孤独の恩送り

西岡咲貴

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8章 学生の恋事情

74話 恋の成就

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「ところでさ、今日は何処に行くの?」

 何か目的があるのだろうか?

「言ってなかったけど、これから喫茶辻本に一緒に行くんだよ?」

 え?

「ちょっと待ってよ……聞いてませんが?」

「今言ったよ?」

 彼女は何を考えているのだろうか?

「こないだの感じだと、沙綾香は足踏みしてるだけだと思ったから……。
 高田さんにメッセージ送って、シフトを教えてもらったんだ。
 今日は居るって言っていたから、誘ったの……」

 悪い子ではないけど、本当にお節介だ。

「じゃあ、何で集合場所が海なのよ?
 直接辻本に呼び出せば良いでしょ?」

 そうすれば少しは心の準備だってできた筈だ。

 いや待て、私の事だからその場合は誘いを断っているかもしれないと思ってしまう。

「だって、それだと断るでしょ?」

 こいつ、考えている事が読めるのか?

「ここからだとちょっと距離があるし、鈍い沙綾香だと私がそんな事を考えているって気が付かないだろうなと思ってさ。
 それに天気も良いから、ゆっくり歩くのも気持ちが良いでしょ?」

 こっちは今からあの喫茶店に行くと思うだけで緊張していると言うのに、隣を歩く楽しそうな横顔を見ると何だか腹が立ってくる。

「あのお店だよ」

 二人で少し歩くとレトロな外見が見えてくる。

「凄くお洒落なお店だね」

 彼女は彼のシフトを確認しただけで、実際に来た事はない。

 人の心とは不思議なものだ、あの人が働いていると思うだけで、喫茶店自身が前よりも素敵に見えてしまう。

 いや、雨でずぶ濡れだったから良く見えていなかっただけなのかもしれない。

「営業中」の札がかかった扉の取っ手を掴むと、自分でも凄く緊張しているのだと分かる。

 前回は振られた直後だった事もあって落ち込んでいたし、雨宿りの意味もあって何も考えずに開く事ができたこの扉も、今は物凄く重く感じる。

「何やってるの、早く入りなよ……」

 他人事だからそんなに軽く言えるのだと少しムッとした。

「いらっしゃいませ。
 ああ、後藤さんと五十嵐さん……」

 名前を呼ばれるとドキッとする。

 知り合ってからそんなに期間が経っている訳でもないのに、どんどんと彼に惹かれている自分がいるのだと認識した。

「あ、えーと……この前お借りした傘を返しに来ました」

 ハッキリと喋れないのを見て隣で美穂がクスクスと笑っていた。

 応援すると言ってくれていたのに、ダメダメな私で楽しんでいるだけなのかもしれないと思うと、何だか複雑な気分でもある。

「別にわざわざ良かったのに……」

 前に一人で来た時は結局雨があがる事はなく、折り畳み傘を借りて帰った。

 別に返さなくて良いと言われたけど、そう言う訳にもいかない。

 勇気のない私にとって、傘を返す事はここへ来る口実にもなると思っていたからだ。

 本当は、あの日からずっと鞄に入れて持ち歩いていたし、心の準備ができ次第一人で来ようと思っていた。

 まあでも、こうやって美穂に背中を押してもらわなければ心の準備なんて一生できなかったかもしれないので、彼女には感謝している。

「あの……ホット珈琲と例のホットドッグをもらえますか?」

 彼は笑っていた。

「ホットドッグ……そんなに気に入ってくれたの?
 用意するからちょっと待ってね。
 あ、まだメニューには載ってないから特別だよ」

 特別と言う言葉が何だかとても心地よかった。

「特別らしいよ?」

 小声でそう言ってきた彼女は何だかとても嬉しそうだ。

「もう、そう言う事を言うのは止めてよ……」

 茶化されると凄く照れくさい。

 その後、何度も一緒に「喫茶辻本」に通ってくれた美穂のおかげで、彼と恋人になる事ができた。

「早く告白しろ!」と急かす彼女に後押しされ、気持ちを伝えたところ、両想いであった事が発覚。

 私に好意を持たれていた事に気付いていなかったので驚いたと言われた。

 また、本当に自分で良いのかとも確認された。

 そんな反応を見せられると、私が大学で有名人だったと言う事は疑いようがなくなってしまう。

 美穂が言っていた事だけど、私に彼氏ができた事は直ぐに噂になっていたらしい。

 学内で彼と一緒に居る事が増えたので当然かもしれない訳だが……。
 
 私と美穂が絶賛した事でホットドッグは見事、辻本の正式メニューに採用された。

 試食させてもらった事がきっかけで話すようになったと言う意味ではラッキーアイテムだったのかもしれないと後になって思った。
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