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9章 虐待とネグレクト
76話 娘は恋の末路
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二人で住んでいたアパートは壁が薄くて、隣の部屋の声が丸聞こえになる。
当然そんなぼろい物件は人気がなく、うち以外は全員引っ越していったが、引っ越すお金がなかった私達は残るしかなかったのだ。
長らくうちしか住んでいなかったので問題がなかったが、隣の部屋に西宮家が引っ越してきた。
これだけ部屋があるのに何故隣なのだろうかとも思ったが、そんな事を言ってもそうなってしまったものは仕方がない。
とは言え引っ越してきたのは実質幼い女の子が一人なのだから秘密のままにしておく事は可能だったし、今まで静かに暮らしてきた私達にとって特に難しい事ではなかった。
結菜の物心が付く頃には、もうこのアパートに誰も住んでいなかったので話し声が全部聞こえてしまう事を彼女は知らない。
家の中では静かにする様に仕付けてきたので、いつも私との会話はひそひそと話すのがルールになっていたし、そんな生活でも娘がそばに居てくれるだけで毎日が幸せだと感じてもいた。
しかしある日、小声で「大丈夫?」と言いながら水の入ったコップを持ってきてくれた時、受け取ったソレを結菜に思い切り投げつけてしまった。
一人で立ち飲み屋に行き、安い酒を浴びる様に飲んで帰ってきた私の精神状態はとても正気とは言えなかったのだ。
日曜午後、ライザに行くと大学時代に交際していた高田俊博が奥さんと楽しそうに買い物をしているのを見かけた。
まだこの町に住んでいた事を知らなかったので凄く驚いたが本当は今でも好きで、彼を見ると胸が痛む……。
ずっと忘れられないまま苦しみ、あなたとの娘を育て続けていると言うのに、本人は私の事などとっくに忘れて別の女性と幸せそうに暮らしている。
あの時の事はもう忘れようと努力し続けてきたが、こうして会ってしまうと気持ちがぶり返す。
「あの……俊博……私……」
奥さんが一緒だったし、私のこんな気持ちが迷惑な事は分かっているけど、どうしても声が聞きたくて我慢ができなかった。
こんな重い女でごめんなさい……。
一言だけ話せれば満足するし、これで終わりにするから許してほしい……。
「えーと、ごめんなさい……。
何処かでお会いしましたでしょうか?」
え?
彼にとって私はその程度の存在だったのかと思うと、何だかやるせない気持ちでいっぱいになった……。
こんなにも想い続けていた私は何だったのか?
頭が真っ白になって、全てがどうでも良く思えた。
しかもその言葉は「喫茶辻本で初めて会った日」に私が彼に言った言葉と同じだった……。
あの日に戻って、出会わなかった事にしようと言う彼からのメッセージなのだろうか?
「すいません、人違いでした……」
あるいは、本当に私の事が分からないのかもしれない。
確かに髪型は変わったし、当時大学で学部一美人と言われた容姿も年齢と共になくなってしまっている。
奥さんの前だから「元カノ」とは言えなかったとしても「大学時代の後輩」と言えば良いじゃないか?
何とでも言える筈なのに、そうしないのは私の事が分からなかったからとも考えられる。
別れたのが一〇年以上前だとは言え、三年も付き合っていた元カノの顔を覚えていないなんて……。
どちらにせよ私の事には全く興味がなく、関わりたくもないと思っている事に違いはない。
結菜に「女は顔だ」と言い続けてきたけど、あながち間違いでもなかったらしい。
彼は当時「美人」と持て囃されていた私の事を装飾品かペットの様なものとでも思っていたのだろう。
そんな風に考えてしまうとショックでしばらくは何も考えられなかったが、気が付けば近場の立ち飲み屋に行き、健康を害すほど大量のアルコールを摂取していた……。
当然そんなぼろい物件は人気がなく、うち以外は全員引っ越していったが、引っ越すお金がなかった私達は残るしかなかったのだ。
長らくうちしか住んでいなかったので問題がなかったが、隣の部屋に西宮家が引っ越してきた。
これだけ部屋があるのに何故隣なのだろうかとも思ったが、そんな事を言ってもそうなってしまったものは仕方がない。
とは言え引っ越してきたのは実質幼い女の子が一人なのだから秘密のままにしておく事は可能だったし、今まで静かに暮らしてきた私達にとって特に難しい事ではなかった。
結菜の物心が付く頃には、もうこのアパートに誰も住んでいなかったので話し声が全部聞こえてしまう事を彼女は知らない。
家の中では静かにする様に仕付けてきたので、いつも私との会話はひそひそと話すのがルールになっていたし、そんな生活でも娘がそばに居てくれるだけで毎日が幸せだと感じてもいた。
しかしある日、小声で「大丈夫?」と言いながら水の入ったコップを持ってきてくれた時、受け取ったソレを結菜に思い切り投げつけてしまった。
一人で立ち飲み屋に行き、安い酒を浴びる様に飲んで帰ってきた私の精神状態はとても正気とは言えなかったのだ。
日曜午後、ライザに行くと大学時代に交際していた高田俊博が奥さんと楽しそうに買い物をしているのを見かけた。
まだこの町に住んでいた事を知らなかったので凄く驚いたが本当は今でも好きで、彼を見ると胸が痛む……。
ずっと忘れられないまま苦しみ、あなたとの娘を育て続けていると言うのに、本人は私の事などとっくに忘れて別の女性と幸せそうに暮らしている。
あの時の事はもう忘れようと努力し続けてきたが、こうして会ってしまうと気持ちがぶり返す。
「あの……俊博……私……」
奥さんが一緒だったし、私のこんな気持ちが迷惑な事は分かっているけど、どうしても声が聞きたくて我慢ができなかった。
こんな重い女でごめんなさい……。
一言だけ話せれば満足するし、これで終わりにするから許してほしい……。
「えーと、ごめんなさい……。
何処かでお会いしましたでしょうか?」
え?
彼にとって私はその程度の存在だったのかと思うと、何だかやるせない気持ちでいっぱいになった……。
こんなにも想い続けていた私は何だったのか?
頭が真っ白になって、全てがどうでも良く思えた。
しかもその言葉は「喫茶辻本で初めて会った日」に私が彼に言った言葉と同じだった……。
あの日に戻って、出会わなかった事にしようと言う彼からのメッセージなのだろうか?
「すいません、人違いでした……」
あるいは、本当に私の事が分からないのかもしれない。
確かに髪型は変わったし、当時大学で学部一美人と言われた容姿も年齢と共になくなってしまっている。
奥さんの前だから「元カノ」とは言えなかったとしても「大学時代の後輩」と言えば良いじゃないか?
何とでも言える筈なのに、そうしないのは私の事が分からなかったからとも考えられる。
別れたのが一〇年以上前だとは言え、三年も付き合っていた元カノの顔を覚えていないなんて……。
どちらにせよ私の事には全く興味がなく、関わりたくもないと思っている事に違いはない。
結菜に「女は顔だ」と言い続けてきたけど、あながち間違いでもなかったらしい。
彼は当時「美人」と持て囃されていた私の事を装飾品かペットの様なものとでも思っていたのだろう。
そんな風に考えてしまうとショックでしばらくは何も考えられなかったが、気が付けば近場の立ち飲み屋に行き、健康を害すほど大量のアルコールを摂取していた……。
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