孤独の恩送り

西岡咲貴

文字の大きさ
上 下
78 / 87
9章 虐待とネグレクト

77話 愛の証

しおりを挟む
 妊娠が発覚したのは俊博と別れた後、少ししてからだった。

 私は別れたくはなかったし寧ろ結婚したいとさえ考えていたけれど、どうやら彼の思い描く未来に私は存在していなかったらしい……。

 振られてしまっても、彼に重荷を背負わせたくなかったので妊娠していた事を私から伝える事はなかった。

 世間的には「責任」と言う言葉がしばしば用いられるが、子供ができたからと言って好きではなくなってしまった女の所に縛り付けておきたくなかったのだと思う。

 しかし私にとって彼女は彼との愛の証であった事もあり、迷った結果出産して一人で育てていく事を決めたのだ。

 私自身が上手くいかなかった事もあって「人との結びつき」を大切にする子になって欲しいと言う願いを込め、それに生まれてきてくれた春の季語を付け加えて「結菜」と名付けた……。



 
 翌朝目が覚めると頭が割れるのではないかと思うくらいに痛かったが、おそらくは二日酔いだろう。

 昨夜はどうやって家に帰ってきたのかも覚えていない程に酔いつぶれていた。

「ママ、大丈夫?何かあったの?」

 小声ではあったけど娘の声が頭に響いて気分が悪く、吐きそうで凄く辛い。

「結菜、お前なんか生まなきゃ良かった……。
 お前を生んだのは私の人生最大の間違いだった……」

 そんな言葉を発してしまった瞬間、今まで張り詰めていた糸がプツンと音を立てて切れてしまった様な感覚に襲われ、気が付くと大切だった筈の結菜に暴力を振るっていた。

 腹部を力いっぱい殴り、苦しみながら床にうずくまる彼女の横腹を何度も蹴ってしまっている。

「おい起きろ!
 こんなので痛がっているふりをすんじゃねーよ……。
 冗談も通じないのか?」

 こんな事はダメだと心では分かっていても、もはや溢れてくる衝動を抑える事ができなかった。

 大好きだった娘への愛情は、叶わなかった高田俊博への恋心の捌け口だったのだと気が付く。

 もしかしたら彼女と言う存在は心の中で彼との関係をつなぎ留めておくための道具だったのかもしれない。

 そんな風に思っていても目の前で悶えながら泣いている彼女を見ると、自分が「悪魔の様な母親ではないのか?」と感じて正気に戻る事ができた。

「ごめんね……痛かった?
 大丈夫?やり過ぎたわ……」

 横たわる彼女を起こすと、何度もお腹をさすった。

「ごめん……ごめんね……」

 娘に手を上げるなんて……私は最低だ。

 それからの日々は自分との闘いで、気持ちが落ち込むたびに結菜を殴ったり蹴ったり、怒鳴る事も頻繁にあった。

 暴力を振るった後で我に返ると、ごめんねと謝って彼女の頭を撫でるなどの行動をとる歪な精神状態だったと思う。

 病院では「双極性障害」と診断され、家では躁状態とうつ状態を繰り返し続けた。

 壁が薄くて隣に声が筒抜けている事は知っていたけれども、もう自分ではどうする事もできない程に狂ってしまったこの感情を抑える事ができなかった……。

 生まれてくる子供は親を選ぶ事ができない……。

 ごめんね、結菜……。

 母親の気持ちを無理に押し付けた不幸な子供として勝手にこの世界に生み、道具の様に扱ってしまった事を本当に申し訳なく思う……。

 それから、隣に住んでいる涼香ちゃんは話している感じで言えば「事なかれ主義者」で、争いを好まない傾向にある事が分かっている。

 私と結菜が多少うるさくしていても、見て見ぬふりをするだろうし、報復を恐れて、暴力を止めに来たり通報する事はありえないだろう。

 相談所の職員がここに来る事があるとするなら、それは結菜が新聞勧誘などの客に助けを求めた場合であると考えられる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

死神

SUKEZA
ミステリー
自分の失態により全てを失った芸人が、死神に魂と引き換えに願いを叶えてもらい人生をやりなおす、、、

聖女の如く、永遠に囚われて

white love it
ミステリー
旧貴族、秦野家の令嬢だった幸子は、すでに百歳という年齢だったが、その外見は若き日に絶世の美女と謳われた頃と、少しも変わっていなかった。 彼女はその不老の美しさから、地元の人間達から今も魔女として恐れられながら、同時に敬われてもいた。 ある日、彼女の世話をする少年、遠山和人のもとに、同級生の島津良子が来る。 良子の実家で、不可解な事件が起こり、その真相を幸子に探ってほしいとのことだった。 実は幸子はその不老の美しさのみならず、もう一つの点で地元の人々から恐れられ、敬われていた。 ━━彼女はまぎれもなく、名探偵だった。 登場人物 遠山和人…中学三年生。ミステリー小説が好き。 遠山ゆき…中学一年生。和人の妹。 島津良子…中学三年生。和人の同級生。痩せぎみの美少女。 工藤健… 中学三年生。和人の友人にして、作家志望。 伊藤一正…フリーのプログラマー。ある事件の犯人と疑われている。 島津守… 良子の父親。 島津佐奈…良子の母親。 島津孝之…良子の祖父。守の父親。 島津香菜…良子の祖母。守の母親。 進藤凛… 家を改装した喫茶店の女店主。 桂恵…  整形外科医。伊藤一正の同級生だった。 秦野幸子…絶世の美女にして名探偵。百歳だが、ほとんど老化しておらず、今も若い頃の美しさを保っている。

ダブルネーム

しまおか
ミステリー
有名人となった藤子の弟が謎の死を遂げ、真相を探る内に事態が急変する! 四十五歳でうつ病により会社を退職した藤子は、五十歳で純文学の新人賞を獲得し白井真琴の筆名で芥山賞まで受賞し、人生が一気に変わる。容姿や珍しい経歴もあり、世間から注目を浴びテレビ出演した際、渡部亮と名乗る男の死についてコメント。それが後に別名義を使っていた弟の雄太と知らされ、騒動に巻き込まれる。さらに本人名義の土地建物を含めた多額の遺産は全て藤子にとの遺書も発見され、いくつもの謎を残して死んだ彼の過去を探り始めた。相続を巡り兄夫婦との確執が産まれる中、かつて雄太の同僚だったと名乗る同性愛者の女性が現れ、警察は事故と処理したが殺されたのではと言い出す。さらに刑事を紹介され裏で捜査すると告げられる。そうして真相を解明しようと動き出した藤子を待っていたのは、予想をはるかに超える事態だった。登場人物のそれぞれにおける人生や、藤子自身の過去を振り返りながら謎を解き明かす、どんでん返しありのミステリー&サスペンス&ヒューマンドラマ。

失せ物探し・一ノ瀬至遠のカノウ性~謎解きアイテムはインスタント付喪神~

わいとえぬ
ミステリー
「君の声を聴かせて」――異能の失せ物探しが、今日も依頼人たちの謎を解く。依頼された失せ物も、本人すら意識していない隠された謎も全部、全部。 カノウコウコは焦っていた。推しの動画配信者のファングッズ購入に必要なパスワードが分からないからだ。落ち着ける場所としてお気に入りのカフェへ向かうも、そこは一ノ瀬相談事務所という場所に様変わりしていた。 カノウは、そこで失せ物探しを営む白髪の美青年・一ノ瀬至遠(いちのせ・しおん)と出会う。至遠は無機物の意識を励起し、インスタント付喪神とすることで無機物たちの声を聴く異能を持つという。カノウは半信半疑ながらも、その場でスマートフォンに至遠の異能をかけてもらいパスワードを解いてもらう。が、至遠たちは一年ほど前から付喪神たちが謎を仕掛けてくる現象に悩まされており、依頼が謎解き形式となっていた。カノウはサポートの百目鬼悠玄(どうめき・ゆうげん)すすめのもと、至遠の助手となる流れになり……? どんでん返し、あります。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

処理中です...