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9章 虐待とネグレクト
79話 愛する娘へ……
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「大丈夫ですか?」
先程の女性が戻ってきたのだ。
「どうして……戻って……きたんですか?
娘は……?」
私を助けに来てくれたその人の顔を確認すると、物凄く見覚えがある気がした。
「安心してください、娘さんは無事に助け出しました。
次はあなたの番ですよ……」
確実に会った事がある筈だけど、何処の誰なのかはどうしても思い出せない……。
「もう少しですよ、頑張ってください」
肩を抱き起してくれたその人の優しい声は何だかとても安心できて心地が良かった。
絶対に助けてやると言う気持ちがこもった彼女の行動にこたえる為には、私がここで死ぬ訳にはいかないとさえ思わされる。
「ありが……とう……」
下半身に乗っていた柱を軽々しく退けてくれた彼女の手は酷い火傷をしていたけど、何も言う事ができなかった。
「大丈夫ですか?」と聞きたかったけれど、大丈夫ではないのが明白だったからだ。
「そう言えば……私と娘の……命の恩人の……名前を……聞いていませんでしたね……。
私は……後藤沙綾香……と言います」
どうしても思い出せなかったけど、名前を聞けば彼女が何者なのか分かるだろうか?
「私は高田未祐と言います。
お話はここを出てから、ゆっくり聞きますので、今は煙を吸わない様に口を閉じておいてください……」
高田未祐?
ああそうか、思い出した……。
この人はライザで会った俊博の奥さんだ……。
でもどうしてこの人が助けに来てくれたのだろうか?
謎は深まるばかりだったけど、彼の心を射止めただけあって素敵な人だと思う。
普通は救助隊員でもない限り赤の他人を助ける為に燃え盛る建物に二度も入ろうとは思わない。
しかし彼女からは本気で私達親子を助けようとしてくれているのが伝わってくる。
仮に私が彼女の立場なら、こんな風に自分の命を顧みずに人助けなんてできなかっただろう。
もしかしたら、彼から聞いて私の事を知っていたのかもしれないが、だとしたら尚の事できない筈だ。
こんな面倒な女、旦那の元カノをわざわざ助けようなどとは思わないだろう。
あるいは、そんな事さえ関係なく「人の命」を助けたいと言う、ただのお人好しなのだろうか?
彼女の気持ちがどうあれ、ここを上手く出られたら色々聞いてみたいものだ。
私は彼の事が好きだと言うばかりで、自分の気持ちを押し付けるだけの自己中心的な人間だったのだと思う。
彼の決めた結婚相手が私ではなく彼女だった事に凄く納得がいった気がした。
大学時代は、まわりから「美人」だと言われて良い気になっていただけなのかもしれない。
そんな私に嫌気が差していただろうし、振られても当然な存在だったと、今なら分かる……。
それなのに、結菜には「女は顔だ」と教え込んで、殴るのも蹴るのも顔を避けてきた。
最低だ……私は結菜の為にも俊博と奥さんの為にもここで死ぬべきなのだと思う……。
もし生まれ変われたら来世こそは真っ当な人間としてやり直したいものだ……。
そんな事を考えていた時、急に彼女の脚が止まる。
私が怪我をしていた事もあって片脚を引きずりながらの移動だったので時間はかかってしまったけど、手を借りながらなんとか下に降りる所まで到着した。
しかし階段は既に崩れていて使える状態ではなかったし、覗き込んでみても降りられそうな高さではない事が分かった。
「私は……大丈夫だから……
一旦戻って……他の降り方を……考えましょう」
怪我をしていたのであまり歩かせたくないと考えている様だったが、大丈夫だとしっかり意思表示しておく。
そんな言葉に無言で頷くと、廊下の反対側を指差して合図をくれる。
お互い煙を吸わない為に極力話さない様にしていたが、おそらく窓から外に助けを求めようと言う事だと認識できる。
支えられながら来た道を戻ろうとした時、床が崩れ、私達は下のフロアへ落下した。
その瞬間、とある言葉が頭を過る。
「高田さんに人生を変えるきっかけをもらえます様に……」
祠の前に千円札を置いて、神に祈った言葉だ……。
「高田さん」と言うのはもしかして俊博の事ではなく、奥さんの事だったのではないだろうか?
彼女のおかげで何だか自分が変われたと思えるし、今なら俊博や結菜とも真面目に向き合える気がするのだ……。
人生最後の瞬間に、そんなきっかけがめぐって来るなんて神様は本当に意地悪で残酷だ……。
でも最後に気付けて本当に良かった……。
結菜、今までごめんね……愛してる……。
先程の女性が戻ってきたのだ。
「どうして……戻って……きたんですか?
娘は……?」
私を助けに来てくれたその人の顔を確認すると、物凄く見覚えがある気がした。
「安心してください、娘さんは無事に助け出しました。
次はあなたの番ですよ……」
確実に会った事がある筈だけど、何処の誰なのかはどうしても思い出せない……。
「もう少しですよ、頑張ってください」
肩を抱き起してくれたその人の優しい声は何だかとても安心できて心地が良かった。
絶対に助けてやると言う気持ちがこもった彼女の行動にこたえる為には、私がここで死ぬ訳にはいかないとさえ思わされる。
「ありが……とう……」
下半身に乗っていた柱を軽々しく退けてくれた彼女の手は酷い火傷をしていたけど、何も言う事ができなかった。
「大丈夫ですか?」と聞きたかったけれど、大丈夫ではないのが明白だったからだ。
「そう言えば……私と娘の……命の恩人の……名前を……聞いていませんでしたね……。
私は……後藤沙綾香……と言います」
どうしても思い出せなかったけど、名前を聞けば彼女が何者なのか分かるだろうか?
「私は高田未祐と言います。
お話はここを出てから、ゆっくり聞きますので、今は煙を吸わない様に口を閉じておいてください……」
高田未祐?
ああそうか、思い出した……。
この人はライザで会った俊博の奥さんだ……。
でもどうしてこの人が助けに来てくれたのだろうか?
謎は深まるばかりだったけど、彼の心を射止めただけあって素敵な人だと思う。
普通は救助隊員でもない限り赤の他人を助ける為に燃え盛る建物に二度も入ろうとは思わない。
しかし彼女からは本気で私達親子を助けようとしてくれているのが伝わってくる。
仮に私が彼女の立場なら、こんな風に自分の命を顧みずに人助けなんてできなかっただろう。
もしかしたら、彼から聞いて私の事を知っていたのかもしれないが、だとしたら尚の事できない筈だ。
こんな面倒な女、旦那の元カノをわざわざ助けようなどとは思わないだろう。
あるいは、そんな事さえ関係なく「人の命」を助けたいと言う、ただのお人好しなのだろうか?
彼女の気持ちがどうあれ、ここを上手く出られたら色々聞いてみたいものだ。
私は彼の事が好きだと言うばかりで、自分の気持ちを押し付けるだけの自己中心的な人間だったのだと思う。
彼の決めた結婚相手が私ではなく彼女だった事に凄く納得がいった気がした。
大学時代は、まわりから「美人」だと言われて良い気になっていただけなのかもしれない。
そんな私に嫌気が差していただろうし、振られても当然な存在だったと、今なら分かる……。
それなのに、結菜には「女は顔だ」と教え込んで、殴るのも蹴るのも顔を避けてきた。
最低だ……私は結菜の為にも俊博と奥さんの為にもここで死ぬべきなのだと思う……。
もし生まれ変われたら来世こそは真っ当な人間としてやり直したいものだ……。
そんな事を考えていた時、急に彼女の脚が止まる。
私が怪我をしていた事もあって片脚を引きずりながらの移動だったので時間はかかってしまったけど、手を借りながらなんとか下に降りる所まで到着した。
しかし階段は既に崩れていて使える状態ではなかったし、覗き込んでみても降りられそうな高さではない事が分かった。
「私は……大丈夫だから……
一旦戻って……他の降り方を……考えましょう」
怪我をしていたのであまり歩かせたくないと考えている様だったが、大丈夫だとしっかり意思表示しておく。
そんな言葉に無言で頷くと、廊下の反対側を指差して合図をくれる。
お互い煙を吸わない為に極力話さない様にしていたが、おそらく窓から外に助けを求めようと言う事だと認識できる。
支えられながら来た道を戻ろうとした時、床が崩れ、私達は下のフロアへ落下した。
その瞬間、とある言葉が頭を過る。
「高田さんに人生を変えるきっかけをもらえます様に……」
祠の前に千円札を置いて、神に祈った言葉だ……。
「高田さん」と言うのはもしかして俊博の事ではなく、奥さんの事だったのではないだろうか?
彼女のおかげで何だか自分が変われたと思えるし、今なら俊博や結菜とも真面目に向き合える気がするのだ……。
人生最後の瞬間に、そんなきっかけがめぐって来るなんて神様は本当に意地悪で残酷だ……。
でも最後に気付けて本当に良かった……。
結菜、今までごめんね……愛してる……。
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