孤独の恩送り

西岡咲貴

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8章 学生の恋事情

69話 たまたま入った「喫茶辻本」

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「いらっしゃいませ」

 注文を取りに来た店員さんは、若い男性だった。

「ずぶ濡れじゃないですか……今タオルを持ってくるので、しばらく待っていてもらえますか?」

 彼はそう言うと店の奥へと入っていった。

 そのお兄さんはちょっとかっこよくて、どことなく雰囲気が元カレに似ていた。

「すいません、コレどうぞ……」

 しばらくして戻ってきた彼からタオルを受け取る。

「ありがとうございます。優しいんですね?」

 これも仕事の一環だと言われればそうかもしれないけど、それでもそんな気遣いが嬉しかった。

「いえ、そんな事はないですよ。
 急に雨が降ってきましたからね……」

 ちょっと素敵な人だなと思って胸のネームプレートを確認する。

「ありがとうございます……」

 高田さんと言うのか……覚えておこう。

「ホット珈琲をお願いします」

 客は私だけだったので、雨が上がるまで静かにゆっくりできそうだ。

「少々お待ちください」

 ボールペンでオーダーを書き込んでいる。

「あの……こんな事をうかがうのは大変失礼なのですが、もしかして後藤沙綾香さんじゃないですか?」

 そんな事を聞かれたのは驚いたけど、この店員さんが私の事を知ってくれていたのが何だか嬉しかった。

「ええ……そうですが、何処かでお会いしましたでしょうか?」

 予定は基本的に彼氏を最優先にしてきたので、知り合いは殆ど居ない筈だ。

「やはりそうでしたか……。
 いえ、すいません……私も同じ大学に通っているんですよ。
 理学部二年の高田俊博たかだとしひろと言います」

 え?

 理学部と言えば、私と同じ……。

 でも「たかだとしひろ」と言う名前に聞き覚えはなかった。

「同じ学部の先輩だったんですか……。
 でもどうして、私の事をご存じで?」

 自慢じゃないが友達は少ないし、先輩との繋がりなんてある筈もない。

「有名人ですから、うちの学部生であなたを知らない人は居ないでしょう……。
 今年は超美人な新入生が入ってきたぞって噂になっていますからね。
 まぁ、この店に来てくれるとは思っていませんでしたが……」

 何だか照れる。

 自分が先輩達の間でそんな風に言われている事なんて全く知らなかった。

 最近は彼氏に少しでも可愛く思ってもらえる様に綺麗に化粧して顔や身なりを整えていたのが良かったのだろうか?

「私の事を見た事はありませんか?
 選択で結構一緒の講義を受けているのですが……」

 そんな事を言われても、最近は彼氏の事しか頭になかったのだから同じ講義をどんな人が受けていたかなんて気にもしていなかった。

「ごめんなさい……ちょっと分からないです」

 私の事を知ってくれていたのに、こちらは知らなかったと思うと何だか申し訳ない。

「いえ、気にしないでください。
 実際一度も話した事はありませんからね……」

 そんな話をしていると注文した珈琲が、お盆に乗って届く。

「砂糖とミルクはどうします?」

 私は甘党だ。

「両方お願いします」

 どうぞと言ってテーブルに置いてくれた。

「ああ、そうだ……後藤さん、カレーはお好きですか?」

 急な質問で意図が分からなかった。

「はい、大好きです。今日の昼食にも学食のカツカレーを頂きました」

 別に隠す様な事でもないので正直に答えた。

「そうですか……なら、カレー味のホットドッグを食べてみてくれませんか?
 お店で出す新メニューをマスターと考えていたんですけど、お客さんの意見も聞きたくて……。
 あ、勿論こっちから試食を頼んでいるのでお代はいりませんよ?」

 そう言う事なら是非食べたい。

「喜んで頂きますが、私なんかで良いんですか?」

 彼は何だかとても嬉しそうにキッチンスペースに入っていった。

「ありがとうございます。勿論ですよ。
 じゃあ用意してくるので、ちょっとだけ待っていてください……」

 それはすぐに運ばれて来た。

 さっきまで食欲がなかった事を一瞬で忘れさせられる程、とても美味しそうな匂いをさせていた。

「見た目も匂いも最高に美味しそうですね……」

 とてつもなく食欲をそそる。

「いただきます……」

 一口かじってみるとカレーの味が口いっぱいに広がっていく。

 今まで食べた事のない様な美味しさだ。

「これ、本当に美味しいです」

 細長いロールパンの間には、カレー粉であえたキャベツがギッシリ詰まっていて、その上に軽く焼いたウインナーが乗っているのだ。

「ピリッと辛いのはマスタードですか?」
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