすぐ休まないといけないくらい真剣に取り組んでいる、って何度も言っているでしょう!」
「口答えしないでください! キュリティさんはこんなことありませんでしたよ!」
「お義姉様の話なんかしないで!」
だから、どうしてお義姉様の名前が出てくるの。あの人のことなど少しも考えたくない。
「正直に言って、あなたが入ってきてから困ってばかりです。キュリティさんは本当に優秀で……!」
そのまま、リーダーはずっとお義姉様のことを話しては、彼女が追い出されたことを悔やむ。まったく、あんな人と比べるなんて失礼しちゃう。いい加減にしなさいよね。
「フーリッシュ様~、助けてくださいまし~」
急いで婚約者の陰に隠れた。ふんっ、こっちには伯爵家がついているんだから。あんたなんかコテンパンにやられちゃえばいいのよ。
あたくしが後ろに隠れると、フーリッシュ様は自信満々な様子でリーダーの前に出た。
「君ぃ、シホルガに向かってなんだい、その口の利き方はぁ。礼儀がなってないなぁ」
「フーリッシュ様はお黙りください。これはこちらの問題ですので」
「なんだと!? よくも僕に向かってそんなことが言えるな! 僕はエンプティ伯爵家の者だぞ!」
そうだ、そうだ。この人は伯爵家の跡取り息子なのよ。
逆らっていいと思っているの?
リーダーは黙ってフーリッシュ様を睨む。そんな顔をしたところでこっちの勝利は変わらないわ。私の婚約者の権力はとても強い。いくら恐ろしい顔をしてもフーリッシュ様は負けないの。
勝ち誇っていたら、リーダーは静かに口を開いた。
「……それ以上何かおっしゃるのであれば歯を叩き折ります」
「わかった。今すぐ帰ろう」
フーリッシュ様はそそくさと帰り支度を始める。
……え、ちょ、あれ? リーダーをやっつけてくださるんじゃないの?
思いもしない展開で頭がポカンとする。
「あ、あの~……フーリッシュ様?」
「じゃあ、シホルガ、僕はこれにて失礼するから。解呪師のみなさんと仲良くしてもらいなさい。迷惑をかけてはいけないよ?」
そのまま、何事もなかったように出て行こうとする。
ので、猛然とその腕を掴み、休憩室へ叩き込んだ。リーダーが「ちょっとシホルガさん!」とか言っているけど、そんなことはどうでもいい。
「フーリッシュ様! ガツンと言ってくださるのではなかったのですか! 全然ガツンとしてませんわ!」
「あ、いや、試みてはみたのだけど……まぁ、相手が歴戦の猛者というか、ただならぬ雰囲気というかね……」
「なに怖がっているのですか! もっと強気になってくださいまし!」
「き、聞き捨てならないな! 怖くなんかないよ! ほ、ほら、伯爵家が相手ではさすがにかわいそうだと思ってね!」
フーリッシュ様はヘラヘラしながら笑って誤魔化す。都合の悪いことがあるといつもこうだ。調子のよさそうな顔を見ているとイライラしてきた。
許せん。
思いっきり掴みかかり、バリバリバリッ! と引っ掻きまくる。
「うわっ、シホルガ! 何をする!」
「いつもいつも調子だけはいいんだから!」
「ぐああああ! だ、誰か助けてくれええ!」
「シホルガさん! いい加減にしてください! 仕事に戻りますよ!」
休憩室の扉が開かれ、むんずっとリーダーに掴まれる。そのまま、フーリッシュ様からバリッと引き剥がされた。
ずるずると仕事場へ連れて行かれる。ジタバタするも力の差がありすぎて、全く意味がなかった。
「た、助かった……じゃあ、僕はこれで」
「あっ、こら! フーリッシュ様! まだお話は終わっていませんよ!」
私がもがいている間に、フーリッシュ様は逃げるように王宮から走り去ってしまった。見たこともないくらいのスピードで。
「シホルガさん! 今日はもう休憩なしですからね! 終わるまでみっちりと働いてもらいます!」
「ちょ、ちょっと待ちなさい! お昼ご飯は!?」
「そんなものありません!」
そのまま、ガミガミと怒られながら仕事場に連行される。
どうしてこんなことに!
……そうだ! お義姉様が私の優秀さをきちんと伝えていなかったせいだわ!
今度会ったら許さないんだから!
第二章 私の仕事
「奥様、お身体の具合はいかがでしょうか」
「特に変わりありませんね」
翌朝、朝ごはんを食べた後、バーチュさんが私のお腹を見ながら言った。
もちろん、私のお腹はちっとも膨らんでいない。
診断は受けたものの、本当に赤ちゃんがいるのか未だ不思議だった。
オールドさんが私の服を戻して言う。
「キュリティ、赤ん坊がいる実感はあるかい?」
「いえ、なんとなく変な感じはするんですが、いまいち実感が湧かなくて……本当に赤ちゃんがいるんでしょうか?」
「まぁ、まだそんなもんだろうね。そのうち嫌でも腹が膨れてくるよ」
オールドさんのざっくばらんな物言いに、バーチュさんは表情が硬くなった。
「……オールド様、腹が膨れるなどという言い方はよろしくないかと」
「うるさいね、事実なんだから文句ないだろ。膨れるものは膨れるんだよ」
「ふふっ」
二人のやり取りが面白くて、少し笑ってしまった。私の笑い声に気づいたバーチュさんが、首を傾げて私に言う。
「どうされましたか、奥様」
「あ、いや、お二人を見ているとこちらまで楽しくなってしまいまして」
バーチュさんたちは不思議そうに顔を見合わす。
「それはそうと奥様。ご不安なことばかりでしょうけど、大丈夫ですか? 困ったことがあったら、何でも仰ってくださいませ」
「いえ、お二人のおかげで安心して暮らせています」
二人とも本当に優しく接してくれるから、不安なんて少しもなかった。
「じゃあ、あたしはそろそろ戻るけどね。何かあったらすぐ呼ぶんだよ」
「はい、ありがとうございます」
そう言うと、オールドさんはお部屋から出て行った。バーチュさんはキッチンで洗い物をしている。そこで、彼女に前から思っていたことを尋ねた。
「あの、バーチュさん。ちょっとお話ししてもいいですか?」
「どうぞ好きなだけお話しくださいませ」
「私はどんなお仕事をすればいいでしょうか?」
「……はい? お仕事……でございますか?」
バーチュさんは皿洗いの手を止めて、きょとんとキッチンから顔を覗かせる。
「こんなに良くしてくださっているのに、私だけ何もしないのは申し訳ないですから」
「何を仰いますか。奥様は座っているだけでいいんですよ。辺境伯様からもそのように伝えられております」
座っているだけでいいなんて、ディアボロ様は申し訳ないほど気遣ってくれているようだ。とはいえ、何もしないわけにはいかなかった。
状況が状況だけど、本来なら私はここに居られる身分ではない。
それに、ディアボロ様だけじゃない。オールドさんやバーチュさん。私とお腹の赤ちゃんを大事にしてくれる人たちに、少しでも恩返しをしたかった。
「私にも何かお仕事をください。……そうだ、バーチュさんのお手伝いをします。私の世話のお手伝いをするにはどうすればいいですか?」
「断じてなりません。奥様のお世話をする私の手伝いをされても意味がありません」
「ま、まぁ、たしかにそう言われるとそうですが……」
提案したものの、すぐに論破されてしまった。
「奥様はごゆるりとお休みくださいませ」
バーチュさんは淡々と皿洗いを続ける。彼女からは、もうこの話はおしまいです、という意志の強いオーラが出ていた。だけど、ここで引き下がるわけにはいかない。
「でも、ただ座っているだけではその方が体に良くないと思います。少しくらい動いた方が私にも……そして、お腹の赤ちゃんにとっても良いと思います。適度な運動は妊婦にも良いと聞いたことがありますし」
「ふむ……なるほど、それは一理ございますね。運動した方が奥様の健康には良いかもしれません」
先ほどより感触がいいわね。もうひと押しな気がするよ。
「運動がてらお仕事するのはいかがでしょうか。魔力だって定期的に発散させないといけないみたいですし」
すると、バーチュさんはじっ……と凝視するように私を見た。もちろん不快な気持ちにはならないけど、まだちょっとびっくりする。もしかしたら、彼女特有の癖なのかもしれない。
「……では、オールド様に確認してまいります」
そう言って、バーチュさんはお部屋から出て行った。一人残った部屋で静かに思う。
――なんだか不思議な人だな。
もちろん、とても良い人なんだけど、どこか掴みどころがないというか……。やっぱり不思議な人だ。そんなことを考えていたら、オールドさんと一緒に戻ってきた。
「キュリティ、部屋から出たいんだって? そりゃそうだ。こんな殺風景な部屋にいたってしょうがないもんねぇ」
「いや、そういうわけではなくてですね。ずっと気遣っていただくのも申し訳なくて」
「別に気にしなくていいのに。アンタは辺境伯の妻なんだから、もっと偉そうにしていればいいのさ。飯を持ってこい、服の着替えを手伝え……とか言ってね」
ガハハと笑うオールドさんを、バーチュさんはキッと睨みつけた。
「オールド様はご自身の言動をお気にされた方がよろしいかと……」
「なんだい、アンタも小言が多いねぇ」
わかってはいたけど、オールドさんは神経が図太いらしい。
「とはいえ、妊婦でも少し歩いたり、運動したりした方が健康に良いのはたしかだね。経過も順調そうだし、散歩はおすすめするよ。もちろん、無理しない範囲でね」
「では、奥様は散歩をしていただくのがお仕事、ということでよろしいですね? 魔力もその都度発散させれば問題ないでしょう」
バーチュさんはキリッとした顔で私を見た。それ以上は何も言わないけど、目で「了承してくださいませ」と言われている気分だ。
「え……いや、でもやっぱりちゃんとしたお仕事の方が……」
「よろしいですね?」
「は、はい」
頑張って抵抗したけど、結局、バーチュさんの圧に負けてしまった。
散歩がお仕事なんて申し訳ないのに……
でも、やることが見つかってよかったと思う。
さっそく散歩に行こうということで、私たちは離れの外に向かう。周囲に広がる森が散歩コースにちょうどいいらしい。
お庭に出たところで、思い出したようにオールドさんが話し出した。
「そういえば、キュリティは闇魔法に詳しいんだっけ? 種類も見分けられるし、解呪もできるってディア坊主から聞いたけど」
「はい、王宮では解呪師として働いていました。他の魔法は大して使えない代わりに、解呪魔法だけは得意でした」
「ふ~ん、そいつはすごいじゃないか。解呪の魔法は使える人が少ないからね。王宮でも重宝されたろう?」
確かに、重宝はされていたかもしれない。というのも、仲間の解呪師たちは闇魔法を解くときは、魔法陣を描いたりしていたけど、私は魔力を込めるだけで解呪できたから。
「そうですね……王宮では荷物検査の仕事をしてました。もし荷物に闇魔法がかかっていたら、それを無効化するんです」
「もったいないねぇ。あたしならもっと荒稼ぎできそうな仕事をするよ。王宮なんて安月給だろう。転職すりゃあよかったのに」
大きな声で話すオールドさんを、バーチュさんがさりげなく睨みつける。またしても、オールドさんは気にせず平然としていた。やがて、彼女は思いついたように私に言う。
「そうだ、キュリティ。そんなに仕事がしたいんなら一つ頼んでもいいかい?」
「はい、ぜひお願いします!」
やった、待ち望んでいたお仕事だ。嬉しくて勢い良く返事をした。
……バーチュさんの表情はさらに硬くなったけど。
「屋敷にフローズって子がいてね。ずっと具合が悪いんだけど、原因がわからないんだよ。よかったら、様子を一緒に見てくれるかい? 解呪師のアンタが見てくれたら、原因がわかるかもしれないよ」
「フローズさん……ですか?」
どなただろう。お屋敷の使用人の方かしら。
疑問に感じていたら、バーチュさんが教えてくれた。
「フローズとは、お屋敷で一緒に暮らしているフェンリルでございます」
「え!? お屋敷にフェンリルがいるんですか!?」
フェンリルと言えば、銀色の体毛に包まれた狼の魔獣だ。
一晩で三つの山を越えるほど強靭な脚力を持ち、身にまとう魔力は精霊のごとく厳かだという。ほとんど伝説上の存在だ。私だって見たことすらない。
まさか、そんな珍しい魔獣がいるなんて……。さすがはディアボロ様のお屋敷だ。
「辺境伯様が魔族領の近くに遠征に行ったとき、瀕死のフェンリルを見つけたのです。そのとき辺境伯様が保護し、現在までこちらで暮らしております」
「ディア坊主の数少ない友達だよ。まぁ、それでも人間じゃないんだけどね」
オールドさんが言うと、バーチュさんがまたキッと睨んだ。私に対する発言とディアボロ様に対する発言に、特に注意を払っているらしい。
まぁ、ディアボロ様のメイドだから当然だけど。
「では、さっそくでございますが、散歩がてらご案内させていただきます。フローズも奥様にお会いすると嬉しいでしょう」
「慣れるまではあたしも一緒に行くから安心しな」
散歩は後日に延期して、フェンリルの元へ行くことになった。
目の前にはキレイな庭が広がる。バラやマーガレット、ラベンダー……可愛いお花でいっぱいだった。どのお花も元気よく咲いているから、一輪一輪きちんと整備されているのがわかった。もしかしたら、国で一番の庭園かもしれない。
「ここのお手入れもバーチュさんがやられているんですか?」
「全て私一人で行っているわけではありませんが、ほとんど私がやっております」
バーチュさんは大したことないように言ったけど、大変な労力だと思う。さすがはディアボロ様が選んだメイドさんだ。
少し歩くと、お庭の片隅に着いた。
大きな灰色の塊がうずくまっている。もぞもぞ動いていて、まるで大きな毛玉みたいだった。オールドさんが手をかざして言う。
「キュリティ、あそこにいるのがフローズだよ」
「私、フェンリルなんて初めて見ました」
「近くに参りましょう。……フローズ、具合はいかがでしょうか?」
私たちが近づくと、灰色の塊からのそっと頭が出た。
『どうした……って、お前らか』
フローズさんはぐったりして元気がない。フェンリルは銀色の体毛がいつも光り輝く、と本で読んだことがある。
でも、目の前にいるフローズさんの体毛は、濃い灰色にくすんでしまっている。よく見ると、毛もボロボロだった。それだけで体の辛さが伝わる。
「調子はどうだい、フローズ」
『いつものことだが、あまり良くないな』
フローズさんは、ふーっと疲れた様子でため息をつく。大きな青い目も力が入っておらず、どこかぼんやりとしていた。
「いったい原因はなんなんだろうね。すまないね、あたしでもよくわからないんだよ」
『気にするな、そのうち治るさ……っと、それより、こちらのお嬢さんは誰だい? 初めて見る顔だが』
フローズさんはぬるりと首を動かして私を見た。慌てて自己紹介をする。
「あっ、すみません! 申し遅れました! 私はキュリティと言いまして……」
「ディア坊主の妻さ」
『なに!?』
言い終わる前に、オールドさんが伝えた。フローズさんは目を見開いて驚く。前置きもなく本題に入ってしまったので、急いで補足しようとするも、オールドさんは遠慮なく話を進めてしまう。
「まぁ、厳密に言うとディア坊主が妊娠させてしまってね」
『!?』
ちょ、ちょっと待ってくださいよ~。話には順序というものが……
オールドさんが簡単に事の経緯を説明すると、フローズさんは驚きっぱなしだった。
『……そうか……そいつは大変だったな』
「あ、いえ、もう大丈夫です」
『何はともあれよろしく』
「よ、よろしくお願いします」
フローズさんとも握手を交わす。前足はモフモフしてとても柔らかいのだけど、やっぱり体毛はガサガサだった。その痛々しい様子を見て、オールドさんがため息交じりに言う。
「どうやら、フローズは質の悪い病魔に侵されているみたいでね。色んな薬やポーションを作っても効果がないんだよ。あたしでも病魔の種類すらわからなくてね……ちょっと困っているのさ」
いつも活発なオールドさんは、厳しい顔をする。
世の中の色んな病気は、病魔とよばれる闇魔法の宿る小さな生き物が原因だった。
だけど、星の数ほどのたくさんの種類があるので、経験を積んだ医術師でも見分けるのは難しいと聞いたことがある。
「オールド様以外にも手練れの医術師を何人か呼んでいるのですが、どなたもわからないようです」
バーチュさんも辛そうな目でしょんぼりと呟く。元気がないみんなを見て、私の胸はきゅっと痛くなる。お屋敷の人たちは、みんな優しくて良い人だ。
何より、目の前で苦しんでいるフローズさんを放っておくことなどできなかった。
――ディアボロ様の大事な人は、私にとっても大事な人なんだ。
私の得意なことは、闇魔法を浄化する解呪魔法。今こそ、自分の力が役に立つかもしれない。
「私にもフローズさんを診せていただけませんか? 病魔も闇魔法なので、種類を見分けられるかもしれません」
私が言うと、バーチュさんはハッと表情が厳しくなった。
「奥様のお身体に何かありましたら困ります。お腹の赤子にも負担がかかったら……」
「大丈夫です。王宮にいるときだって、いつもこんな感じで過ごしていましたから。見分けるだけなら、それほど魔力は使わないと思います」
「なりません」
バーチュさんは断固として、私に魔法を使わせたくないようだ。
ど、どうしよう。
でも、こんなふうに止めるのも私の身体を思ってくれているからだし……
「バーチュ、ここはキュリティに任せたらどうだい? あたしもキュリティのことをしっかり見ておくからさ。それに、なるべく魔力を発散させた方がいいんだよ」
心の中で葛藤していたら、オールドさんが後押ししてくれた。バーチュさんはしばし厳しめな顔で考えていたけど、やがて静かに言ってくれた。
「……オールド様がそう仰るのであれば」
「ご心配していただいてありがとうございます。でも、本当に平気ですから」
目を閉じて魔力を集中させる。
妊娠してからは初めて使うけど大丈夫かな。一瞬不安な気持ちになりそうだったけど、すぐに弱気な心を振り払う。フローズさんの身体をしっかり見つめた。
徐々に、彼を覆う魔力のオーラが見えてきた。闇魔法特有の黒いオーラ。
さらに意識を集中すると、小さな虫みたいな生き物が蠢いているのが見える。フローズさんの体中にまとわりつき、魔力を吸い取っていた。
「これは……病魔・エナジードレインです」
『「エナジードレイン……!?」』
自覚症状は強くないけど、放っておくと魔力と体力を奪い尽くされ死に至る病魔だ。
治療は簡単だけど、その分見分けるのがとても難しい。そのため、気づいたときにはすでに手遅れ……なんてこともよくあると聞いていた。
「あたくし、あの人にはとても辟易しているんですの。フーリッシュ様からも何か言ってやってくださいな」
「任せておきなさい。僕がガツンと言ってやるさ」
フーリッシュ様はすこぶる自信にあふれている。ああ、良かった。この人がいれば安心だわ。
見てなさい、年増の行き遅れ女め。クビになっても知らないんだから。
扉を開けると目の前にリーダーがいた。男の人みたいに体つきが良い。あたくしを見るとすかさず怒鳴った。
「シホルガさん! あなただけ休み過ぎですよ! 一日に何回休めば気が済むんですか!? 十五分に一回は休んでいるじゃありませんか!」
「ですから、あたくしはすぐ休まないといけないくらい真剣に取り組んでいる、って何度も言っているでしょう!」
「口答えしないでください! キュリティさんはこんなことありませんでしたよ!」
「お義姉様の話なんかしないで!」
だから、どうしてお義姉様の名前が出てくるの。あの人のことなど少しも考えたくない。
「正直に言って、あなたが入ってきてから困ってばかりです。キュリティさんは本当に優秀で……!」
そのまま、リーダーはずっとお義姉様のことを話しては、彼女が追い出されたことを悔やむ。まったく、あんな人と比べるなんて失礼しちゃう。いい加減にしなさいよね。
「フーリッシュ様~、助けてくださいまし~」
急いで婚約者の陰に隠れた。ふんっ、こっちには伯爵家がついているんだから。あんたなんかコテンパンにやられちゃえばいいのよ。
あたくしが後ろに隠れると、フーリッシュ様は自信満々な様子でリーダーの前に出た。
「君ぃ、シホルガに向かってなんだい、その口の利き方はぁ。礼儀がなってないなぁ」
「フーリッシュ様はお黙りください。これはこちらの問題ですので」
「なんだと!? よくも僕に向かってそんなことが言えるな! 僕はエンプティ伯爵家の者だぞ!」
そうだ、そうだ。この人は伯爵家の跡取り息子なのよ。
逆らっていいと思っているの?
リーダーは黙ってフーリッシュ様を睨む。そんな顔をしたところでこっちの勝利は変わらないわ。私の婚約者の権力はとても強い。いくら恐ろしい顔をしてもフーリッシュ様は負けないの。
勝ち誇っていたら、リーダーは静かに口を開いた。
「……それ以上何かおっしゃるのであれば歯を叩き折ります」
「わかった。今すぐ帰ろう」
フーリッシュ様はそそくさと帰り支度を始める。
……え、ちょ、あれ? リーダーをやっつけてくださるんじゃないの?
思いもしない展開で頭がポカンとする。
「あ、あの~……フーリッシュ様?」
「じゃあ、シホルガ、僕はこれにて失礼するから。解呪師のみなさんと仲良くしてもらいなさい。迷惑をかけてはいけないよ?」
そのまま、何事もなかったように出て行こうとする。
ので、猛然とその腕を掴み、休憩室へ叩き込んだ。リーダーが「ちょっとシホルガさん!」とか言っているけど、そんなことはどうでもいい。
「フーリッシュ様! ガツンと言ってくださるのではなかったのですか! 全然ガツンとしてませんわ!」
「あ、いや、試みてはみたのだけど……まぁ、相手が歴戦の猛者というか、ただならぬ雰囲気というかね……」
「なに怖がっているのですか! もっと強気になってくださいまし!」
「き、聞き捨てならないな! 怖くなんかないよ! ほ、ほら、伯爵家が相手ではさすがにかわいそうだと思ってね!」
フーリッシュ様はヘラヘラしながら笑って誤魔化す。都合の悪いことがあるといつもこうだ。調子のよさそうな顔を見ているとイライラしてきた。
許せん。
思いっきり掴みかかり、バリバリバリッ! と引っ掻きまくる。
「うわっ、シホルガ! 何をする!」
「いつもいつも調子だけはいいんだから!」
「ぐああああ! だ、誰か助けてくれええ!」
「シホルガさん! いい加減にしてください! 仕事に戻りますよ!」
休憩室の扉が開かれ、むんずっとリーダーに掴まれる。そのまま、フーリッシュ様からバリッと引き剥がされた。
ずるずると仕事場へ連れて行かれる。ジタバタするも力の差がありすぎて、全く意味がなかった。
「た、助かった……じゃあ、僕はこれで」
「あっ、こら! フーリッシュ様! まだお話は終わっていませんよ!」
私がもがいている間に、フーリッシュ様は逃げるように王宮から走り去ってしまった。見たこともないくらいのスピードで。
「シホルガさん! 今日はもう休憩なしですからね! 終わるまでみっちりと働いてもらいます!」
「ちょ、ちょっと待ちなさい! お昼ご飯は!?」
「そんなものありません!」
そのまま、ガミガミと怒られながら仕事場に連行される。
どうしてこんなことに!
……そうだ! お義姉様が私の優秀さをきちんと伝えていなかったせいだわ!
今度会ったら許さないんだから!
第二章 私の仕事
「奥様、お身体の具合はいかがでしょうか」
「特に変わりありませんね」
翌朝、朝ごはんを食べた後、バーチュさんが私のお腹を見ながら言った。
もちろん、私のお腹はちっとも膨らんでいない。
診断は受けたものの、本当に赤ちゃんがいるのか未だ不思議だった。
オールドさんが私の服を戻して言う。
「キュリティ、赤ん坊がいる実感はあるかい?」
「いえ、なんとなく変な感じはするんですが、いまいち実感が湧かなくて……本当に赤ちゃんがいるんでしょうか?」
「まぁ、まだそんなもんだろうね。そのうち嫌でも腹が膨れてくるよ」
オールドさんのざっくばらんな物言いに、バーチュさんは表情が硬くなった。
「……オールド様、腹が膨れるなどという言い方はよろしくないかと」
「うるさいね、事実なんだから文句ないだろ。膨れるものは膨れるんだよ」
「ふふっ」
二人のやり取りが面白くて、少し笑ってしまった。私の笑い声に気づいたバーチュさんが、首を傾げて私に言う。
「どうされましたか、奥様」
「あ、いや、お二人を見ているとこちらまで楽しくなってしまいまして」
バーチュさんたちは不思議そうに顔を見合わす。
「それはそうと奥様。ご不安なことばかりでしょうけど、大丈夫ですか? 困ったことがあったら、何でも仰ってくださいませ」
「いえ、お二人のおかげで安心して暮らせています」
二人とも本当に優しく接してくれるから、不安なんて少しもなかった。
「じゃあ、あたしはそろそろ戻るけどね。何かあったらすぐ呼ぶんだよ」
「はい、ありがとうございます」
そう言うと、オールドさんはお部屋から出て行った。バーチュさんはキッチンで洗い物をしている。そこで、彼女に前から思っていたことを尋ねた。
「あの、バーチュさん。ちょっとお話ししてもいいですか?」
「どうぞ好きなだけお話しくださいませ」
「私はどんなお仕事をすればいいでしょうか?」
「……はい? お仕事……でございますか?」
バーチュさんは皿洗いの手を止めて、きょとんとキッチンから顔を覗かせる。
「こんなに良くしてくださっているのに、私だけ何もしないのは申し訳ないですから」
「何を仰いますか。奥様は座っているだけでいいんですよ。辺境伯様からもそのように伝えられております」
座っているだけでいいなんて、ディアボロ様は申し訳ないほど気遣ってくれているようだ。とはいえ、何もしないわけにはいかなかった。
状況が状況だけど、本来なら私はここに居られる身分ではない。
それに、ディアボロ様だけじゃない。オールドさんやバーチュさん。私とお腹の赤ちゃんを大事にしてくれる人たちに、少しでも恩返しをしたかった。
「私にも何かお仕事をください。……そうだ、バーチュさんのお手伝いをします。私の世話のお手伝いをするにはどうすればいいですか?」
「断じてなりません。奥様のお世話をする私の手伝いをされても意味がありません」
「ま、まぁ、たしかにそう言われるとそうですが……」
提案したものの、すぐに論破されてしまった。
「奥様はごゆるりとお休みくださいませ」
バーチュさんは淡々と皿洗いを続ける。彼女からは、もうこの話はおしまいです、という意志の強いオーラが出ていた。だけど、ここで引き下がるわけにはいかない。
「でも、ただ座っているだけではその方が体に良くないと思います。少しくらい動いた方が私にも……そして、お腹の赤ちゃんにとっても良いと思います。適度な運動は妊婦にも良いと聞いたことがありますし」
「ふむ……なるほど、それは一理ございますね。運動した方が奥様の健康には良いかもしれません」
先ほどより感触がいいわね。もうひと押しな気がするよ。
「運動がてらお仕事するのはいかがでしょうか。魔力だって定期的に発散させないといけないみたいですし」
すると、バーチュさんはじっ……と凝視するように私を見た。もちろん不快な気持ちにはならないけど、まだちょっとびっくりする。もしかしたら、彼女特有の癖なのかもしれない。
「……では、オールド様に確認してまいります」
そう言って、バーチュさんはお部屋から出て行った。一人残った部屋で静かに思う。
――なんだか不思議な人だな。
もちろん、とても良い人なんだけど、どこか掴みどころがないというか……。やっぱり不思議な人だ。そんなことを考えていたら、オールドさんと一緒に戻ってきた。
「キュリティ、部屋から出たいんだって? そりゃそうだ。こんな殺風景な部屋にいたってしょうがないもんねぇ」
「いや、そういうわけではなくてですね。ずっと気遣っていただくのも申し訳なくて」
「別に気にしなくていいのに。アンタは辺境伯の妻なんだから、もっと偉そうにしていればいいのさ。飯を持ってこい、服の着替えを手伝え……とか言ってね」
ガハハと笑うオールドさんを、バーチュさんはキッと睨みつけた。
「オールド様はご自身の言動をお気にされた方がよろしいかと……」
「なんだい、アンタも小言が多いねぇ」
わかってはいたけど、オールドさんは神経が図太いらしい。
「とはいえ、妊婦でも少し歩いたり、運動したりした方が健康に良いのはたしかだね。経過も順調そうだし、散歩はおすすめするよ。もちろん、無理しない範囲でね」
「では、奥様は散歩をしていただくのがお仕事、ということでよろしいですね? 魔力もその都度発散させれば問題ないでしょう」
バーチュさんはキリッとした顔で私を見た。それ以上は何も言わないけど、目で「了承してくださいませ」と言われている気分だ。
「え……いや、でもやっぱりちゃんとしたお仕事の方が……」
「よろしいですね?」
「は、はい」
頑張って抵抗したけど、結局、バーチュさんの圧に負けてしまった。
散歩がお仕事なんて申し訳ないのに……
でも、やることが見つかってよかったと思う。
さっそく散歩に行こうということで、私たちは離れの外に向かう。周囲に広がる森が散歩コースにちょうどいいらしい。
お庭に出たところで、思い出したようにオールドさんが話し出した。
「そういえば、キュリティは闇魔法に詳しいんだっけ? 種類も見分けられるし、解呪もできるってディア坊主から聞いたけど」
「はい、王宮では解呪師として働いていました。他の魔法は大して使えない代わりに、解呪魔法だけは得意でした」
「ふ~ん、そいつはすごいじゃないか。解呪の魔法は使える人が少ないからね。王宮でも重宝されたろう?」
確かに、重宝はされていたかもしれない。というのも、仲間の解呪師たちは闇魔法を解くときは、魔法陣を描いたりしていたけど、私は魔力を込めるだけで解呪できたから。
「そうですね……王宮では荷物検査の仕事をしてました。もし荷物に闇魔法がかかっていたら、それを無効化するんです」
「もったいないねぇ。あたしならもっと荒稼ぎできそうな仕事をするよ。王宮なんて安月給だろう。転職すりゃあよかったのに」
大きな声で話すオールドさんを、バーチュさんがさりげなく睨みつける。またしても、オールドさんは気にせず平然としていた。やがて、彼女は思いついたように私に言う。
「そうだ、キュリティ。そんなに仕事がしたいんなら一つ頼んでもいいかい?」
「はい、ぜひお願いします!」
やった、待ち望んでいたお仕事だ。嬉しくて勢い良く返事をした。
……バーチュさんの表情はさらに硬くなったけど。
「屋敷にフローズって子がいてね。ずっと具合が悪いんだけど、原因がわからないんだよ。よかったら、様子を一緒に見てくれるかい? 解呪師のアンタが見てくれたら、原因がわかるかもしれないよ」
「フローズさん……ですか?」
どなただろう。お屋敷の使用人の方かしら。
疑問に感じていたら、バーチュさんが教えてくれた。
「フローズとは、お屋敷で一緒に暮らしているフェンリルでございます」
「え!? お屋敷にフェンリルがいるんですか!?」
フェンリルと言えば、銀色の体毛に包まれた狼の魔獣だ。
一晩で三つの山を越えるほど強靭な脚力を持ち、身にまとう魔力は精霊のごとく厳かだという。ほとんど伝説上の存在だ。私だって見たことすらない。
まさか、そんな珍しい魔獣がいるなんて……。さすがはディアボロ様のお屋敷だ。
「辺境伯様が魔族領の近くに遠征に行ったとき、瀕死のフェンリルを見つけたのです。そのとき辺境伯様が保護し、現在までこちらで暮らしております」
「ディア坊主の数少ない友達だよ。まぁ、それでも人間じゃないんだけどね」
オールドさんが言うと、バーチュさんがまたキッと睨んだ。私に対する発言とディアボロ様に対する発言に、特に注意を払っているらしい。
まぁ、ディアボロ様のメイドだから当然だけど。
「では、さっそくでございますが、散歩がてらご案内させていただきます。フローズも奥様にお会いすると嬉しいでしょう」
「慣れるまではあたしも一緒に行くから安心しな」
散歩は後日に延期して、フェンリルの元へ行くことになった。
目の前にはキレイな庭が広がる。バラやマーガレット、ラベンダー……可愛いお花でいっぱいだった。どのお花も元気よく咲いているから、一輪一輪きちんと整備されているのがわかった。もしかしたら、国で一番の庭園かもしれない。
「ここのお手入れもバーチュさんがやられているんですか?」
「全て私一人で行っているわけではありませんが、ほとんど私がやっております」
バーチュさんは大したことないように言ったけど、大変な労力だと思う。さすがはディアボロ様が選んだメイドさんだ。
少し歩くと、お庭の片隅に着いた。
大きな灰色の塊がうずくまっている。もぞもぞ動いていて、まるで大きな毛玉みたいだった。オールドさんが手をかざして言う。
「キュリティ、あそこにいるのがフローズだよ」
「私、フェンリルなんて初めて見ました」
「近くに参りましょう。……フローズ、具合はいかがでしょうか?」
私たちが近づくと、灰色の塊からのそっと頭が出た。
『どうした……って、お前らか』
フローズさんはぐったりして元気がない。フェンリルは銀色の体毛がいつも光り輝く、と本で読んだことがある。
でも、目の前にいるフローズさんの体毛は、濃い灰色にくすんでしまっている。よく見ると、毛もボロボロだった。それだけで体の辛さが伝わる。
「調子はどうだい、フローズ」
『いつものことだが、あまり良くないな』
フローズさんは、ふーっと疲れた様子でため息をつく。大きな青い目も力が入っておらず、どこかぼんやりとしていた。
「いったい原因はなんなんだろうね。すまないね、あたしでもよくわからないんだよ」
『気にするな、そのうち治るさ……っと、それより、こちらのお嬢さんは誰だい? 初めて見る顔だが』
フローズさんはぬるりと首を動かして私を見た。慌てて自己紹介をする。
「あっ、すみません! 申し遅れました! 私はキュリティと言いまして……」
「ディア坊主の妻さ」
『なに!?』
言い終わる前に、オールドさんが伝えた。フローズさんは目を見開いて驚く。前置きもなく本題に入ってしまったので、急いで補足しようとするも、オールドさんは遠慮なく話を進めてしまう。
「まぁ、厳密に言うとディア坊主が妊娠させてしまってね」
『!?』
ちょ、ちょっと待ってくださいよ~。話には順序というものが……
オールドさんが簡単に事の経緯を説明すると、フローズさんは驚きっぱなしだった。
『……そうか……そいつは大変だったな』
「あ、いえ、もう大丈夫です」
『何はともあれよろしく』
「よ、よろしくお願いします」
フローズさんとも握手を交わす。前足はモフモフしてとても柔らかいのだけど、やっぱり体毛はガサガサだった。その痛々しい様子を見て、オールドさんがため息交じりに言う。
「どうやら、フローズは質の悪い病魔に侵されているみたいでね。色んな薬やポーションを作っても効果がないんだよ。あたしでも病魔の種類すらわからなくてね……ちょっと困っているのさ」
いつも活発なオールドさんは、厳しい顔をする。
世の中の色んな病気は、病魔とよばれる闇魔法の宿る小さな生き物が原因だった。
だけど、星の数ほどのたくさんの種類があるので、経験を積んだ医術師でも見分けるのは難しいと聞いたことがある。
「オールド様以外にも手練れの医術師を何人か呼んでいるのですが、どなたもわからないようです」
バーチュさんも辛そうな目でしょんぼりと呟く。元気がないみんなを見て、私の胸はきゅっと痛くなる。お屋敷の人たちは、みんな優しくて良い人だ。
何より、目の前で苦しんでいるフローズさんを放っておくことなどできなかった。
――ディアボロ様の大事な人は、私にとっても大事な人なんだ。
私の得意なことは、闇魔法を浄化する解呪魔法。今こそ、自分の力が役に立つかもしれない。
「私にもフローズさんを診せていただけませんか? 病魔も闇魔法なので、種類を見分けられるかもしれません」
私が言うと、バーチュさんはハッと表情が厳しくなった。
「奥様のお身体に何かありましたら困ります。お腹の赤子にも負担がかかったら……」
「大丈夫です。王宮にいるときだって、いつもこんな感じで過ごしていましたから。見分けるだけなら、それほど魔力は使わないと思います」
「なりません」
バーチュさんは断固として、私に魔法を使わせたくないようだ。
ど、どうしよう。
でも、こんなふうに止めるのも私の身体を思ってくれているからだし……
「バーチュ、ここはキュリティに任せたらどうだい? あたしもキュリティのことをしっかり見ておくからさ。それに、なるべく魔力を発散させた方がいいんだよ」
心の中で葛藤していたら、オールドさんが後押ししてくれた。バーチュさんはしばし厳しめな顔で考えていたけど、やがて静かに言ってくれた。
「……オールド様がそう仰るのであれば」
「ご心配していただいてありがとうございます。でも、本当に平気ですから」
目を閉じて魔力を集中させる。
妊娠してからは初めて使うけど大丈夫かな。一瞬不安な気持ちになりそうだったけど、すぐに弱気な心を振り払う。フローズさんの身体をしっかり見つめた。
徐々に、彼を覆う魔力のオーラが見えてきた。闇魔法特有の黒いオーラ。
さらに意識を集中すると、小さな虫みたいな生き物が蠢いているのが見える。フローズさんの体中にまとわりつき、魔力を吸い取っていた。
「これは……病魔・エナジードレインです」
『「エナジードレイン……!?」』
自覚症状は強くないけど、放っておくと魔力と体力を奪い尽くされ死に至る病魔だ。
治療は簡単だけど、その分見分けるのがとても難しい。そのため、気づいたときにはすでに手遅れ……なんてこともよくあると聞いていた。
579
お気に入りに追加
4,334
あなたにおすすめの小説
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。
私を棄てて選んだその妹ですが、継母の私生児なので持参金ないんです。今更ぐだぐだ言われても、私、他人なので。
百谷シカ
恋愛
「やったわ! 私がお姉様に勝てるなんて奇跡よ!!」
妹のパンジーに悪気はない。この子は継母の連れ子。父親が誰かはわからない。
でも、父はそれでいいと思っていた。
母は早くに病死してしまったし、今ここに愛があれば、パンジーの出自は問わないと。
同等の教育、平等の愛。私たちは、血は繋がらずとも、まあ悪くない姉妹だった。
この日までは。
「すまないね、ラモーナ。僕はパンジーを愛してしまったんだ」
婚約者ジェフリーに棄てられた。
父はパンジーの結婚を許した。但し、心を凍らせて。
「どういう事だい!? なぜ持参金が出ないんだよ!!」
「その子はお父様の実子ではないと、あなたも承知の上でしょう?」
「なんて無礼なんだ! 君たち親子は破滅だ!!」
2ヶ月後、私は王立図書館でひとりの男性と出会った。
王様より科学の研究を任された侯爵令息シオドリック・ダッシュウッド博士。
「ラモーナ・スコールズ。私の妻になってほしい」
運命の恋だった。
=================================
(他エブリスタ様に投稿・エブリスタ様にて佳作受賞作品)
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。
真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。
親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。
そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。
(しかも私にだけ!!)
社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。
最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。
(((こんな仕打ち、あんまりよーー!!)))
旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。
あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します
矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜
言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。
お互いに気持ちは同じだと信じていたから。
それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。
『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』
サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。
愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。
聖女としてきたはずが要らないと言われてしまったため、異世界でふわふわパンを焼こうと思います!
伊桜らな
ファンタジー
家業パン屋さんで働くメルは、パンが大好き。
いきなり聖女召喚の儀やらで異世界に呼ばれちゃったのに「いらない」と言われて追い出されてしまう。どうすればいいか分からなかったとき、公爵家当主に拾われ公爵家にお世話になる。
衣食住は確保できたって思ったのに、パンが美味しくないしめちゃくちゃ硬い!!
パン好きなメルは、厨房を使いふわふわパン作りを始める。
*表紙画は月兎なつめ様に描いて頂きました。*
ー(*)のマークはRシーンがあります。ー
少しだけ展開を変えました。申し訳ありません。
ホットランキング 1位(2021.10.17)
ファンタジーランキング1位(2021.10.17)
小説ランキング 1位(2021.10.17)
ありがとうございます。読んでくださる皆様に感謝です。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。