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9章 虐待とネグレクト
78話 燃え行くアパートの一室で
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「うぅ……」
不思議な重みを感じて目を覚ますと、倒れてきた柱が下半身を押さえつけていて身体を動かす事ができなかった。
「え?火事?結菜、大丈夫?」
火に包まれていて、いつも見ている部屋とは全く別ものだった。
「ママこそ大丈夫なの?」
寝ていた娘を起こすと私にそう聞いてきたけど、全然大丈夫な状況ではない。
早く逃げないと……。
「沙綾香さん、結菜ちゃん、大丈夫ですか?」
玄関の扉を強くたたく音がして、涼香ちゃんが慌てた様子で入ってきた。
「お姉ちゃん、ママが……」
そう言って私の脚の方を指差す。
「涼香ちゃん……私、あんな酷い事を言ったのに、助けに来てくれたの?」
私だって隣の部屋が燃えていたら流石に驚いて安否確認くらいはするだろうけど、そんな事よりも早く逃げないと危ない。
「私の事はもう良いから、結菜を連れて逃げてくれない?」
この子達二人にどうこうできる状況ではない。
今まで散々娘の事を痛めつけてきたと言うのに、こんな時に自分の事より娘が大事だと思っている事が不思議だ。
「喋らないで!絶対助けますから、これで煙を吸わない様にしてください」
涼香ちゃんにタオルを渡される。
「絶対ママを助けて下りるから、結菜ちゃんは先に行って!」
彼女が私を助けようとしてくれている事は嬉しく思うけど、結菜が一人でこのアパートを出る事は不可能だ。
「嫌だ!そんなの無理だよ!」
娘にとっては私と過ごしたこの部屋が人生のほぼ全てなのだ……。
「なら結菜ちゃんもできるだけ、煙を吸わない様に息を止めて!」
柱を退けようと頑張ってくれたが、幾ら力を入れても全く動く気配はなかった。
「涼香ちゃん、しっかりして」
必死に力を尽くしてくれた彼女だったが、だんだんと呼吸が荒くなり、煙を吸って倒れてしまった。
「ママ―……」
ずっとこんな酷い事をしてきたのに、結菜はまだ「ママ」と呼んでくれた……。
私達を助けに来てくれた涼香ちゃんは倒れたまま動けずにいる。
おそらくこれは一酸化炭素中毒の症状だ。
早くこのアパートから出なくては三人とも死んでしまうだろうけど、私は身体を動かす事ができない。
火事の原因は分からないが、彼女達をこんな風にした全ての責任は私にあるのだ。
何とか二人だけでもここから逃がしたいけれど、この状況で何ができると言うのだろうか?
そう思っていた時、階段を上って来る音が聞こえて玄関の扉から女性が入ってきた。
「ママ―……
ママ―……」
彼女は服装からして救助隊員の類ではないが、それでも少し安心できた気がした。
「お願い……私の事は良いから……
娘を……助けて……」
今まで迷惑をかけてきた彼女達をここで殺す訳にはいかないのだ。
二人にはここを出て幸せに生きて欲しい……。
「娘さんは任せてください。
あなたの事も必ず助けに来ますから、もう少しだけ頑張っていてください……」
彼女は涼香ちゃんを担ぎ、結菜の手を引いて部屋から出て行った。
「ありが……とう……」
「ママ―」という娘の泣き叫ぶ声が響いていたけど、こんなダメな母親を想ってくれている事が申し訳なく思えた。
結菜、これからは私の事を忘れて幸せに暮らしていってね……。
今まで辛い思いをさせて、本当にごめん……。
そして、できる事なら涼香ちゃんにも謝りたい。
特に私の心が壊れてしまってからは、結菜に暴力を振るう音や怒鳴る声、彼女の泣き叫ぶ悲鳴が毎晩の様に聞こえていた事だろう。
そんなものをずっと聞かされていたら気が変になるだろうし、恐怖も感じていた筈だ……ごめんね。
私の行いは多くの人に謝る事ばかりだった……。
そんな風に思いながら死を覚悟した時、再び階段を上がって来る音が聞こえた。
やっと救助隊員がきたのだろうか?
不思議な重みを感じて目を覚ますと、倒れてきた柱が下半身を押さえつけていて身体を動かす事ができなかった。
「え?火事?結菜、大丈夫?」
火に包まれていて、いつも見ている部屋とは全く別ものだった。
「ママこそ大丈夫なの?」
寝ていた娘を起こすと私にそう聞いてきたけど、全然大丈夫な状況ではない。
早く逃げないと……。
「沙綾香さん、結菜ちゃん、大丈夫ですか?」
玄関の扉を強くたたく音がして、涼香ちゃんが慌てた様子で入ってきた。
「お姉ちゃん、ママが……」
そう言って私の脚の方を指差す。
「涼香ちゃん……私、あんな酷い事を言ったのに、助けに来てくれたの?」
私だって隣の部屋が燃えていたら流石に驚いて安否確認くらいはするだろうけど、そんな事よりも早く逃げないと危ない。
「私の事はもう良いから、結菜を連れて逃げてくれない?」
この子達二人にどうこうできる状況ではない。
今まで散々娘の事を痛めつけてきたと言うのに、こんな時に自分の事より娘が大事だと思っている事が不思議だ。
「喋らないで!絶対助けますから、これで煙を吸わない様にしてください」
涼香ちゃんにタオルを渡される。
「絶対ママを助けて下りるから、結菜ちゃんは先に行って!」
彼女が私を助けようとしてくれている事は嬉しく思うけど、結菜が一人でこのアパートを出る事は不可能だ。
「嫌だ!そんなの無理だよ!」
娘にとっては私と過ごしたこの部屋が人生のほぼ全てなのだ……。
「なら結菜ちゃんもできるだけ、煙を吸わない様に息を止めて!」
柱を退けようと頑張ってくれたが、幾ら力を入れても全く動く気配はなかった。
「涼香ちゃん、しっかりして」
必死に力を尽くしてくれた彼女だったが、だんだんと呼吸が荒くなり、煙を吸って倒れてしまった。
「ママ―……」
ずっとこんな酷い事をしてきたのに、結菜はまだ「ママ」と呼んでくれた……。
私達を助けに来てくれた涼香ちゃんは倒れたまま動けずにいる。
おそらくこれは一酸化炭素中毒の症状だ。
早くこのアパートから出なくては三人とも死んでしまうだろうけど、私は身体を動かす事ができない。
火事の原因は分からないが、彼女達をこんな風にした全ての責任は私にあるのだ。
何とか二人だけでもここから逃がしたいけれど、この状況で何ができると言うのだろうか?
そう思っていた時、階段を上って来る音が聞こえて玄関の扉から女性が入ってきた。
「ママ―……
ママ―……」
彼女は服装からして救助隊員の類ではないが、それでも少し安心できた気がした。
「お願い……私の事は良いから……
娘を……助けて……」
今まで迷惑をかけてきた彼女達をここで殺す訳にはいかないのだ。
二人にはここを出て幸せに生きて欲しい……。
「娘さんは任せてください。
あなたの事も必ず助けに来ますから、もう少しだけ頑張っていてください……」
彼女は涼香ちゃんを担ぎ、結菜の手を引いて部屋から出て行った。
「ありが……とう……」
「ママ―」という娘の泣き叫ぶ声が響いていたけど、こんなダメな母親を想ってくれている事が申し訳なく思えた。
結菜、これからは私の事を忘れて幸せに暮らしていってね……。
今まで辛い思いをさせて、本当にごめん……。
そして、できる事なら涼香ちゃんにも謝りたい。
特に私の心が壊れてしまってからは、結菜に暴力を振るう音や怒鳴る声、彼女の泣き叫ぶ悲鳴が毎晩の様に聞こえていた事だろう。
そんなものをずっと聞かされていたら気が変になるだろうし、恐怖も感じていた筈だ……ごめんね。
私の行いは多くの人に謝る事ばかりだった……。
そんな風に思いながら死を覚悟した時、再び階段を上がって来る音が聞こえた。
やっと救助隊員がきたのだろうか?
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